ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
戦いは佳境に…。
魔界からやって来たネレウスたちの参戦により、グランバニア軍の状況は一転した。
彼らは1体1体が圧倒的な力を持った魔物であり、魔界育ちのその強さは通常の魔物たちと一線を画している。
ネレウスは得意の呪文で一掃し、シーザーは息攻撃でなぎ払い、ロビンは次々と敵を討ち捨てていく。
そしてギーガはゴレムスをも凌ぐその巨体を持って、グランバニア軍を苦しめた巨大な敵…バトルシェイカーと対峙していた。
「……………………」
「……………………」
双方、共に無言で睨み合っている。
まるでこの2者の周囲だけ時間が止まったかのようであった。
ギーガは口が利けないわけでは無いが、終始無言のバトルシェイカーに合わせて口を噤んでいるようだ。
会話の出来ない相手に話し掛ける言葉は無い、といったところか。
「…………!!」
先に動いたのはバトルシェイカーの方であった。
先程と同様に力を溜め、手にしたマラカスのような形状のハンマーでギーガに向かって殴り掛かる。
一方、ギーガも巨大な棍棒を振るってそれを受け止めた。
パワーは互角。
いや。
「…………!?」
バトルシェイカーは大きく揺らいで後ずさっていった。
一方のギーガは微動だにせず、悠然と構えている。
ゴレムスをも押し切った敵のパワーを更に上回るパワー。
これが巨人族の力、ギーガの力である。
「ォォォォォォォォ!!」
ギーガは咆哮と共に後退するバトルシェイカーをのっしのっしと追い掛けた。
その巨体故に1歩1歩が大きく、すぐにバトルシェイカーの元へと追いつく。
と、再び棍棒を高く掲げ、そのまま眼下のバトルシェイカーに向けて勢い良く振り下ろした。
その一連の動きは一見ゆっくりに見えるが、それは彼があまりに巨体だからに他ならない。
実際は驚異的な身体能力に基づく超スピードで棍棒を操っているのである。
だからバトルシェイカーはその棍棒の一撃を避けることが出来ず、もろに食らってしまっていた。
「…………ッ!?」
バトルシェイカーはまるで体重でも消えてしまったかのようにその場から吹っ飛んでいった。
地面に何度も打ち付けられながらゴロンゴロンと転がっていく。
その間、味方である筈の魔物の軍団をも巻き込んでしまっており、阿鼻叫喚がその場に巻き起こっていた。
バトルシェイカーが何とか止まった頃には、元いた場所から何百メートルも離れた所まで吹っ飛ばされていた。
「…ギギ、ギギギギギ」
異音を発しながら立ち上がろうとするバトルシェイカー。
棍棒を受けたボディは大きくへこみ、中のものを押し潰している。
足の部分が破損したのか上手く立てないようで、見上げるように巨大だった図体も少し小さく見えた。
「ピー、新タナ敵ヲ発見。排除シマス」
そんなバトルシェイカーを見つけ、そう言ったのはロビン。
バトルシェイカーが転がった先に、たまたま立っていたのであった。
ロビンがバトルシェイカーを視認したのと同時に、相手もロビンのことを視認する。
明らかにサイズが自分よりも小さい相手。
バトルシェイカーはロビンを次のターゲットに見据え、ハンマーを構えた。
「ギギギ、ギギギギギギギギギ!!」
まるで歯軋りのような音を立てながらロビンへ向かってハンマーを振り下ろす。
ダメージを受けていても、まだそれなりに動ける様子である。
通常の相手であれば、その一撃を受けるのはとても危険だったであろう。
そう、“通常”の相手ならば…。
「ピー、ピピッ!」
規則正しい電子音を発しながら、ロビンは機械らしく冷静沈着に手にした大剣を振り回した。
次の瞬間、ゴトンとハンマーの先っぽが地面へ落ちる。
ロビンの正確無比な剣技は見事に敵の持つ武器を無力化していた。
更に追撃と、もう片方の腕に付いているビッグボウガンの矢をバトルシェイカーの顔へと撃ち込んだ。
勢い良く放たれた矢はバトルシェイカーの顔の部分の中心へ深々と突き刺さる。
「ギギィーーーーーーッ!!」
まるで悲鳴のような異音を発し、バトルシェイカーはのた打ち回る。
ギーガにやられた時よりもダメージが深そうである。
それを見たピピンがあることに気が付いた。
「…そうか!奴はあの顔みたいな部分が弱点なんだ!!」
硬い外殻に覆われ、並みの攻撃では歯が立たないバトルシェイカーではあるが、顔の部分への攻撃はとても有効のようである。
ロビンが如何に並ではない相手とは言え、ロビンが装備しているビッグボウガンとそこから放たれる矢は特別なものでは無いのだ。
それであれだけのダメージを与えられるというのは、1つの光明であった。
更にギーガとロビンから受けたダメージでバトルシェイカーの動きは先程よりも大分衰えている。
ここがチャンスであるとピピンは踏んだ。
「弓兵!動ける者は皆で奴の顔の部分を狙うんだ!」
「狙え!!そして、放て!!」
兵長ザトゥもピピンに続いて声を張り上げる。
バトルシェイカーを打ち倒せば、敵軍の力は大幅に削がれることになり、グランバニア軍に圧倒的に有利となる。
弓兵たちは一斉にバトルシェイカーを狙って矢を放った。
足が壊れ、上手く立てないお陰で、敵の顔が狙い易い位置に来ており、人間の力でも充分届く距離である。
大量の矢の雨がバトルシェイカーの顔目掛けて降り注いだ。
「ギィーギギィーーーー!!」
受けたダメージが大きく蓄積し、とうとうバトルシェイカーは仰向けにバタンと倒れる。
その仕草はまるで降参したかのようであった。
同時にピピンたちに最大のチャンスが到来する。
「よし!止めだ!!」
そう言って追撃しようと動き出したピピンを大勢の魔物たちが囲む。
やらせてなるものか、といった様子である。
バトルシェイカーが落ちてしまうことが、この戦況に大きな影響を与えることを魔物たちも感じ取っていたのだ。
「くっ!せっかくのチャンスなのに…!!」
魔物たちの厚い壁を前にピピンは歯軋りする。
この機を逃すのは、グランバニア軍にとっては大きな痛手となるであろう。
それが分かるだけにピピンも焦りを隠せない。
だが、力押しで突っ込んで行けば如何なピピンと言えども返り討ちに遭うことは必至。
数の差は絶対的な戦力の差なのである。
「グォォォォォォォオオオオ!!」
その時、ピピンの背後から低い唸り声が聞こえた。
振り返ると、そこには威嚇するように巨大な翼を広げたシーザーが立っていた。
雄々しく美しいその姿はまるで神話のようである。
「グォォォオオオオオオオウ!!!!」
シーザーはもう一度吠えると、口から勢い良く激しい炎を吐き出した。
ピピンの前に立ちはだかっていた魔物たちはあっという間に紅蓮の海に包まれていく。
一瞬で炭化し、崩れ去る魔物たち。
最早、ピピンの進行を塞いでいた壁は取っ払われていた。
「今だ!!」
その隙をついて、ピピンはバトルシェイカーの真上へと飛び上がった。
「セイヤァァァァァァァッ!!」
落下の勢いと共に隼の剣の切っ先をバトルシェイカーの顔の部分へと思い切り突き刺す。
しなやかな細身の刀身は折れることなく、深々と敵の弱点を貫いていた。
「ギギギ……」
「ハァ、ハァ、ハァ…」
「ギ…ギギ…、…………」
バトルシェイカーは痙攣したかのように手足をピクピクさせていたが、やがてピクリとも動かなくなった。
勝利を確信したピピンは右腕を誇らしげに高々と上げる。
それを見た周囲の兵士たちは今こそ勝機と一斉に口を開いた。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「行くぞおおおおおおおおおおおお!!」
「わああああああああああああああああ!!」
加速した勢いは伝播し、やがて全兵士へと行き渡っていった。
こうなれば勇猛果敢なグランバニア軍が有象無象の魔物たちに押し負けることは無い。
更にはアベルの魔物たちもこれを機に勢いを取り戻しつつあった。
そして、一騎当千の魔界の魔物たちも加わって、一時は城内へ攻め入られるかも知れなかった戦況が完全に逆転していた。
勝てそうに無いと本能で悟った魔物たちは次々と敗走し、戦線から離脱していく。
やがて、無数とも思えた魔物たちの軍団はその数を大きく減らし、際立ったリーダーもいない烏合の衆と化していた。
こうなってくると、魔界からの助っ人の力を借りずとも勝利は目前である。
「攻めろおおおおおおおおお!」
「キー、キー、キー!」
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「クケーッ!クケーーッ!!」
「いやああああああああああああああ!!!」
「………………………………」
地面に倒れた敵の魔物たちは完全に沈黙し、それ以外の連中はこの場を去って行った。
グランバニアを覆っていた暗雲も、今や完全に晴れたと言っていい。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
ピピンや兵長ザトゥ、そしてその他のグランバニア兵たちは全員ボロボロになりながら肩で息をしている。
皆、体力はもう残り僅か。
だが、それを気にする必要はもう無い。
彼らは勝ったのだから。
「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
興奮と歓喜で、地鳴りのような咆哮があちこちから巻き起こる。
この国始まって以来最大の危機を脱した勇士たちの勝利の雄叫びであった。
「やりました…。やりました!!やりましたよおお!!!!」
ピピンは涙と鼻水を滝のように流しながら叫ぶ。
あまりの嬉しさに感情が大爆発し、防波堤を破壊したのであった。
「ピピン!だらしないぞ!ピピン!」
「ザトゥさんこそ!!」
「ハハハハハハハ!!」
兵長ザトゥも顔をぐしゃぐしゃにさせながらピピンに抱きつく。
更に他の兵士たちもまるで磁石のように2人の元へ集まり、次々と彼らへ飛びついて行った。
歓喜の環がどんどん広がっていくのが分かる。
戦いにやっと終止符が打たれたのだ。
そして、喜びを分かち合っているのはグランバニア兵たちだけではない。
「や、や、や、やったん、だな」
「メッキッキ!」
「うおーーーーん」
この国の危機にグランバニア兵と共に立ち向かったアベルの魔物たちもまた喜びの声を上げていた。
皆、ボロボロになりながらも、やり遂げたという表情で互いに肩を抱き合う。
幸いにも、アベルの魔物たちは全員生き残っていた。
これだけの激戦は、かつて魔王ミルドラースを倒しに魔界へ乗り込んだ時以来であっただろうか。
兎にも角にも。彼らは勝ったのであった。
「…やれやれ、一時期はどうなることかと思いましたが、何とか勝てたようですな」
疲れた表情のマーリンがそんな彼らを遠目に見ながら「ふうっ」と一息吐いた。
思えばこれだけ本格的な戦闘は彼にとってもかなり久し振りである。
今やマーリンの膨大な魔力も流石に底を尽きかけていた。
魔界からの助っ人も無く、あのまま勝機の無い戦いを続けていたならば全滅していたかも知れない。
そんなマーリンの元へネレウスがニヤニヤ顔で近付いて来る。
「どうじゃ?マの字よ。此度の勝利、ワシに感謝してもし足りないくらいじゃろ?」
「ええ、あなた“たち”には感謝してもし足りないですよ」
マーリンは複数形を強調して言った。
何処か面倒臭そうな表情をしているようにも見える。
「ん~?何か、少し引っ掛かる言い方じゃな?」
ネレウスは少し不満げな顔で言った。
「何じゃあ?ワシに救われたのが気に入らんのか、この偏屈ジジイは?」
「…ハッキリ申し上げて、あなたの活躍よりもギーガ、シーザー、ロビンの活躍の方が大きかったですよ」
「ワシのルーラが無ければ、そのあいつらはすぐにここへは来れなかったと思うんじゃがなあ。つまりはワシがいなかったらその活躍も無かったと」
「…恩着せがましいジジイですな。相変わらず」
マーリンはうんざりした様子であったが、少ししてあることを思い出すと、真顔に戻ってネレウスに尋ねる。
「…あなたたちに救いを求めたというアベル様についてなのですが、どのような様子でしたか?」
「フム、いつもと変わりない…と言ったら流石に嘘になってしまうじゃろうか。少し、お疲れの様子じゃったよ」
「囚われの身なのだから多少の心労は仕方ない…か。…他に何か気付いたことなどはありませんでしたか?」
「気付いたこと……おお!そう言えば!」
ネレウスはポンと手の平を叩いた。
「確か、アベル様の側に凄いべっぴんさんがいたぞい!」
「またあなたはそんな…」
「いやいや、冗談じゃのうて」
「ふぅむ。アベル様のお側にいる女性、と言うとテルパドールのアイシス王女かラインハットのマリア様辺りでしょうか?」
「いんや、アイシスちゃんやマリアちゃんならワシも顔を覚えておる。いくら何でもワシゃそこまで耄碌しておらんよ」
「あなたが知らない女性…ですか。はて?一体どなたでしょうか?」
「さあ…少なくともワシらが旅で出会った顔では無かったと思うぞい」
「ふぅむ……」
アベルの側にいたという謎の女性。
その女性がアベルとネレウスたちとを繋げたのだろうか。
少なくとも、これだけの情報ではまだ何も分からない。
早くもこの国の守り手から、王の相談役としての立場へと戻ったマーリンはあれこれ思考を巡らせるのであった。
全てはアベルたちを救い出す、その日の為に。
「…やれやれ。偏屈だけが取り得のジジイにこうやって思考の海に沈まれたら、からかい甲斐も無いというものじゃな」
ネレウスは呆れ気味に呟いた。
「…そうか。襲って来た魔物たちは皆退いていったか」
兵士からの伝令を聞いてオジロンはホッと胸を撫で下ろす。
魔物たちの親玉がここへ乗り込んだ時には最悪の結果が頭を過ぎっていたが、結果的に被害は想定より大きくは無かった。
無論、死傷者の数は少なくなく、この国は確かにダメージを受けていた。
それでも、目の前の危機が去ったこともまた事実である。
オジロンはそのことをまず喜んだ。
「終わった…んだね」
そう言ってその場にへたり込んだのはミニモンであった。
この国の重役たちを守るという大任を何とかやり遂げ、プレッシャーから解放されて腰が砕けてしまったようである。
それはクックルやブラウンも同様であったようで3匹は互いに背中を預けあっていた。
「皆…お疲れ様」
ミニモンたちにそう労いの言葉を掛けたのはタバサであった。
彼女も少しの時間とは言え、久方ぶりに実戦に立ったことで精神的にも肉体的にもかなり疲弊していた。
特に相手が相手だっただけに、その消耗も大きい。
つくづくブランクの長さを感じる。
「タバサ、あなたもよく頑張りました」
フローラが優しくそう声を掛けると、タバサは少し体が軽くなった気がした。
例え実際に手を合わせてはいなくとも、彼女もまたペィロの目の前に立ち、王の間での戦いに加わっていたのだ。
彼女の場合は実戦から遠ざかっていただけでなく、戦う力も昔より大きく失われていた為、敵と相対した際のストレスはタバサの非では無かったろう。
しかし、フローラは気丈にも疲れた素振りは見せず、ただタバサのことを慮っていた。
その姿は王妃ではなく、正に1人の母親であった。
「お2人に何も無くて本当に良かった……。心からそう思いますよ」
オジロンは安堵で目が少し涙ぐんでいた。
アベルが行方不明になって、その上フローラとタバサにまで何かあったら、天国の兄や歴代のグランバニア王に申し訳が無い。
「…しかし、これで終わりでは無いだろうな」
オジロンはすぐに頭を切り替え、今回襲って来た敵のことを思う。
敵の目的が城を攻め落とすことであったのならば、あまりにもタイミングが良過ぎる。
アベルたちの失踪に関わる何者かの仕業であることはほぼ間違いないだろう。
そしてあのペィロという道化師の魔物。
自身を切り裂きピエロと言い、アストルティアからやって来たなどとのたまっていた。
当然、オジロンはそんな魔物もアストルティアなどという大陸も聞いたことは無い。
それは世界中を旅したタバサやフローラも同様であろう。
しかし、ペィロが見たことも無い種類の魔物であり、これまた見たことの無い技や術を使っていたのもまた事実。
そして、かなりの実力者であったこともまた事実であった。
これだけの実力を持った者が1度や2度の失敗で諦めるなどということは有り得ないだろう。
必ず第2、第3の矢が放たれる。
(……アベル王がいない今、どれだけ持ち堪えることが出来るだろうか?)
今回は魔界から助っ人が来たという幸運があった。
しかし、彼らもずっとこの城に駐在するというわけにはいかない。
魔界は魔界で大変だし、人手も足りていないのが現状である。
何れは帰らねばならない。
次回、次々回に彼らがまた来てくれるという保証は何処にも無いのだ。
(やれやれ。一体、この国にはいくつ災いがもたらされるのだろうか。気苦労が絶えんよ……)
オジロンはこの先のことを考え、頭も胃が痛くなっていた。
そして、その心配はタバサやフローラにも痛い程伝わっていた。
(あなた……、レックス……)
(お父さん……、お兄ちゃん……)
2人は共に大事な人たちを思い浮かべ、ただ無事を祈るだけであった。
グランバニアを覆っていた暗雲は一先ず去った。
しかし、新たな闇が忍び寄っていることは誰もがその身に嫌という程感じられていたのであった。