ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
グランバニア城内の訓練所。
そこでは、国に仕える兵士たちが己を磨くために日夜汗を流している。
気合の入った掛け声、剣と剣がぶつかり合う音、それらが室内から1日中響き渡り、休まることがない。
それだけグランバニアの兵士たちは殊勝な精神を以って、日々訓練に勤しんでいるのだ。
今日も訓練所からは、中にいる者たちの息遣い、そして剣と剣が交じり合う音が聞こえて来る。
室内の中央にある模擬戦用のスペースでは、1人の青年と1匹のスライムナイトが戦っていた。
「ハァッ!!」
「フッ!!」
両者共に真剣を用い、本気で斬り掛かっている。
その所作の1つ1つから、彼らが並みの腕前ではないことが伺えた。
互いに一歩も引かぬ、といった感じで戦いは拮抗しており、中々決着が付きそうに無い。
しかし、剣戟の最中に青年が見せた僅かな隙をスライムナイトは見逃さなかった。
「とうりゃあ!!」
スライムナイトは青年の剣を弾き飛ばし、手にした剣の切っ先を彼の喉へと突きつけた。
「参り…ました」
青年はそう言って自身の敗北を認め、ガクッと膝をつく。
スライムナイトは無言で頷くと、剣を引いて鞘の中に収めた。
終わってみれば決着は実にあっさりしたもので、青年の完敗であった。
「ハァ、ハァ。しかし、やっぱりピエールさんは強いですねえ」
「…お前も大分腕を上げたな、ピピン」
「ハァ、ハァ。ほ、本当ですか?いやあ、嬉しいなあ」
模擬戦を終えた両者が互いを称え合う。
よく見ると、ピピンと呼ばれた青年が終始肩で息をしているのに対して、ピエールと呼ばれたスライムナイトは息の乱れ1つ無かった。
端から見ても、両者の実力差は明らかである。
「ハァ、ハァ。今日こそは勝てると思ったんだけどなあ…」
「まだまだ精進が必要だな」
「くーっ、いつかは絶対にピエールさんに勝ってやるぞ!」
「その日が来るのを待っている。首を長くしてな」
「くーっ!」
ピピンは、グランバニア王国に仕える兵士である。
元々は宿屋出身のしがない一兵士であったが、現グランバニア王アベルに抜擢され、当時行方が分からなくなっていたフローラ王妃、そしてアベルの母であるマーサ捜索の旅へと帯同することになった。
アベルと苦楽を共にしてきたピピンは、その長い旅での実績を評価され、今では王直属の近衛兵にまで出世し、今に至る。
一方、ピエールはアベルが仲間にしたスライムナイトで、仲間の魔物たちの中でも古株の存在である。
剣術は勿論のこと、攻撃や回復の呪文を扱うことも出来る万能の騎士。
そして、ピピンの幼い頃からの剣の師匠でもあった。
いつか師匠を超えたいと思っているピピンは、今日もこうしてピエールに挑み、そして毎度の如く破れ去ってしまったのであった。
「ハァー…、一体いつになればピエールさんを超えられるんだろう?」
「絶えず努力を続けていれば、何れは私も超えられる筈だ。お前にはその素質がある」
「そう言われて早10余年、未だに差は縮まってないですよ」
「縮まってるさ。ほんの僅かだがな」
「ほんの僅かですか!?」
そう言って、がっくりと肩を落とすピピンを見つめるピエール。
その兜に隠された表情は何処か楽しげであるように見えた。
「ハァー…、もっと頑張らなくちゃなあ…」
「フッ」
「ところで、今日はサイモンさんはいないんですか?訓練場に来ると、いつも先にいて、1人でずっと剣を振ってるんですが…」
「サイモンか。奴なら、今朝アベル様から許可を貰って、1人旅に出たそうだ」
「1人旅…ですか?」
「奴とはアベル様に従う前からの旧知の仲だが、元々1つの所にじっとしていられない性分だったからな」
「ああ、確かにサイモンさんはじっとしていられないでしょうねえ。何せ“さまようよろい”ですからねえ」
そう言って2人は笑った。
こうして見ると、師弟関係というだけでなく、まるで親子のようにも見えてくる。
ピピンの父パピンもグランバニアに仕える兵士であったが、ピピンが幼い頃に名誉の戦死を遂げてしまった。
従ってピピンには父親の記憶があまり無い。
だからピピンは意識こそしていないものの、幼い頃からずっと一緒にいるピエールに対しては師匠でありながら、何処か父親みたいなところを感じていた部分があるのかも知れない。
「やあ、ピエール。それにピピンも」
談笑していた1人と1匹(?)に声を掛けてきたのは、グランバニア国王アベルであった。
両者は同時に振り返る。
「あ、アベル王!!ご、ご機嫌麗しゅう…」
「アハハ、そんな堅苦しくしなくていいよピピン」
「は、はいぃぃ!」
そう言われてますます上がるピピン。
アベルたちと旅をしていた時にはもっとくだけたような喋り方をしていたのだが、近衛兵に任命されてからはこのように畏まることが多くなった。
重い責を背負ったが故の心境の変化なのであろう。
出世するのもいいことばかりではない。
「アベル様、わざわざこんなところまでおいでになるとは、我々に何か用ですか?」
対してピエールは必要以上に畏まることも無く、落ち着いた様子でアベルに尋ねた。
この辺は、アベルの仲間の魔物たちの中でもピエールが古株の存在であることが強いからだろう。
「ああ。まずは聞いて欲しい」
すると、アベルはガレオンから会合に招待されたこと、そしてその招待を受けることにした旨をピエールに告げた。
そこまで話したところで、ピエールはアベルが何のためにこんな場所まで足を運んできたかを察する。
「…つまり、ガレオンへ同行すれば宜しいのですね?了解しました。この命に代えましてもアベル様の御身はお守りいたします」
「ああ、頼むよピエール」
「それで、出発は何時になりますか?」
「会合は3日後だ。前日には現地に着いていたいので、明日の早朝には出発する」
「御意」
そう言って、ピエールは恭しく頭を下げる。
「ピピン。君は僕らがいない間、この城を守って欲しい。それと、フローラとタバサを頼む」
「りょ、了解ですっ!!」
ピピンは勢いよく敬礼のポーズを取った。
用件を言い終えたアベルはニコリと微笑んだ後、速やかに訓練所を後にする。
アベルがいなくなった後、ピピンは「ハァ」と溜息を吐いた。
「僕も、アベル王と一緒に行きたかったなあ~。ピエールさんが羨ましいですよ、ホント」
「別に遊びに行くわけじゃないんだぞ?」
「分かってますよ。でも、僕もアベル王直属の近衛兵になったんですから、こういう時こそアベル王の力になりたいって気持ちも当然あるわけで…」
「アベル様よりグランバニアを、ひいてはフローラ様とタバサ様を任されたではないか」
「いや、確かにそうなんですけどね」
「…大切な場所、そして大切な人間を任せてくれたのだ。近衛兵としてこれ以上の名誉は無いだろう?」
「そ、そうですか?そ、そうですよね。ウン!」
ピエールの言葉にピピンはどんどんやる気を出していく。
決して防衛任務が嫌だったわけではないのだが、かつてアベルと一緒に旅をしてきた身からすれば、こういう時にこそアベルの側にいたい。
そう思うのが人情というものであり、また近衛兵としての責を全うしたいという責任感でもあった。
「ガレオン…か」
ポツリとピエールは呟いた。
彼も世界の情勢は大体把握している。
今まさにその渦中となっている国の中枢へ初めて入るのだ。
否が応にも緊張せざるを得ない。
下手をすれば、国家間の戦争の引き金にもなりかねないのだから。
「果たして、どう出るか…」
「あの国は一体どう動くか、まるで分かりませんもんねえ」
「…何にせよ、アベル様を守る。それだけだ」
ピエールは立ち上がると、隣で休んでいた大き目のスライムの上にひょいっと飛び乗った。
「何処か行くんですか?」
「今日は早めに休む。体調くらいは万全にしておかねば、いざという時に困るからな」
「流石ピエールさん。出来る魔物は違いますねえ!」
ピピンの賛辞に「フッ」とだけ笑うと、ピエールも訓練所から出て行ってしまった。
残されたピピンは再び剣をその手に握る。
「…僕も負けてられないぞ!」
そう呟くと、ピピンは剣の素振りを始める。
掛け声を上げながら一心不乱に剣を振り続けるその姿は昔と全く変わってはいない。
(フローラ様を、タバサ様を、そしてこの国を、僕がお守りするんだ!!)
その日は夜遅くまで掛け声と剣を振るう音が止むことは無かった。