鎮守府のみかんの木   作:おかぴ1129

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2.春

 春。同族にしてライバルの桜のヤツらの花も散り、そろそろ私の花が開く時期。私がその実力を遺憾なく発揮するのはやはり秋から冬にかけてだが、やはり植物である以上、花を咲かせる季節も華というものだ。花だけに。

 

 そうして私が自分の花の美しさを、誰にというわけでもなくアピールしていたら、いつものように、鳳翔がやってきた。いつもの和服で、いつもの笑顔だ。

 

「わぁ〜……今年も満開でキレイですねぇ〜……」

 

 私の努力も無駄ではなかったようだ。鳳翔は私ががんばって咲かせた花々を見て、満面の笑顔でそう言ってくれた。私が二番目に嬉しい言葉がこれだ。

 

「ほら智久さん。とってもキレイですよ?」

 

 と鳳翔は、私の聞きなれない名前を口に出し、向こうを向いて笑顔で手招きをする。

 

「うわぁ〜……ホントですね。真っ白でとてもキレイだ……」

 

 鳳翔が手招きした方からてくてくとやってきたのは、大きな荷物? と椅子を抱えた、一人の青年だ。鳳翔より少し背が高く、痩せ型で気が抜けた顔をしたその男は、一度その場に荷物を下ろして椅子を置くと、私の花に顔を近づけ、思いっきり息を吸い込んだ。

 

「すぅ〜……」

 

 正直にいうと、くすぐったいので勘弁してほしいのだが……

 

「……はじめて知りました。みかんの花ってこんな香りがするんですね」

「ジャスミンに似ているでしょう? 心を落ち着かせる効果があるらしいです」

「へぇ〜……確かにこう、落ち着く感じがしますね。それに可憐だ」

 

 鳳翔の話を聞き、改めて私の花の香りを堪能する青年の顔が、だらしなくニヘラと微笑んだ。この青年……だらしない表情以外は、なんとなくだが……鳳翔にとても似ている気がした。

 

 ところで、鳳翔は今日は食堂の仕事はないはずだ。なぜここに来たのだろう?

 

「では鳳翔さん」

「はい」

 

 私が疑問に感じていると、その青年……智久と言ったか。智久は椅子に座り、大きな荷物の包みを解いた。中に入っていたのは、智久の身体より一回りほど小さい楽器。私の同胞ともいえる木で出来た代物だったが、智久はその楽器を大切にしているのだろう。

 

――行くわよチェロ! 2人のために最高の歌を響かせるのよッ!!

 

――よくってよ弓姉様! 智久の思い、鳳翔に伝えるわっ!!

 

 楽器から、そんなやる気満々な声が聞こえてきた。恐らくこの声に気付いたのは、私だけだろうが。

 

 鳳翔は持っていたバッグからシートを一枚取り出して、それを地面に敷いてその上に座っていた。

 

「今日は何を聞かせてくれるんですか?」

「バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調って曲です。少し長いですが、心地よければ、途中で眠っていただいても大丈夫です」

「そんな……せっかく演奏していただいてるのに……眠るだなんてもったいない……」

「いえいえ。それだけ僕の演奏に安心してくれているということですから」

 

 『きゃー! 智久ー!!』『最高っ! さすが私たちのマスター!!』という楽器たちからの歓声は当然というか耳に入ってはないようで……智久という青年はそのまま『い、いくわよチェロっ……!!』と決意を新たにする木の棒みたいなやつを持って楽器にすちゃっと合わせ、『ど、どきどきするわ……っ!』という楽器の声が聞こえたその時。

 

「……」

 

 智久の顔が変わった。さっきまでの、のほほんと気の抜けた笑顔から、まるで目の前の相手を視線で射抜くような鋭い眼差しに変わり、そして次の瞬間。

 

「……っ」

 

 智久が棒みたいなやつを小刻みに動かし、左手で楽器の弦を押えながら、静かに、だけど情熱的に音楽を奏で始めた。

 

「ほわぁ……」

 

 それに呼応するように、鳳翔がほうっと呆けたような表情で、智久を見つめていた。頬を少しだけ染め、まるで私の花を初めて見たときのように、熱心に智久を見つめていた。

 

 2人を眺めていて、私はなんとなく気が付いた。きっとこの2人、あの提督と大淀のように、仲睦まじい関係なのではないだろうか。

 

 そして今、2人は私には聞こえない声で、互いに相手に気持ちを伝えているのではないだろうか。

 

「……ッ」

「……」

 

 智久の動きに熱がこもって来た。彼の真剣な表情は変わらない。ただ一心に、鳳翔に思いの丈を伝えている。

 

 そして鳳翔も、それをしっかりと受け止めているようだ。目を閉じ、そして静かに智久が奏でる曲を楽しんでいる。

 

 この瞬間、私は思った。互いに気持ちを確かめ合うこの二人の姿は、とても美しい。

 

 ならば私は、鳳翔を見続けてきた者として、彼ら2人を祝福しようじゃないか。

 

「……ッ」

「……あれ?」

 

 私は自身に咲き誇る自分の花から、静かに、私自身の香りを漂わせた。私には音を奏でることも、言葉をかわすことも出来ない。ならばせめて、彼ら自身が褒めてくれたこの香りで、2人の仲を祝福しようじゃないか。

 

「……ッ」

「……ふふっ」

 

――いいわよッ! ナイスアシストよみかんッ!!

 

――みかんなんかに負けてられないわ弓姉様っ!!

 

 そんな楽器たちの声も聞こえ、美しい響きに磨きがかかった。私も負けじと2人に香りをまとわせる。

 

「……ッ!」

「……♪」

 

 そうしてしばらくの間、2人は私達3人の祝福の中、互いに気持ちを確かめあっていた。

 

「……ッ!」

「……」

 

 不幸なものが誰もいない空間。2人も、2人が紡ぐ言葉も、彼の手で気持ちよさそうに歌う楽器たちも……そして、彼らを祝福する私の心も幸せな、ここにいる者みんなが、幸せな空間だった。

 

………………

 

…………

 

……

 

 そうしてしばらくの間、幸せな時間は続いていた。智久は最初『眠ってもいい』と鳳翔に言っていたが、そこは鳳翔も意地があったのだろうか。最後まで起きていた。

 

「智久さん……相変わらず優しくて……でも情熱的で、素晴らしい演奏でした」

「ありがとう……鳳翔さん。あなたにそう言ってもらえるのが、なによりうれしいです」

「……では今度は私の番ですね。それじゃあ食堂に行きましょうか」

「はい」

 

 素晴らしい幸せの時間というものも、いつか必ず終りが来る。智久と鳳翔の意思確認の時間も然りだ。

 

――やったわ……今日も鳳翔に最高の演奏を届けたわよ……

 

――弓姉様……私、精魂尽き果てましたわ……

 

――休むわよチェロ……

 

――ええ……ねえさ……ま……

 

 智久の手によって片付けられている楽器たちも満足そうだ。持ち主である智久の力になれたこと……そして鳳翔に智久の気持ちを届けられたこと……それが、とても嬉しかったのだろう。

 

 私も鼻が高い。この、世界で最も優しい空間で、それを香りで演出することが出来たのだから。なんて私が胸を張っていたら。

 

「あの、……みかんさん」

 

 すでに寝息を立てている楽器を片付け終わった智久が、私の元に来て話しかけてきていた。

 

「……あなたも、ありがとうございました。途中で、あなたの花の香りが、少し強くなった気がしました」

 

 !? この男、私の香りの演出に気付いていただと!?

 

「鳳翔さんから、あなたのみかんはとても美味しいと伺っています。今年は僕にも食べさせて下さい。お礼に、またあなたの前で演奏しますから」

「ぷっ……智久さん? その時は私もご一緒していいですか?」

「はい! もちろんです! むしろ、僕の方からお願いします!!」

「はい。喜んで」

 

 ……なんという男……私の演出に気付いていたとは……この智久という男、油断がならん。

 

 しかし智久は、また私の前で演奏してくれると約束してくれた。お前はいい子だ。気に入ったぞ智久とやら。私の実の収穫のときには、一番うまい実を食べられる権利をお前にやろう。

 

 その後2人は寄り添うように、仲睦まじく私の元から移動し、食堂へと向かっていった。そんな二人の姿は、とても幸せそうだ。互いを深く信頼しているもの同士が見せる、最高に輝く笑顔を見せながら、夕日の中を歩いていった。

 

 そんな二人の背中を見送りながら、私は、次の2人の演奏は一体いつ聞けるのか……そして、その時はどんな風に2人を祝福しようかと、思いを巡らせていた。

 

 

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