実際の自動車会社を取材したこともなく、また、どこからもお金は戴いていません。しかしながら実際に販売されている自動車名も出てきます。実際の販社および自動車会社とは全く関係ありません。すべて作者の妄想と想像です。フツーのSFファンタジー2次創作と思ってください。
「・・・次の資料です。我々の扱っている自動車の、特にセダン型ですが、全くここ数年手当が行われていません。」
30代くらいだろうか作業服が似合う、引き締まった体つきでメガネの若者が声を荒らげていた。
「・・・良いではないか、中国と北米では、我が社のセダンはよく売れているだろう。なにも少子高齢化で、しかも所得の二極分化が進む日本でまざまざ危ない橋は渡れまい。」
でっぷりと肥え太り、仕立ての良いスーツを着た二重あごの中年男性が、興味がなさそうに口を開く。
(てめえらが、そんな日本を作ったんじゃねえか)そう言いそうになるのをぐっとこらえる青年だった。わずかに顔が紅潮している。
「そうね、控えめに言ってもクレーマー大国になろうとしている日本に、しかも、世界でも縮小傾向にあるセダン型の新型車両を投入することはリスクが大きいわね。ミニバン型の車両は売れているし、傘下の会社からのOEM軽自動車とS社からのOEM軽自動車はよく売れているわ。それに、安全装備もプロパイロットなど対応はしているわね。」
会議室反対側から、ふくよかな中年女性が会議資料を音を立ててめくりながらそう言った。
「しかしながら、わたしが提案する新しいセダン型はともかくとしても、あなたがたがおっしゃる、そのドル箱たる小型SUVにしても全くここ数年テコ入れがされていません。あれだけ異彩を放ったデザインも寿命を迎えていると言わざるを得ません。」
現在、世界中の自動車会社は小型SUVのクラスに新型を大量に投入してきている。20年前の2ドアクーペ、デートカークラスである。日産に鳴り物入りで引き抜かれたデザイナー達の力作ももはやその力は失われつつあった。
そう、フランスの大メーカーに合併され、そのカリスマCEOのおかげで業績はV字回復。車種整理に統合、お定まりのコストダウン。日産自動車としての以前の輝きは薄められていった。高額なスポーツカーに車種に過去の香りは残るが、高度経済成長期にレースに強かった過去や、トヨタ自動車に基幹車種をおちょくられて奮発したあの気概は完全に過去の物になっていた。
それも、企業としての業績は非常に良い。国外での販売特に北米と中国が好調だった。ただし、日本国内の販売シェアは、一時の2位や3位を占めていた勢いはもうなく、国内販売シェア5位が精一杯だった。唯一、先駆けて純粋な電気自動車事業に手を出してはいたが、当初企画されていた電気自動車が古くなって出てくる、中古リチウムイオン電池を使ったスマートグリッド構想は頓挫し、当てにしていた原子力発電は、地震災害によってその寄って建つ地盤のもろさがあらわにされ、さらに進まない充電インフラもあって、伸び悩みを見せていた。欧米の排ガス検査改ざん問題が噴出、それを糊塗するための電気自動車推進方針により、一躍表舞台に返り咲いていはいた。
しかし、高価な車両価格と家庭に充電設備が必要な点、充電時間の長さなど、すぐに内燃機関に取って代われるレベルの商品にはいまだ至っていない。また、内燃機関と電気モーターを積むハイブリッド車はライバルだったトヨタにがんじがらめに押さえられていた。高額なセダンとSUVに日産独自のハイブリッド車を開発し設定した。ここでも二番煎じの商品としてしか顧客には映らず鳴かず飛ばずだった。そこで提携を模索していたM社のシリーズハイブリッド、さらにH社のシリーズハイブリッドの研究から急遽日産として企画した完全シリーズハイブリッドしかも、既存のシャーシにパワーパックとして積めるコンパクトな物として企画したe-powerと名付けられたシステムがBセグメント車に積まれデビューした。日産ノートe-powerである。これは近年まれに見るクリーンヒットとなった。マスコミには、日産らしい商品を待っていた層が飛びついた、トヨタ的な物でないモノが欲しい層が買ったなどと言われたが、売れれば官軍である。商品生命を終えようとしていた車両を見事に復活させた例ではあった。すでに数ヶ月後には小型ミニバン型の車両にe-powerユニットを乗せることが決定している。
「しかも、あれほど国内外を問わず反響のあったIDx計画をご破算にして、あなた方は日産をどうしたいのか?」
2013年の東京モーターショーに出展、昭和の時代に人気のあった、ブルーバード1600SSSとC10型スカイラインGTのデザインをオマージュした比較的小型のFR4ドアセダンもしくは2ドアクーペの企画だった。結局、小型FRプラットフォームの新規開発費用と既存エンジンの縦置き改修費、後輪駆動サスペンションユニットなどを新規開発せねばならず、あまりにもリスクが大きいとのトップ判断でお蔵入りとなった。
「君はそう言うがね、我が社は今、世界自動車販売では日産・ルノー連合として世界第2位になった。これを好調と言わずしてなんと言うつもりかね?つまり、金がかかるリスクのある開発などやる必要もなかろう。」
そう、日産・ルノー連合は世界自動車販売台数は非常に好調だった。結果、中国や北米に向けた大型FFセダンはスポーティなルックスをまとい、ライバルのトヨタ・カムリに堂々と戦いを挑んでいる。しかし日本国内は全くと言って良いほど手当てをしていない。若者がぐっと握った紙の資料にぐしゃりとシワが寄った。
「今日のところはここまでにしよう。今回の販売企画検討会議だが、今まで通り北米向けインフィニティと中国向けの見栄えの良い大型セダンを中心とした物、ダチアおよび新興国向けはVプラットフォームを中心とした3,5ドアセダンそして、SUV形状の低コスト車の開発とする。日本国内向け新規開発はなし。小規模内外装の変更、およびオリンピックコラボ、ニスモ製品の拡充で対応することとする。」
販売企画担当の上役がそう宣言し、会議は終わった。作業着の若者の手元には、未だ説明すらできなかった厚みのある紙束があった。顔を紅潮させた作業着の若者は、黙ってうつむいている。
「クルマ作りは、大規模で巨額の投資が必要だ。戦略的に進めないとなぁ。」
さきほど、発言していた二重あごの音が作業着の若者の背中をぽんぽんと軽くたたいて、会議室を出て行った。
「てめえらのような奴らが、今の日産を作ったんだろうが。」
ぼそぼそと、小声で絞り出すように青年はそう言った。全員が退出した後、作業着の青年は、大きなため息を吐いて、しわの寄ったプレゼン用紙束をトントンと上下に机に落としてそろえ、大きめのクリップで留め右手で持った。会議室空調をオフにして、忘れ物は無いか確認する。忘れ物で何かの情報が漏れたとかがあるとシャレにならない。外はすでに薄暗くなりはじめていた。どんより曇ったそらと遠くの山々の色が白くなりはじめている。冷え込んできているので雪が降りそうな、そんな水曜日だった。あってないような終業時刻まであと1時間くらいである。ほんと、何もかも放り投げて今日は帰ってやろうかと、ドスドス音を立てて歩いて行く作業着の若者だった。