依頼:私を、変えて欲しい   作:クラウンギア

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生まれた願い

ホテルに到着すると、玄関からその豪華さに驚かされた。えー本当にここに泊まるの?完全にお門違いだと思うのは俺だけ?自動ドアを通って、ザ・ホテルマンって感じの初老の紳士に迎えられる。

 

「受付は、右手に進んだカウンターでございます。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

そう言いながら初老の紳士を見ると、なんとも眩しい目で俺らを見ていた。まるで孫の初デートを見送るおじいちゃんのようだ。一気に気恥ずかしさが俺に訪れる。が、そのタイミングで一つ忘れてしまったことに気付く。

 

「すまん川崎。コンビニでお金を下ろしてなかった。手持ちじゃ絶対足りない。」

 

「あ、母親はもう支払い済み、って言ってた。なんか詳しいことはわからないけど、随分安く取れたらしいよ。」

 

「いやちょっと待て。そこまでお世話になるわけにはいかん。」

 

「じゃぁそれは、直接私の母親と交渉して?私もお母さんにまだ払ってないし。」

 

「いや、ええ?マジかよ。」

 

「こういう時のお母さん頑固だからね。きっとお金は受け取ってくれないから、1日京華の面倒見る、らへんが落としどころになる気がする。」

 

川崎の母親の甘やかされたのは、川崎だけじゃありませんでした。払うのが筋だとは思うが、今、川崎に言っても同じ問答になるだけだ。けーちゃんの面倒とか何も辛くねぇぞ。むしろご褒美。

 

「今度ちゃんとお礼を言わせてくれ。なんならそこで払うもん払うつもりで行く。」

 

「無理だと思うけど。ふふ、比企谷たぶん負けるし、払うより恥ずかしいことになるかもよ。」

 

「おいおい。」

 

と話していると、受付の正面に辿り着いた。

 

「この話はまた今度ね。ちょっとあっちで座って待っててよ。」

 

「ったく、わかった。」

 

 

そう言って俺は受付の正面に配置されたソファに腰掛ける。思ったよりも体が沈んだせいで、変な声を漏らしてしまった。聞かれてはいまい、と思い周りをキョロキョロと眺めると、初老の紳士にばっちり見られていたようで、謎の会釈をもらった。俺は引きつった笑顔で謎の会釈を返した。会釈ってなんなんだよ、万能すぎるだろ。それゆえに俺には使いこなせねぇ。高等すぎるだろ。

 

一息挟んで、説明を受ける川崎の後姿を見る。受付で対応している姿を見る限りでは、まだ20歳を迎えていない、とは思われないだろう。それほどにきちんと受け答えしているし、大人びていた。あとスタイル良すぎ。川崎がこちらを振り向き、一つため息をつきながらこちらへと向かってくる。

 

「済んだか?」

 

「うん。部屋に行くだけ。・・・さて、比企谷。」

 

「なんだ?」

 

「私の予想通りだった。退路もないね。」

 

「なんのことだ。」

 

そういうと川崎は、俺の目の前にカギを'一つ'ぶら下げる。

 

「私のお母さんに踊らされてるね、私たち。なんか悔しくなってきた。ご丁寧にアーリーチェックイン?まで。」

 

おい、それって・・・

 

「気付いた?部屋は、一つしか取られてない。上から二つ目のクラス。セミスイートらしい。」

 

俺は即座に覚悟できずに固まった・・・ってわけでもなかった。なんとなく俺も予想がなかったわけでもない。このホテルの冊子を見た時から、二部屋取っているのか?という疑問はあったからだ。川崎の母親は完全に俺らを茶化しているらしい。

 

「・・まぁ、そんなことだろうと思ってはいた。」

 

考えようによっては、この前の俺の一人暮らしの家で川崎が寝ているほうが、異常だとも思う。

 

「あれ?私としては、無理無理なんでどうしてそもそもさー、みたいなこと言うかと思ったけど。」

 

「お前の中の俺は女子高生か。」

 

「あんたの中の女子高生どうなってんの?」

 

思わず返した言葉でとんでもない闇に触れてしまいそうなので、ごまかすことにする。

 

「まぁ、なんだ。このレベルのホテルで二部屋取ってないから嫌だって、わがまますぎるだろ。ここに来ること了承した時点で、同じ部屋になることも許している。ってより俺としては、その、お前はいいのか?」

 

そうだ。俺が心配なのはこの点である。だってそうだろ?俺としては俺の家に招いて寝かしている事実がある時点で、同じ部屋で過ごすことのハードルは別に高くない。時には諦めも肝心だ。俺としては泊まりってことになっても、変なことするわけじゃないし、最悪夜はずっと散歩してりゃいいからな。だけど川崎は違う。明確に。こいつは女性だ。

 

「いいのか、って、仕方がないからね。」

 

「別にお前が俺と同じ部屋で泊まるってことに、何かしら思う部分があるなら、最悪俺だけでも違うところ泊まることもでき」

 

「それはダメ!」

 

俺が言い切ろうとしたところで、川崎が声音を上げて遮る。一歩俺に近づいて、俺が来ているシャツの袖に触れてくる。でも、触れるだけだ。

 

「ほら、せっかく良いホテルの良い部屋なんだし、二人で満喫すれば、ね。」

 

「お、おう、まぁお前がいいなら俺は構わない。俺んちで過ごすのと、そんな変わらないだろ?」

 

「そう、そう考えてくれればいいから。」

 

「それより・・・ほれ、行くぞ。」

 

静かな館内には似合わない音量で喋っていた川崎に、微笑ましい目線が集まる。対して俺には、逆の目線が、っておい、俺は悪くないぞっ。

 

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「え、すごくない?」

 

「これは、上等な部屋だな。」

 

恥ずかしさからそそくさと受付ロビーを離れ、6階のフロアへ上がった。さきママ(川崎の母親)が取ってくれた部屋をカードキーで開けると、想像を超える景色が広がっていた。川崎は意外にもはしゃいでいるようだ。

 

「え、お風呂も広い。・・うわ、ソファもふかふかだ。・・見て!景色すごい!・・あ。」

 

「女子大生か。って女子大生か。」

 

「・・・。」

 

「どうした。」

 

川崎はきゃいきゃいしながら奥へ向かっていったが、通じる別の部屋の前で固まった。何か衝撃の事実でも見つけたようだ。俺は少しだけ普段覚えのない不安を感じ取り、足早に川崎の下へ歩を進めた。

 

川崎の横まで来ると、川崎が見開いている目線の先へ目をやった。

 

・・・そういうことか。

 

「ベッドだな。」

 

「そ、そうだね、ベッドだね。・・・ねぇ、比企谷。」

 

「なんだ?」

 

「'ダブル'ベッドって、二つじゃないの?」

 

「そりゃ'ツイン'じゃないか?ダブルは二人寝れる大きさってことなんじゃねえの。」

 

川崎は、姿勢も表情もそのままに、そーなんだー、と機械のように呟いて固まった。面白いからそのまま眺めていると、徐々に顔が赤くなり始めた。目が閉じるのを忘れていたかのように、数回瞬きをすると、おそらく頭がこんがらがったんだろう、変なことを口にし始めてしまう。

 

「ま、まぁ姉弟だと思えば、ね!」

 

「いや、ね!じゃねえよ。落ち着け。しかも、誕生日的に俺が兄だろ。」

 

「・・・ふふ。確かにそうだね。」

 

俺は極めて冷静だった。その俺の冷静さに当たられて、川崎も自分を取り戻した様子だった。もう部屋が同じ時点で、きっとこうなるだろうと予想できていた。2度あることは3度ある。川崎はさきママに踊らされてまくっているようだ。きっと部屋が同じまでは推測できていて、受付でベッドについて聞いて一安心してしまっていたんだな。勘違いなのにな。またそれも可愛いなおい。

 

「まぁ、このベッドではお前が寝ればいい。俺はふかふかのソファで十分だ。」

 

そう言うと川崎は、はたと気付いたように、そっか・・・まぁそうなるよね、と呟いて少し俯く。なんか思案しているように見えるが、何を考えているかまではわからなかった。

 

「まぁ今すぐ寝るわけじゃないし、その時に考えよっか。」

 

そういう川崎の表情を見るに、何か考え付いたようだったが、やはりその内容も俺にはわからなかった。

 

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時間もちょうど良かったので、川崎が調べてきてくれたご飯を食べに行った。久しぶりに食べる海鮮丼は、思っていたより美味しかった。家じゃ刺身とかあんま食べないんだよな。両親が忙しくて小町か俺が料理することが多いが、わざわざ魚を捌く気にもなれんし、買ってこようとも思ってなかった。川崎も同じものを食べながら、美味しいと舌鼓を打っていた。俺の家の来た時も感じたが、食べ方が健康的かつ上品で見ていて飽きなかった。小町は健康的な食べ方で、雪ノ下が上品、その二つが合わさった感じ。あれ?そんなハイスペックだったっけ?しかも誰よりも家庭的で常識人で自分がはっきりしている。川崎やばくね?またやばい使えた久しぶり嬉しい。

 

時刻は14時過ぎになるが、正直言って、このままホテルに戻ってもやることがない状態だ。だが、いつもとは違い、俺は時間が足りないように感じた。不思議な感覚である。こいつとならやること、いや、やりたいこと?が浮かんでくる感じがした。

 

俺にとって、これは稀なことだった。今日同じところに泊まることが確定して、二人して美味しい昼食を取って、これからどうするか、という時に、俺は求めてしまっているのだ。これ以上の幸せを、と。人間とは怖いもので、求めれば求めるほど、欲求は流れ出てくるものだった。その中でも現実的かつ、俺としても欲求度が高いものを、俺は口にしてしまう。

 

昼食を折れて車へ乗り込むと、俺は聞いてみた。

 

「川崎、この後どうするか。」

 

「そうだね。時間的にもまだ早いしね。ここらへんの観光名所?みたいなところまわってみる?」

 

「それも考えたが・・・、すまん、俺がやりたいこと、言ってみていいか?」

 

川崎はびっくりしたように俺の方に顔を向けた。

 

「・・うん!なに?」

 

川崎は一際嬉しそうに俺の提案を聞こうとする。そんなに俺が願いをいう事が珍しいですかね。

 

「観光名所は、、その、いつでも見れると思う。それより、お前の母親にあんな良い部屋を使っていい機会をもらったんだ、満喫しないのは失礼な気がしていてな。部屋に入った時から勝手に感じていたことなんだが、その、一緒に本読まないか?」

 

「・・・本?」

 

川崎は不思議そうに俺を見る。

 

「ああ、これから本屋に行って、何か買って、あの部屋でゆっくりしながら読まないか?眠くなってしまったら、寝てしまってもいい。何か気になることがあれば、質問してもいい。お互い黙って、その世界に入り込むもいい。自由な時間だ。」

 

川崎の目をちらりと見ると、そこには興奮というより穏やかな温度を持っているように感じた。

 

「まぁ、なんだ、そういう自由な時間もいいな、と思えただけなんだけどな。観光名所をまわることもありだと思ってるぞ。」

 

川崎はゆっくりを首を振る。

 

「ううん。比企谷のその案、すごく魅力的だと思う。それ、やろうよ。」

 

そう言って、ごく自然に、運転席と助手席の間に在る俺の手の平に、川崎は手を重ねた。それを俺は、拒まない。拒む理由が生まれないほどに、自然であったからだ。

 

「この辺、本屋あるかな。」

 

「少し探せば、何かしらあるだろ。」

 

そう言って俺は車を発進させる。

 

川崎の手は、少しずれたものの、俺の指先に乗ったままだった。

 


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