1
十一月某日。
すっかり夕日も落ち、辺りは街灯とお店の光でいっぱいになった頃。
この学園都市の人間
(学園都市に来てからまだ数日だが、この街はやっぱり不思議だ。なんだよこのヤシの実サイダーに黒豆サイダーって。センスを疑うよ)
とある目的を果たすために学園都市に来たのだが、どうにも馴染めそうな雰囲気ではない上里は「試しに一つ買ってみるか」とヤシの実サイダーを手にしてレジへと向かう。会計をしてもらっている間、今日の昼の出来事を思い返す。
学園都市に滞在するにあたって住むアパートの部屋の掃除を本日の昼頃から行っていたのだが、四畳半のボロ部屋となると置くものも片付けるものも無いためすぐに終わってしまった。そして終わったと同時に、
「上里の兄貴ィィっ!元気やってる!?」
と、男性並に張った声を出す少女、
「わぁぁっ!!ここが兄貴の新しい部屋かぁぁっ!!なんつーか!!狭くてボロっちぃなぁっ!?」
「ちょっとストレート過ぎなんだけど。安くていい部屋がここぐらいしかなかったの。最低限生活は出来るから問題は無い」
このとても元気で五月蝿い少女は、学園都市に住んでいる能力者の一人である。ここ最近旅行先でたまたま上里と出会い、とある事件をきっかけに彼のことをとても慕うようになった。そして、たまたま学園都市の学生だった為に、ここに移住する際に彼女には色々とサポートをしてもらっていたのである。
「あれ!?もしかして兄貴ご自慢の『上里勢力』ってやつの中でこの新居に初めて入ったのって……オレ!?やったぜよっしゃぁっ!!」
右拳を握り締め、天高くそれを突き上げる赫裏。
「その言い方やめてくれ。勢力でもなんでもないから」
はぁ、とため息をこぼしながら手を首に当てて横に振るうも、関節は鳴らなかった。
それから少し話をしたあと、彼女は用事があると言って帰っていった。一人残った上里は今後どうするか、試行錯誤を繰り返しているうちに夜になってしまったという訳である。
「ありがとうございました!」
店員さんの元気な声を聞きながら袋からヤシの実サイダーを取り出す。シュカッ、という気持ちのいい炭酸の弾ける音が鳴ると同時にそれを口に含んだ。
「……何とも言えない」
美味しくもなく、不味くもなく。ザ・普通な味を嗜みながらボロアパートへの道を進んでいた時だった。
ドサァッ!!と。
街灯の灯りだけが頼りの薄暗い道で、それは聞こえた。何かが落ちた音。それも近い。
耳を頼りに人気のない狭い路地裏を進むと、そこには大量のゴミ袋に埋もれた一人の少女がいた。顔や足に擦り傷や痣があるのを見る限り、この場所で転んだとは考えづらい。
「物騒すぎるぞ、学園都市」
次に。上里は何者かが近づく気配を感じる。すぐにでもこの少女を背負って逃げようと考えたが、もう遅かった。既に刺客はすぐ側にやって来ていた。
「……、」
ボロボロの黒いマントを羽織った骸骨マスク。見るからに怪しすぎる。それも一人ではない。三人……いや、四人程確認できる。
「その少女を渡してくれないか?」
先頭に立つ一人が一歩踏み込み、話しかけてくる。
「きみ達に渡したらどうなるんだい、この子?」
茶髪で中肉中背の少年が放つ言葉に、普段の優しい声色を感じられない。張り詰めた空気。それに負けないくらいのオーラを今、彼は纏っている。
「お前みたいなガキには知る由もないことだ」
トンっ。
先頭の一人が軽く地面を蹴ると、上里に向かって突進を仕掛ける。その右手にはギラりと光るナイフが握られていた。
ふと、上里の腕を少女のか細い手が掴む。そして、
「たす……けて」
今にも消え入りそうなその声。その一言。それだけで、上里翔流が動くには十分だった。
「任せろ」
上里は近くにあったプラスチックでできた丸いゴミ箱を何個も蹴り飛ばし道を塞ぐ。その間に倒れ込む少女を背負い、路地裏を一気に駆けていった。
「そんな小細工が暗部に通用すると思ってるのか」
悠々とそれを避けていく黒マントの男は最後のゴミ箱の上を飛び超えた所で気づく。
「まさか!?」
着地と同時に瞳に映ったのは、火のついたマッチ棒だった。
「ちょっとやり過ぎだったかな。でもまぁこの右手を使われるよりはいいだろ」
燃え盛る路地裏をあとに、くねくねと道を曲がるという追っ手から逃げ切る動きで自身のアパートへと辿り着く。
「第七学区の地図だけでも覚えておいて正解だったな」
まさかこんな所で役に立つとは思いもよらなかった。そう思いながらも追っ手がいないのを確認しつつ自室へと入っていった。