ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~   作:メソウサ

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第6話 迷いの森にて

「…ハァ、ハァ。も、もういないわよね?」

 

森の木陰に身を隠しながら、ベラは確認するように呟いた。

小リスのようにキョロキョロと見回してみるが、周囲にベラ以外の気配は感じられない。

 

「ふぅ…」

 

そのことを確認し終えると、ベラはホッと胸を撫で下ろした。

 

「よかったー。デスパロットの群れと真正面から戦うなんて、か弱い私には無理だからねー」

 

つい先程までベラは魔物たちに追い掛けられ、森の中を行ったり来たりしていた。

その為、息も上がり、全身も汗びっしょりで、まるで一雨に打たれたようであった。

追いかけて来ていた魔物たちはどうやら一先ず捲けたようである。

注意深く身を隠しながらベラは深呼吸を何度か繰り返して息を調える。

そうして少しだけ落ち着くと、自身の体を見つめ直した。

 

「…しっかし、人間界に行くと本当に不便よね。こんなになっちゃって人間には見えなくなるし、そのくせ魔物たちには何故かすぐ見つかっちゃうし…。お陰で魔物に追っ掛けられても誰にも助けを求められないんだものね」

 

ベラの体は半透明になってしまっており、翳した手の平からその後ろの景色が透けて見える。

ベラたち妖精族は人間界へ行くと、こうして姿が見え難くなってしまい、普通の人間には目視出来なくなるのである。

声も届かない為、誰にも気付かれることはない。

だが、ごくたまに純粋な心を持った子供たちのみ、彼女たちの姿を僅かながら認識出来ることもあった。

かつて、まだ幼かった頃のアベルがベラの姿を見つけ、そこから春風のフルートを巡る大冒険になったのは記憶に新しい。

 

「…でも、ポワン様から申し付けられたこの任務は絶対にこなさなきゃ!人間界に何度も行ったことのある私にしか出来ないんだものね!」

 

ベラはそう気合いを入れ直す。

とは言え、この辺一帯の魔物たちはあまりに強力で、とても彼女の手には負えなかった。

ベラが使用出来る呪文では、追い払うことは疎か有効なダメージを与えることさえ難しいだろう。

これから先、どんどん魔物たちも強く恐ろしくなっていく。

そのことを考えると先程から一転、ベラは暗い顔になる。

 

「…うぅっ。やっぱりお家に帰りたいよぉ」

 

それもまたベラの偽らざる本音であった。

任務をこなしたいというポワンへの忠誠心と何時凶悪な魔物たちに殺されるか分からないという恐怖に揺られながら、彼女はグランバニアへ向けて1歩1歩進んでいた。

彼女の探す人物の内、1人は所在もその姿さえも分からなかったが故、取り敢えずは見知った仲であるアベルとレックスの元へと向かうことにしたのである。

アベルとレックスは戦士としてもとても優れているので、もう1人を探しに行くボディガードとしては申し分ない。

仮にこの2人が付いて来てくれなくても、彼らが仲間にした魔物たちもまた強力な味方であるので、最悪その中から誰かを自身に付けてくれるだろうという希望もあった。

何にせよ、1人で旅をするには心許なさ過ぎるのが現状である。

彼女が真っ先にグランバニアを目指すのは必然と言えた。

残念ながら、妖精の国からグランバニアへ直接行ける道や手段は無く、また彼女自身もグランバニアを訪れたことは無い為、キメラの翼を使うことも出来ない。

こうして迷いの森を自力で抜けて人間の世界へ降り立ち、それからグランバニアを目指すという方法を取らざるを得なかった。

迷いの森も少し前とは異なり、生態系が大分変化している。

所々で、今までここに生息してはいなかった魔物や見たこともない新種の魔物などの姿も見受けられた。

 

「うぅ…、早くアベルとレックスに会わなきゃ、私の身が持たないよぉ」

 

半ば涙目で森を進むベラ。

その時、彼女の耳に何者かの声が聞こえた。

 

「…え?声?誰?」

 

妖精の聴覚は人間よりも少しだけ優れている。

多少の距離はあるが、そこで誰かが助けを求めているようだ。

 

「…い、行ってみよう」

 

助けを求めていると分かっていて無視するのは、あまり気分のいいものではないし、何よりもベラはそこまで薄情ではない。

意を決し、恐る恐る声のした方へと向かった。

迷いの森は相変わらず昼間なのに薄暗く、必要以上に人を不安にさせる。

この森の中に小屋を建て、そして住んでいる人間もいるにはいるが、それ以外に人があまり立ち入ることは少ない。

それだけに、ベラは助けを求める声が気になってしまったのだ。

声は段々と近付いてくる。

距離が縮まると、声の主が女性であるということが分かった。

 

「女の…人?何でこんな場所に?」

 

迷いの森など、ベラみたいに任務の為ならばいざ知らず、物見遊山で立ち寄るような場所では決してない。

ましてや女性が単身でなど、殆ど自殺行為に等しいと言える。

ようやく声の主がかすかに視認出来る距離まで来ると、案の定1人の女性が魔物に襲われていた。

腰まで届きそうな長く美しい髪、スレンダーな体型、遠目からでも分かるくらいの美形。

こんな場所にはとても似つかわしくない存在である。

 

「あの子…まさか、エルフ?」

 

その女性の耳を見て、ベラは思わず呟く。

人間のものとは明らかに異なった鋭く尖った耳。

これはエルフの特徴であった。

ベラたち妖精族も似たような耳をしているが、エルフの耳はより鋭角なのである。

 

「何でエルフがこんなところに…?」

 

エルフは少数で人里離れた場所に身を寄せていると言われている。

元来、エルフは人間嫌いな種族であった。

だから迷いの森のような人気の無い場所にいたとしても不思議ではない。

しかし、それは何百年も昔のこと。

現在、絶滅こそしてはいないものの、エルフの数は激減して、最早希少種と化していた。

伝説に聞く、空の上に浮かぶ天空の城にはまだ生き残りがいるという話もあるが、地上界では全くその姿を見かけなくなってしまったのだ。

この世界のエルフは長命でこそあるが、薄弱で力の乏しい種族である。

多少の魔力を持ってはいるものの、凡そ戦闘向きではない。

故に、様々な外的要因によって命を落とした者も少なくなく、長い年月と相俟って、彼らはその数を大幅に減らしてしまったのであった。

 

「グゥフッフッ!」

 

鼻息荒く彼女を追いかけていたのは、バルバロッサ。

山羊のような頭をした悪魔の魔物で、その全身はまるで1滴の血も通っていないかのように真っ青である。

本来であれば、この迷いの森には生息していない魔物なのだが、何時の間にか移住してきたらしく、近年その数を増やしているという。

当然、腕力も魔力も非常に強く、今のベラに太刀打ち出来るような魔物ではない。

 

「どどど、どうしよう…」

 

ベラは木の陰から覗き込みながら身を震わせた。

バルバロッサから逃げているエルフの女性を見捨てたくはない。

だが、だからといって自分には彼女を救う力は全くと言っていいほど無い。

 

「助けて…」

 

かすれ気味な彼女の声がベラの耳に入ってくる。

ベラは思い悩んだ。

今、彼女に手を伸ばせるのは自分しかいない。

だが、バルバロッサを相手に何処まで戦えるのか。

いや、戦う前にやられてしまうかも知れない。

 

「う~~~~~~~~」

 

唸るベラ。

目の前ではバルバロッサが今にもエルフの女性へ襲い掛かろうとしている。

 

「ギラ!」

 

気が付くとベラはそう叫んでいた。

その言葉と同時にバルバロッサの顔面へ熱線が放たれる。

バルバロッサは一瞬、動きを止めた後、ゆっくりと自身へ攻撃を仕掛けた者のいる方角へ体を向け、ギロリと睨み付けた。

 

「ひっ!」

 

バルバロッサと目が合ってしまったベラは思わず声がひっくり返ってしまっていた。

先程のギラは、相手を少しだけ怯ますことは出来たものの、ダメージという意味では殆ど与えていないのに等しいようであった。

 

「グゥッフッフッ、小うるさい蝿がいるようだな」

 

バルバロッサはそう言って舌なめずりする。

その瞬間、バルバロッサのターゲットはベラへと切り替わった。

のっしのっしとその巨体を揺らしながらベラに近付いてくる。

 

「あ、あわわわわわわ…」

 

あまりの威圧感にベラは腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。

バルバロッサの矛先をエルフの女性から逸らせたのは良かったのだが、いざ自身にその矛先が向いてしまうと、想定以上の恐怖に駆られてしまう。

当初は全速力で逃げて、エルフの女性からバルバロッサを引き離す算段であったが、今やそれを実行するのは不可能に近かった。

 

「に、逃げて、下さい…」

 

かすれ気味なエルフの女性の言葉がベラの耳に届く。

先程まで追われていたというのに、彼女自身のことよりもベラのことを心配する。

その優しさにベラはこんな状況ながら感動を覚えていた。

だが、このままならば確実に2人ともバルバロッサにやられてしまう。

 

「グゥッフッフッ…」

 

鼻息荒くバルバロッサがベラへ歩み寄ってくる。

一見、ゆっくりに見える動きだが、見掛けによらず俊敏なようで、ぐんぐんと目の前に迫ってきていた。

これだと、ベラが全速力で逃げられたとしても、バルバロッサが本気で追いかけてきたらすぐに追い付かれてしまったかも知れない。

 

(た、助けて…!!)

 

震えて歯の音も合わぬ状態のベラは目を閉じた後、心の中でそう叫んだ。

 

その時であった。

 

「グゥッオフ!?」

 

突然、バルバロッサが奇妙な声を上げた。

どうしたのかと、ベラはゆっくりと目を開いてみる。

すると、バルバロッサの胸の中心へ1本の剣が突き刺さっているのが見えた。

痛みとからバルバロッサは1歩2歩と後退していく。

 

「…え?どういうこと?」

 

ベラは訳が分からないといった様子でポケーっと目の前をただ見つめていた。

と、ベラの背後からカチャカチャという金属音が聞こえてきた。

振り返って見ると、そこには全身に鎧兜を身に付けた何者かが立っていた。

その者は、ゆっくりとした足取りでこちらへと近付いてくる。

 

(誰…?って言うか、あれってもしかして、さまようよろい?)

 

さまようよろいとは、戦士が身に纏う鎧や兜に悪しき亡霊が乗り移り、人を襲う不死系の魔物である。

確かに強力な魔物ではあるが、目の前のバルバロッサと比べると格下の存在であった。

だが、今ベラの目の前にいるさまようよろいは威風堂々とした佇まいで、明らかに別格である。

寧ろ、バルバロッサの方が格下に見える程であった。

 

「グゥゥッ、さまようよろい如きが…俺様にこんなことしておいてただで済むと思うなよ?」

「……………………」

「グゥッフ、恐怖で声も出ぬか?出過ぎた真似をしてしまったと今更後悔しても遅いぞ?グゥッフ」

「…小うるさい山羊だ」

「何だとォ!?」

 

さまようよろいがポツリと漏らした言葉にバルバロッサは激昂する。

ベラを無視し、全速力でさまようよろいへと向かうと、逞しい腕を振り上げた。

その指先にはまるでナイフのように鋭く太い爪が生えている。

 

「死ねィ!」

「……………………」

 

さまようよろいはバルバロッサが振り下ろす腕を無駄の無い動きで避けた。

その為、大きく空振る形となったバルバロッサ。

ムキになって二撃、三撃と繰り出すものの、それさえも紙一重で避けられてしまう。

まるで、このさまようよろいにはバルバロッサの攻撃が止まって見えているかのようであった。

 

「グゥッヌヌゥ…」

 

バルバロッサは思わず歯軋りする。

 

「ええい、こうなったらこの辺一帯ごと貴様を吹っ飛ばしてやる!!」

 

怒鳴るようにそう言うと、バルバロッサは両手に膨大な魔力を集め始めた。

 

「イオナ…」

「……!!」

「グォボッ!?」

 

大きく開いたバルバロッサの口の中へさまようよろいの拳がめり込む。

その破壊力は凄まじく、バルバロッサの牙が一斉にへし折れる音がこちらにも聞こえてきそうであった。

 

「ガゥアファッハ!」

「…隙だらけだ。俺の敵ではない」

 

さまようよろいは最早言葉にならない声を上げるバルバロッサへそう呟くと、バルバロッサの胸に突き刺さった剣を素早く抜いた。

そして一閃、頭から真一文字に切り裂く。

 

「グゥギャアアアアアアアアアア!!」

 

断末魔の悲鳴と共にバルバロッサは綺麗に真っ二つになり、そのまま倒れ込む。

地面には、淀んで真っ黒になったバルバロッサの血が大量に広がっていった。

さまようよろいは素早く剣を振って刃についた血を払うと、鞘に収めた。

 

「…はっ!」

 

さまようよろいの戦いぶりに見惚れて、暫くボーっとしていたベラはようやく自分たちが危機を脱したことに気が付く。

まだ、目の前のさまようよろいが何者なのかは分からないが、少なくとも自身やあのエルフに危害を加えようという感じではない。

 

「あの…、助けてくれて有難う」

 

ベラは恐る恐る声を掛けた。

さまようよろいは無言でベラの顔を見つめる。

兜の隙間から見える中身はがらんどうで、何を考えているのかはおろか表情さえも分からない。

そんな相手にじっと見つめられると、否が応でも背筋に悪寒が走ってしまう。

思わずベラは「ひっ!」と上擦った声を上げてしまっていた。

さまようよろいは相変わらず何も言わずにただこちらを見ていた。

その時、エルフの女性が徐にさまようよろいの側へと歩み寄る。

 

「…あの、助けて下さり、有難うございました」

「……」

「今の私には何もお礼は出来ませんが、この御恩はいつかお返しいたします」

「…別に構わん」

 

エルフの女性の言葉にさまようよろいが一言、そう返した。

素っ気ない感じではあったが、冷淡というわけでもなく、単に口数の少ないだけのようである。

 

「あの…、もしも違ったらゴメンなんだけど…」

 

ベラはおずおずとさまようよろいへ尋ねる。

 

「もしかして、君はアベルの連れていた魔物くん?」

「……………………」

「…違った?」

「…アベル様を知っているのか、妖精?」

「あっ、やっぱり!」

 

そうと知ると、不安な表情から一転、ベラは破顔する。

 

「アベルについては、こーんなちっちゃい時から知ってるわ!」

「……………………」

「あ、何か疑ってるような感じ!ほ、本当よ?本当に知ってるんだからね!」

「…まあいい」

 

さまようよろいはそう呟くと、ベラに背を向けた。

 

「…俺は行く。お前たちはとっととここを去れ。何時までもこんなところを彷徨いていたら、遅かれ早かれ死ぬぞ」

「えっ?行っちゃうの?ちょっと待ってよ!名前もまだ聞いて無いのにぃ…」

「サイモン」

「え?」

「俺の名だ。聞いたか?では、行くぞ」

「ちょ、ちょっと待った待ったぁ!!」

「…何故に待たなければならない?」

「こんなか弱い妖精とエルフを置いて行っちゃうつもり?それはちょっとあんまりじゃないの?」

「…別に俺の知るところではない」

「あ!そんなこと言うの!?…もし、私とあの子がこのまま死んだら、化けて出てやるんだから!アベルのところへね!!」

「…何故、そこでアベル様の名前が出る?」

「あなたのところの魔物の躾はどうなってるの!?困ってる人を見捨てて去るような教育してるの!?って一晩中喚いてやるんだから!!」

「……………………」

 

サイモンは思わず肩をすくめた。

 

「…アベル様に迷惑を掛けるわけにはいかんな」

「え?ってことは…?」

「…何処まで送ってやればいい?この森の外か?」

「やったー!さっすが、アベルの魔物くんね!話が分かるぅー!」

「……………………」

 

1人テンションを上げるベラをサイモンは冷ややかに見つめる。

それを無視して、ベラはエルフの女性の方へ向き直った。

 

「良かったね!これでまた魔物に襲われても大丈夫よ!」

「え、ええ…」

「あ、そう言えば、まだお互いに名前も何も知らなかったね。私はベラって言うの。見ての通り妖精よ」

「ベラ…様ですか」

「様だなんて、そんなご大層な身分じゃないわよ~!ベラでいいわ」

「そう…ですか。では、ベラさんでいいですか?」

「まあ、そっちのが呼び易いのであれば。それで、あなたは?」

「私ですか?私の名は…」

 

エルフの女性は一呼吸を終えてから、自らの名をベラに告げる。

 

「私の名前はロザリー、ロザリーヒルのロザリーと申します」

 

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