ベルディア討伐から一週間が経った。
流石に今は鳴りを潜めているが、つい先日までは街中大騒ぎだった。
それもそのはずで、長い間停滞していた魔王軍幹部の討伐が、あろうことか駆け出し冒険者の街であるアクセルで行われたのだから。
俺たちも街を歩けば声をかけられ、ちょっとした有名人のような扱いを受けていたため、あまり外を出歩かずに家で内職をしていたのだ。
まあ、アクアとめぐめんは爆裂散歩やら宴会やらやっていたようだったが……。
思いがけずにまとまった休日を得た俺は、ベルディアの討伐報酬を元手に、大量のライター作りに精を出していた。
ベルディアを倒して休まる暇もなかったが、デストロイヤーの被害を受けたダクネスが領主に嫁ぐ羽目になるのを防ぐにはまとまった金が必要である。クーロンズヒュドラ討伐でもやろうかと思ったが、あれは流石に俺たちだけでは難しい。
そこで思い出したことが、俺の知的財産の行使であった。
前の時はあの見通す悪魔に儲けを大体持って行かれてしまったので、今回はあいつに出会う前に商売を軌道に乗せ、その分販売する権利を高く売りつけてやる作戦だ。
ちなみにウィズとはもう知り合っている。
ゾンビメーカー討伐を受けてしまうと、ギルドに違約金を払わなければならないため、墓場まで直接向かって話をつけたのである。またしてもアクアと一悶着あったのだが、そこは割愛しておく。
現在俺だけでは持ちきれない大量のライターを、ダクネスに手伝ってもらってウィズの魔法具店まで運んでいる最中である。
「悪いなダクネス、付き合わせちまって」
「なに、気にするな。……しかし、このライターというのは便利だな。火属性の初級魔法をわざわざ覚えなくても、着火出来るとは……」
「俺のいた国では当たり前に普及してるんだけど、こっちじゃ見かけなかったからな。俺の『鍛治』スキルでも簡単に作れるし、材料費も安いから、安価で大量生産出来ればいい儲けになると思ってな」
「……なあカズマ。お前は以前から金を稼ぐのに必死だったが、理由はなんなんだ? ベルディア討伐報酬だって、まだ大分残っているのだろう?」
確かにそうだ。ギルドのみんなに奢ったり、アクアが豪遊したりしているが、まだ丸々二億残っている。
しかし、デストロイヤーの被害額およそ二十億エリスを貯めるにはまだまだ足りていない。
要するに、あれもこれも全部ダクネスのためなんだが、今言ったところで理解出来ないだろうし、なんか恩着せがましくて格好悪い。
ここは、誤魔化しておくことにした。
「俺は楽したいから頑張るんだよ。今大量に稼いでおけば、後々働かなくても済むだろ?」
「な、なるほど……。そういう考えも、でも……。うーん?」
口をついて出た言葉ではあったが、あながち嘘でもない。だが、それを聞いたダクネスは、頭を抱えて悩み出してしまった。
流石に大貴族だけあって、将来働きたくないという俺の宣言はどうなのかと思う気持ちが強いのだろう。
そういえば前もこんな感じのことを言った時、漫画家を例に出して責任がどうのという説教を受けたな。あれにはちょっと衝撃を受けてしまったのを今でもよく覚えている。
「流石に全く働かないってのは無理かもしんないけど、何かあった時に蓄えがあるのとないのじゃ大違いだろ? まあそんな感じだよ。ほら、そうこうしているうちに着いたぞ」
気が付けば、ウィズの魔法具店の目の前までやって来ていた。
ドアを開くと、相変わらず閑古鳥が鳴いているようだった。
「おーい、ウィズー? いないのかー?」
「あっ、カズマさん! 今行きますね!」
どうやら店の奥にいたようで、ぱたぱたと小走りでウィズがやってきた。
「ダクネスさんも、こんにちは。カズマさんのお手伝いですか?」
「ああ。一人じゃ持ちきれなさそうだから、私から買って出たんだ」
「そうでしたか。……ところで今日は、アクア様は……?」
「安心しろ、置いてきたから。それよりほら、約束通りライター、持ってきたぞ。お値段は、なんと驚きの一個百エリスだ!」
人件費がかからなかった分、安く作れたための値段だ。
これで売れ行きが良ければ、大量生産するためのルートを確保していこうと思っていた。
「意外と小さいんですね……。ちなみにどの位使えるんですか?」
「頻度によるだろうけど、一ヶ月はもつよ」
「これで一ヶ月ですか……。初級魔法である『ティンダー』に余計なスキルポイントを使いたくないという人は大勢いますからね。結構な売れ行きになるとは思います。ただ……」
「なんだよ、なにか心配事でもあるのか?」
売れると思っているだろうに、なにか懸念事項でもあるのだろうか。
もしかして、似た魔道具でも開発されたのか?
前はなかったからと言って、今回もその限りとは言えない。
しかし、ウィズの口から出たのは意外な答えだった。
「どう宣伝しようかと思いまして……。一度使ってさえ頂けたら、もう一度買ってくださるとは思うのですが、その最初がなければ元も子もありません……」
「ふむ、確かに宣伝は大事だろうな。どんなに便利なアイテムも、宣伝方法を誤れば、大衆に埋もれてしまう。どうしたものか……」
ダクネスまでが黙り込んでしまう。
宣伝は商売にとっての基本で、最も大事なものと言える。
だが、俺にはとっておきの秘策があった。
「……俺に良い案があるんだけど、ウィズには辛い選択になってしまうかもしれない。どうする?」
「……私、やります! どんなことだって、成し遂げてみせます! だって、今月の家賃が払えませんから!」
仕入れに失敗してばかりの貧乏店主の、悲しい決意であった。
「はああー? なんで女神であるこの私が、アンデッドの店の手伝いなんかしなきゃいけないのよ! 私は忙しいんだから、他を当たって頂戴!」
「そう言わずにさ、頼むよ。お前、こういうの得意だろ? 魚屋のアルバイト、大盛況だったじゃないか」
忙しいと言いながら、昼過ぎまでパジャマ姿の駄女神。
余りある賞金を湯水のように使い、自堕落な生活をしているアクアにライターの宣伝を頼むも、断られてしまう。
まあ、こうなることは予想していたけど。
「そうだけど……」
「お前ほど商才のあるやつを、他に知らないんだ。三時間だけでいいし、バイト代も弾むから」
「……そ、そうかしら? ま、まあカズマがそこまで言うなら……」
珍しくアクアがすぐに折れてくれた。
こういう時は、脅すか破格の条件でも提示しないと引き受けてくれなかったが、一体どうしたのだろうか?
まあ俺としてはありがたいので、黙っていよう。
「ありがとな! 礼と言ったらあれだけど、バイト代とは別にうまい酒でも買って待ってるから、頼んだぞ!」
「なによ、分かってるじゃないカズマ! まあ見てなさい! 私にかかればバイト時間内に完売させて見せるわ!」
調子に乗っていつものような大口をたたくが、俺は数時間後、アクアの真の実力を目の当たりにするのであった。
「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ここにあるのは、カチッとするだけで火を点けられる夢のような魔法具よ! これさえあれば、ティンダーいらず! お値段たったの百エリス! さあ、買った買ったー!」
「お、おいアクアの姉ちゃん! 一つ売ってくれ!」
「こっちは二個くれ!」
「はいはい、慌てないでねー? ここだけじゃなくて、ウィズ魔法具店にも大量に在庫があるから、そっちでも買えるわよー!」
「…………」
大通りで路上販売を始めてからたったの三十分。
即席で用意した露店の前には、長蛇の列が続いていた。
「カズマカズマ! ウィズの店の方もこっちと同じくらいの長い行列ができています! もう在庫が少なくなってきたとかで……!」
「嘘だろ!? 俺、一週間掛けてかなりの数作ったんだけど!?」
まずいことになった。
アクアの力を舐めすぎていたかもしれない。
アクアの客寄せは、それはもう見事なものだった。
まずはお得意の宴会芸を、ライターを交えつつ披露し、道行く人の足を止め。
テレビショッピング顔負けのセールストークで、次々と購入者が増えていき。
行列に誘われた人たちも、気づけばライター片手に列を離れていく始末だ。
「ごめんなさい、もう売切れちゃったみたいなの! お詫びと言ってはなんだけど、私の必殺宴会芸でも見ていきなさいな!」
そう言って大勢の人の前で宴会芸を始めてしまうアクア。
三時間で、との約束のアルバイトだったが、半分以上の時間を残して終了と相成った。
「カズマ―! あんたも見てなさい! これが機動要塞デストロイヤーよ!」
「バカ! 宴会芸見せるためにやってんじゃ……すげー! なんだそれ!」
肌が凍てつくような冬空の下、アクアの周りだけが熱気に包みこまれていた。
ちなみにこの日の総売り上げは六十万エリスにまでなり、ウィズには泣きながらお礼を言われることとなった。