ドラゴンクエストⅤ~新たなる世界と新たなる者たち~ 作:メソウサ
「うわあ…大きいなあ」
リーヴは思わず感嘆の声を漏らしていた。
人がただ生活を営む場所、といったレベルではない。
そのくらいに目の前の屋敷は大きく、そして豪奢な外観をしている。
間違いなく、リーヴが生まれてから今に至るまでに見てきた家屋の中で、一番の豪邸であった。
ここがサラボナの町を代表する大富豪、ルドマンの邸宅である。
「あっちには別荘もあるよ」
レックスが笑顔でリーヴに教える。
ただでさえこれだけ大きい屋敷に住んでいる上に、別荘まであるなんて、流石は世界に名高い大富豪である。
あまりに住む世界の違いにリーヴは少し眩暈を覚えていた。
「お邪魔しまーす!」
レックスはそう言って屋敷の扉へ手を掛けた。
これだけの豪邸を前にレックスたちは何の躊躇も無く入って行こうとしている。
伊達に家主の親族ではない。
気後れすることなく、至って平常心である。
「リーヴも早く来なよ!」
「お、おう!」
リーヴはハッと我に返った後、慌ててレックスたちの後に続いて屋敷の中へと足を踏み入れた。
屋敷の中も期待を裏切らない豪奢ぶりで、床に敷いてある絨毯からそこらに置いてある壷まで、全てのものが高価であると一目で理解出来る。
ただ豪華なだけでなく、それらの美術品は配置からそのもの自体まで完全に計算し尽された、言わば調和のとれた美であった。
長旅で汚れてしまった体でその中に入り、その完成された美を傷つけてしまうことが、思わず躊躇われてしまう。
「お帰りなさいませ!」
数名のメイドたちがそう言って屋敷の中へ入ったレックスたちを出迎えてくれた。
メイドたちは皆、先程出会ったエィシルと同じ格好をしている。
この中にエィシルがいないのを見ると、まだ彼女は散歩から帰宅してはいないようだ。
「いらっしゃい、レックス」
メイドたちの後にルドマン夫人が出て来る。
「お友達もよく来てくれたわね。歓迎するわ」
ルドマン夫人はにこやかな顔でリーヴやプックルたちを見つめた。
レックスの身内ということだけあって、魔物たちに対しての偏見などもあまり無いようである。
それはルドマン夫人に限らず、この町の人々も同様であった。
魔物たちの凶暴化が加速していく昨今、こういった姿勢は珍しいと言えなくもない。
ボムバレーの町での一件もあったので、そのことにリーヴはホッとしていた。
尤も、当人たちはリーヴが思っている程気にしている素振りは見せてはいなかったのだが。
「お、お邪魔します…」
「お邪魔になるヨォ!」
「ガウガウ」
「ピキー!」
慣れない環境の中、思わず萎縮しているリーヴを余所に、魔物たちは何ら気にすることなくズカスカと屋敷の中へ上がり込む。
その様子を見ていて、あまり緊張するのも馬鹿馬鹿しいとリーヴは思い始めていた。
「フフ、こちらへいらっしゃい」
ルドマン夫人に招かれるまま、大広間へ通されるレックスたち。
そこにも高価そうな絵や甲冑、煌びやかな絨毯にキャンドルなど、目がチカチカするような高級品が至る所へ置かれている。
だが、それらは決して下品ではなく、寧ろ気品溢れる格調高い様相を演出していた。
「だ、大丈夫かな?俺、場違いじゃないかな?」
「大丈夫。元々場違いなんだから気にするなヨォ」
「おま…」
「もう、2人ともこんなところでまで喧嘩しないの!」
レックスに窘められ、リーヴとドラきちは互いに口を噤む。
しかし、両者の間には見えない火花がバチバチと散っていた。
「あれ?お祖父様は?」
何とはなしにレックスが尋ねた。
そう言えば、まだこの屋敷の主であるルドマン本人を見てはいない。
広い邸内とは言え、レックスたちが中に入ってから少し時間も経っているのだから、もしも中にいるのであれば姿くらい見せてもおかしくはない筈である。
「お祖父様は仕事で家を離れているの。でも、もうすぐ帰って来る筈だから、その内会えるわよ」
「ふーん。デボラ伯母さんはいるの?」
「あの子は昼頃から見掛けないわね。また、いつものように何処かでフラフラしているんじゃないかしら?本当にあの子ったら、もういい年齢だって言うのに…。フローラのことを少しは見習って欲しいわ!」
ルドマン夫人はそう言った後に深い溜め息を吐いた。
レックスは思わず苦笑いする。
「なあ、レックス。デボラ伯母さんってのは?」
「デボラ伯母さんは僕のお母さんのお姉さんだよ。この家に住んでいる筈なんだけど、今日はいないみたいだね」
リーヴの質問にそう答えた後、レックスは少しホッとしたような顔をしていた。
2人の様子を見る限り、デボラという女性は一筋縄ではいかない人のようだとリーヴは思った。
広い邸内を暫く歩いていた一行は、やがてダイニングルームへと到着した。
何人も座れそうな程大きなテーブルの上には純白のテーブルクロスと豪華な燭台があり、まるで超一流のレストランのようである。
室内では何人ものメイドたちが慌しく準備をしているのが見えた。
「急いで準備させたから、もうすぐお食事の時間だけど…」
ルドマン夫人はレックスたちを一瞥する。
「…その前にお風呂に入った方がいいわね」
旅を続けていると、そう易々と風呂へ入る機会は少ない。
運良く町へ辿り着けたとしても、風呂の無い簡素な宿屋もあるのだ。
ボムバレーの町でも、疲労困憊だった為か風呂に入る時間が無かった。
従って、今のレックスたちはかなりの汚れに見舞われている。
着ている服も明らかにボロボロになっていた。
「奥方様、浴室の準備は既に完了しております」
「あら、丁度いいわ。ほら、皆でお風呂に入って来なさい。私は向こうで食事の確認をして来ますから」
メイドの報告を受けてルドマン夫人はレックスたちにそう促すと、厨房のある方へと足を向けた。
「うん、有難う!」
断る理由も無いレックスは快く返事をする。
魔物たちも同様であった。
しかし、リーヴは少し躊躇を見せる。
「…………」
「あれ?リーヴどうしたの?」
「え?あ、ああ。その…」
「こいつがおかしいのは前からだヨォ」
「うるせ!!…お、お前ら先に入れよ。俺は、あ、後ででいいからさ!」
「?別にいいけど…」
何故か遠慮がちなリーヴを不思議に思ったものの、レックスは特に追求することなく、そのまま魔物たちを引き連れて浴室のある方へと歩いていった。
それを見送った後にリーヴは「ふう」とひと息ついてから、着ている服の襟元を少し引っ張って中を覗き込んだ。
すると、しっとりと汗を掻いている胸部に僅かな膨らみが確認出来る。
「…流石に一緒は不味いよなあ」
実は、リーヴは女性であった。
あまり手入れされていないボサボサの髪、少年のようであまり発達していない肉体、およそ女性らしくない言動などから、よく男性と間違われてきた。
そのことを本人はあまり気にしておらず、寧ろ木こりの仕事をしている上で男性と思われることに何ら不都合は無いので、特に訂正も主張もして来なかったのだ。
そんな風に過ごして来たので、時折自分でも自分を男性なんじゃないかと思うことさえある。
無論、肉体は女性なのだから、自分で自分を男性と間違えることは無いのだが、それが故に女性が男性に対して感じるようなものが彼女にはあまり無い。
だからこの長い旅の中、レックスという異性と一緒でありながら、躊躇なく布団を並べて寝たりするなどして来れたのであった。
しかし、だからと言って風呂にまで一緒に入るのは流石に彼女の中でも躊躇があった。
自身の体を異性に見られるのが恥ずかしいというよりも、今までリーヴのことを男性と思って来ていたレックスがその正体を知ることで気を遣ったり、態度を急変させたりするかも知れないという方が嫌だった。
「ま、レックスの後でさっと風呂に入ればいいよな」
リーヴはそう考え、その場で暫くレックスたちを待っていた。
広い屋敷の廊下は、人がいないととても寂しく思える。
リーヴはふと今、1人であることに気が付いた。
レックスと出会ってから、まだそれ程日にちが経ったわけでは無いが、随分と久し振りに感じる。
祖父が死んでからずっと1人だったが、その日々が遠い過去に思えてならない。
それはつまり、リーヴの中でレックスたちの存在が大きくなっていることを意味する。
(もし、レックスが俺のこと女だって分かったら、やっぱ今までみたいに接してはくれないよな…)
もしそうなってしまったら、とても寂しい。
リーヴは自身の性別について、自ら話すことはしないと心に決めた。
「…ったく、この程度で私を落とそうだなんて100万年早いのよ!」
サラボナの町から少し離れた場所。
そこで派手な服装の女性が、手にした指輪をきつい眼差しで睨み付けながらそう声を荒げていた。
「あーあ、こんな所まで来て損したわ。無駄足よ無駄足!」
彼女は不快感を一切隠すことなく表情に出している。
その顔は多少年齢を重ねてはいるものの、絶世とも言える美貌を備えており、単純に美人であった。
世の男性が彼女のことを放って置かないだろうということは想像に難くない。
実際、今彼女が手にしているものも男性からの贈り物である。
混じり気の無い漆黒の石をあしらった指輪。
黒曜石とも異なる不思議な石に、思わず心を奪われてしまいそうになる。
だが、どうやら彼女は全くと言っていいほど気に入ってはいないようで、今にもその辺の道端へ捨てそうな顔で指輪を睨み付けていた。
「大体、そこらの貴金属なんか見飽きるくらい見て来たんだから、そんなの贈られても大して喜ばないだろうって、普通分からないワケ?」
カツカツとヒールを鳴らしながら彼女は来た道を引き返し、サラボナの町まで戻ろうとしている。
余程腹に据えかねたのか、まだ文句を言っていた。
「『絶対に君を驚かせてみせるから』って言うからどんだけ凄いことかと思って町の外まで来てみたら、こんなチンケな指輪1つの上、強引に迫って来て…ふざけるのも大概にしなさいよね!」
彼女はそのまま地面へ叩きつけるように指輪を投げ捨てる。
「ま、返り討ちにしてやったし、もう2度と私の目の前には現れないでしょうけどね」
ようやく人心地がついたのか、先程よりかは幾分苛々が収まっているようであった。
彼女に投げ捨てられた指輪はコロコロと転がっていく。
それを何となく目で追っていると、やがて何者かの足にぶつかって止まったのが見えた。
「あら、失礼」
彼女はその相手に向かって、そう軽く謝罪する。
しかし、向こうは彼女の呼び掛けには反応しなかった。
見ると、相手はフードを被った男性のようで、1本の木を背にして座っている。
眠っているわけでもなく、恐らく休憩しているのだろうが、呼び掛けを無視されたことに対して彼女はすぐに怒りを覚えた。
「ちょっとアンタ、何無視してんの?」
「……」
「この私を無視するなんていい度胸ね。何処のどいつよ、アンタ?」
「…五月蝿い女だ」
ようやくフードの男性が彼女に反応を示した。
フードで表情は見えないものの、彼女に対してよく思っていないのは物静かな言葉の響きの中からも伝わって来る。
しかし、彼女はそれで引くような人間ではなかった。
「あら、アンタ本当にいい度胸してるじゃない。このデボラ様にそんな口利いていいと思っているわけ?」
自らをデボラと言った彼女は、腕を組みながらフードの男を見下ろしている。
その目は気に食わないという感情よりも、フードの男に対する多大な興味を秘めているようであった。
言葉とは裏腹に、そこまで攻撃的な空気は醸し出してはいない。
「…行け。お前と話すことなど何も無い」
フードの男は無愛想にそう吐き捨てた。
これには彼女もすぐに応戦の構えを見せる…と思いきや。
「気に入ったわ。アンタちょっと来なさい」
ニヤリと笑ってそう言った。
「…何を言っているんだお前は?」
それまであまり感情を出してなかったフードの男も、流石にこれには呆れたような響きを言葉に込めて返す。
「私はデボラよ。あんたは?」
デボラはフードの男の言葉に構わずにそう尋ねた。
その物言いは、正に我が道を行くといった様子である。
フードの男は少しの沈黙の後、無視するとその後が余計に面倒臭いと思ったのか、ポツリと聞こえるか聞こえないかくらいの声で答えた。
「…ディーだ」
「あらそう。ディー、あんた今から私の僕になりなさいな」
「…………」
フードの男は思わず頭を抱えてしまう。
そのフードに隠されている顔は何を思うのか。
誰も知ることは無く、デボラは知ろうとさえしないのであった。