ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
山々に囲まれた世界随一の大国、グランバニア。
その日の朝はいつもと同じようで、何かが違っていた。
国王アベルとその側近たちが消息を絶ち、国民たちは色めき立っていた。
ある人はかつての王妃マーサが魔物にさらわれ、彼女の行方を捜索する為に当時の国王パパスが幼き王子アベルを連れて旅立った時を思い出し、ある人は現王妃フローラが魔物にさらわれ、彼女を救う為に現国王アベルが旅立った時を思い出していた。
何れの時も国のトップが長い間消息を絶ったことで、国民たちを深い悲しみと不安の中へ追いやったのであった。
そして今、誰もが望まぬその時が再び訪れてしまったのである。
愛すべき王たちを襲う不幸の数々に国民たちの中には「この国は呪われているのではないか?」と嘆く者もいた。
大国グランバニアは今、風雲急を告げている。
兎にも角にも、国民たちは誰1人欠けることなくアベルたちの安否を心配していた。
そして、それは残された家族たちも同様であった。
「お父さん…」
遠い目をしながらそう呟いたのは、グランバニア第1王女タバサであった。
10年近く前、父アベルと母フローラが消息を絶った時、彼女と双子の兄レックスはまだ産まれたばかりの赤ん坊だった。
物心ついた時から愛すべき父も母もいなかったのは当然寂しかったのだが、最初からいなかったことで、ある意味耐えられていた部分もあった。
しかし、今はその時とは大きく違う。
長年掛けてようやく捜し当てた父と母からは、それまでの穴埋めをするかのように強く深く愛されてきた。
その上での今回の父の事件。
その喪失感は、あの頃の比では無かった。
タバサは年齢の割には未だに親離れ出来ないと言われている。
それは、やはり過去のことがあったからであるが、そんな彼女にとって今回の件はショックがあまりにも大きかった。
今日もこうして部屋に閉じこもり、窓から外を眺めている。
「タバサ、あまり思い詰めたら良くないよ」
彼女の傍らでそう声を掛けたのはミニデーモンのミニモンであった。
アベルの仲間にした魔物の中でもタバサが特に気に入っているのがこのミニモンである。
彼女が小さい頃からずっと一緒だったこともあり、ミニモンは大切な友達であった。
ミニデーモンはその名の通り、子供の悪魔のような魔物である。
見た目も小さいが、とても強力な呪文を使うことが出来る。
今でこそ多種多様な呪文を使うことが出来るタバサではあるが、まだ何も呪文を唱えることが出来なかった頃にはマーリンやサンチョと共にこのミニモンから教わっていたこともあった。
彼女にとってミニモンは小さい頃からの友人であり、先生であり、そして実の兄レックスとはまた違った形の兄のような存在でもあるのだ。
「ありがとう…ミニモンちゃん」
タバサはそう言うと、ミニモンを膝に抱えてギュッと抱き締める。
最近では、不安を感じた時や寂しい時に、よくこうしてミニモンを抱き抱えることが多くなっていた。
昔は両者の背丈もさほど変わらなかったのだが、この6年でタバサは背も髪も伸び、すっかり大人の女性らしくなってきている。
そんな彼女と比べると、昔からあまり姿が変わらないミニモンのサイズはまるで小さい子供か大きめのぬいぐるみといったところであった。
当のミニモンはこうしてタバサに抱き抱えられることに関して、多少の気恥ずかしさはあるものの、決して嫌と感じてはいない。
寧ろ、タバサの膝は彼にとってお気に入りの場所の1つとなっていた。
「クックルゥー!」
「モイモイ!」
元気なさげなタバサの元へクックルーのクックルとブラウニーのブラウンもやって来る。
彼らもタバサのお気に入りの魔物で、ミニモンと3匹でよくタバサの部屋へ遊びに来ていたのであった。
「クックックゥルー!」
「モイモイ!」
「…クックルちゃんもブラウンちゃんも有難う。ごめんね、心配かけちゃって」
タバサはそう言って目尻に滲む涙を拭い、何とか笑って見せた。
タバサは人語を話せない魔物の言葉を多少ではあるが、理解することが出来る。
クックルとブラウンがミニモン同様に自身を心配し、彼らなりに励ましの言葉を言ってくれたことをとても嬉しく感じていた。
そして、それと同時に彼らへこんなに心配を掛けさせた自身の弱さを嘆く。
「…もう、大丈夫よ。ごめんね。私ももう16歳なのに、こんなんじゃいけないよね」
「タバサ…」
「私、信じる。お父さんは無事だって。それで、ちゃんと帰ってくるって」
「当たり前だよ。何たってアベル様は僕らの御主人様なんだ。そんな簡単にやられたりなんかしないよ!」
「ミニモンちゃん…。そうだよね、お父さんはお兄ちゃんと一緒に世界を救った英雄なんだものね」
その旅でタバサも共に戦い、間近で父の活躍を目の当たりにしてきた。
故に父への信頼感も決して小さくは無かったのだが、それでも胸の奥の不安感が拭いきれないのもまた事実であった。
タバサには僅かではあるが、予知めいた力がある。
一般人が感じる虫の報せというものをより鋭敏で的中率を高くした感じのもので、その力がこの不安を生んでいるのであった。
今すぐに自らの手と足で父の足取りを追いたい。
それがタバサの本音であった。
だが、兄レックスが現在進行形で城を空けてしまっており、これで自身までもいなくなれば、ただでさえ不安定なこの情勢の最中、国民の不安は更に大きくなってしまうだろう。
物心つく前から家族同然に過ごしてきた彼らへこれ以上の負担を強いるような真似など、心優しいタバサにはとても出来なかった。
それに、何よりも母でありグランバニア王妃でもあるフローラへ心配を掛けさせたくないのが1番の理由であった。
夫が消息を絶ち、息子はまだ帰らない。
その上、娘まで城を出てしまったら、穏やかでとても優しいフローラは更に深く悲しむだろう。
それでも、タバサが父アベルを捜したいと願い出れば、きっとフローラは笑顔で送り出してくれるに違いない。
それが分かるだけに、タバサはフローラの優しさに甘えるわけにはいかないのだ。
「神様…」
タバサは祈る。
ただ待つことだけしか出来ない。
それはこんなに辛く、こんなに苦しいことであるとタバサは痛い程に感じていた。
だからこそ、その苦しみをフローラ1人に押し付けるなんてことが出来よう筈もない。
嬉しさ楽しさを分け合うのが家族ならば、苦しみ悲しみを分け合うのもまた家族なのである。
少なくともタバサはそう考えていた。
「ハッ…!」
と、その時、タバサはふと何か良からぬ空気を感じ取った。
それは父のことでも兄のことでもない。
自分を含めた、ここにいる全ての人たちにそう遠くない未来、何か恐ろしい出来事が迫る。
そんな予感であった。
「どうしたのタバサ?何だか震えてるよ?」
ミニモンが心配そうに顔を上げた。
気が付くと、タバサは全身を細かに震わせ、激しい動悸に見舞われている。
タバサにぴったりと身を寄せていたミニモンはその異変にいち早く気が付いた。
「何かあった?また、嫌な予感でもしたの?」
「ミニモンちゃん…。私…」
「落ち着いてタバサ。僕たちが付いている。何も恐いことなんて無いんだ」
「う…うん」
ミニモンに励まされ、タバサは少しだけ落ち着きを取り戻す。
1度軽く深呼吸をした後、先程感じたことを口に出して言った。
「…グランバニアが、襲われる。恐ろしい邪気を纏った何者かに」
「ええっ!?」
「……!!」
タバサは徐に立ち上がると、抱き抱えていたミニモンを下ろし、そのまま部屋を飛び出して行った。
3匹の魔物たちはすぐにタバサの後を追う。
ちょうどその時、タバサの部屋の窓から、不気味な灰色の雲が空を覆い始めているのが見えた。
まるでこの先の未来が暗闇の中に沈んでいくかのような、そんな予兆を感じさせる空模様であった。
「…いやな雲だな」
同時刻、見張りの兵士が空を見ながら呟く。
先程までは空の青さと雲の白がちょうどよいコントラストになった綺麗な空であった。
だが、今は不気味な灰色の雲が侵蝕し始め、空の青さもくすみ始めている。
一雨が来そう、というよりも何か悪しき儀式でも始まりそうな感じであった。
心なしか、吹く風も生温い。
「気持ち悪い風だ」
見張りの兵士はそう愚痴ると、下にいる者と交代しようと、階段を降りようとする。
その時であった。
「ん?何だアレは?」
空の向こうから、豆粒のような黒い点がこちらへと向かって来るのが見えた。
やがて段々とそれが大きくなってくると、黒い点が何かの生き物であることが分かった。
見張りの兵士は注視する。
鳥のようにも見えるし、人のようにも見える。
何れにせよ、何らかの魔物であることには違いない。
「おい!魔物が来たぞ!」
見張りの兵士は腰に携えた剣に手を置きながら、下で待機している他の兵士に伝えた。
こうして魔物が城へ向かって来ること自体は珍しいことではない。
それはアベルが仲間にした魔物たちがいるからという理由だけではなく、昨今の凶暴化した魔物が気紛れに城を襲撃してきたことが何度もあったからだ。
無論、それらの魔物はグランバニアの勇敢な兵士たちによって退けられ、城内への潜入は1度たりとも許したことなどなかった。
相手はいつものように、デモンズタワーに生息するホークマンだろう。
今日も同じように仕事をするだけである。
見張りの兵士はそう思っていた。
だが、こちらへ向かって来る魔物のスピードが何時もより速いように感じられる。
その違和感には、もっと早くに気が付くべきであった。
ハッとした時には、魔物はすぐ目前にまで迫っていた。
「何ぃッ!?」
「キュケェェェエエ!!」
見張りの兵士の前でその翼をバッサバッサと羽ばたかせてホバリングしていたのは、ホークマンでは無かった。
同じ鷹のような外見ではあるが、こちらの方がより鷹に近い。
明らかに初めて見る魔物であった。
「くっ!!城に1歩たりとも入れるものか!!」
例え見知らぬ魔物だとしても見張りの兵士は剣を抜き、怯まずに対峙する。
こういう時の為にグランバニアの兵士たちは日夜鍛えているのだ。
どんな相手でも退かぬように。
だが、この時はそれが仇となった。
「キュケァア!」
魔物は口をパカッと開くと、次の瞬間激しい炎を吐き出した。
「ぐわああああああ!!」
鎧をも燃やす強烈な火炎に見張りの兵士は悶え苦しむ。
やがて、彼は糸の切れた操り人形が如く膝から崩れ落ちると、そのまま絶命してしまった。
「キュケェェエエイ!!」
魔物はそのことを喜んでいるかのように高らかに鳴いた。
明らかに今までよりも強い魔物である。
「で、であえであえ!」
下で待機していた兵士は、その一部始終を見て慌てて他の兵士たちを呼び寄せた。
このままでは、間違いなく魔物に城内への侵入を許してしまう。
彼はそうはさせじと、他の兵士たちが集まるより先に魔物の前へ飛び出した。
口から吐き出す炎に気を付けながら必死に応戦する。
「キュエエィ!」
魔物は腕を大きく振りかぶると、そのまま勢い良く振り下ろす。
すると、刃のような爪とその怪力で目の前に立ちはだかる兵士を鎧ごと切り裂いた。
「うぎゃあああああああ!!」
皮膚と肉は呆気なく裂かれ、血が鉄砲水のように噴き出る。
兵士はそのまま意識を失い、2度と目覚めることは無かった。
「キュケェェェイ!」
この魔物が襲撃してきてからそれ程時間も経っていないのに、既に2人の兵士たちがやられてしまった。
魔物はニヤリとほくそ笑みながら、城内へ侵入を試みる。
と、その時であった。
「メラミ!」
強烈な火球が魔物目掛けて飛んで来ると、魔物はそれを交わすことが出来ず、その身に食らってしまった。
「ギュェェェェェ!!?」
魔物は思わず苦しげな声を上げ、急いで翼をバタつかせて後方へ下がる。
自身を襲った熱と痛みに戸惑いと怒りを覚え、先程まで余裕だった表情を豹変させた。
「…ほうほう。強力な炎を吐く割には、自分が食らうのは嫌と見える」
そう呟きながらゆっくりと見張り台へ上って来たのは、マーリンであった。
髑髏のように窪んだ目で観察するかのように魔物を見つめる。
「…ならば、このまま焼き尽くしてやりましょうぞ」
「キュケェェェェア!」
魔物は怒り狂ったようにマーリンへ向かっていく。
2人の人間を屠り去り、捕食者としての悦に入っていた魔物のプライドがどうやらマーリンの呪文の一撃にて傷が入ったようだ。
だが、マーリンは一切焦らない。
冷静に詠唱を完了させ、魔物へ向け手を翳す。
「ベギラゴン!」
マーリンの手の平から、とても強力な熱線が放たれ、魔物を一瞬で包み込んだ。
「ギュェェェェェェエエエエエ!!!!!?」
魔物は喉から振り絞るように悲壮な声を上げる。
そして、次の瞬間にはそのまま骨さえも残らぬ塵と化した。
マーリンは魔物の殲滅にも気を抜かずに目を凝らし、遠方を見る。
どうやら他に追軍はいないようであった。
「…やれやれ」
それを確認すると、マーリンは少しだけ気を抜いた。
見張り台を見回すと、魔物に倒された2人の遺体が痛々しく転がっている。
マーリンは少し無念そうな表情をするが、すぐに気持ちを切り替えた。
「…迷い込んできた魔物にしては、他者の悪意を感じますな。一体、誰の仕業なのか。…一先ずオジロン殿に報告ですかな」
マーリンは勇敢に散っていった兵士たちに軽く黙祷を捧げると、見張り台を下りていった。
「ヒッヒッヒッ、エビルホークがやられてしまいましたか…」
水晶球のようなものを覗きながら、気味の悪い声の男がそう呟いた。
「まあ、威力偵察を命じた尖兵の1体です。それがやられたところでこちらには影響はありません」
男はヒッヒッヒッ、と笑う。
「…ですが、狼煙としては丁度良いでしょう。これからグランバニアを攻め落とす、その合図としてはね」
男は水晶球から目を離すと、チラリと後ろを振り返った。
「ヒッヒッヒッ。私の傑作…早く動かしたくてたまりませんよ。まあ、尤もコレを使う前に終わってしまうこともあるでしょうがねえ。その機会が訪れるかどうかは彼ら次第、ということですか」
そう言って男は、その傑作に頬擦りするかのようにピタリと寄り添い目を閉じた。
暫くそうした後、ゆっくりと目を開く。
「…さあて、そろそろ行くとしましょうか。いいですね、お前たち?」
「キキィーッ!!」
「グゥッフフ!!」
「バッサバッサ!!」
男の言葉の後に様々な魔物たちの鳴き声が続いた。
まるで猛獣の檻の中、或いは危険生物だらけのジャングルの中のようである。
その異様な空間の中、男は高らかに宣言する。
「いざ、進軍ですよ!!」
男の号令と同時にそれにに再び様々な鳴き声が沸き起こる。
それらを見下ろすかのように背後の巨大な影は威圧的に立っていた。