ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
「サラボナの町だ!」
ボムバレーの町を出てから約1週間程を経て、レックスたちはようやくサラボナの町へと辿り着いた。
道中、魔物の襲撃なども当然の如くあったのだが、プックルたちの活躍もあって、レックスが剣を失った割にはさほど苦戦をすることはなかった。
戦闘面ではあまり役に立たないリーヴも食事や焚き火番などを積極的に担当して、なるべくレックスたちに戦闘以外の負担を与えないように努めるなど、レックスたちは共に力を合わせ、ようやくここまで来たのであった。
「ふぅ、疲れたあ。大分歩いたなあ」
リーヴは疲労困憊といった様子でそう言った。
木こりの仕事をしていたので体力には自信があったが、流石に1週間も歩き通すのは初めての経験であった。
これが旅なのかと、リーヴはその過酷さを改めて実感する。
体中のあちこちが筋肉痛で悲鳴を上げていた。
「魔物たちが襲ってきたのもあったから、思っていたよりも時間が掛かっちゃったね」
レックスがそう言うと、ドラきちも同意するようにウンウンと頷く。
「…ま、何処かの誰かさんが居なくて、オイラたちだけだったら、きっともっと早く着いてたと思うけどヨォ」
ドラきちはリーヴの方をチラリと見やる。
すると、返す刀でリーヴも口を開いた。
「…何か言ったか?」
「別にぃ?」
リーヴとドラきちは互いに睨み合い始める。
道中もこんなやり取りが何回もあった。
どうもリーヴとドラきちはそりが合わないようである。
幸い、双方共に舌戦に止まり、どちらも手を出すということは無いのだが、飽きもせずに何度もやられれば傍観している方もいい加減疲れてしまう。
そんな1人と1匹のいがみ合いをプックルとスラリンは半ば呆れながら見つめ、レックスは困ったように微笑むのであった。
「ワンワンワン!」
突如、犬の鳴き声が聞こえてくる。
声のした方を振り返ると、1匹の子犬がこちらへ向かって走っているのが見えた。
子犬は迷うことなくレックスの胸元へと飛び込んで来る。
慌ててレックスは子犬をその手で受け止めた。
「うわっとと…」
「ワンワンワン!」
「お前は…」
「ハァ、ハァ、待ちなさいリリィ!」
子犬の後を追うようにメイド服姿の女性もこちらへやって来る。
どうやら彼女がこの子犬を連れていたようである。
散歩の途中で子犬が彼女を置いて走り去ってしまった、というところだろう。
「ハァハァ…。す、すみません!何処のどなたかは存じませぬが、リリィを捕まえてくださって有難うございます」
大分遠くから走らされたのか、メイドの女性は息も絶え絶えにレックスへお礼を言う。
レックスは「アハハ」と笑いながら、リリィと呼ばれた子犬を彼女へ返してあげた。
リリィは名残惜しそうにレックスの顔を覗き込みながら「クゥ~ン」と鳴いている。
それを見たメイドの女性は驚いたように口を開く。
「あら?リリィがこんなに他人へ懐くなんて珍しいわね。この子、この子の母親と同じで世話をしている私たちにもあまり懐かないのに…」
「ワンワンワン!」
「ほら、私の腕の中よりもあなたの腕の中がいいみたい」
そう言って彼女は腕の中で暴れるリリィを逃さぬように必死に押さえ込んでいる。
「もしかして、この子のお母さんはリリアンって名前?」
「そうだけど…あなた、何故知っているの?」
「それは…」
「あら?こんなところで何をしているの?エィシル」
「あ、奥方様!」
その時、1人の老婦人がこちらへとやって来た。
老婦人の姿を見止めるなり、エィシルと呼ばれたメイドの女性がピシッと姿勢を正す。
どうやら、老婦人は彼女の雇い主のようである。
高価そうな衣服を身に纏っており、そこらを歩いている町人とは違う雰囲気を醸し出していた。
「ど、どうしてこちらに!?」
「個人的な用事です。あなたは確かリリィの散歩をしていたのではなくて?」
「も、申し訳ございません。そ、その、リリィが…」
言葉に詰まる彼女を見て、老婦人はすぐに事情を察した。
「ああ、なるほど。この子もリリアンに似てあまり他人に懐かないですものね。あなたもリリィに逃げられたというところかしら?」
「は、はい…。重ね重ね申し訳ございません…」
「あらあら、やっぱり。あなた、リリィの散歩は初めてでしたものね。全く、この子にも困ったものだわ」
そうは言いながらも老婦人は困った様子は無く、寧ろ微笑ましいといった表情でリリィのことを見つめている。
「それでそちらの方々は…あら?」
老婦人はレックスの顔を見るなり、そう漏らした。
どうやら、レックスのことを知っているような顔をしている。
そして、それはレックスも同様であった。
「久し振りだね、お祖母様!」
レックスは満面の笑みで老婦人に言った。
すると、老婦人も満面の笑みで返す。
「レックス、レックスじゃないの…!よく来たわね、いらっしゃい」
「お、奥方様。この方は?」
「そう言えば、あなたはつい最近屋敷に来たから知らなかったわね」
老婦人はコホンと咳払いをした。
「この子はレックス。私たちの孫よ」
「お、お孫様!?」
老婦人との関係を知り、彼女は急におどおどし始めた。
知らなかったとは言え、雇い主の身内に対して馴れ馴れしい口の利き方をしてしまったのはメイドとしてあるまじき行いである。
「こ、こ、これはご無礼を!!」
そう言って彼女はレックスに向かって思い切り頭を下げて謝罪する。
そんな状態でも、その腕の中にはしっかりとリリィを抱き締めていた。
「そんな謝るようなことじゃ無いと思うけどなあ…」
レックスは別に気にしていないといった風に言った。
そんな彼女は無視して、老婦人がレックスの元へ歩み寄る。
「ああ、よく顔を見せてレックス。懐かしいわね。4年振りくらいかしら?こんなに大きくなって…」
「お祖母様もお変わりないみたいで」
「フフ、私も皺が増えて、すっかりお婆さんになってしまったわ」
「全然そんなことないよ!」
「あらあら、有難うね」
2人は笑顔で言葉を交わした。
その様子を見ていたリーヴは亡くなった祖父のことを思い出していた。
リーヴの祖父はとても気難しい人間だった。
口数も多くなく、会話らしい会話をした記憶は殆ど無い。
だが、決してリーヴに対して愛情が無かったわけではなく、時折優しさのようなものも見せてくれた。
恐らく、不器用な人間だったのであろう。
そんな祖父のことがリーヴは好きだった。
何時の間にかリーヴは少し涙ぐんでいる自分に気が付き、軽く鼻をすすった。
「ところでレックス。そちらの方は?」
老婦人はリーヴの方をちらと見てレックスに尋ねた。
「ああ、リーヴだよ。色々あって、今は僕たちと一緒に旅をしているんだ」
「そうなの。初めまして、レックスの祖母です」
「あ、リ、リーヴです!」
丁寧に頭を下げられて、リーヴは逆に緊張してしまう。
その様子を老婦人は何処か微笑ましそうに見ていた。
「…そう言えば、レックスがわざわざサラボナまで来るなんて珍しいわね。この町に何か用でもあるのかしら?」
「用って程じゃ無いけれど、ちょっと武器の調達。それと、ついでにお祖父様とお祖母様の顔を見れたらいいかなーって感じかな」
「そう。それならば、是非後で屋敷に寄って行きなさいな」
「うん。武器の調達はなるべく早く済ませるから、お祖母様は先に帰っててよ」
「分かったわ。じゃあ、私は先に戻っていますから、引き続きリリィの散歩をお願いね、エィシル」
「は、はい!りょ、了解ですぅ!」
老婦人はそう言った後に踵を返し、来た道を戻って行く。
それを見届ける彼女の腕の中では、相変わらずそこから抜け出そうとリリィが暴れている。
「お願い、だから…、大人しく、して…」
「コラ、リリィ。このお姉さんの言うことを聞かないとダメだぞ」
「クゥ~ン…」
言い聞かせるようにレックスがそう叱ると、リリィは途端に先程までの嵐が嘘のように静まり返る。
リリィは濡れたような目でレックスのことを見つめながら「クゥ~ン、クゥ~ン」と鳴いていた。
レックスに怒られて、まるで落ち込んでいるように見える。
「そんなしょぼくれないでよ。別に本気で怒ってるわけじゃないんだからさ」
「ワン!」
「アハハ、いい子いい子」
レックスはリリィの頭を撫でながら言った。
その言葉が通じたのか、リリィは再び尻尾を振り、元気を取り戻していた。
しかし、先程みたいに暴れるわけでもなく、多少は大人しくなっている。
「有難うございます。これで無事に散歩の続きを行えそうですわ」
「良かったね。え~っと、君は確かお祖母様にエィシルって呼ばれてたね?」
「はい、私は先日ルドマン様のお屋敷に勤めさせて頂くことになりましたエィシルと申します!」
そう言って彼女はレックスに向かって深々と頭を下げた。
改めて見ると、全体的に素朴な雰囲気を漂わせた女性である。
特別顔が整っているというわけでは無いものの、十分魅力的な顔立ちで、頬のそばかすが特徴的だった。
「あ、あの、その、レックス様…で、よろしかったでしょうか?」
「別に“様”なんか付けなくても、レックスでいいよ」
「いえいえ!!私のようなメイド風情が奥方様のお孫様をお呼び捨てするなんて恐れ多いですし、それにそんなところを見つかったら叱られてしまいます!!」
「うーん。じゃあ、君の呼びたい呼び方でいいよ」
「了解です。レックス様!」
エィシルが再び深々と頭を下げるのをレックスは何とも心地の悪いといった表情で見つめていた。
彼女の直接の雇い主ではないということもあるのだろうが、レックスはどうもこういうのが苦手みたいである。
「では、私はこのままリリィの散歩をしてからお屋敷へ帰りますので」
「そう。じゃあ、また後でね」
「はい!」
エィシルは元気良く返答すると、リリィを連れてこの場から去って行った。
「お前、いいところの人間だったんだな」
彼女の姿が見えなくなったところでリーヴはレックスに言った。
レックスは返答に困った様子で後頭部に手をやっている。
サラボナの町は大富豪ルドマンが住まう町として有名である。
先程の老婦人の身なりや振る舞いなどから推測するに、彼女がルドマン夫人であることは間違いない。
その彼女の孫であるレックスは、当然大富豪ルドマンの孫ということになる。
そうであるならば、レックスが何処か浮世離れしていたのも一応の納得が出来る、とリーヴは思った。
「…でも、お前全然金持ちそうには見えないな。格好もそんなだし」
「そうかな?」
「そうだよ」
「アハハ…」
気恥ずかしそうにレックスは笑って見せた。
尤も、レックスが金持ちどころの存在では無いということをこの時点でのリーヴは知る由も無い。
「じゃ、行こうか!」
レックスたちはルドマン屋敷へ向かう途中、武器屋に寄った。
失った鋼の剣の代わりの武器を調達する為である。
徒手空拳のまま魔物たちと戦うのは辛いし、呪文も魔力に限りがある以上は乱発を避けたい。
となれば、新たな武器は必須となる。
武器屋に入ると、レックスはサラボナまでの道中で退けてきた魔物たちから得たものを売り払い、それで手に入れたお金で破邪の剣を鞘ごと購入した。
破邪の剣は鋼の剣よりも切れ味が鋭く、また魔力を秘めているので斬りつける以外にも使用法がある。
それをレックスは背中に背負い込んだ。
「やっぱり剣が無いと落ち着かないね。これで一応の格好はついたかな?」
「似合ってるヨォ、レックス」
「ガウガウ」
「ピキー!」
「有難う、みんな!」
レックスは得意気に鼻を指で擦って見せた。
3匹の魔物から褒められ、満更でもない様子である。
それを見てリーヴはレックスにはお調子乗りな面が少しあるなと思った。
「それじゃあ、お祖父様の屋敷へ向けて改めて出発だ!」
武器の調達も無事に終了したところでレックスたちは武器屋を出て、ルドマン邸へと足を向ける。
サラボナの町はとても穏やかで、ボムバレーの町にあったようなピリピリした空気は全く感じられない。
そのことにレックスは一先ず安堵していた。
このまま何も起きなければ。
そんな風に思いながらも、ボムバレーの町での出来事から一抹の不安を覚えずにはいられなかった。