何時か染まる無色の君へ   作:1- kkyu

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いいかい、君の感情や振り付けや曲への個人的な考えを押しつけないでくれ。音楽がどうしたがっているのか、音楽に語らせてくれ。



────────マイケル・ジャクソン


綴って、連ねて

 

 

 

 

「……湊さん。今日はどうしたんですか?」

 

 

紗夜が心配そうに尋ねてくる。

 

私は教会を後にし、そのままスタジオ練習に臨んだ。そう、臨んだのは良いが、どうも何時もの歌声が出ない。

原因として考えられるのは…きっと、彼だろう。

あの時見た微笑み。傍から見れば、それは『美しい』という言葉が一番似合う微笑み。

然し、そんな彼の微笑みが、私からは酷く哀しく、空虚に見えた。

作り笑顔ではない。まるで模範解答の様な笑顔。だが…その奥に感じたのは────虚。

恐ろしくは無い。だが、あの笑顔は……酷く不安になってしまう。

 

そして、そんな彼の笑顔が、脳裏に張り付いて離れなかった。

 

 

 

「そうだよ友希那…何か集中出来てないよ?」

 

 

リサが続いて尋ねてくる。あこも燐子も、心配そうに私を見詰めていた。……ダメだ。バンドの主軸のボーカルがこんな事では、最高の音楽など夢のまた夢。ちゃんと歌に集中しないと。

 

大きく息を吸い、目を閉じる。……よし、いける。

 

 

 

「ごめんなさい、もう大丈夫よ。練習を続けましょう。」

 

 

一言皆に告げて、マイクに向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習を終え、何時もの帰り道を歩く。

空は既に茜色。沈む夕陽が爛々と輝いている。ただ何時もと違うのは、隣にリサが居ない。

リサは練習が終わると同時に、バイトがあるから、と足早に行ってしまった。故に、今日は一人で帰っている。

 

あの後、集中力はどうにか持ち直したが、良い歌が歌えたとは言えず、不完全燃焼のまま練習を終えてしまった。

情けない……自分の不甲斐なさに溜息が出る。

あの日、自分達に何が足りないのかは分かった。だが、それが表現出来ているかと言えば、答えはノーだ。

いや、演奏は明らかに伸びてきている。……出来ていないのは、自分だ。歌が、演奏についていっていない。こんな事で、立ち止まっている暇は無いのに。

 

 

 

 

 

 

そんな時だった。

 

 

 

「……おや、湊さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミルクティーで良かったですか?」

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

あれ、どうしてこんな事になっているのだろう。

 

場所は帰り道の途中にある、小さな公園。

帰り道の曲がり角でバッタリ出くわした彼、鏑木君。昼頃のタキシード衣装の彼とは違い、黒いタートルネックのセーターにジャケット、下はスキニーデニム。最近の高校生らしいファッションである。その手には、買い物袋が二つ下がっており、どうやら買い物の帰りだった様だ。

 

然し、何故このような状況になったのか、というと。彼は私が悩んでいるのを見抜いたらしく、少し小話でもどうですか、と提案してきたのである。何時もの私ならスッパリと断る事が出来るのだが、彼の言葉は不思議と断りづらい。そのまま流されるように、今の状況に至ったのだ。

 

彼が自動販売機でミルクティーを買ってきてくれた。そういう所も、非常に紳士的な男子である。

公園のベンチに、二人並んで座る。…こういった状況は人生で初めてである為、何処か緊張してしまう。然し、彼は至って自然体。

 

 

「どうですか、最近のバンドの練習は。」

 

 

「……特に問題は無いわ。」

 

 

「嘘ですね。」

 

 

 

ビクッ。思わず身体が跳ねてしまった。やっぱり見抜かれていた。鏑木君は読心術でも習得しているのだろうか。

 

 

「あっはは、表情を読み取るのは得意な方なんですよ。教会に来る人は、悩みを持った人が意外と多いですから。良く分かるんです。」

 

 

いや、心読んでるからソレ。内心で突っ込んでしまった。

 

 

「大丈夫ですよ、口外しませんから。これでも、相談に乗るのは得意なんですよ?」

 

 

「……そうね。なら。」

 

 

最早隠しても意味が無いらしい。観念して話すことにした。

……それから、私は今の自身の悩みを彼に打ち明けた。自身が思うように歌えていないこと、周りの演奏に少し置いていかれていること…彼の演奏を聴いて課題を得た、という事は、恥ずかしくて言えなかったが。

彼は、私の話に相槌を打ちながら、真剣に話を聞いてくれていた。そんな彼の表情からは、あの虚ろな感じはしなかった。

 

 

 

「……なるほど。分かりました。……そうですね。同じ音楽を嗜む者として言わせて貰うなら…湊さんは、聴く人に感情をぶつけようとし過ぎてるのでは無いでしょうか?」

 

 

「感情の…ぶつけ過ぎ?」

 

 

「はい、感情のぶつけ過ぎです。」

 

 

歌というのは、一般的に言えば感情の表現が目的である。故に、歌詞を書く時もメロディを作る時も、その時々の感情を込めて綴る。それは私も例外ではなく、同じくそうやって曲を作っている。

 

 

「例えば、とある男性が意中の女性に告白するとしましょう。男性はその女性を振り向かせたい、然し、女性はその男性の事をよく知りません。じゃあ、その男性はどう行動すべきか。分かりますか?」

 

 

私自身、恋愛の経験は皆無である。故に、そういった事に関する知識は、殆どテレビや本でのモノしか持っていない。だが、この程度の事であれば、自分でも分かる。

 

 

「……話すきっかけを作って、距離を縮める?」

 

 

「その通りです。いきなりストレートに、自分の好意を伝える様な人は、滅多にいません。そんな事をすれば、ほぼほぼ玉砕してしまいますからね。…音楽というのは、それと同じなんです。」

 

 

「音楽というのは、感情の表現。自分が伝えたい事を、歌やメロディに乗せて伝えるモノです。しかし、いきなり感情を真っ直ぐぶつけられても、聴く側からすれば、何のことなのかサッパリ…一度聴いただけで理解するのは、余程の才能が無い限り不可能です。だから、それを分かりやすく、上手く伝える為に技術があります。それは分かりますよね?」

 

 

「…ええ、もちろん。」

 

 

「そう、だから湊さんは上手く伝えようと四苦八苦しながら練習に取り組んでいる。…しかし、あなたはバンドのボーカルです。独唱者じゃありません。」

 

 

「……ッ!」

 

 

今の一言で、彼が言わんとしていることが良く分かった。そして、自分の中の歯車が、漸く噛み合った。

 

 

「……その様子だと、気付きましたね。…心を打つ音楽というのは、調和。バンドであれば、ボーカルが、ギターが、ベースが、キーボードが、ドラムが。それら全てが合わさった時、初めて相手の心を打つ事が出来る。バンドである以上、あなた1人で、それを成す事は出来ない。…湊さんは、話を聞いた限りではストイックな人です。一生懸命になるが故に、周りが見えなくなっていたんでしょう。…それが、貴女の停滞の原因です。」

 

 

 

……何も反論が出来なかった。

まだバンドを組んで二ヶ月とはいえ、纏まりつつある音楽を、自分が乱していた。それに気付かないまま、歌を歌おうとしていた。

その事実が、自身の心に突き刺さった。嗚呼、どうしてこんな事にも気が付かなかったのだろう。

悔しさ、不甲斐なさ、それらの感情が混ざり合い、唇を噛み締める。然し、彼から続けて紡がれた言葉は、優しいモノであった。

 

 

 

「……だけど。その一生懸命さは、あなたの素晴らしい所です。今回は、たまたまそれを注ぐモノを間違えただけの事。だから、今度は自分だけじゃなくて……他の皆さんと一緒に、歩みを進めてみてはどうですか?そうする事で、あなたの目指す音楽に、より一層近付けるはずです。」

 

 

 

私を見詰めては、彼は緩りと笑った。

張り詰めた糸が緩んだ様な、氷が溶ける様な……とにかく、今まで溜まっていた何かが、途端に消えて無くなる様な、そんな感覚。さっきまで緊張していた私の表情は、目の前の彼と同じ様に、不思議と緩まっていった。

 

 

 

「……ありがとう、鏑木君。あなたのおかげで、漸く足りないものが掴めたわ。」

 

 

「そうですか…それは良かった。役に立てて何よりです。……さて、僕はそろそろ帰ります。兄弟達がお腹を空かせて待っていますから。」

 

 

 

スッと立ち上がり、買い物袋を手に取る彼。

……意外と背が高い。今初めて気がついた。

一言、では これで、と告げて立ち去ろうとする彼。

 

 

「待って!」

 

 

……何をやっているんだ私は。理由も無いのに呼び止めるだなんて。

 

 

「ん?まだ何かありましたか?」

 

 

当然彼は振り返った。どうしよう、ただ呼び止めてみた、だなんて言えない。何か…何か、別の言葉を探さなくては。

 

 

「……これから貴方の事、下の名前で呼んでもいいかしら?」

 

 

あぁ、恥ずかしい。何でもっとマシな事を言えなかったのだろうか。きっと、彼も、可笑しな人だと思っているに違いない。恥ずかしさで、手にあるミルクティーのペットボトルを握り締める。

 

 

 

 

「……えぇ、勿論。湊さんが良ければ。」

 

 

 

返ってきたのは、優しい微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

其処に、あの時見た空虚さは、存在しなかった。







その気持ちは、夕焼け色の様に鮮明で 。



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