ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
薄暗闇の部屋。
窓は無く、出入り口は扉が1つだけ。
その中を数本の蝋燭の灯りだけが照らしている。
かすかに見えるのは積まれた本と怪しげな薬品の数々。
まるで、何処かの研究室といった様相であった。
「フムフム、なるほどなるほど」
部屋の中で1人ブツブツと何かを呟いているのは、マーリンであった。
ここは、マーリンの部屋。
その独特の雰囲気はグランバニア城内でも異彩を放っている。
マーリンはここで様々な研究を行っているのだ。
「フムフム、ん?これは…」
「何か分かったのかい?マーリン」
「おおっ、アベル様!」
突如聞こえたアベルの声にマーリンは思わず顔を上げた。
どうやら研究に夢中になるあまり、扉を開けられ背後まで来られていても気が付かなかったようである。
マーリンは椅子に座ったままアベルに向き直った。
「このような無礼な格好で申し訳ございません。実は報告したいことがございます」
「いや、別に構わないよ。それで、報告したいことってのは何だい?」
「ハッ!今、私の魔力を使って、この大気に含まれている瘴気を調べていたのですが、恐ろしいことが分かったのです」
「恐ろしいこと?」
「はい。この瘴気は魔物だけではなく、どうやら人間にも悪い影響を与えるようです」
「何だって!?」
ここ2~3年、魔物たちが再び凶暴になり始めた時、大気中に得体の知れない瘴気が漂っていることにいち早く気が付いたのはマーリンであった。
他の魔物の仲間たちも何かしらの違和感を覚えていたようであったが、その正体までは見抜くことが出来なかった。
そこはマーリンが、魔物の中でも1、2を争う頭の良さを誇る『まほうつかい』という種族であるが所以だろう。
以来、マーリンは執務の合間にこうして空気中に漂う瘴気の研究をしていたのであった。
「悪い影響って、例えばどのような?」
「そうですな。まず、肉体を衰弱させ、不調を引き起こします。高濃度の瘴気を浴びたり吸ったりすれば命に関わるでしょうな」
「その口振りだと、他にもまだ何かありそうだね」
「ええ。実は肉体よりも精神への影響の方が大きいかと。理性を失い、やがて魔物たちと同じように凶暴化してしまう…。私の魔法による研究と解析の結果、そう判明いたしました」
「魔物たちと同じように凶暴化…」
アベルはごくりと唾を飲み込んだ。
魔物たちの凶暴化と瘴気の発生に何らかの関連性があるだろうとは思っていたが、それが人間にも影響するとなると問題は更に大きくなる。
「今のところ、大気中に含まれている瘴気はごく僅か。影響の出易い魔物たちとは異なって、人間に対して即効性はありません。まあ、楽観視出来ることではありませんがね」
「しかし、大気中に含まれているのならば否が応にも体内に瘴気を取り入れてしまうんじゃないのかい?」
「ええ、それは間違いありません。如何に微量と言えど、毎日のように吸い続けて体内に蓄積していったら、何れ肉体か精神のどちらかに影響が生じてもおかしくは無いでしょうな。それが何日先になるか何年先になるかは私にも計りかねますが」
「…我が国は大丈夫だろうか?」
「地域によって瘴気の濃さは違うようで、ここグランバニア周辺は他国と比べて取り分け瘴気が薄くなっているようです。恐らく、あの天空の剣の聖なる力が瘴気の侵入を防いでいるのでしょうな」
天空の剣は、かつて伝説の勇者が使用していたとされる伝説の剣。
かつてアベルが石像化し、失踪していた時にも、まだ赤ん坊であったレックスやタバサを守る為にこのグランバニアへ悪しき魔物が進入するのを防いでいた。
それが今もこうして得体の知れない瘴気から国と民を守っているというのは感慨深いことである。
「そうか…。グランバニア国民に大きな影響が出にくいというのは一先ず安心したよ。しかし、その瘴気を何とかしない限りは、根本的な解決にはならないだろうね。瘴気の発生源についてはどうなんだい、マーリン?」
「うぅぅむ、それが全く見当もつかないのですよアベル様」
マーリンは困惑した表情で言った。
「大気中に含まれている…ということから、何処かから噴き出しているのではないかと考えるのが自然なのですが、それに該当するような場所が何処にも無いのです」
「何処にも?」
「ええ、メッキーに協力して貰って、各地へ飛んで頂いているのですが…」
メッキーとは、アベルの仲間のキメラのことである。
ハゲタカと蛇の合成獣で、一般の道具屋で売られているキメラの翼は彼らから採取されていると言われている。
翼単体で人を遠くまで飛ばせるだけあって、キメラ自身も飛行の得意な魔物であり、それでマーリンに協力していたのであった。
今も、調査の為に各地へその翼をはためかせて飛び回っているという。
「瘴気の濃度というのでしょうか?それが各地域でバラバラのようでして…」
「単純に瘴気が一番濃いところが発生源じゃないのかい?」
「うぅぅむ、それがそうとも限らないと言いますか、何と言いますか…」
徐々に歯切れが悪くなるマーリン。
「特別濃い場所、というのが無いのですよ。ここが発生源だと確信を持って言えるような、そんな場所が」
「…もしかすると、発生源なんて場所は何処にも存在しないんじゃないだろうか?」
「と、言いますと?」
「正確に言うと、一定の場所に止まっていないんじゃないかな?」
「つまり、発生源は移動している…と」
「うん。まあ、実際にはどうなのか分からないけどね」
「しかし、アベル様の言うことにも一理ありますな。ただ、そうなるとある1つの可能性が生じます」
マーリンの言葉にアベルは目を鋭くした。
「この瘴気が人為的なものである可能性…だね?」
「はい」
もしも、この瘴気が自然発生であるならば、厄介な問題とは言え仕方の無いことだと割り切って対処することが出来る。
だが、人為的且つ作為的なものであった場合、その考え方は大きく変わってしまう。
「仮にそうであった場合、一体何処の誰がそんなことを?」
「ただの人間にこのようなことが起こせるとは思えません。ですが、魔界の者であれば或いは…」
「あまり、そうは考えたくないものだけど」
今この世界とは別の世界に存在する魔界。
かつて、アベルたちはそこで母マーサを救う為、そして魔王ミルドラースを倒す為に乗り込んだことがあった。
魔界は邪気に満ち溢れ、凶悪な魔物たちも多く棲んでおり、正に悪の巣窟とも言うべき場所であった。
だが、魔王ミルドラースを打ち破ったことで魔界にも変化が起き、魔界の穏健派たちが住む町『ジャハンナ』を中心に新たな秩序が生まれようとしていた。
魔界は今この時も生まれ変わろうとしているのだ。
それに協力しているアベルには、魔界から悪しき企みを持つ者がこの世界へ出て来たなどとは考えたくないのが本心であった。
「…何にせよ、真実が分からないことにはこちらもそう易々と動くことは出来ない。引き続き頼むよ、マーリン」
「ハッ!」
了承の意味を込め、マーリンはアベルに向かって敬礼する。
「おお、アベル王。ここにいらしたのですか」
その時、オジロンが部屋の中へ入って来た。
何やら急ぎの用件でもあるような感じの様子である。
「どうしたんだいオジロン。そんな慌てたような顔して」
「実は先程このようなものが届きまして…」
そう言ってオジロンが差し出したのは1枚の封書であった。
アベルはそれを受け取ると中身を取り出して読んだ。
「…これは、会合への招待状のようだね。それも、ガレオンからの」
「何と…」
マーリンはその骸のような眼をパチクリさせる。
「今まで、こちらからの使者を受け入れてはくれなかったのに、何故今になってこんな…」
「中の手紙を読む限り、どうやらグランバニアだけじゃなくてラインハットやテルパドール、それにニルヴェインにも同じものを出しているみたいだ」
「どうもきな臭いですな」
訝しげにオジロンが言った。
今まで梨の礫だった相手からの突然の招待。
不審に感じても仕方の無い行為である。
「アベル王を嵌める罠かも知れませぬぞ」
「しかし、チャンスでもある」
手紙を持つ手に力を込めてアベルは言った。
「向こうから会いたいと言ってくれたんだ。僕はこの招待、受けようと思う」
「なんと!」
オジロンとマーリンが同時に声を発した。
それに構わずアベルは続ける。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だよ。それに、例え罠だとしても向こうが門戸を開いてくれたことには変わりない」
「しかし、アベル王。万が一、ということもあります。もしも御身に何かありましたら…」
「僕だけじゃなくて各国の首脳たちを集めているんだ。向こうもいきなり命を狙いはしないだろう。それに一応、僕も腕に覚えはあるからね」
「そうは言いましても…」
オジロンは渋る。
グランバニア国王であるアベルを明らかな危険に晒すのは一国の大臣としては許せないようだ。
「勿論、1人で行くわけじゃない。ピエールとサンチョも連れて行くよ」
「ピエール殿にサンチョ殿ですか。確かに彼らがいれば心強いですが…」
「オジロン。君が心配する気持ちは分かる。それに今のこの不安定な情勢の中、グランバニアを離れるのが得策じゃないということも。でも、僕はこの招待が今後の情勢を占う上でも重大な分岐点だと考えている。この機会を逃してしまえば、もう2度とガレオンに入ることが出来ないかも知れない」
「それはそうなのですが…」
「お願いだ。行かせてくれ、オジロン。この通りだ」
そう言ってアベルは頭を下げる。
「うぅぅむぅ…」
オジロンは困惑した表情で唸った。
アベルがこうして自ら頼み込むことなど滅多にない。
それだけ意思が固いということなのだろう。
「…分かりました。王が留守の間はこのオジロンにお任せ下さい」
「有難う、オジロン」
アベルは感謝を込めて、再び頭を下げた。
「このマーリンも及ばずながらオジロン殿のお手伝いをさせて頂きます!」
2人の間にマーリンも割って入る。
「おお、よろしくお願いしますぞマーリン殿」
「こちらこそ、至らぬことも多いかと思いますがよろしくお願いします」
「2人とも、有難う。暫くこの国を頼むよ」
「ハッ!」
オジロンとマーリンは共にアベルに向かって敬礼をした。
こうしてアベルたちはガレオンを目指してグランバニアを出発することとなった。
オジロンたちは心配をしつつも、王たちの無事を祈って送り出す。
果たして、ガレオンが各国の首脳たちを招待した目的とは一体何であろうか。
アベルたちは無事に会合を終えることが出来るのか。
また、ガレオンと国交を築くことは出来るのか。
不安と希望を乗せた馬車は、アベルの「ルーラ」という掛け声と共に空の彼方へと飛んで行った。