「…………」
昨夜は、ほとんど眠れなかった。
今思い出しても、夢なんじゃないかという気持ちの方が強い。
めぐみんの唇が触れた頬が、未だに熱を持っているように感じられる。
二周目では、出会ってまだ約一ヶ月。
それだというのに、少し進展しすぎではないだろうか。
確かに、俺がめぐみんについてよく知っているというのはある。
だが、それにしたってだ。
いや、嬉しいよ? 嬉しいけど……。
めぐみんのことだ、また顔を合わせればケロッとしたように普段通りなのだろう。
そうだ、そうに違いない。
本当にあいつは、魔性とか小悪魔とか、そういう言葉が歳の割に似合うやつだ。
そうと決まれば、俺も普段通りにいってやる。
俺のポーカーフェイスは自慢じゃないが、彼の有名なカジノ大国であるエルロードの猛者だって欺くことが出来る。
今日こそは、一矢報いてやるのだ。
「カカカ、カズマ。お、おはようございます」
「おおお、おう。おはよう」
おかしい。
いつもなら何事もなかったような顔であいさつをしてくるはずが、動揺しているのが見え見えであった。
おかげで俺までどもってしまう。
思えば、あんな甘酸っぱい空気になったことはなかったんじゃなかろうか。
ムードもへったくれもない、そんなのばかりだった。
最後にはアクアやダクネスの邪魔が入り、有耶無耶になってしまう。
それがお決まりというか、お約束だった。
甘い空気を残したまま別れたことで、めぐみんも昨日の余韻が残っているのだろう。
そうと決まれば……!
「なあ、めぐみん。この後、良かったら二人で……」
『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 住民の皆様は、急いで避難してください! 街にいる冒険者の方々は、直ちに冒険者ギルドに集まってください!』
「…………」
俺が決死の覚悟でめぐみんをデートに誘おうとしたら、それを邪魔するかのように緊急警報が聞こえてきた。
やはり、俺には甘い空気など似合わないということだろう。
俺はかぶりを振って、思考を切り替えた。
今はデストロイヤーが優先である。
「カズマ! 今の警報聞いた!? 逃げるわよ! 遠くへ逃げるの!」
「待て待て、せっかく手に入れた家がぱあになるだろ? 取り敢えず落ち着けって」
「はあー? あんた何言ってんのよ! デストロイヤーよ、デストロイヤー! 倒せるわけないじゃない!」
元はと言えば、こいつがこの世界に送り出した日本人が作り出したというのに、なぜこんなに弱気なのだろうか。
こいつは本当に、自分が女神ということを素で忘れるからたちが悪い。どうでもいい時は、女神女神うるさいというのに。
行きたくないとぐずり始めたアクアを、どうにか外に連れ出そうとしていると、二階からダクネスが下りてきた。
「すまない、遅くなった。……アクア、あまりカズマを困らせてやるな。それに、この男なら案外簡単になんとかしてしまうかもしれないぞ?」
「そうですよ、アクア。それにもし倒せれば、デストロイヤーに掛けられた賞金ががっぽり手に入れられます」
「もし本当に危なくなったら俺が『テレポート』で避難するから、な?」
三人がかりでアクアを説得しにかかる。
実際、アクアがいなければ障壁が破れず、爆裂魔法が通らないのだ。
アクアの同行は、絶対条件である。
「……カズマさん、本当に倒してくれる?」
「俺一人じゃ、そりゃ無理だ。だけど、お前が来てくれれば絶対に倒せる。こういっちゃなんだが、俺は勝てる自信があるクエストしか引き受けないからな、その俺が太鼓判を押すんだ。安心しろ」
「それは、なんだか微妙に格好良くないぞ……」
うるさい、過信するよりましだ。
俺の言葉に、渋々といった感じでアクアが同行を決意してくれた。
「よし! じゃあみんな、行くぞ!」
「「「おう!」」」
アクアの説得を終えたところで、ようやく出発となった。
デストロイヤー戦の前だというのに、やる前から疲れてしまった。
俺が溜息をつきながら、玄関を出ようとした時。
めぐみんが俺の袖を軽く引っ張って――。
「カズマ。これが終わったら、さっきの話のつづき、聞かせてくださいね?」
みんなに聞こえないくらいの小声で、そう呟いた。
若干死亡フラグのようにも感じたが、現金な俺のやる気はさらに上がるのであった。
ギルドに入ると、既に見慣れた冒険者たちが大勢やって来ていた。
「サトウさん! 来てくれたんですね!」
今やアクセルの街でも言わずと知れた俺たちのパーティーがやってくると、ギルド内のボルテージが上がった。
カエルにだって苦戦していたというのに、俺たちも強くなったものだ。
俺は受付のお姉さんの元まで行くと、デストロイヤー討伐の作戦について話した。
「すいません、実はデストロイヤーに通じそうな戦法があるんですけど……」
「ほ、本当ですか!? ぜひ、お聞かせください!」
大まかな作戦は前回とそう大差ないが、今回は効率重視だ。
受付のお姉さんは俺の作戦を聞くと、すぐさまギルドにいる人員で班を作成し始めた。
元はと言えば、俺と同じ転生者の悪ふざけで始まったデストロイヤー騒ぎ。
本人はもう死んでいるため、責任を問うことは出来ないが、尻ぬぐい位は同じ転生者である俺がしてやる。
「サトウカズマ、この前はすまなかった」
「……なんだよ突然、気色悪い」
ウィザード組と一緒に『クリエイト・アース』で砂を作り出していた俺のところに、唐突にミツルギが謝りに来た。
ミツルギも仲間の美少女を引き連れて、デストロイヤーの討伐に名乗り出ていたのだ。
「聞いたよ、ベルディアを倒したんだってね。君のことを誤解していたよ」
「ベルディアのことなら俺だけの実力じゃないし、正面からやりあえば俺はお前に勝てない。誤解でも何でもねーよ」
「それでもさ。ベルディアは今の僕じゃ倒せなかった。君は本当にすごい奴だよ。それに――」
言葉を区切って、ミツルギは視線をアクアの方へと向ける。
そこには、他の冒険者にああだこうだと言いながら、楽しそうにバリケードを作るアクアの姿が。
「――君といた方が、アクア様は楽しそうだ」
寂しそうな笑みを浮かべたミツルギは、そう言ってその場を後にした。
あいつの、こういうところが、本当に嫌いだ。
こういう、憎み切れないところが。
ウィザード組と一緒に砂を生成していた俺だが、魔力を節約するために休憩をとることとなった。
作業場を離れ、正門前のバリケード作りの様子を見に行くと、ダクネスが手伝いもせず遠くを見つめていた。
「ダクネス、こんなところで突っ立って、なにしてんだ? いくらお前が耐久力に自信があるからと言って、デストロイヤーを止めるなんて無謀もいいところだ」
「……カズマ、私には聖騎士としてだけでなく、この街を守らねばならない理由があるのだが……。お前には話しておこうと思う」
そう言うとダクネスはくるりとこちらを向き、胸元からペンダントを取り出した。
それは昔俺がよく悪用していた、とある貴族の家紋であった。
「私の本名は、ダスティネス・フォード・ララティーナ。名前からも分かるように、貴族だ。であるならば、この地に住まう人々を守るのは、当然の義務なのだ」
「……お前、普段あんな格好良い言動なのに、本名は可愛らしいんだな」
「それを言うなっ! ……カズマ。今私は、結構な重大発表をしたと思うのだが、言いたいことはそれだけなのか?」
まあ、知ってましたから。
それに、いくら大貴族のお嬢様だからと言って、うちのパーティーの大事なクルセイダーだということに変わりはない。
「別にお前が貴族だとか、そんなことは関係ない。これからもお前が貴族だからといって遠慮することもなければ、特別扱いするつもりもない。そこんとこだけは覚悟しておけよな」
「……そうか。そうっだな、そうだった。カズマはそういうやつだったな」
ダクネスは何がそんなに面白いのか、ひとしきり笑うと。
「ありがとう」
思わず見とれるほどの笑顔で、そういった。
結局ダクネスの説得には失敗し、決戦の時がやってきた。
「おい! 俺の『千里眼』スキルで敵を発見した! まだ視認は出来ないが、もうすぐ来るぞ!」
俺がそう叫ぶと、作業中だったものも手を止め、一斉に避難を開始する。
もっと阿鼻叫喚の地獄絵図になるかと思ったが、全員思った以上に冷静だった。
「アクア、準備はいいか? お前はこの作戦の要だ。頼んだぞ」
「任せなさい! あんなガラクタ、私にかかればイチコロよ!」
ここ一番という時のアクアは、本当に頼もしい。
こいつの頭の中の辞書には、緊張という文字がないのだろうか。
そういえば前はめぐみんが緊張で、危うく爆裂魔法を失敗するところだった。
まだ視認できるまで少し時間があるため、緊張をほぐしてやろうと視線を向けると。
「どうしました、カズマ? 私も準備ばっちりですよ。いつでもいけます」
緊張どころか、普段より落ち着いためぐみんの姿が、そこにはあった。
「……お前、緊張とかしてないの? いや、むしろ全然ありがたいんだけどさ。相手はあのデストロイヤーだぞ?」
訝しむように俺が尋ねると、めぐみんは優しく微笑みながら。
「緊張はしています。ですが、隣にはカズマがいてくれますから」
そんなことを、恥ずかしげもなく口にした。
おかげで、俺の方がめぐみんの近くにいるというだけで緊張してきてしまった。
なんなの? こいつ、本当に俺のこと好きなの?
そんな考えが頭の中にループし始めていたが、アクアの声に現実に引き戻された。
「来たわよ、デストロイヤー!」
遠くに見えるのは、クモ型の超巨大兵器。
機動要塞デストロイヤーが、その姿を現した。
すいません、長くなりそうなので区切りました。
次回で決着となります。