何時か染まる無色の君へ   作:1- kkyu

2 / 3




演奏を聴いて思い出したと感じている音楽はすべて、あなたの内側から呼び覚まされているのだ。



──────ウォルト・ホイットマン


何時ものざわめき、新しい風

 

 

 

 

「……あれ、もしかして、違いましたか?」

 

 

 

花咲川キリスト教会。私達の街に唯一存在する、キリスト教会。そんな教会の中で一人ピアノを奏でていたのは、一人の、私達と同じくらいの年齢の男子だった。

今日は日曜日、つまりはキリスト教の日曜礼拝がある日だった。故に、彼は礼拝に来たが遅れてしまった人、そう勘違いしたのだろう。

 

 

首を傾げて、此方を見詰める彼。

まず最初に沈黙を破ったのは、最年少のあこだった。

 

 

「……おにーさん、すっごくピアノ上手だね!」

 

 

彼は更に首を傾げた。

思わず私達もキョトンとしてしまった。

彼が尋ねたのは此処を訪れた理由。ピアノの腕前の評価では無い。まるで一時停止のように空気が固まれば、燐子があたふたしながら、即座にフォローに入った。

 

 

 

「す、すみません!こ、ここの近くを歩いてたら、綺麗なピアノの音が耳に入ったので、興味を持って……!」

 

 

 

イマイチフォローになっていない気もするが、燐子なりの精一杯のフォローだったのだろう。

そして、斯く言う彼は、そんな二人の様子を見ては…柔らかく微笑みを浮かべた。

 

 

 

「……ふふ、拙い音色でしたが。お褒めの言葉、ありがとうございます。」

 

 

 

どうやら、上手く伝わったらしい。固まった空気が、緩やかに流れ始めた。

 

 

 

「立ち話も何ですし、座られてください。」

 

 

「あ、はい。ありがとうございます……?」

 

 

そして、そのまま流れ始めた空気に流されるように、彼の提案に、リサが返事を返せば、私達はゆっくりと長椅子に腰を下ろした。少し年季の入った木の香りが、ふわり、と香った。

彼も、ピアノ椅子を持ってきては、私達の前に置き、其処に腰掛けた。

 

 

 

「自己紹介、まだでしたね。僕の名前は、鏑木 空。この教会のピアノ奏者をしています。因みに、高校二年生です。」

 

 

 

雰囲気的に、私達より歳上かと思ったが、同い歳だった。そんな彼の自己紹介を皮切りに、またもやあこが先頭を切った。

 

 

「宇田川あこ!中学三年生!ドラマーだよっ!」

 

 

何処まで行っても、あこらしい自己紹介である。

 

 

 

「湊 友希那。貴方と同じ、高校二年よ。」

 

「氷川 紗夜です。同じく二年生です。」

 

 

「今井 リサ!二年生だよ!」

 

 

「白金 燐子です…。同じく、二年生です…。」

 

 

 

あこに続いて、それぞれが自己紹介を終えた。恐らく、あこが居なければこの流れに持っていくのは難しかっただろう。良くも悪くも、活発な後輩である。

 

 

 

「おや、殆どが同い歳ですね。宜しくお願いします。良ければ、好きなように呼んでください。」

 

 

 

彼の笑顔は一切崩れる事がない。それは不自然な笑顔では無く、極めて自然に見える。混じり気も裏も無い、そんな微笑み。

 

 

 

「先程、宇田川さんが"ドラマー"と言っていたのですが……もしかして、皆さんはバンドを組まれているのですか?」

 

 

「うん!あこたち五人で、Roseliaってバンド組んでるんだ〜!あ、あと"あこ"でいいよ、空さん!」

 

 

流石Roseliaきってのコミュ力の持ち主。早速下の名前で呼び始めた。然し、それで大分空気が和んだのか、幾分か話しやすい空気が生まれた。

 

 

 

「と言っても、まだ組み始めたばっかりなんだけどね!アタシ達の事も下の名前で呼んでよね、空!」

 

 

 

リサも早速下の名前で呼び捨て。……私は慣れるまで苗字で呼ばせてもらおう。

 

 

「えぇ、皆さんが良ければ。……では、改めて。先程は僕の演奏を聴いていただいて、ありがとうございます。」

 

 

彼が深々と頭を下げた。流石は教会演奏者、と言ったところだろうか。礼儀正しい。

 

 

「はいはーい!あこ、しつもーん!空さんがさっき弾いてた曲は何ていう曲なの?」

 

 

早速先制攻撃を仕掛けたあこ。どうやら、あこは先程の曲を知らないらしい。私を含めた他の四人は知っているのか、互いに顔を合わせて苦笑い。中学生なら、知らないのも無理もないだろう。

 

 

 

「先程の曲は、『Amazing grace』。イギリスが発祥の有名な賛美歌です。意味は、『素晴らしき恩寵』。結婚式何かでも良く使われる曲です。さっき弾いていたのは、近々此処で結婚式が行われるので、その練習を。」

 

 

 

あこでも分かりやすいように、優しい説明をする彼。なるほど、此処は教会だ、結婚式なんかも当然行われるだろう、その曲を弾いていたのも納得である。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんな話をしていれば、教会の奥の方から、男の子と女の子が、扉から ひょこり、と顔を出していた。此方の様子を伺っているのか、じっとこっちを見ている。

女の子と目が合ってしまった。ビクッ、とその女の子が跳ねれば、顔を引っ込めてしまった。

然し、男の子の方は、真っ先に彼の方へ走っていった。

 

 

 

「空兄ちゃん!お腹空いた!」

 

 

 

「あれ、もうそんな時間かな?待ってて、直ぐに作るから。食器、お願いするね?」

 

 

 

「うん!並べておくね!」

 

 

 

とてとて、と奥の方へ駆けて行った。彼の弟だろうか。

いや、その前に、完全に食事の事を忘れていた。彼の邪魔になるだろうし、そろそろ此処を出なければ。紗夜の方を見て目配せすれば、紗夜が立ち上がった。

 

 

 

「ごめんなさい、鏑木さん。そろそろ私達は行きますね。」

 

 

「おや、もう行かれるのですか?どうせなら昼食もご一緒に…と思ったのですが。」

 

 

「……いえ、気持ちは嬉しいですが、私達もこれから話し合いがありますので。」

 

 

 

 

紗夜もこれ以上迷惑は掛けられないと思っているのだろう。目配せして正解だった。

 

 

 

「そうですか。なら止めてはいけませんね。……また、気が向いたら遊びにいらして下さい。僕の演奏でよかったら、何時でも弾きますから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── そんな風にして、私達Roseliaは、花咲川キリスト教会を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっこよかったね、空さん!」

 

 

あの後、ファミレスを訪れた私達。それぞれ食事を取りながら、談笑を楽しんでいた。

あこが、教会での出来事を楽しそうに話している。

 

 

「かっこいい、と言うより、綺麗、だったかも…。」

 

 

「うん、そうだね、アタシもそう思うかな!」

 

 

各々が感想を述べていく。確かに、彼の見た目は何方かと言えばモデルに近い。美しいという言葉が似合う様なルックスをしていた。

ただ、そんな話は一先ずどうでも良かった。私が一番気になっているのは……

 

 

 

「皆さん、彼の演奏をちゃんと聞いていたんですか?」

 

 

 

どうやら、紗夜は気がついているらしい。

 

 

 

「……鏑木君の演奏。彼は私達の目指す先のモノを持っていたわ。あれこそ、今の私達に今必要なモノじゃないかしら?」

 

 

 

彼の演奏は、まるで歌劇のような演奏。ピアノ一つであるにも関わらず、一気に惹き付けられ、聴く人を夢中にする音色、表現力。私達のバンドに足りないものは、まさにそれだった。

確かに、今までの…それこそライブハウスでライブをするレベルであれば、今のままで十分なのかもしれない。しかし、私達が目指すのは、あくまで最高の音楽。最高のバンド。故に、私達はあのレベルの演奏を目指さなければならない。

 

 

 

「何が足りないのかは分かったわ。後は、それを目指す為の努力が必要……明日からの練習、今まで以上に意識を高くして、練習していきましょう。」

 

 

「うん!あこも空さんみたいにカッコよく演奏出来るようになりたい!」

 

 

「わ、私も…頑張ります…!」

 

 

「あははっ、みんなやる気だねぇ!うん、アタシもしっかり頑張っていくよ!」

 

 

「ええ、彼のように…いや、彼以上の演奏を目指して、頑張りましょう。」

 

 

 

 

みんなの意見が纏まった。

これで、明日からの練習は、身になるモノになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────数日後。

 

 

 

その日は祝日で、今日は午後からの練習。

少し早めに、スタジオへ向かう道中。街中に、教会の鐘の音が鳴り響いた。

 

そう言えば、彼は近々結婚式が行われると言っていた。この鐘の音はそれを祝福する音だろうか。

……まだ時間には余裕がある。少し様子を覗いてみよう。私はそう考え、例の教会へ足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

予想通り、其処では結婚式が執り行われていた。

素敵な花嫁衣裳の新婦に、黒く美しいタキシードの新郎。そして、それを祝福する、沢山の人達。幸せの一時とは、まさにこの時のことを言うのだろう。皆が笑顔であった。

既に誓いの儀式は終えたのだろう。新郎新婦が、彼等の友人達であろう人たちからのライスシャワーを浴びている。

私も、いつかはこんな結婚式を挙げてみたい……珍しく女子らしい事を思い浮かべてしまった。

 

そして、遂に彼…鏑木君の姿が見えた。

黒い、新郎とはまた違うタキシードに身を包んだ彼。その美しい立ち姿に、思わず目を奪われてしまった。

勿論、その表情は前と変わらぬ微笑み。

 

 

……ただ、何故だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────何度か見たはずの、変わらないその微笑みは、とても空虚に見えた。








空っぽの心が奏でる音色は、何色なのか。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。