もじもじし始めた川崎に対して、俺は完全に呆気に取られてしまう。もはや言葉の意味を理解するのにも時間がかかってしまっているくらいだ。
「・・すまん川崎、もう一回言ってくれ。」
「いやだから、夏の予定を・・・」
そう言って川崎は俯きがちになってしまう。俺は二度も聞いた言葉を噛締めていた。普通に、だ。普通に考えて、夏の予定を立てたい、と思っていて俺に電話をしたとすると、そこからどのようなルートを辿れば、俺が恐れてしまっていたパターンとなるのだろうか。
夏の予定立てたい ⇒ それは私単体の夏の予定だ ⇒ お前には関係ない ⇒ 先日のことは忘れてほしい、みたいなルートを辿ってしまう可能性は、ある、のか?ないよね?さすがにないよね?聞いたことはおろか、論理的にも俺に電話してきたこともそうだし、今会っていることとも整合性皆無だ。
ってことは・・・どういうこと?
俺は完全に頭が回らなくなってしまっていた。
「夏。夏な。旧暦では今くらいの時期を初夏ともいうしな。うん、夏だな。」
「うん、そう。夏、夏だね。」
川崎も顔を赤くしてよく分からなくなっているようだった。でもなんかニコニコしてて可愛い。つられて俺も笑みを零しそうになる。そんな風に、我々の、いや世界のコミュニケーションの到達点を感じ始めた時、救世主が現れた。
「遅れてごめんね。今日はどうする?お酒は?」
マスターはいつでも絶妙なタイミングで入ってきてくれる、慣れない単語に、二人とも冷静さを取り戻していく。
「あぁ、僕らまだギリギリ未成年なんです。」
「そうだけど、別に飲んでもいいんじゃない?もう同じようなもんでしょ。」
「いやまぁ大学で周り見てるとそうだけどよ、法は破らないって小町と約束してるんだよ。」
「何それ。でも、私も今のところ律義に守ってるよ。」
「おお、二人とも偉いね。じゃぁ飲めるようになった時にはここに来なよ。記念にサービスするよ。」
「マジですか。ありがとうございます。」
「今日のところは前回と同じでいいかな?」
「お願いします。」
会話が終わるとマスターはほくほく顔で戻っていった。いいねぇ、ういねぇ、とか言っててこっちも恥ずかしくなった。飲みものが来るまでの間は、マスターとの会話に乗って会話を続けてみる。また夏の話をすると、変なことになってしまう気がしたのだ。ってか絶対なる。
「そういや、お前の誕生日っていつなんだ?」
「私は10月だよ。26日。あんたは8月8日だっけ?すごくない?」
「ああ。名前ともかかっているしな。両親がどんな想いで名付けたか考えると心がざわつくぜ。」
「ふふ。でも'八幡'って名前、似合ってると思うよ。」
川崎が楽しそうに応えてくれる。
その瞬間、頭の片隅から記憶とも呼べない声の景色が俺に訪れる
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「ねぇ・・・八幡。」
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瞬間俺は気付いてしまう。俺んちで、目覚めの時に感じた強烈な違和感は、これだ。川崎は、俺のことを名前で呼んでいたのだ。ただ、このことを本人に確認する必要は全くない。俺は俺の中でその事実を受け止めるしかないのだ。マジかよ、何してくれてんすか川崎さん。
「そ、そうか。まぁ、俺も戸塚が名前を呼んでくれた時に、俺の名前を受け止めることができたから、もう大丈夫だ。」
「何それ。戸塚好きすぎでしょ。」
そう言ってまた川崎はふふっと笑みを零す。あーもう、こいつを前にしてどんな気持ちで居れば良いのか正解が分からん。忙しい。忙しすぎる。川崎に対する心が残業し過ぎ。改革してくれぇ。
「まぁな、当然だ。」
「はーい。お待たせしました。」
マスターが飲みものを運んできてくれた。お礼を言ってベトナムコーヒーを飲むと、だいぶ落ち着いてきた。
そうだ、ここに川崎を呼んだ目的に話を戻そう。
「あれだ、夏の予定?っての、もう少し詳しく聞いていいか。」
「ああ、うん。そうだね、話す。」
コーヒーをテーブルに置き、川崎に声に耳を傾ける。
「まず、昨日は本当にありがとね。楽しかったし、色々と嬉しかった。」
「こちらこそ、だ。朝ビーフシチュー食べたが、マジで旨かったぞ。」
「ふふ、そっか、良かった。・・うん。それで、ほら友達になったとき、言ったじゃん。したいことし合えばいいってさ。」
「ああ、言ったな。」
確かに俺はそう言ったし、今でもそうだろうと思っている。まぁいきなり川崎が俺んち来るって言い出した時は焦ったけどな。
「それで今日、家事しながら何したいかなーって考えてて、そしたらたくさん出てきちゃって・・・」
そういって川崎は眉を少し上げて、いたずらがバレてちょっと反省している子供のような顔をした。可愛さが鬼がかっていた。萌え死にするフラグかと思った。俺は死に戻れねえぞ。
「なるほどな。友達としたいことか、俺も考えてみるかな。・・ねえな。」
「早くない?」
川崎が呆れた表情で返してきた。しょうがないだろ。友達なんて数える程度しかいなかったんだから、想像は難しい。まぁ、居なかったって思わないらへん、少しは高校時代に感謝しなきゃな。
「ってより、分かんないって言ったほうが正しいな。あー、買い物、とか?」
「下手過ぎない?・・あー、たぶんなんて言うかちょっと考えるポイントが抽象的なのかも。」
「どういうことだ?」
そう聞くと、川崎は数舜固まって、次にアイスティーに口をつけた。
飲み終わると、はは、と下手な笑いを作りながらこう言った。
「んと、考え方ね?考え方の話だけど、、私は友達ってより、あんたと何したいかなーって考えた、の。」
川崎は下手な笑いを少しの時間続けたが、ダメだ、と小声で言った後にそっぽ向いてしまった。
「そういうこと、で。」
そっぽを向いたままよくわからない締めをしてしまう。それを聞いた俺は意外にも冷静だった。そう、これは考え方の話なのだ。であれば、俺も「友達と」ではなく「川崎と」で考えれば良い。するすると頭の中で解が現れてくる。
「それだと、考えやすいな。例えば、けーちゃんも交えてどっか行くとか、この前見つけたのとは別の美味しい定食屋開拓するとか、ああ、一緒に料理もしてみたいな、上達が早そうだ。後は、この1年で色々読んだって言ってた本とかも共有する機会も欲しいな。どっか出かけるってのは得意じゃないんだが、まぁ川崎となら楽しめる所もありそうかもな。あとはそうだな」
「待って待って!ストップ!何言ってんのあんた!」
「え、いや、考えやすかったぞ。良いアドバイスだった。」
「いやいやそうじゃなくて!自分で何言ったかわかってんの!?」
「は?お前としたいことだろ?」
「っ!・・・はぁぁ、なんて言うかホントにもう、ホントにさぁ。」
そう言って川崎はダメだこりゃみたいな仕草で俺を残念がってしまう。しかも疲れているようだ。え、俺悪いの?そんな変なこと言ったか?この会話録音して小町に聞かせて俺のダメポイント教えてもらいたいくらいだ。たぶん小町を俺を怒るだろう。こういう時は大概俺が何かミスっているからだ。
「あのー、なんかすまん。」
「えーっと、うん。分かった。」
川崎は仕切り直すように、佇まいまで整えて、こう言った。
「そもそも電話したのはね、あんたと何したいかなーって考えて、いくつも出てきたは良いけど、あ、あんたは何かないのかなぁって思ったの。さっきばぁーっと言ってくれたね、そう、そう言うことを知りたかったの。」
ここまで聞いて、俺は抱いていた疑念を思い出す。夏の予定と聞いて呆気に取られた上に、コミュニケーションの到達点に逝っていたから忘れていたが、俺は先日のことが無いものにならなかったことを心の中で喜んだ。電話はそういう理由だったのだ。ホントに良かった・・。
「おう、電話が来た理由が分かって良かったわ。」
「うん、で、でね、私が考えたことなんだけど。」
「おお、どういうのなんだ?」
川崎はコートのポッケから折り畳んだ紙を取り出した。中を開いて確認すると、
「私が考えたのは、例えばこういうのだけど・・・例えば、例えばだから!」
そう言って、再び折ると俺に紙が渡される。
四折りされていたのはルーズリーフではなく、枠に模様がプリントされた手紙用の紙だった。開いて内容を確認すると、びっくりすると同時に、一気に赤面してしまった。
真っ先に目が捉えてしまった真ん中に、とんでもないのがあったからだ。
・ 温泉旅行に行く
・ ドライブをする
お、温泉・・?
ど、ドライブだと・・?
サキサキが止まりません。