ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
風呂を終えたレックスたち一行は、ダイニングルームへと赴く。
ダイニングルームでは食事の準備が完了しており、既にルドマン夫人が席についていた。
「お風呂の加減は如何だったかしら?」
ルドマン夫人がにこやかに尋ねると、レックスも笑顔で答えた。
「うん、とても気持ち良かったよ」
「そう。あなたが着ていた服は汚れて所々に穴が開いてたから、こちらで代わりの服を用意させて貰ったけど、そちらはどうかしら?」
「うん、大丈夫」
そう言ってレックスは着ている服をルドマン夫人へ見せるように引っ張った。
とても上等な素材で出来た、肌触りと着心地のよい服である。
「まあ、この服では旅をするには流石に少し心許ないけれどね」
レックスが今まで着ていた服は、ただの衣服ではなく長旅用に強化されたものである。
5年前に発見された非常に頑丈で呪文にも強い特殊な繊維で編まれている為、対魔物相手にも有用なのだ。
流石に鎧のような高い防御力までは備わってないものの、とても軽く動きやすいので長旅の際には重宝していた。
「あら、そうなの。そう言うと思って、先程までの服は洗濯と修復を急いで行わせてるわ。明日の朝には直ってると思うわよ」
「有難うお祖母様」
如何に特殊繊維を使われているとはいえ、今やどの町にも流通している素材なので、開いた穴を塞ぐ程度の修繕であれば、ルドマン夫人の言うように一晩もあれば充分に可能であろう。
レックスは安心して服の修繕を任せることにした。
「お友達の方もどうかしら?」
「え?あ、いや、こんな高そうな服、本当にお借りしていいのかどうか…」
「あらあら、貸すなんて言わずにそのまま差し上げますわ。前に着ていた服もかなりボロボロだったですしね」
「ええっ!?い、いいんですか!?」
「ええ、勿論。レックスのお友達なのだから遠慮なさらないで」
リーヴが今着ている服は、ユニセックスなもので、レックスの着ているものと同様に質の良い生地で仕立てられたものである。
恐らく普通に買おうと思ったら、かなりの値段がする代物であろう。
そんなものを一言二言で差し上げると言ってしまうルドマン夫人の気前の良さにリーヴは感服する。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」
「そうなさいな」
「あ、有難うございます!!」
リーヴは深々とルドマン夫人へ頭を下げる。
そこまで言って貰って、遠慮してしまうのは逆に申し訳ないような気がしていた。
ルドマン夫人の気持ちを汲み、貰って置くのがここは最善の行動なのだとリーヴは思った。
それにリーヴ自身、お洒落みたいなものに興味が無いことも無かった。
普段は木こりとしての生活があるので動きやすい衣服を着ざるを得ないのだが、余裕があればもっと色んな服を着てみたいという思いも確かに存在しているのだ。
その辺、リーヴがやはり女性であるということが関係しているのだろう。
ルドマン夫人から貰った衣服は素材の上質さに加えて、デザインのセンスもかなりいいものを持っている。
旅には向いていないかも知れないが、非戦闘員であるリーヴには充分過ぎる贈り物である。
「さ、皆も揃ったところですし、そろそろお食事にでもしましょうか!」
ルドマン夫人が手をポンと軽く叩いて、そう提案した。
彼女の言葉と同時に、忙しなくメイドたちが動き始める。
よく見ると、メイドの中にエィシルの姿を確認出来た。
どうやらレックスたちが風呂に入っている間にリリィの散歩から戻って来たようだ。
「いやあ、お腹ペコペコだよ」
レックスは目の前の料理に目を輝かせながら言った。
ここ暫くは食事と言っても調味料などが無かった為に、捕まえた獣をただ焼いたものや野草を煮詰めたスープ紛いのものしか口にしていなかった。
今、テーブルに並べられた数々の料理のように、ちゃんと調理されたものを食べるというのはかなり久し振りである。
リーヴもここまで豪華な料理というのは、食べるどころか見たことさえも無い。
否が応にも期待が高まっていく。
かくして、その期待は裏切られることなく叶うこととなった。
「うわ、美味い!!」
「うん、美味しいね!」
久し振りのまともな食事、それも一流の料理人たちの手で作られたと思われる品々は絶品と言う言葉がぴったりであった。
レックスたちは極上の料理に舌鼓を打つ。
「はぁ…俺、幸せだあ」
リーヴは目をとろんとさせながら言った。
レックスと旅をしていなければ一生ありつくことも無かったであろう料理の数々。
こういうこともあるならば、旅の苦労も報われるというものだ。
自ら望んだ苦労とは言え、今後のやる気が違って来る。
「まったく、単純な奴だヨォ」
「単純で構わないもーん♪」
「…………」
ドラきちの嫌味も意に介さない。
人間、余裕を持つと些細なことでは腹が立たなくなるものだ。
極上の料理はそれだけの効果をリーヴにもたらしていた。
和やかな雰囲気で食事をしている一行。
レックスは久し振りの祖母との再会に嬉々として近況を話し、リーヴとプックルたちは幸せそうに料理を口へ運んでいた。
その時、メイドたちが突然忙しく動き始めるのが見えた。
ルドマン夫人がメイドの1人へ不思議そうに尋ねる。
「あら?どうかしたの?」
「あ、奥方様。デボラ様がご帰宅なされたようです」
「あらあら、そうなの」
それから間もなく、ダイニングルームへ1人の派手な格好をした女性が入って来た。
「ただいま、ママ。ん?あんた、レックス?」
「デボラ叔母さ…」
「誰が“オバさん”ですってぇ…!?」
「…デボラさん、こんにちは」
背筋が凍りつきそうな視線をこちらへ向けてきた彼女に対し、レックスも流石に慌てて言葉を訂正する。
聞いた話とレックスたちの態度から判断するに、彼女がルドマン夫妻の長女デボラのようだ。
見た目はとても美人ではあるが、どうも性格に難がありそうな感じがしている。
そんな風に見つめるリーヴの視線に気付くと、デボラはキッと睨み付けて来た。
「あんた、見たところレックスのお客さんね?」
「え、あ、ハイ」
「ふーん、よく見ると可愛い顔しているじゃない」
「え、え、あの…」
「だからといって、こっちにガン垂れていいってわけじゃないのよ!」
「ひっ、す、すみません!!」
リーヴは思わず彼女へ謝罪する。
デボラは相手を自分のペースに巻き込む力が強いらしい。
こちらの良い悪いに関係なく、彼女に強い口調で言われると反射的に謝ってしまいそうになる。
常に温和なルドマン夫人とは真逆の存在である。
「キキキ、いい気味だヨォ」
「そこの魔物も私の許可なく喋らないの!」
「キキッ!?」
その力は魔物相手でも揺るがないようであった。
ドラきちもガタガタと震えながら口を噤んでしまう。
地獄の殺し屋の異名を持つプックルでさえも彼女に対しては何処か困惑したような表情をしている。
今この瞬間この屋敷の中で1番強いのは、間違いなく彼女であろう。
「今日は何処へ行ってたの?今朝から見なかったけれども…」
ルドマン夫人が尋ねる。
デボラへ物怖じしないのは、長年親として接してきたが故だろう。
「ちょっとね。大した用事じゃないからママは心配しなくてもいいわ」
彼女も自分の親に対してはあまり尊大な態度を取らないみたいである。
「全く。もういい年齢なんだから、あまりフラフラしないで早く身を固める努力をしなさい」
「ハイハイ、検討しとくわ」
「ハァ、本当にあなたとフローラは同じ姉妹でどうしてこうも性格から何からかけ離れているのかしら」
「あの子はあの子、私は私よママ」
そう言ってデボラは胸を張ってみせる。
決して虚栄ではない彼女のその自信は、一体何処から出て来るものなのか。
凄い人物が現れたものだとリーヴは感心していた。
「あ、そこのメイド」
「は、ハイィ!!な、何でしょうかデボラ様?」
デボラが唐突に呼び止めたのはエィシルであった。
すると、デボラは彼女に向かって何かを投げる。
エィシルは慌ててそれを受け止めた。
「とと…!こ、これは一体?」
「あんた、地味だからそういうの付けて少しはお洒落しなさいな」
「で、でも、こんな高そうな指輪…」
「何?私からのプレゼントは受け取れないって言うの?」
「い、いえ、そんな!!あ、有難うございます!!」
エィシルはデボラへ向かって深々と頭を下げる。
「フン、最初からそう言えばいいのよ」
デボラはぶっきらぼうにそう言った。
言葉や態度とは裏腹に、数多くいるメイドの1人を気にかけ、高価そうな贈り物までしてあげるその姿は、先程までの彼女からすれば意外に見えた。
どうもこのデボラという女性はただの自信過剰で我が侭で自分本位な人間というわけでもないみたいである。
エィシルとのやり取りから、そんな一面が垣間見えたような気がした。
「これ、大事にします!!」
エィシルはそう言ってデボラから受け取ったものを大事に抱える。
とても真っ黒な宝石の指輪である。
闇よりも深い色の石は、美しさと同時に何処か不気味さをも感じさせていた。
黒曜石やオニキスとも違うようであったが、宝石に詳しくないレックスたちにはそれが何かはよく分からない。
新たな鉱石か何かなのだろうか。
「あら、デボラ。その指輪はどうしたの?見たことの無い宝石のようだったけれども」
ルドマン夫人もその宝石は見たこと無いらしく、デボラへ不思議そうに尋ねた。
しかし、デボラは首を横に振る。
「私もよく知らないわ。貰い物だし。捨てようかと思ったけど、どうせならあの子にあげようと思って持って来たの」
「まあ、余所の方からの贈り物を他の人へあげるだなんて…」
「私が貰ったんだから、私のものよ。それをどうしようと私の勝手じゃない?」
「全くこの子は…」
ルドマン夫人は深い溜め息を吐く。
半ば諦めの入ったルドマン夫人の表情を見るに、デボラのこういった行動は今に始まったことでは無いのだろう。
何となく積年の苦労が偲ばれるようであった。
「あ、そう言えば…」
デボラは何かを思い出したのか再び顔色を変える。
「あの男!!」
綺麗に整えられた眉毛と目をキッと吊り上げ、デボラは声を張り上げる。
彼女の癇癪のスイッチはいとも容易く入ってしまうらしい。
「本当にいい度胸だわ!!」
「ど、どうしたの、デボラさん?何をそんなに怒ってるの?」
レックスがやんわりと尋ねる。
すると、デボラはまるで獣が獲物を捕食するかのように視線を素早くレックスへ移した。
「そう言えば、あんたのパパも私の誘いを断ってくれたわね!」
「え?お、お父さんがどうしたの?」
「フン、まあそれは10年以上も前のことだからもういいわ。肝心なのは今よ!今、私の誘いを断ったあの男!!どうしてくれようかしら!?」
「え、え~と…」
あまりに興奮しているデボラに、レックスは戸惑いしかない。
彼女の言葉だけで判断するに、誰かを誘って断られたから憤慨しているようだが、そんなことはこの場にいる皆には関係のないことだ。
しかも、この場にいない自身の父親にまで話が及んでいるのだからワケが分からない。
「…全く。その年齢にもなって殿方を連れ込もうだなんて、恥ずかしくって仕様が無いわ」
唯一、彼女の親という立場であるルドマン夫人だけがそう言ってデボラを諌めようとする。
ルドマン夫人がいなければ、この場はずっとデボラのペースで進んでいただろう。
「フン!こんな年齢だから男の1人でも連れ込まないと、すぐに枯れて萎んじゃうじゃない!」
「それなら、お見合いの話だってあるでしょう?」
「お見合い?ああ、あのどうしようもない男たちばっかのアレ?フン、私の一生を共にするパートナーくらい私の眼鏡に適う男を選びたいわ!」
「…そんなんだから婚期もどんどん遅れてるのよ」
ルドマン夫人はやれやれと、とても深い溜め息を吐いた。
デボラはフンと鼻を鳴らす。
「あのフードの男、久々にピーンと来たのに、私のことを無視して…」
「フードの…男?」
レックスは思わず聞き返す。
その様相の人物に思い当たる節があるからだ。
「そのフードの人って、もしかして銀色の髪をしてなかった?」
「ん?レックス、あんたの知り合いなワケ?そうねえ…。髪は銀色だったような気もするけど、フードに隠れてたしよく覚えてないわ」
「そう…」
デボラの言葉からは確証を得ることは出来なかったが、レックスは何となくそのフードの人物が自分が思っている人物ではないかと思い始めていた。
「で、あんたの知り合いなの?」
「い、いや、知り合いって程じゃ…前の町でそういう人をチラッと見ただけで」
「そうなの。でも、もしそうだとしたら、そこからわざわざサラボナまで来たっての?何が目的かしら?」
レックスもデボラと同じことを思っていた。
もしも、デボラが見たというフードの男がレックスがボムバレーの町で出会ったフードの男と同一人物であるならば、この町に来た目的が分からない。
単に旅をしていて、たまたまレックスと同じようにこのサラボナの町へ寄ることになっただけなのか、それともレックスを追って来たのか。
後者が理由であるならば、1つの懸念が生まれる。
レックスはボムバレーの町で戦った魔人のことを思い出していた。
白昼堂々と町中に現れた魔物。
町の周辺に似たような魔物がいなかったことから、魔人はその場で生み出された可能性が高いとレックスは考えていた。
ここ数年、魔物の凶暴化や新種の魔物の誕生は自然発生的なものではなく、人為的なものではないか、ということをレックスは何となく感じていた。
仮に人為的なものであれば、それを実行に移した何者かがいるということになる。
それがあのフードの男ではないか。
その可能性をレックスは視野に入れていた。
(ディー…って言ったっけ?一体、彼は何者なんだろう?)
果たして、彼が一連の真犯人なのだろうか。
フードの男に対する疑念はますます深まっていくのであった。
「綺麗…」
エィシルは仕事の合間、時間があればデボラから貰った指輪を眺めていた。
性格には指輪に付けられている石の方であるが。
こういう豪邸で働いていれば、必然と宝石類も目にする機会は多いのだが、この指輪の石は全く見たことないものであった。
ということは、まだ世間に知られていない珍しい石なのだろう。
そんなものを一介のメイドが手にするなんて、本当に奇跡的であった。
ルドマン邸で働いていなければ、エィシルが普通に暮らしていく上でこのようなものをお目に掛かる機会など、存在すらしなかったであろう。
それが、今この手の中にあるのだ。
「付けても…いいよね?」
この指輪をエィシルに渡したデボラは「これでも身に付けてお洒落でもなさい」と言っていた。
雇い主の1人である彼女からそう許可を得ているのであれば、誰も咎める者はいないであろう。
エィシルはドキドキしながらその細い指に指輪をはめる。
「うわあ…」
サイズは意外にもピッタリであった。
エィシルの指に、普段であれば付けられることのない指輪がある。
それだけで、まるで非日常の世界へ入ってしまったかのような錯覚を感じた。
田舎臭い、地味な自分自身とは不釣合いな美しいアクセサリー。
それでも彼女は嬉しさでいっぱいに満たされていた。
「夢みたい…」
思わず頬を抓ると、これが夢で無いと痛みが教えてくれた。
指輪1つでここまで世界が変わるとは彼女自身も考えてはいなかった。
得体の知れない高揚感に包まれる。
「…………」
多幸感の中、彼女の意識はどんどん闇へ落ちていく。
気が付くと、指輪の石は禍々しいオーラを僅かに放っている。
美しく吸い込まれそうだった漆黒は、何時しか不安と絶望しかない暗闇へとその色を変えていた。