ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
自らをガレオンの国王であると名乗ったガラハッドという男はやたら豪奢な飾りの付いた服を身に纏い、地面に付きそうな程長いマントを翻しながら、威風堂々といった立ち振る舞いでアベルたちの元へ歩み寄ってきた。
背はアベルたちと同じくらいか。
顔が多少整っていたこともあったので、一目でハッキリと分かるくらいに頭頂部が薄くてもあまりみすぼらしさなどは感じなかった。
ただ、見た目だけを言うならば、王というよりは成金の商人といった感じで、尊大な彼の態度程には一国の王としての風格を感じられない。
生まれながらに王族であったアベルたちと比べると、その違いは一目瞭然である。
青春の大半を自身が王族であると知らずに過ごしてきたアベルでさえ、今は王の風格を十分に漂わせていた。
王というものは、血筋であり生まれながらのものだということがよく分かる構図である。
「ガラハッド王、お目に掛かれて光栄です。御自らこうして出迎えて頂けるとは思いませんでした。ご足労、感謝いたします」
デールが王たちを代表してガラハッドの前に立ち、頭を下げた。
きちんと礼節に則った王族の挨拶である。
「…ああ、そう言えば確かに初めてだったな」
しかし、ガラハッドは何の感情も込めずにそう返すと、返礼もせず馬鹿にしたかのように1人でクックックと笑い始めた。
それを見て、デールは思わず呆気に取られてしまう。
いくら何でもガラハッドのそれは他国の王に向ける態度ではない。
当人が一国の王であると主張するならば尚更である。
だが、ガラハッドはそんなことはお構い無しといった感じで今も声を上げて笑っていた。
型破りにも程があるし、何よりも品が無い。
そんな彼の振る舞いに真っ先に不快感を示したのはヘンリーであった。
スッとデールの前に出る。
「一体、何がそんなにおかしいのでしょうか?」
ヘンリーは敢えて丁寧な言葉遣いでそう言い放つ。
すると、ガラハッドは笑うのを止め、またもオッホンと大袈裟な咳払いをした。
「いや、失礼失礼。確かにこうして互いに顔を見せるのは初めてであったなとそう思ってな」
「それは一体どういう意味なのでしょうか?良ければ教えては頂けないでしょうか?思慮の浅い私めには、到底理解が及びません故…」
「兄上!」
ヘンリーの言葉をデールが遮った。
「いけません。仮にも相手は一国の王なのです。それ以上は…」
「…………承知いたしましたデール国王」
ヘンリーは一瞬、納得のいかない表情を見せたが、すぐに涼しげな顔に戻りデールに従って口を閉ざした。
如何に相手が非友好的な態度を取っていようとも、ここは紛れもない外交の場なのである。
そのことはヘンリーも重々承知していたので、今以上に強気には出られないでいた。
それを知った上で、ガラハッドはヒューと口笛を吹いてみせる。
あからさまな挑発行為。
だが、ヘンリーはデールに言われた通りに表情を崩すことなく、無言でただじっと耐えていた。
「…フン、面白くないな」
ガラハッドはヘンリーが乗って来ないのを見て軽く舌打ちする。
直後、わざとらしく手を叩き大きな音を鳴らした。
「…おお、我が輩としたことが!せっかく各国の王に来て頂いたのだ。こんなところで立ち話など以ての外!ささ、こちらへいらして下され」
ガラハッドはこれまたわざとらしい敬語を織り交ぜながらそう言うと、アベルたちを他の部屋へ案内しようとし始める。
何かと不審な振る舞いの多い男ではあるが、このまま立ち話を続けていても意味が無いこと自体はアベルたちも異論は無かった。
素直にガラハッドの言葉に従い、彼の案内する部屋まで付いていくことにする。
アベルたちは部屋へ向かう途中に何人も武装した兵士たちを見かけたが、彼らは宮仕えの兵士たちとは異なり、随分と寄せ集めな装備をしていた。
ガレオンが城であると主張するこの屋敷といい、そこに仕える兵士たちといい、ここは一国の城というよりはまるで反乱軍の拠点のような印象をアベルたちに与えている。
多少は美術品などを飾ったり所々に装飾を施したりはしているが、その独特な物々しさや胡散臭さは誤魔化しきれてはいない。
それは王であるアベルたちだけでなく、使用人であるサンチョでさえも感じていることであった。
「…気をつけて下さいアベル王。何か嫌な予感がします」
「そう…だね。どうもガラハッド王は僕たちのことを快く思ってはいないようだ」
「快く思っていない程度で済めばよろしいのですが…」
「さあさあ、ここだここだ。入ってくれたまえ!」
アベルとサンチョのひそひそ話を遮るかのように、ガラハッドは一際大きな声を上げると、とある部屋の前に止まって扉を開いた。
部屋の中は割と広めで、大きな机が1つと椅子が人数分だけ置かれている。
花や絵が置かれているということもなく、如何にも話し合いをする為だけに用意された部屋という感じであった。
「さあさあ、遠慮はいらん。先に席の方に着いていてくれたまえ。誰がどの席かは決めてはいないので、好きに選んでくれてもよいぞ」
アベルたちはガラハッドに促されるままに中へ入ると、各々用意された席へ向かう。
一緒に来ていたアイシスの侍女たちやデールとヘンリーの警護をしていたであろう兵士たち、そしてサンチョは中へ入らずに引き返し、それぞれ最初に通された待機部屋の方へと戻っていった。
アベルたちに遅れてガラハッドは4人の座っている席とは反対側の席に着いた。
その為、アベルたちとガラハッドは向かい合う形となる。
少しの沈黙。
その後、ガラハッドがこの会合の発起人らしく、音頭を取るような形でゆっくりと口を開いた。
「…さて、忙しい中、よくぞこんなところまで集まってくれた。まあ、1名程来てはいない者もいるがな。とは言え、こうして各国の王やその関係者が一同に介するというのもなかなか無きことだ。その奇跡に一先ず乾杯というのは如何だろうか?」
ガラハッドのその提案に対して、誰も賛成の意思を示そうとはしなかった。
とてもそういう気分では無い上に、こんな如何にも怪しい会合において、その主催者側が出す飲み物や食べ物に易々と口をつけるような行為は些か無謀というものだからである。
何を入れられるか、分かったものではない。
「…フン。毒か薬でも入れると思ったのか。我が輩も見くびられたものだな」
そんな彼らの心の内を読んだかのようにガラハッドは言い放つ。
怒りを含んだような言い方とは裏腹に彼の顔はニヤニヤとにやけていた。
「ならば、下らぬ前置きは無しにして、早速本題に入るとしようか」
「本題…とは、つまり私たちを何故ここに召集したのか。ということについての話でしょうか?」
デールがガラハッドに尋ねる。
あくまで丁寧にそして礼節に乗っ取った態度で。
一方、ガラハッドは椅子の背もたれに寄りかかると、これ見よがしに足を組んで見せる。
明らかに、これから話し合おうという態度ではない。
「…回りくどい言い方はせん。率直に言おう。貴様等の国は我が国の傘下に入れ」
「ハァ?」
耳を疑うようなガラハッドの発言に対して、ヘンリーは先程のように取り繕うのも止めて、素早く反応する。
「あんた、今自分が何を言ってるのか分かってんのか?」
「分かっているに決まっているだろう。逆に聞くが、貴様は我が輩の言葉を正確に理解しているのか?ん?」
「俺たちの国を奪う。そういう風にしか聞こえないが、違うのか?」
「何だ、理解出来ているではないか!」
「馬鹿馬鹿しい、話にもならねえよ!ついでに言わせて貰うがなあ、そもそも、ここを王国と言い張ることだって、俺たちは認めているわけじゃないんだぜ?国というのは他国から認められて初めて国となる。自分たちだけがそう主張するのは国とは言わない。そんなことがまかり通るならば、ビスタ港だって1つの国になっちまう!」
「ここは紛れもなく国だ。我が輩が作り上げた王国なのだよ。まあ、そう我が輩が主張したところで、どうせ貴様等はここを国とは認めまい。だから、貴様等の国を手に入れて我が国と併合する。そうすれば、誰もがこのガレオンを国と認めるだろう。我が輩の国であると、な」
「…お前、馬鹿か?そうで無ければ真正の狂人か?」
「王は皆、多かれ少なかれ狂人であると我が輩は思っているが?」
「…話にならねえ」
ガラハッドのあまりに一方的な物言いにヘンリーも思わず閉口する。
ヘンリーだけでなく、その場にいた誰もが目の前のこの男に戦慄していた。
アベルはチラリとアイシスの顔を伺う。
彼女には少しではあるが、人の心を読む力がある。
その力でガラハッドの真意もある程度なら分かる筈であった。
しかし、アイシスは無言で首を振る。
彼女のその仕草がガラハッドのあの言葉が本気であるということを物語っていた。
目の前の男は本気でアベルたちの国を支配しようと考えているのだ。
だとすれば、先程からの彼の言動は完全なる宣戦布告になる。
「我々と手を取り合う気は最初から無い…。そういうことでしょうか?」
苦々しげな表情でアベルがそう尋ねると、ガラハッドはフッと鼻で笑った。
「赤子でもあるまいし、何故手など取り合う必要があるのだ?国とは支配するかされるか。ただそれだけではないか」
「それではまるで暴君だ。あなたは力で世界を支配するつもりなのですか?」
「フン、暴君か。我が輩にとっては最高の褒め言葉だな。支配せねば支配されるだけだ!」
「…少なくとも我々はそうするつもりはありません。だから、こうして会談の席に着いているのです」
「口では何とでも言えよう。本当に貴様等がそう考えているか分かったものではないな。だから、我が輩はあらかじめ手を打っておいたのだよ」
「…?それは一体どういう意味ですか?」
「それはなあ…こういうことだ!」
そう言ってガラハッドは指をパチリと鳴らした。
すると、突然アベルの体が言うことを聞かなくなる。
「!?」
「な、何だあ!?」
「か、体が…」
「動き、ません…」
アベルだけでなく、他の3人も同様に身動き1つ取れなくなっていた。
「ガラハッド王…あなたは一体?」
「部屋の中には既に術が仕掛けられていて、我が輩の合図1つでこうして発動する…。ククク、奴の作戦は完璧であるな」
「奴…?あなたは一体、誰と組んでいるというのですか?」
「ククク、貴様がそれを知る必要はないぞアベル王。…と思ったが、気が変わった。冥土の土産に教えてやるとしよう。我が輩と共に覇道を歩む友の名を。その名は…ゲマだ!」
「ゲマ…だって!?」
その名前を聞き、アベルの表情に影が差す。
「さあ、闇に墜ちろ!」
「…アベル王?」
サンチョは急に胸の中に訪れた不安から、王たちか集う部屋の方へ視線を向ける。
かつて、グランバニアの前々国王であり、アベルの父でもあるパパスが、ラインハットへ向かうと言った時にもサンチョは似た種類の不安を感じていた。
結果的にパパスは帰らぬ人となってしまったのだから、余計に不安が募ってくる。
「坊ちゃん…」
アベルのことをそう呼ぶのは、何年ぶりになるのだろうか。
過去の記憶と現在感じている不安から、思わずその言葉が口をついて出る。
「き、貴様たち、何を…!?」
その時、ここまでデールとヘンリーを護衛してきたラインハットの兵士がそう叫ぶのがサンチョの耳に入る。
見ると、待機部屋の入り口には武装したガレオンの兵士たちが大量に押し寄せてきていた。
誰もが殺気立った顔つきで、それぞれの武器を構えている。
「動くな!無駄な抵抗は止めろ!!」
「こ、これは一体…?」
「動くな。そう言った筈だ!」
ガレオンの兵士の1人がサンチョへ槍の切っ先を向けた。
「こっちへ来い!!」
「くっ…」
年を取ったとは言え、アベルたちとの長い旅の中で数々の凶悪な魔物たちと激闘を繰り広げてきたサンチョである。
普通に戦えば、一国の一兵士程度が束になったところで充分戦えたであろう。
しかし、今はすぐ近くに非戦闘員であるテルパドールの女王付きの侍女たちがいる。
彼女たちを守りきりながら戦うには、今の状況は厳し過ぎると言えた。
同じように側にいるラインハット王国の兵士たちと協力したとしても、無傷の勝利は難しい。
そのことは彼らも理解しているようで、既に武器を手放して無抵抗をアピールしていた。
サンチョも持っていた雷神の槍を手放すと、両手を挙げる。
「み、見ての通り私たちは抵抗はいたしません。だ、だから、どうか彼女たちには手荒なことをしないと約束して頂きたいのですが…」
サンチョがそう言うと、ガレオンの兵士たちは一斉に笑い出した。
と、その中の1人が口を開く。
「おい、オッサン。今、どんな状況か分かってんのか?」
口汚い言葉でそう告げる男は、どうやら兵士たちの中のリーダー格らしい。
1人だけ他の兵士たちよりも良い防具を装備している。
「アンタさあ、俺らに頼みごと出来る立場じゃないんだよ。そこんとこ分かるぅ?ギャハハハ!」
「う、うう…」
「でもまあ、安心しろよ。どうやら殺しはしないみたいだからよ。ま、そこの女どもがこの後どうなるかは俺らの匙加減1つだけどな!!」
まるで、野盗かチンピラのような言い分である。
とても国の警護を預かる兵士の物言いではない。
仮にもここは王国を名乗っていた筈であったのだが。
「………………っ!!」
それでも、サンチョは一切抵抗せずにガレオンの兵士たちに従うことしか出来なかった。
忌々しげな表情を浮かべながらも、拳を握りしめて怒りを噛み殺す。
そんなサンチョを見て、リーダー格の男が手にした武器で彼の腹部を思い切り殴りつけた。
「ぐぅっ!?」
「何だぁ?その面はよぉ?てめえらは大人しく俺らに付いて来ればいいんだよ、ボケが!!」
男はそう言うと、突然の痛みと衝撃に思わず蹲ったサンチョの頭へペッと唾を吐いた。
それが合図であるかのように、入り口に屯していた他の兵士たちが一斉に部屋の中へ雪崩れ込む。
そして彼らはサンチョや他の者たちを、無理矢理引っ張りながら部屋を出て行った。
彼らが去った後の部屋はまるで嵐が過ぎ去ったかのような散らかりと呆気なさを残し、連れ去られた者たちの安否を心配させるような状況を短時間で作り上げていた。
「…何だ、この嫌な感じは?」
外からガレオン城を監視していたピエールは突然の虫の報せを感じ取っていた。
「何かが、あの場所で起きている…!」
それは最早確信に近かった。
ピエールは急いで相棒のスライムの上に乗る。
「行くぞ、相棒。早くアベル様たちの元へ行かねば…」
と、その時であった。
風を切るような音と共にピエールに向かって何かが飛んで来ていた。
「フン!!」
ピエールはその場から動くことなく一閃。
自身に向かって飛んで来ていたものを切り落とした。
見ると、それは投擲用の槍であった。
「何者だ!!」
ピエールは威圧感たっぷりに声を上げる。
決して大きな声では無かったが、芯にずっしりと届くような、そんな声であった
「クックック、やっぱりこの程度じゃダメージを与えることも出来ないか」
その声に何者かが答えた。
ピエールは声のする方へ視線を向ける。
そこに立っていたのは1匹のオークであった。
「よお、久し振りだなあ。すかしたスライムナイトさんよ」
「……!!き、貴様は、デモンズタワーの…!?」
「久し振りついでになんだが…死ねえい!!」
そう言ってオークは巨大な槍をまるで指で筆を回すが如く振り回す。
一筋縄ではいかない相手。
瞬時にピエールもまたメタルキングの剣を構えた。
(くっ…、アベル様!!)
この日を境に、ガレオン王国へ向かった者たちの消息が途絶えた。