依頼:私を、変えて欲しい   作:クラウンギア

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活動報告を書いてみたのですが、そこではGW中に更新すると書いておいて、フライングしてしまいました。お許しください。

間を空けてしまいましたので、少し遡ってお読み頂けると幸いです。
一応、できる限り、思い出せるように書いたつもりです。




1つ目の願い

エレベーターを降りて、部屋までの廊下を川崎が言ったことを思い出しつつ歩く。目の前を歩く川崎の後姿は、どちらかと言えばoffモード(湯上りなので当たり前だが)で、そのせいでいつもと違う雰囲気を感じた。

 

そう、この子が、俺に、言ったのだ。

部屋に戻った後に、'2つ'のお願いがあると。

 

いくら頭を振り絞っても、そのお願いが何なのか至ることができずにいる。いや、そもそも俺がその答えに至れる条件を揃えているのか?見逃したヒントはなかったか?何度反芻しても、'友達となった川崎と訪れた温泉旅行で、温泉にも入り、夕飯も食べ終わった後、同室に帰ってお願いされること'なんか、思い付かなかった。

 

・・・いや、懺悔しよう。川崎の懺悔癖が移ったかもしれん。

 

思い付くこと自体は、ある。

 

そりゃそうだ、俺だって現実世界でのレベルは低くても、数多の小説・アニメ・マンガから得た知識はある。その分、想像のレベルはそこらの不勉強よりかは多いと言っても過言ではないくらいだ。でも、いやほらね、そんなことないだろうって思うわけだ。考えてみて欲しい。例えば、例えばだぞ?「一緒に寝て欲しい」ってお願いである可能性があるか?そんなの、俺が知る知識を元に考えるなら、あれだ、もうほとんどエンディングのそれになる。Rの後につく数字が15とか、もっと言って18になるならば、そのエンディングとは、もうそういうことになる。

 

文学に触れていると書いておいて、その語彙力の無さ。泣ける。

 

 

そう考えているうちに、部屋の前まで辿り着いてしまう。

 

川崎は部屋をドアを開けると、伺うように、後ろにいる俺に振り向いた。その一瞬が、本当にこのまま部屋に入っていいんだよね、という問いの代わりに思えて、瞬時に湧き上がった頭の回路を通ることなく、生唾を飲み込んだ勢いをそのままに、なるべく静かに頷いた。

 

先を行く川崎に従うように、部屋へと入る。

 

数歩歩いて目に飛び込んできたのは、ドアから正面の窓に映る、月明かりに照らされた木々であった。この部屋の階も高いおかげで、海沿いの街並みも遠慮しがちに見えて、その景色は自然に、俺と川崎の言葉を奪った。少し先の景色が見たくて、窓に手を触れるくらいに寄る。位置的に右隣となった川崎と同じくして、その光景に見惚れる。

 

 

明かりに付けずに、二人して窓際に立ってしまったせいだと思う。

 

川崎が、俺が着ている浴衣の袖をつまむ。俺は弾けたように川崎のことを見る。自然な光に包まれた川崎は、少し潤んだ瞳で俺を真っ直ぐ見ていて、どうした、という言葉を発しようとしても、口が動くことはなかった。

 

「比企谷・・・」

 

川崎は、聞き取れるかギリギリの小ささで俺の名前をささやくと、一歩、俺に近付いてきた。決意とも取れる表情には緊張が浮かんでいたが、それらを分析する前に、俺の限界が来た。

 

顔を逸らすと共に、逃げるための言葉を紡ぐ。

 

「っ、あー、さすがに暗いよな、電気付けるか。」

 

そう川崎に投げて、部屋の入り口付近にあるスイッチへと足を運ぼうとする。

しかし、その力は、川崎によって相殺される。

 

「待って!今しかないから。ちょっとだけ、待って。」

 

俺の腕を取って引き留めた川崎の声が、耳の近くで鳴る。俺自身の何かの限界は、一度振り切ってしまったせいか、制御が効き辛くなっていて、川崎に従う以外の方法を許すことは期待できなそうであった。

 

「お、おう。なんだ、どうした。」

 

川崎に振り向いて何とか出た言葉は、慣れ親しんだしょうもない質問だった。俺これしか言えないの?ってくらいヘビロテな気がする。そんなことを考えて気を散らそうとするも、相対する川崎の雰囲気がそれを許さなかった。

 

「さっき言ったお願い、比企谷が聞いてくれるって言った、協力して欲しいこと。・・・聞いて?」

 

言葉に合わせて1歩踏み出した川崎との距離が近くなる。

 

「・・あぁ。聞く。」

 

観念した俺は、なるべく気持ちを抑えて返す。

 

「あ、ありがと。えっとね、一つは---」

 

 

人生で忘れられない瞬間ってあるんだ、と知る。

俺にとって、この瞬間に他ならないだろう。

 

 

「あのベッドで、一緒に寝て欲しい、です。」

 

 

・・・もう今日は何も考えない方がいい、そう思うほどのフラグ回収率だった。

 

-----------

 

俺はせめてもの抵抗として、いくつか言葉を吐く。でもそれは儀礼的な確認であって、俺がそうするしかないところへの連れて行ってもらうための言葉たちに他ならなかった。

 

「俺は、ソファでもいいんだが。」

 

川崎は真剣な表情を崩すことなく、

 

「それはソファがいいってこと?」

 

と詰め寄るように言ってのけた。川崎は一度恥ずかしい思いをしたからなのか、顔は月明かりでも分かるくらいに赤かったが、もう逃さないと言わんばかりに強気に出てきていた。

 

「いや、そういう意味ではないんだが・・・」

 

「ねぇ、比企谷。あのベッドで、一緒に寝て欲しいって言ったの。」

 

ちょっと恥ずかしさを思い出しながら口を動かす川崎は、なんだか駄々っ子のお姫様にも思えた。

 

「あぁ、それは分かってるが・・」

 

「・・嫌ならちゃんと、断って。結構、勇気いるんだからね。」

 

そういって上目遣いでこちらをちらりと見た川崎は、そのまま返事を待つ姿勢として顔を俯かせることを選んだ。

 

俺は、一度に複数のことを、どれも100%以上で考えようとした。それは、川崎との関係であったり、俺の人生で会ったり、けいちゃんのことだったり、小町のことだったり、多岐に渡った。俺は何とかして、川崎に向かって素敵な言葉を紡ぎたいがために、考えようとしたのだ。一番適した言葉は何なのか、この後、一番ふさわしい行動は何なのか。それが分かるんだったら、寿命を少しくれてやってもいい、そう思うくらいには、俺にとってもこれからの夜は一つの分水嶺だという予感があった。でも、元々俺にない回答が、今になってできるわけがない。ならせめて真っ直ぐに、嘘や欺瞞を持たず、そのままを。

 

「川崎。顔上げてくれ。」

 

「・・?」

 

期待と不安が入り混じった瞳を、その身長差から眺める。本当に綺麗な顔してるな。

 

「なんだ、誰かと一緒に寝るなんて、初めてなんだ。だから、どういうものかも分からん。ただ、川崎と一緒、ってところは嫌ではない、むしろ、なんだ、その。」

 

川崎は少し期待が膨らんだ瞳で、少しだけ俺に近付いている。せめて真っ直ぐに、と思いすぎて、なんて言ったらわからない俺は、とんでもないことを口にしてしまう。

 

「良い、と思ってる。俺んちでお前が寝た後のベッド、めっちゃいい匂いしたし。」

 

川崎の表情がコロリと?を表すものとなる。

次の瞬間、弾けるように俺を突き飛ばした。

 

「い、良い匂いってあんたっ!な、何言ってんの!?」

 

突き飛ばされてよろけた俺は自分が言ったことを思い返すが、乗り切るしかないと判断し、極めて冷静に言った。

 

「事実だ。」

 

「いやそんなキリッと言われても・・・、ええ?まぁ、悪いことじゃないんだけど、うう。」

 

俺はもう一度、事実だ、と言いそうな雰囲気を保ったまま、更に眉根を寄せた。もはやふざけているに近い。なのに、何故か川崎には効果がばつぐんだったようで、

 

「うう、わかったからその顔やめてよ。わかったから!・・・もう。」

 

と、そっぽを向いて照れてしまう。

そのまま眺めていると、ゆっくりとこちらを見直した。そして、

 

「じゃぁ、一つ目のお願いは、良いってことだよね?」

 

改めてそう言った。俺は結局、

 

「お、おう。」

 

としか返せなかった。

 

 

--------

 

実際寝るには少し早い時間ではあったが、二人して歯磨きをして寝支度を整えて、ベッドの前に並ぶ。

 

電気は入ったときから付けずのそのままで、薄暗いがお互いのことは見えるくらいの明るさだった。はっきり言って、怪しい雰囲気と言わざるを得ない。もう明らかに俺は緊張していて、この先どうしたらいいかわかっていなかった。しかし川崎は、寝支度を整えている時間に、覚悟が決まったようで、

 

「何か嫌なことがあったらはっきり言ってね?」

 

「なんだよ、その確認。」

 

「もう色々考えてもしょうがないかなって。したいようにする。」

 

「あぁ、まぁ、好きなようにしてくれ。」

 

「じゃぁ・・・うん。・・目を瞑って、ゆっくり1分数えて?」

 

川崎はいたずらっこのような表情で、俺の方を向いてそう言った。

 

「は?1分?」

 

「いいから。で、数え終えたら、ベッドに入ってきて?」

 

「いやそれなんか」

 

「はい、スタート!」

 

軽く手を合わせて、川崎によってスタートが切られる。俺はため息交じりで、川崎をほらほらと煽る視線に従って、目をゆっくりと瞑って、数え始めた。

 

「1、2、3、4、」

 

川崎が、少しだけ動くような気配を感じる。

 

「5、6、7、8、」

 

静けさのせいかある程度の川崎の行動は気配でわかる。

が、ベッドに入っている気配は感じることができない。

何をしてるんだ、と疑問に思った、

 

「9、10、1」

 

その時だった。

 

「逃げないでね。」

 

川崎の吐息交じりの声が、耳元ではっきりと聞こえた。

次の瞬間、

 

「っ!」

 

吐息が流れるように耳から頬まで移動すると、明らかに違う触感が右頬に訪れた。

 

「・・ほら、11からだよ。」

 

そういって、離れていく気配がする。

俺はもう、目を開けようとも思えず、

 

「・・・11、12、13、14・・・」

 

と、60までのカウントを刻み続けることしかできなかった。

 

 






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