ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
それはレックスたちが魔物たちの動向を調査する為にグランバニアを発つひと月程前のことであった。
「ドワッハッハッハ!」
「ちきしょー!」
「酒だ酒だー!」
カジノが有名な不夜城、オラクルベリー。
街の中では敗者が泣き崩れ、勝者は歓喜の声を上げていた。
闇が世界を支配しても尚、悲喜交々様々な声が四六時中飛び交い合っている。
そんなオラクルベリーの酒場は他の街よりも栄えており、毎夜毎夜大きな賑わいを見せていた。
とある晩のこと、その片隅で1人の男が酒を嗜んでいた。
店内の騒がしさとは裏腹に、物静かで孤独なその姿は周囲から明らかに浮いている。
男の顔はフードを深く被っていた為、よくは見えない。
僅かに銀色の髪が見えるくらいである。
剣を立て掛けていることから、旅の剣士か何かなのだろうと店の中の人々は思っていた。
フードの男の何処かただ者ならぬ雰囲気には誰もがつい見て見ぬ振りをしてしまう。
お陰である意味、フードの男は注目の的と化していた。
とは言え、誰もフードの男には話しかけようとも近寄ろうともしない。
彼もそんな周囲の目は一切気にせず、寧ろその方が有り難いとばかりに、グラスへ酒を注いでは口へ運んでいる。
フードの男が店に入ってから、店内の一部は彼の醸し出す空気で異様な空間が作り上げられていた。
そのせいか、盛り上がりも何処かイマイチになっており、かと言って彼に文句を言うわけにもいかず…といった感じの雰囲気で1時間が経とうとしていた。
「すみません。相席してもよろしいですか?」
と、その時、1人の男がフードの男の側へ寄ると、そんな空気の読めないことを尋ねた。
しっかりとセットされた髪に鼻の下に少しだけ蓄えた髭。
そんな風貌のその男はニコニコと笑っており、それが実に胡散臭そうに見える。
バーテンダー風の格好をしているが、どうも店の関係者では無いようであった。
「失せろ…」
フードの男はバーテンダー風の男には目もくれずに、ただ一言そう告げる。
彼の表には出ていない様々な感情がその一言には集約されていた。
並みの人間であれば、その威圧感に萎縮してしまってもおかしくなかったであろう。
「いいじゃありませんか!お酒というものは一緒に飲む人間が多い程楽しいものですよ!」
しかし、バーテンダー風の男は顔色1つ変えずにそう言うと、ちゃっかりとフードの男の目の前に座ったのであった。
これには流石の彼もグラスを持つ手が止まってしまう。
「…酔っ払いか?口で言っても理解出来ないならば力ずくで排除してやってもいいんだぞ?」
フードの男は不快感を一切包み隠さずに言った。
静かな殺気を発しているようにも見える。
ともすれば、そのまま近くに立て掛けてある剣を取って、目の前の男を切り捨ててしまいそうであった。
しかし、それでもバーテンダー風の男は怯む様子を見せない。
それどころか、チッチッと指を振ってみせる。
「ノンノン!酔っ払ってなどいませんよ!至って正常です!」
「ならば、ふざけているということだな。分かった。今すぐに消してやろう」
「おやおや、短気は損気ですよ。ディーさん」
「…何?」
フードの男はその名を告げられ、初めて目の前の男と目を合わす。
バーテンダー風の男は、改めてニコッと笑った。
「おや?お名前、間違ってましたか?確か、あなたは今ディーと名乗っておられたのでは?」
「…貴様、一体何者だ?」
「見ての通りの男ですよ」
フードの男の問いに、バーテンダー風の男は胸の蝶ネクタイを引っ張りながら答えた。
「はぐらかすな。答えろ!」
フードの男は少し声を荒げる。
それでもバーテンダー風の男はたじろぐ様子も顔色1つ変えることもない。
寧ろ、このやり取りを何処か楽しんでいるようにさえ見受けられた。
「あまり大きな声を出すと他のお客さんにご迷惑になってしまいますよ」
「知ったことか。私の質問に答えろ」
「…実は、私とあなたはこれが初対面じゃないんですよ、驚いたことに。ええ」
「何だと?」
「まあ、分からないのも無理はありませんね。直接顔を合わせたことも、ましてやこの姿で会うのも今日が初めてなのですから。ただ互いに存在を知ってはいました。そうですねえ、それも何100年以上前のことでしたかねえ…」
バーテンダー風の男の意味ありげな言い回し。
その時、フードの男はハッとなった。
「!!そうか。貴様はもしや…」
「おっと、そこまでにしておきましょう。誰が聞いてるか分かりませんからね」
「…フン、どうやら随分と暇を持て余しているようだな」
「いえいえ、昨今はまた慌ただしくなってきたところですよ。今日も実はこっそり抜け出してきた口でしてね。ええ。これ、内緒ですよ?」
「……………………」
「おっと。そう言えば、私としたことが失礼なことに自らの名前を名乗ってはいませんでしたね。それでは、あなたも呼びづらいことでしょう。この姿の時はプサン、とお呼び下さい」
「…それで貴様は何故俺にわざわざ会いに来た?」
素っ気ないフードの男の態度にプサンは少し肩をすくめた。
「プサン、と名乗ったのですがねえ…。まあ、いいでしょう。ここへ来た目的でしたか?それはですね、ズバリ言いますとあなたの真意を知る為ですよ、ディー」
「真意…だと?」
「ええ、あなたが何故今ここにいるか。そのことについては偶然ながら一部始終を知っています。しかし、どうしても分からないのは、あなたが何故今、こうしてあちらこちらを回っているのか、その真意について是非お聞きしたいと思いまして。はい」
プサンのその言葉にフードの男は僅かに口の端を歪ませた。
「…なるほどな。小心者の貴様らしい、尤もな疑問だ」
「お恥ずかしいことに」
「もし、私が貴様の想像する通りのことを考えているとしたらどうする?」
「…とても残念です。私たちは地上の出来事に関しては出来得る限りは不干渉でありたいと願っていますが、あなたがその気なのでしたら、その願いも打ち砕かれてしまうことになるでしょうねえ」
そう言いつつ、プサンは眉を八の字にして困ったような表情をする。
しかし、その目は至って真剣そのもので、真っ直ぐにフードの男を見据えていた。
やや間があったところでフードの男がフッと笑う。
「安心しろ。貴様が懸念するようなことなど今のところは微塵も考えてはいない。私はただ、あの日失ってしまった大切なものを捜しているだけだ」
そう言ったフードの男の目をプサンはじっと見つめ続ける。
暫くして、プサンは納得したように頷いた。
「…どうやら、本当に他意は無いようですね。それを聞いて心から安心しましたよ」
「私の言葉を随分あっさりと信じるのだな。その場しのぎの嘘を言っているのかも知れんのだぞ?」
「大体は目を見れば分かりますよ。目は口ほどにものを言うって人間の言葉にもありますしね」
「下らんな」
「いえいえ、実に的を射た言葉だと思いますよ。生き物はまず目で感情を表しますからね。人間もまた生き物ということですよ。そして私もあなたも、ね」
「……………………」
「探し物は見つかりそうですか?」
「答える義理はない」
「ごもっとも」
一旦、そこで会話は途切れた。
フードの男はグラスに入った酒を再び口へ運び、プサンは何時の間にか手にしているカクテルグラスに入ったお洒落な酒を嗜む。
そうして、互いに喉を湿らせた。
少し経って、プサンが再び口を開く。
「…あなたとお話が出来て良かった。やはり、こうして直接話さないと分からないこともありますからね」
「そうか。それは良かったな」
「何れまたこうしてお酒でも飲み交わせたらいいですね。今度はこういった話など無しで」
「…何か勘違いしているようだが、私は貴様らと馴れ合うつもりなど毛頭ない。ただ、今は対立するつもりがない、というだけのことだ。それに、かつて人間共がしでかしたこと、私は忘れてはいない。忘れることなど出来ようものか。今でも人間共を見ていると、たまに消し去ってやりたくなる衝動に駆られるくらいだ」
「…確かに人間の中には醜い心を持つ者もいますね。しかし、そういう人間ばかりじゃないこともあなたは知っている筈ですよ?」
「フン、そうだったかな?」
「何れにせよ、あなたが昔のままでは無い。ということは確かなようですね。少なくとも、こういった用件で私が会いに来るということは今後は無いでしょう」
「それは良かった。貴様の顔など本当は見たくも無いのだからな」
「それは手厳しい御意見で…」
プサンは苦笑する。
そして、グラスに残った酒を一気に喉の奥へ流し込むと、そのまま立ち上がった。
「では、私はこれで。あ、ここの代金は私が支払っておきますよ。静かな時間を邪魔してしまったお詫びです」
「そんなものはいらん。貴様にこれ以上、僅かでも借りを作るなど御免被る」
「別に返してくれとは言いませんよ。それに1度こういうことをしてみたかったんです。普段はこんなこと出来ませんからねえ」
プサンはそう言ってウインクすると、そのまま手を振りながら去って行ってしまった。
フードの男はその後ろ姿を見ながら、少し苦々しげな表情でグラスの中の酒を煽る。
「実に下らん時間だった。お陰で酒も不味くなってしまった」
フードの男は苦々しげにそう言うと、徐に立ち上がり、そのままプサンに続いて店を出て行く。
外へ出る際、フードの男は誰に言うでもなく呟いた。
「ふざけた真似をするようになったものだな。マスタードラゴンよ」
「ふぅ、どうやら一先ずは私の取り越し苦労だったようですね」
街の外へ出たプサンは、フードの男の言うことを思い出していた。
「…とは言え、決して油断してはならぬ相手でもあるのですがね」
プサンは先程の酒場でのやり取りを思い返す。
今思うと、かなり軽率な言動を取っていたものだと自身の中で少し反省した。
「やれやれ、私としたことが、たった数10年人間の姿でいただけなのに、随分と俗っぽくなってしまったものです。昔に比べて柔軟になり過ぎましたね、いやはや…」
そう自嘲すると、周りに人がいないことを確認した後にプサンは強く念を込め始めた。
と、プサンの体が光り、次の瞬間には神々しい巨大な黄金竜の姿へと変わる。
そして体長と同じくらいの翼をバサッと広げ、闇夜の彼方へ向け凄い速さで飛び立っていった。
(…今は信じているぞ、ディー。いや、かつての魔族の王デスピサロ!)