しかし、自浄作用がはたらかない日産の上層部も病巣は深いと思う・・・。
日産の日本国内売り上げは、全世界の11%らしいですが、さもありなんとは思うけど、多少でもやる気になって欲しいですね。
「不思議そうな顔をするな。今の日産の行き方を腹に据えかねてる様子だぜ、課長。ま、それでだ、本当に他言無用で頼む。これな・・・。」
明石のちょっと声をひそめて、イタズラを相談するような雰囲気に水を差すかのように、入り口のシャッターがカンカンと叩かれた。
「明かりが点いてるから来てみれば・・・。」
コートを羽織り、肉付きの良い女性がシャッターをくぐって入ってきた。
「うわ、高岡課長・・・。」
明石の視線が泳いでいた。あからさまに。女性は、ふん、と顔を背けておもむろに言った。
「わたしにも、コーヒーちょうだい。」
バツが悪そうな顔をしている明石が、金色で変わったプレスラインを入れている缶コーヒーを高岡課長に投げた。左手で受け止める。体つきの割に運動神経良さそう、とか失礼なことを思う鈴木である。
左手で受け止めた、ちょっと派手目のデザインの自販機コーヒーを持って、うっすらとしたピンクのカラーネイルにかすかなラメが入っている指先が、コーヒー缶のプルトップを開け折り曲げていた。これぐらいコーヒー缶が似合わない人も珍しい。どちらかというと、高級なレディースファッションのお店に立っているとか、ブランドショップや宝石店とかが似合いそうだと鈴木は思った。パキと音がしてプルトップが開き、両手で抱えるようにしてコーヒーを飲む、高岡課長だった。湯気が顔の周りを撫でて消えていく。
「なに?物珍しそうな目で見ないで。・・・女にはこういう武装が必要なのよ。」
30代、いやいや、40代半ばはいってるんだろう、とか考えている途中に、下からのぞき込むように女性はそう言った。この人には勝てないわ、とそうそうに心の中で白旗を揚げる鈴木だった。
「ええ、と、高岡課長。こんなところに・・・。」
「来ちゃ悪いかしら?」
そう言いながら、すすっとその日産シルフィ改の下に潜り込んで、膝を折って上を見ている。
「・・・明石、明日テストコース、借り切ったわ。次は、土曜日ね。例のバッテリーは、明日納品だって。」
もうちょっと、そことそこ、補強しなさい、昨日言ったようにブレースの板厚上げた?・・・リア駆動のプログラムは、三菱から田中芳郎というのが来るから協力してうまくやってちょうだい。と明石に高岡課長は矢継ぎ早に指示を飛ばした。それが終わると、クルマのしたから出てきて、鈴木に向かって言った。
「そういえば、あなた、今日の会議のプレゼンしてた子ね。そうそう、今日はごめんなさいね。でも、あなたももっとうまく根回ししないとダメよ。事なかれ主義の魑魅魍魎はたくさんいるんだから。・・・わたし、あなたのプラン、あの会議で初めて見たの。あの場ではああ言う他なかったわ。」
そう言って、鈴木をのぞき込んでくる高岡課長だった。ふわりと微香性の整髪料だか、香水だかが香り、それはオイルやタイヤのゴムの臭いの中でひときわ華やかで、びっくりすると同時にどきりとした鈴木だった。
「・・・え~、いちおう、紹介しとく。俺の嫁様で今は課長だけど、櫻井さんの下で線引きから習った最後の生徒だ。しかも、俺は、こいつにジムカーナで勝てたことがない。」
照れくさそうに、明石はそう言った。二度びっくりと自分の脳裏に毛筆で書いた鈴木だった。
「・・・な、なにやら事実は小説よりも奇なり的な、ことが起ころうとしていますが・・・。それに、姓が違うじゃないですか?」
オイルで爪が黒いが、その手で頭をかく明石だった。
「ま、そのぉ、まだ籍を入れてなくてな・・・。まあ、そういうこった。明日時間作って乗りに来いや。お前んところの課長には、この姉さんが言ってくれるってよ。」
え、わたし?と、結構お茶目なリアクションの高岡課長だった。
「ありがとうございます。是非そうさせてください。」
そう言って深々と一礼する鈴木だった。一礼する前に,ちらりと見えた高岡課長は、ひくくっと頬が引きつっていた。もう少しで目尻の小じわがどうのと言いそうになり、言葉を飲み込む鈴木だった。
「ま、でも珍しいじゃない。若いのに黙って下向いてスマホいじってばかりじゃないのね。」
「わかかないっすよ・・・。上とケンカする元気もないです。」
「ふふっ、若者のやる気をそぐような会社はダメよね・・・。」
ちょっとさみしそうな顔をして、僅かに下を向く高岡課長だった。もう一度顔を上げて、にっこりと微笑む。不謹慎ながら、明石先輩、この笑顔に心を盗まれたんだろうなと思った。
「こっちも見て。」
おい、それは・・・マズイって。そういう明石の静止の声を振り切って、シルフィ改の横にあるブルーシートをめくった。そこには一見すると三菱自動車の電気自動車アイミーブが置いてあった。しかし、車高が不自然に高く、特に後輪はホイールアーチのカーブと合っておらず、ボディと接触しそうなくらい後ろに下がっている。ちょうど、後ろのハッチドアから中が見えたが、現行リーフに使われている大型のインバーターが強引に載せられていた。本来なら優雅な曲線を描き、全体で卵形のラインを有するアイミーブだが、フロント部分は、何かのフェンダー・・・。そう同社の旧EKワゴンのフェンダーが申し訳なさそうにくくりつけられている。内部は完全に別物なのだろう。
「バカでっかいインバーターですねぇ・・・。それにフロントの盛り上がりというか、EKワゴンのフェンダーが興味をそそります。」
ニタリと、鈴木は笑ったつもりだった。しかし、そこの2人は吹き出している。
「何か当ててみなよ。」
高岡課長が、マッドサイエンティストもかくやと思えるような邪悪な笑顔で言う・・・。鈴木は少し考え、見たマンマの答えを言ってみた。
「まさかと、思いますが・・・。アイミーブを改修したミドシップ電気自動車スポーツとか。フロントが良く分かりませんが・・・。」
鈴木は、そうであれば良いなと思うことを言ってみた。
「半分正解だ(ね)。」
仲良く2人の声がハモる。顔を見合わせて真っ赤になってる2人だった。
「こっちに回ってきてみろ。」
真っ赤になったことを隠すような、ぶっきらぼうな明石の誘いに身体を横にして、その試作車の横をフロントの方へ回ってみる。フロント部分は、EKワゴンのフェンダーが付いているのではなく、そのEKワゴンのフロント部分がくっついていた。明石が仮設のボンネットピンみたいなピンを抜いて、ボンネットを開けた。
「コレは・・・、アイの横倒しマイベックエンジン・・・?」
そこには、三菱アイのリアに狭苦しそうに乗っている660ccターボエンジンがあった。他のエンジンよりも少しだけヘッド部分が大柄なエンジンだった。日産デイズにも同型のエンジンが積まれているがフロント搭載になってかなり改修されていたはずだった。その横にはよく見るオートマチック変速機ではなく、エンジンからすると大きな発電機ユニットが載っている。それも左右方向には寸法が詰められている。そこから出た太い電線がオレンジ色蛇腹状の保護被覆とともに、フロントトーボードの下へ降りて後ろに消えて行っている。さらに、ラジエーターも上下に狭く横に広い。その下に同様のインタークーラーが無理矢理取り付けられていた。
「あのね、あのね高過給圧で、全域でミラーサイクルモードで運転するの。全域ったって4500回転までだけどね。見かけの圧縮比は12ね。ポート噴射で何とか持つように実験中なのよ。最大出力は60ps、最大トルクは11kgmを狙っているのよ。」
さらさらと、それこそ立て板に水のごとくしゃべる高岡課長だった。
「おめぇ、そんな顔、俺の前ではしね~じゃねぇか・・・。」
満面の笑みを浮かべる高岡課長を見て、ふてくされる明石だった。
「わかりました。明日、無理矢理有給取って、ここに来ます。と言うワケなので、出し惜しみはなしでお願いします。」
ふと時計を見ると、すでに22時を回っている。さすがに鈴木も若くはなく、明日に疲れが残るのもと思い始めた。
「・・・うふふ、面白い子見つけちゃった。悟(さとる)飲みに行くわよ!あ、そうだ!明日来る予定の田中君も呼びましょう。」
そう言うが早いか、スマホを取り出し、画面ロックを切って電話し始めた。
「田中君?今、暇?うんうん、・・・ちょうど終わったところなのね?いつものところで待ってるから。明石と、うちの若いの連れて行くわ。じゃあ、30分後にね。」
えらい勢いでそこまでまくし立て、明石の方を向いてにっこり微笑む。
「鈴木、おまえ飯食ってないだろ?」
済まなさそうに、明石がそう言った。どうも飲みに行くのは確定事項らしい。鈴木は一食分食費が浮いたと言う打算的な思いが半分、何時になるか分からない不安が半分だった。
「じゃあ、決まりね。」
そう言ってさっさと外に出て行く高岡課長だった。あわてて明石と2人で、ガレージの後始末をして電灯を消し外に出た。社員駐車場からヘッドライトの間の狭いクルマが一台、ゆっくり出てきた。近くまで来るとその特徴的なヘッドライトを持つ車は、白いデイズのハイウェイスターだった。窓が開き高岡課長の顔が出てくる。かなり意外である。鈴木は、雰囲気的に赤いフェアレディZとか乗ってそうと思っていたからだ。ご多分に漏れず、社員はいちおうどんな会社のクルマにも乗って良いことになっているが、他社のクルマだと駐車料金がかかることになっている。しかも数%とはいえ社員割引もあったりする。そんな理由も有り、社員の大部分は日産製のクルマを通勤に使用するが、ごく少数、駐車料金を払っても(会社内の風当たりが強くても)他社製のクルマでの通勤をする強者もいた。
「明石分かってるわよね、大黒屋よ。」
パワーウインドウを開けて、一言言って駐車場出口に向かう高岡課長である。了解だ、と明石が返す。2人も小走りに自分たちのクルマに向かった。
「おめえ、まだそれ乗ってるのか。」
鈴木が、ドアに鍵を差し込んで開けたクルマは、最後のサニーだった。その役割をティーダに譲り消滅したブランドだ。そのなかでも安価なグレードの1500cc車に鈴木は乗っていた。色はシルバーである。町中では目立たない、ある意味公務員のようなクルマである。
「これ、見かけによらず速いんすよ。」
そう言って、クルマに乗り込んでドアを開けたまま、左足でクラッチを踏みエンジンをかける。ファミリーカーとして開発された低燃費型エンジンが即座に目覚め、高めのアイドリングをしている。フロントグラスの向こうでヘッドライトがひらめいた。明石のクルマのようだった。7代目スカイラインのハードトップでは無くセダンだった。色は銀色である。派手なアルミホイールでもなく、普通のスチールホイールだった。しかもホイールキャップは思い切りよく外している。しかし、少し太いタイヤだった。それと、ナンバーが3ナンバーになっている。鈴木は、明石のことだ、何か改造して公認を取っているのだろうと無理矢理納得した。
「それじゃ、オレの後をついてきてくれ。」
そう言うと、窓を閉め駐車場出口に向け走り出す。不思議に思った鈴木は窓を開け、前を行くクルマの音が聞こえないか耳を凝らしてみた。少し大きめの直列6気筒の音である。見た目は古いスカイラインだ、と思ったが、リアランプがGTグレードの二重丸がふたつ左右にあるデザインでは無く、ごく普通の四角いテールランプだった。
「と言うことは、TI?(ツーリング・インターナショナル)かな。」
TIグレードは、7代目スカイラインの4気筒廉価版(1800ccシングル電子制御キャブレター搭載)に設定され、テールランプのデザインは四角いデザインで差別化されていた。しかし、軽量限界設計された初期型CA18型の軽い音では無かった。
不思議に思いながら、明石のクルマの後についていく。15分程度走って郊外の居酒屋チェーンに着いた。お酒飲むなら運転代行よばないとな、と鈴木は思いながら広め店舗の駐車場だが少し遠いところで周りにクルマが居ないところに駐めた。マニュアル5速車なので、最近の運転代行業者が不慣れなことが多く、誤発進しても影響がなさそうなところに駐める癖がついていた。
「おまえ、えらいところに駐めるね。」
「一度ね、エンジンかけたときに運転代行業者がぶつけたことがあるんすよ。僕のはマニュアル車だから。」
最近でこそ、クラッチを踏まないとエンジンがかからないが、以前はクラッチを踏まなくてもエンジンがかかっていた。そのため癖で1速に入れてエンジンを止めていた鈴木は、軽くぶつけられたことがあった。
「最近はほとんどオートマだからな・・・。」
そんなことを話しながら郊外の居酒屋チェーン店に入った。いらっしゃいませ~、というマニュアル通りの声かけが聞こえ、アルコールや揚げ物の油の香りがする。鈴木は腹減ったと今更のように思った。もう22時半も回ろうかというのに缶コーヒーしか胃に入れていない。
「こっちよ、こっち。」
奥の座敷席から高岡課長が手招きしている。水曜日でしかも夜も結構遅いというのに結構繁盛している店だった。
「やっぱり、寒いときは鍋よね!」
高岡課長は、さっさと鍋を注文していた。さらにお創り。大盛りサラダにだし巻きタマゴ。鈴木達が座った後、すぐにもう1人男性が現れた。
「田中君、悪かったわね。さあさ、食べましょ飲みましょ。」
旧知の間柄?のように思う。でも相手は三菱自動車の若者だった、と言っても鈴木と同年代に見える。
「こんばんは、日産自動車企画開発1部の鈴木と申します。よろしくお願いします。」
あわてて、名刺入れから名刺を出し両手で一礼して渡す。同様に三菱自動車の若者も慌てて名刺を出している。たぶん高岡課長だけと思ったに違いない。
「すみません、慌ててしまって。三菱自動車第7設計部の田中と申します。よろしくお願いします。」
どちらかというと、色白のメガネが似合う男だった。体つきは締まっているようなので、何かスポーツをしているのかも知れない。自分のことを思って、自分も身体を動かさないと、と思う鈴木だった。鈴木も学生時代はそこそこバスケやバレーなど何でもできる方だったが、何かに秀でていることも無く、会社に入っても親睦スポーツ程度しかとくにスポーツなどはしていない。最近少し下腹周りが気になってきていた。今日のところは、明日からダイエットという甘い言葉が頭の中を駆ける。
「堅いあいさつは抜きよ、さあ食べましょ。」
かんぱ~い、と生ビールの中ジョッキがかちかちと当てる。くつくつと味噌鍋が煮えていた。豚肉と白菜が中心の鍋だった。ニンニクと唐辛子が効き美味い。造りの方も新鮮で、かなり美味い。もっとも、空きっ腹という調味料は差し引かなければらないだろう。
「そうそう、明石先輩、今乗ってきているセブンス・スカイライン3ナンバーっすけど、なんですかあれ?わざわざTIのリアランプに換えているし。」
ぐいっと中ジョッキを空けて、店員を呼ぶボタンを押す明石だった。
「ありゃあ、オーストラリア仕様を並行輸入したんだ。頑張って公認取ったんだぜ。テールランプはお遊びだけどよ。エンジンはRB30Eだぜ。」
ニカッといたずらっ子のような笑顔をする明石だった。型番からしてSOHC、3000ccエンジンだろう。
「好きですねぇ・・・、しかしよくありましたね、そんなの。」
「あちっ、・・・あまり数は多くないけどよ、スカイラインはオーストラリアや中東方面へ輸出していたからな。日本ほど湿気は多くないから、ボディの状態は良かったな。」
明石は、沸いている鍋から取った物をそのまま口に入れようとして、熱くて失敗して息をふうふう吹きかけながらもう一度口に入れ、そう言った。
「やあねぇ、男ってそんな汗臭い話題しか無いんだから。田中君は、そうじゃないわよね~。」
こんな作業着の男達を誘っといて、よくもまあ、と口には出さずとも思ってしまう鈴木である。
「高岡さん、もうね、バレてますから。ハイソでナウなオフィスレディをきどってもすぐ化けの皮は剥がれますよ。」
思わぬ死語の口撃に、真っ白に思考停止して、次に来たのは笑いのツボにはまった鈴木だった。下を向いて必死で笑いをこらえようとしているが声が出てしまう。
「なによぉ、こないだもジムカーナでたわよ。FRのランサーターボ乗ってる昭和大好きっ子にはいわれたかないわね。」
良い飲みっぷりで中ジョッキ開けて、ちょうど注文取りに来た店員に、熱燗、そうね5つ。コップとお猪口持ってきて、と言っている。このペースで熱燗ですか、ああ、そうですか、とまた鈴木は吹き出しそうになる。
「お、おい、誰が飲むんだよ・・・。まだ水曜だぜ。」
「なに?、あんた付き合ってくれないわけぇ。」
なるほど、高岡課長は絡み酒と、と心の中にメモする鈴木だった。
「自分の保身しか考えていない上役連中と、今日も一戦交えてきたんだから・・・ねぎらってくれても良いじゃない。」
高岡は、右手に泡だけ残った中ジョッキ持って、下目遣いに明石を見ている。あざといな~と思うけど、自分の立場だと落ちるよな、こりゃ、と冷静に思う。不細工とはとても言えない美人の熟女である。しかも今はちょっと残念な雰囲気をまとっているだけで、いつもは一流ブランド品をさりげなく装備するファイター。いや、魔道師か?と考えていると、少しおかしくなってふふっと声が漏れてしまった。
「なによぉ、なにがおかしいのぉ。」
「いえ、・・・ギャップ萌えってやつです。いつもお綺麗で近づきがたい雰囲気をまとってらっしゃってて、遠目であこがれていましたので・・・。」
は?と言う顔をしているあと3名である。いちかばちか、鈴木は若干言葉を盛っておいた。
「うふふ、言葉通りの意味に受け取っておくわね。」
「・・・オレのだからな。」
盛った言葉のお返しで、鈴木は明石に凄い目でにらまれた。
「ふん、お酒飲んでくれない決まっちゃってる人より、若い人の方がいいわよね~。」
そう言って、高岡課長はお銚子を持つ。勧めてくれたのでお猪口で熱燗をいただいた。一瞬熟女の色香がオーラのように立ち上っている。ちょっと熱いが胃の腑にしみこんでいく。
「ん~、五臓六腑に染み渡るって~のはこれを言うんですよね~♪」