ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
フードの男、ディーの登場でこの場の状況は一変する。
「行け、ブリード」
「クケェー!」
そう言ってディーはブリードという名のホークブリザードを巧みに操り、エィシルを攪乱し始めた。
その隙にレックスはプックルの元へ駆け寄ると、手をかざして呪文を唱えた。
「ベホマ!」
先程、自身に向けて使ったベホイミよりも強く優しい光がプックルの体を包む。
すると、プックルの全身を覆う火傷は瞬時に消え、苦痛に歪んでいた表情も段々と穏やかになっていった。
「これで大丈夫だよ、プックル」
「グルルゥ…」
「まだ回復したばかりだから、無理はしちゃダメだ」
レックスはプックルの全身を撫でながら、少しの間だけ後ろへ下がるように言った。
プックルはレックスの言葉に従うように、ゆっくりと後退していく。
一方、その頃、エィシルは高速で周囲を飛び回るブリードの動きに見事に翻弄されていた。
「……ッ!」
「クキェァー!」
ブリードは得意気に甲高い鳴き声を上げる。
通常のホークブリザードは成人男性よりも一回り大きいのが普通なのだが、このブリードはディーの肩に乗れる程の大きさであった。
恐らく、子供のホークブリザードなのだろう。
例え魔物と言えども、雛から育てれば、ああいう風に人に馴れ、従うことはある。
しかし、ディーがブリードを自らの手足の如く操るその姿は妙に堂に入っている。
それを見てレックスは思わず父アベルのことを思い浮かべた。
父アベルには、魔物を大人しくし、自らに従わせる力が備わっていた。
全ての魔物に通じるというわけでは無かったものの、仲間となった魔物たちは例外なく皆アベルの為に命を懸けて戦ってくれた。
その血を受け継ぐレックスにも僅かながらそういった力はあるのだが、精々アベルが従えた魔物たちに他人以上に慕われる程度でしかない。
プックルたちでさえ、レックスが従えているというわけでは無いのだ。
父のように魔物から邪気を払い、仲間に引き入れる…といったようなことはレックスには出来ない。
そういった力は妹のタバサの方が色濃く受け継いでおり、レックスは時々父や彼女を羨ましく思うこともあった。
それは、レックスが魔物も人々と同じようにこの世に生きる者たちとして大事に思っていたからである。
父や妹の持つ力は、彼らとの共存を可能にする。
レックスはそう考えていた。
だから、目の前のディーがいとも容易く魔物を操る姿はとても驚くべきことであり、嬉しさもあり、そして少しの嫉妬をも覚えさせるものであった。
(彼は…一体?)
ディーとは、ボムバレーの町の宿屋で出会っただけの関係である。
彼を見た瞬間、レックスの心は妙にざわつき、そういった意味でも気になる人物ではあった。
それが、このサラボナの町で再会するのは、とても偶然とは思えない。
レックスは何か運命のようなものをディーから感じ取っていた。
「!?」
ブリードの突進が再びエィシルに直撃する。
彼女の体は、まるで藁で出来た人形であるかのように吹き飛び、屋敷の壁へと激突した。
全身から力が抜けていく様子の彼女へ向けて、ディーは容赦なくブリードを向かわせる。
ブリードはエィシルの目の前で止まると、クチバシをパカッと開け、大きく息を吸い込んだ。
あの態勢、ホークブリザードが得意とする氷の息を吐こうとしているに違いない。
「そ、それ以上はダメだ!」
レックスは思わず間に割って入った。
如何に今のエィシルが危険とはいえ、彼女の体は恐らくは普通の人間のものなのだ。
ホークブリザードの氷の息をまともに食らってしまえば、絶命してしまってもおかしくはない。
「ちっ!」
ディーがこちらにも聞こえるように舌打ちした後に、軽く指笛を吹く。
すると、ブリードはクチバシを閉じ、その姿勢のまま後方へと飛んだ。
その隙にレックスはエィシルの元へ駆け寄る。
エィシルは2度のブリードの突進を受け、ぐったりとしていた。
並みの人間ならば、最初の一撃で重傷になり動けなかったであろう。
事実、彼女の肉体は既に限界を迎えているように見えた。
しかし、それでも尚彼女は動こうとしている。
顔を上げ、右手を前へ突き出し、その手に青い炎を纏わせた。
これ以上無理をさせれば、間違い無く命を落とす。
「エィシル、もう止めて!」
レックスは懇願するように言った。
だが、その声は彼女に届かない。
青い炎は今にも放たれそうである。
「ラリホー!!」
デボラが叫ぶ。
しかし、エィシルの動きは止まらない。
「ラリホー、ラリホー!!」
尚も叫び続けるが、一向に効いている様子はない。
「ああっ、もう!こんな時に役に立たない呪文ね!」
デボラは舌打ちした。
今、目の前で甥がやられようとしているのに、それを止めることが出来ない。
ここに来て、自身の無力さを実感する。
「……!」
エィシルは虚ろな瞳の中にレックスの顔を映しながら、口の端を歪ませた。
そして、右手に纏った青い炎をレックスへ向けて放つ。
「ラリホーマ!」
その時、ディーが冷静な声音でそう呟いた。
すると、一瞬でエィシルの全身から力が抜け、彼女はそのまま地面へ突っ伏してしまった。
死んだというわけではなく、眠っているのではあるが、先程に比べて深い眠りについているように見える。
少なくとも、ちょっとやそっとじゃ起きなさそうだ。
「……」
エィシルを眠らせたディーは、無言のまま彼女の側へと歩いていく。
ただ歩いているだけなのに、凄い威圧感であった。
そして、エィシルの目の前に立つと、完全に意識を失っている彼女へ向け、躊躇なく抜き身の剣の刃先を向けようとした。
すぐにレックスがディーを止めに入る。
「待って!!」
「……」
ディーは無言でレックスのことを見つめる。
フードの下の表情は見えないが、かなり苛立っているように思えた。
「エィシルを…殺すの?」
レックスが尋ねる。
ディーは沈黙を保ったまま剣を構えていた。
それが彼の答えなのだろう。
当然の如くレックスはそれを制止しようとする。
「ダメだ!殺しちゃ!」
「…目が覚めれば、そいつはまた貴様を襲うぞ?」
ようやくディーが口を開いた。
その口から出た言葉は残酷な現実である。
レックスたちにはその解決策どころか、エィシルが豹変した理由さえ分かっていない。
ディーの行動を止めるには、根拠が足らなさすぎた。
「…エィシルを殺しちゃ、ダメだ」
だが、それでもレックスはエィシルを殺させまいと、ディーの前に立ちはだかった。
ディーはやれやれと首を振る。
「そいつは魔瘴に侵されている。もう手遅れだ」
「魔瘴…?」
「…貴様も何となく気付いてはいるのだろう?魔物たちの正気を奪い、狂わせる瘴気の存在について」
ディーに言われて、レックスはハッとなる。
昨今、凶暴化し始めた魔物たち。
また、突如各地に生まれ始めた新種の魔物たち。
それらの調査を自ら買って出たのがレックスであった。
魔物たちに今まさに起こっている異常。
その原因となっている何かがあるのではないか。
プックルたちを連れて長い旅をしているのも、それを知るためであった。
正直な話、レックスはディーこそがこの現象の張本人なのではないかと考えていた。
だが、そうでは無いのかも知れない。
是非はともかくとして、今、目の前でディーがしようとしてる行動はこれ以上の感染拡大を防ぐものである。
ディーの真剣な様子を見ていると、どうも首謀者のそれとは思えなかった。
寧ろ、彼なりにこの現象をどうにかしようとしている。
そんな風に見えた。
「……っっ!」
だが、だからといってエィシルを見殺しには出来ない。
レックスは何も言わず、ただ目でディーに訴えかける。
今のレックスにはディーを説得出来る材料が何1つ揃っていない。
それでも彼はエィシルを殺されたくは無かったのだ。
「…ちっ」
ディーはまたも舌打ちする。
「本当に貴様らは甘過ぎる…。反吐が出るくらいにな」
そう言ってディーは渋々といった様子で剣を収めた。
「それで、一体どうするつもりなんだ?ラリホーマの効力だって何時までも保たんぞ?」
「ディー、教えて欲しいんだ。その魔瘴について、君の知っていることを。もしかしたら、そこからエィシルを救う手立てが見つかるかも知れない」
「フン、悠長なことだな」
ディーは半ば呆れたように言った。
「いいだろう、それで貴様の気が済むのであれば教えてやる。…とは言え、時間もあまりない。必要だと思ったことだけ言う。それと、質問は一切受け付けんぞ?」
「うん、それでいい」
レックスは快く承諾した。
エィシルを殺させることに比べれば、何てこともない条件である。
「実のところ、私も魔瘴について詳しいというわけではない。ただ、魔瘴が生き物を狂わせ、やがては死に絶えらせるものであることは分かっている。そして、その瘴気が生き物を稀に魔物へと変貌させるということもな」
「そんな…!」
「軽度の浸食ならば回復は可能だが、そうでなければ殺すしかない。少なくとも、魔物に変わってしまったら手遅れだ」
「エィシルは魔物に変わってはいない!」
「だが、限りなく手遅れに近い状態であることには違いないだろう」
「…魔瘴って一体何なんだ?」
「詳しくは知らんと言った。それと、質問は一切受け付けん、ともな」
ディーはそう冷たく言い放った。
「…魔瘴の正体が何なのかは答えようもない。ただ、それは形を様々なものに変えることが出来るらしい。辺りを漂う空気であったり、そこらに溜まる水であったりな。また固めると鉱石のようなものにもなるそうだ。現物を見たことは無いがな」
「鉱石…?」
ディーのその言葉を聞いたデボラはハッとした顔になった後、エィシルの手を指差す。
「指輪…あの子の指輪を見て!!」
デボラはそう声を張り上げながら、指輪のことを思い出していた。
その指輪は見知らぬ男から貰ったもので、今までに見たことの無い珍しい石のものだった。
だが、そもそも貴金属の類に飽き飽きしていたデボラにとって、それはあまり興味を抱くようなものではなく、男に対する不快感も相俟って不要のものと化していた。
ただ、そうであったとしても、捨ててしまうのは何となく勿体無いと思い、どうせならと先程エィシルにあげてしまったのであった。
ディーの話、そしてエィシルが豹変したタイミングから見ても、彼女の異変にあの指輪が関わっていることは間違いない。
(何で気付かなかったのかしら!)
デボラは悔しさのあまり親指の爪を噛んだ。
もしも指輪が原因なら、エィシルをあんなにしてしまったのは自分にも責任がある。
(ごめんなさい、エィシル…。いや、謝って許される問題じゃないわね。私の軽率な行いのせいで、あんたをこんな危険な目に遭わせてしまったのだから)
デボラはチラッとまだ眠りの中にいるエィシルを見た。
(この埋め合わせは必ずするわ。だから、死なないで!死んだら、それこそ絶対に許さないんだから!)
「指輪…?」
レックスはデボラの言う通りに、エィシルの手を注視した。
すると、彼女の右手の指に指輪がはめられていることに気が付く。
暗闇のように深く黒い石。
そこから僅かではあるが、禍々しい邪気のようなものが漏れ出していた。
「そうか!この指輪がエィシルを操っているんだ!」
確信を得たようにレックスは言った。
レックスはエィシルの手を取ると、その細い指にぴったりとはめられた指輪を外そうと試みた。
しかし、指輪はまるで彼女の指と一体化でもしているかのようにくっつき、外すことが出来ない。
「……ッ」
そうこうしている内に、エィシルの瞼がピクリと動き始めた。
ラリホーマの眠りの効果が解けかけているサインである。
慌てるレックスであったが、依然指輪は彼女の指にぴったりはまったままであった。
「シャナクを使え!」
ディーにそう言われ、レックスはすぐに構える。
シャナクとは、降りかかった呪いを祓う呪文。
確かにこの状況では有効な呪文かも知れない。
幸いなことに、レックスはシャナクの呪文を習得している。
「シャナク!」
レックスはシャナクを唱えた。
すると、あれほどぴったりと密着していた指輪がスルッとエィシルの指から抜ける。
実際に手に持つと、指輪から出ている瘴気が尋常ではないということに気が付く。
このままこれを残しておくのは危険でしかない。
そう判断したレックスは指輪を空高く放り投げた。
「スラリン!」
「ピキー!」
レックスが名前を呼ぶと同時にスラリンは空中の指輪へ向かって口から灼熱の炎を放った。
超高温の炎に包まれた指輪は跡形もなく消え去る。
これで、あの指輪がこれ以上あの瘴気を振りまくのを止めることが出来た。
「エィシル!」
レックスはすぐにエィシルの元へと駆け寄る。
指輪を外す前は覚醒寸前といった様子であったが、今は起きる気配のない深い眠りについているようであった。
かすかに呼吸を繰り返しているので、最低限彼女が死んでいないということだけは分かる。
「良かった…」
そのことに一先ずレックスは安堵した。
全てが丸く収まった、というわけにはいかないものの、最悪の事態だけは避けられたと言える。
「…早くエィシルを運ばなくちゃ。何時までもこんなところに寝かして置くわけにはいかない」
レックスは倒れているエィシルの体を注意深く起こし、プックルの背に乗せた。
プックルはそのまま、あまり揺らさぬようにして屋敷の中へと入っていく。
「エィシルのことは一先ずお祖母様とリーヴに任せよう」
レックスはそう呟いて、プックルを見送る。
そして、今回の件を解決するにあたって、とても大きな助けとなったディーへ一言お礼を告げようとした。
「ディー、君にも…」
しかし、レックスが振り返ると、ディーの姿はそこには無かった。
つい先程までは近くにいた筈なのに、何時の間にいなくなったのか。
デボラも彼がいつ消えたのかは分からないようで、首を振る。
「…ディー、君は本当に何者なんだ?」
謎多き男、ディー。
顔はフードに隠れていてよく見えなかったし、彼の素性については何1つ知ることも出来なかった。
だが、今回一緒に力を合わせたことで、レックスは彼がそんな悪い人物では無いのではないかと思った。
根拠はない。
言わば、ただの直感という奴である。
それでも、レックスはその直感を大事にしていた。
(ディー、何故だかは知らないけど、君とはまた出会えそうな気がするよ。その時が来たら、君のことをもっと知りたい。そして、魔瘴のことも…)
レックスは表情を引き締め、屋敷の中へと戻って行った。