ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~   作:メソウサ

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第4話 サラボナの町 その4

メイドや使用人たちがテキパキとテーブルの上の食器を片付けている中、食事を終えたレックスたちは暫しの寛ぎの時間を味わっていた。

魔物たちに襲われる可能性の高い野外と比べれば、ここは正に安息と言うべき場である。

だが、ボムバレーの町では、町中に魔物が出現したということもあったので、武器はすぐ手に取れるように側へ置くなどの最低限の警戒だけは怠ってはいなかった。

 

と、そんな折、2階からエィシルが降りてくるのが目に入った。

しかし、彼女の様子は何処かおかしいように見える。

 

「エィシル?」

 

彼女の目は虚ろで、ふらふらとまるで幽霊のようであった。

この明らかな異変について、レックスたちやルドマン夫人だけでなくデボラでさえも不審に感じていた。

 

「ちょっとあんた。大丈夫なの?」

 

デボラはそう言ってエィシルの近くへ寄ると、彼女の肩に手を置こうとした。

しかし、エィシルはすぐにその手を払う。

 

「一体、どうしたっての!?」

 

普段であれば、使用人にこのようなことをされた場合、すぐに怒って屋敷から叩き出していたであろう。

だが、今のエィシルはどう好意的に見ても普通ではない。

流石のデボラもこの時は叱責よりも先に彼女の身を案じていた。

 

「エィシル、しっかりなさい!」

「危ない!」

 

尚もエィシルに近付こうとするデボラをレックスは力ずくで止めた。

そのレックスの判断は正しかった。

次の瞬間、デボラの目の前に青白い炎が高い天井をも焦がす勢いで立ち上ったからである。

レックスが止めていなければデボラはそれに巻き込まれ、無事ではすまなかっただろう。

 

「これは…!?」

 

あまりのことにデボラは言葉を失う。

自身に起きようとしたこと、そして今エィシルに起きていること。

様々なことが彼女の頭の中を駆け回り、その場から動けずにいた。

一方、エィシルは生気の無い濁った瞳でレックスたちを見回している。

そして、ゆっくりとその口を開いた。

 

「…死…ね!」

 

まるで洞穴の向こうから聞こえてくるような、およそ女性のものとは思えぬ声。

それと同時に彼女の両の手からは先程と同じ青い炎が轟々と燃え上がった。

 

「プックル!」

「ガゥルルル!!」

 

瞬時にレックスはプックルの名を呼んだ。

すると、プックルは疾風の如き勢いでエィシルに体当たりを食らわせる。

そして、そのままの体勢で近くの窓をぶち破り、エィシルごと屋敷の外へと飛び出していった。

 

「ドラきち!スラリン!行くよ!」

「分かったヨォ!」

「ピキー!」

「リーヴはここにいてお祖母様とデボラさんをお願い!」

「わ、分かった!」

 

レックスはドラきち、スラリンと共にプックルがぶち破った窓から外へと飛び出していった。

残ったリーヴは、驚きのあまり固まっていたルドマン夫人とデボラの元へ駆け寄る。

 

「さ、さあ、2人共!とにかく安全な場所へ…」

「え、ええ…」

「デボラさんも早く!」

「…………」

 

リーヴの言葉など聞こえていないかのようにデボラはその場に突っ立ったままであった。

視線は、壊れた窓の方を向いている。

リーヴは先程よりも大きな声で再び彼女に呼び掛ける。

 

「デボラさん!!」

「…じゃないわ」

「え?」

「冗談じゃないわ!!」

 

突如、デボラは声を張り上げた。

リーヴは困惑する。

 

「え?ええ?」

「何が何だか分からないけど、あの子に何か良からぬことが起きた。それは私にも分かるわ」

 

デボラはキュッとリップグロスの付いた唇を噛み締めた。

 

「あの子、地味で野暮ったいけど、いい子だったわ。呆れるくらいいい子。だから、あの子が自分の意思であんなことをやるわけがないし、そもそも炎とか出したり出来るわけがないのよ!」

「デボラさん…」

「あの子はきっと誰かに操られてるのよ!そうに違いない!」

 

半ば確信したようにデボラは言った。

彼女の瞳はその誰かに対する怒りに満ち満ちている。

 

「何処のどいつだか知らないけど、うちのメイドに手を出しといて、ただで済むとは思わないで欲しいわね!」

「あ、デボラさん!」

 

リーヴが止める間もなく、デボラはツカツカと玄関の方へ行ってしまった。

どうやら外に出て行ったエィシルの元へと向かっているようである。

 

「…もう、あの子ったら本当にしょうがないんだから」

 

そんな彼女を見てルドマン夫人は言った。

その時の表情は、デボラに対する呆れや諦めなどではなく、町の入り口でエィシルとリリィーに向けたような、何処か微笑ましいといったものであった。

 

「…もう、俺は知らんからな!」

 

リーヴは頬を膨らませながら言った。

どの道、彼女を追い掛けたところで、戦闘では何の役にも立たない自分では足手まといを増やすだけである。

デボラのことはレックスに任せ、リーヴはルドマン夫人の側にいることにした。

 

 

「ハァ、ハァ…」

「…………ッ!!」

「くっ!」

 

レックスは手にした破邪の剣でエィシルが放ってきた青い炎を切り払う。

彼女の放つ炎は、呪文のようで呪文では無いようだ。

一般的に炎の呪文というと、火の玉を放つメラ系や閃光を放つギラ系、爆発を巻き起こすイオ系に分類される。

で、あるならば炎の塊を投げ放つエィシルのそれはメラ系の呪文と考えるのが自然である。

しかし、だとしてもメラ系の炎は大概は赤色の炎で、彼女のように青く純粋な炎ではない。

それに先程から炎に呪文特有の魔力を少しも感じないのだ。

まるで、彼女が手の平で直接炎を発生させて、それから投げつけているかのようである。

これは最早人間業ではない。

相手の呪文を封じる呪文、マホトーンが効く可能性は低いであろう。

 

「…どうすればいい!?」

 

レックスは迷っていた。

このままでは、彼女の魔の手がルドマン邸のみならず、サラボナの町全体にまで及ぶかも知れない。

だが、今レックスが剣の切っ先を向けているのは、あのエィシルなのだ。

つい先程には、リリィの散歩に苦心していた純朴な少女。

そんな彼女を倒さなければならないとでもいうのだろうか。

そもそも、何が原因でこうなってしまったのか。

 

「…………ッ!!」

 

しかし、エィシルはレックスにそれを考える時間さえも与えてはくれなかった。

またもや手から発生させた青い炎をレックスたちへ向けて投げつけてくる。

レックスは再び切り払ってみせた。

その時、エィシルはニヤリと笑う。

と、次の瞬間、レックスの足元から青い炎が立ち上ってきた。

 

「うわああああ!!」

 

今、レックスが着ている服はあくまで高級なだけのただの衣服である。

こういった攻撃に耐えられるようには出来ていない。

レックスはダイレクトに炎のダメージをその身に受け、その場に蹲ってしまう。

間髪入れずエィシルは右手に発生させた青い炎をレックスへ向けて投げ放とうとしていた。

 

「レックスゥ!!」

 

ドラきちがレックスの名を叫ぶと同時に、全身から強烈な光を放った。

エィシルは目を眩ましたのか、顔を手で覆う。

 

「大丈夫かヨォ!?」

「う、うん。取り敢えずは…」

 

レックスは右手に淡い光を纏わせ、それを自身の体へ接触させる。

すると火傷のダメージがスーッと引いていき、傷跡自体も消えて行った。

これが回復の呪文『ベホイミ』である。

 

「助かったよ。有難うドラきち」

「どういたしましてだヨォ!…油断するなヨォ、レックス」

「うん」

 

レックスはエィシルの方へ視線を戻した。

エィシルはようやく目が回復したのか、顔を覆っていた手を離し、その虚ろな瞳でこちらを睨み付けている。

改めて見直すと、その生気の無い瞳は完全に常軌を逸しているように見えた。

 

「エィシル…」

 

彼女と出会ったのはついさっきであり、それ程親しいわけでもない。

だが、だからと言って見知った人間を攻撃するなどということが心優しいレックスに出来よう筈も無い。

必然と防戦一方の展開になっていく。

 

「…………!!」

 

エィシルは声も無く笑いながら、レックスへ向けて次々と火球を投げ放った。

この状況を収める為には彼女を何とかしなければならない。

しかし、レックスには彼女の戦力を奪う方法が思いつかないでいた。

 

「レックス!!」

「……ッ!!」

 

再びドラきちが全身を発光させ、エィシルの目を眩ませる。

この攻撃は有効のようだが、それでも少しの時間の足止めにしかならない。

 

「ラリホーが使えれば…」

 

『ラリホー』とは、対象の相手を眠らせる呪文である。

相手を傷付けることなく長時間止めることが出来るので、この状況には打ってつけであった。

しかし、レックスやドラきち、スラリンにプックルも全員ラリホーを使うことが出来ない。

 

「もっと勉強しておけばよかった…」

 

レックスは思わず愚痴を溢す。

しかし、呪文には適正がある為、レックスがどれだけ勉強したとしても、どの道ラリホーを覚えることは出来なかったであろう。

何も解決策が浮かばない内にエィシルは回復し、またも攻撃の姿勢を見せている。

プックルが大きな声で雄叫びを上げるものの、エィシルは一切動じることはなかった。

プックルの雄叫びを聞くと大概の魔物は驚きすくみ上がるものなのだが、エィシルには効果が無いようである。

何とかして傷を付けずに彼女の動きを止めたレックスたちであったが、依然状況は好転を見せることは無かった。

 

「…………」

 

そんなレックスたちをあざ笑うかのようにエィシルは両の手から青い炎を発生させると、それを合わせてみせた。

すると、炎は一段と大きくなり、業火とも言うべきものへと変わった。

これを放たれたら、先程までのように交わすのは難しいだろう。

 

「…………!!」

 

エィシルは再びニヤリと笑う。

そして、両手を合わせたまま大きく振りかぶった。

 

「ッ!!」

 

レックスは剣を構え、炎に備える。

と、その時であった。

 

「ラリホー!」

「……ッ!!」

 

突如聞こえたその声と同時に、エィシルの体はまるで糸を切られた操り人形のようにバッタリとその場へ倒れ込んだ。

そして、静かな寝息を立てながら手入れの行き届いた芝生の上で眠り始める。

 

「ラリホー…?でも、誰が」

「私よ」

 

声のした方へ視線を向けると、そこにはデボラが立っていた。

堂々とした立ち振る舞いで、エィシルの方へツカツカと歩いて行く。

デボラが呪文を使えるなど知らなかったレックスは唖然としながらも、一先ずの戦闘休止にホッと一息ついた。

無論、まだ状況は予断を許さない状況ではあるのだが。

 

「デボラさん、有難う…」

「フン、やっぱりあんたはまだ子供ね。私がいないとまだまだダメなんだから」

「うん、本当にそうだ」

 

それはレックスの本心であった。

デボラのラリホーが無ければ、戦いはジリ貧の一途を辿り、最終的にはレックスたちがやられてしまっていたであろう。

それ程にこの戦いは全てにおいてレックスたちに不利だった。

知人が敵になり、襲ってくる理由すら分からない状況がこれ程に辛いものだとレックスはこの件で思い知らされた。

 

「どうしてエィシルがこんな…。それに、こんな力…」

「この子がこんなことするなんて有り得ないわ。きっと誰かに操られてるのよ」

「そうか。そうだよね。それで、誰がどうやって操ってるのかな?」

「さあ?それは分からないケド」

 

2人がそう話している内に、眠っている筈のエィシルの指がピクリと動き始める。

それを見たプックルが吠え立てたことで、レックスたちも彼女の目覚めに気が付いた。

しかし、一瞬遅かったようだ。

 

「……ッ!!」

「うわあ!!」

 

レックスとデボラの足元から強烈な炎が巻き上がってくる。

プックルが素早く2人に体当たりすることで、レックスとデボラは炎に巻き込まれることは無かった。

しかし、プックルはそうはいかない。

 

「グゥアアアアアア!!」

「プックル!!」

 

まともに炎の攻撃を受けたプックルはその場へぐったりと倒れ込んでしまう。

僅かに上下する体と搾り出すような声から生きてはいるようだが、かなりの重症を負ってしまったようだ。

レックスはプックルを治療しようと駆け寄ろうとする。

 

「……ッ!!」

 

しかし、エィシルはそうはさせじと次々とレックスの足元から炎を立ち上らせた。

次々に現れる青い炎の壁の前に、レックスは足止めを余儀なくされる。

 

「プックル…!!早くしないと、プックルが…!!」

「……ッ!!」

「くそっ!プックル、プックルーーー!!」

 

プックルは虚ろな目でレックスの方を見ながら「グルル…」と小さく唸った。

今もなお、プックルの命の灯火が消えようとしつつあるように見える。

ドラきち、スラリンも炎の壁に阻まれ、その場を動けずにいた。

 

「プックルーーーーー!!」

 

レックスは叫んだ。

とても悲痛な叫び。

エィシルは勝ちを確信したようにほくそ笑む。

 

と、その時であった。

 

「クケケーーーーッ!!」

「…ッ!?」

 

甲高い鳴き声と共に、エィシルへ向かって何か青い影が突進して来た。

突然の襲撃をまともに受けたエィシルはその場から吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。

エィシルへぶつかっていった青い影はそのままバッサバッサと大きな羽音を立てて宙に浮かんでいた。

よく見ると、その青い影の正体は1匹の少し小型のホークブリザードであった。

 

「君が…助けてくれたの?」

 

レックスは尋ねる。

しかし、レックスたちの仲間にホークブリザードはいない。

そしてホークブリザードの生息地はサラボナ近辺には存在しない。

では、何故ここにホークブリザードがやって来たのか。

 

「ブリード、来い!」

 

男の声がそう呼ぶと、ホークブリザードは声の主の元へ素早く戻って行き、その肩に乗る。

声の主はあのフードの男であった。

 

「君は、ディー…?」

「…………」

 

フードの男は何も答えない。

エィシルの方へ視線を向け、ただじっと彼女のことを見つめていた。

 

 

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