不意に川崎に肩を叩かれ、ご飯の誘いを受けたあとすぐに、俺は一つ困っていた。
「ご飯行くっつっても、どこいくか」
大学生が【ご飯】と言っていくようなところに対し、この俺が明るいわけがない。
たまに、たまにだぞ、一人でサイゼリアにも行く。'大学生が一人でサイゼリア'というワードに、高校の時より、一抹の寂しさが心に通るようになった俺は、きっと人間強度が下がっているのだろう。やべぇ。ボッチが廃ってきてる。。
でも仕方がない。大学に入ってすぐに、俺がサイゼリアによく行っていることを知った雪ノ下と由比ヶ浜からの指摘は痛かったのだ。
「あなた、まだ余所に頼っているの?将来の目標が専業主夫と言っていなかったかしら?笑わせるわね。もし・・・もしだけれど、私の専業主夫になるとしたら、そんなこと許さないわ。栄養のことを考えた献立はもちろん、味という点でも私を満足させるようなものでないならば、見世物小屋に売り飛ばすわ。」
「え?ゾンビのこと?俺がゾンビというネタまだ続けるのかよ。」
「あら?ネタのつもりだったのかしら?私は虚言は吐かないと何度言ったら・・」
「おい。俺に対する辛辣な言葉は、あれだ、冗談のそれじゃなかったのか。」
「まぁまぁ!確かに目が濁っているのは高校から変わらないけど・・でもヒッキー、栄養バランスは本当に大事だよ?寿命変わるよ?」
「わかったよ。今のお前に言われると無下にはできないしな。」
・・・
ふと、二の腕の触覚が過敏に反応した。
少し不安そうな顔をした川崎が、人差し指でつついてきたのだ。
「なんか別のこと考えてるでしょ?」
少し上目遣いで問うてくる川崎に、不覚にもドキりとしてしまった。
そういえば、高校生の時にあまり変わらなかった身長差は、俺が少し伸びたおかげで10センチ近いものとなっていた。
「そ、そういうんじゃない。どこに行こうか考えてたんだよ。」
「そ、そっか。場所はどこだっていいけど?なんか、あんたのお勧めのとことかないの?」
毛先をいじりながら目線を逸らして聞いてくる仕草に、またドキりとしてしまう。
あれ、俺やられてね?川崎可愛くね?
まぁ俺がそんなこと思うなんて気持ち悪いなんてことは分かっているから、ってやめて!俺の横に居る女学生、こっち見ないで!
この可愛い人の仕草にやられてるわぁこいつ、みたいな若干引く感じで見ないで!
「んっ・・そうだな。俺んちの近くに、よく行くジャズ喫茶があるんだ。ジャズとかあんまわかんねーけど、雰囲気が好きだ。確か軽食もあったはずだ。」
「俺んちっ!?・・うん、分かった。そこ連れて行ってくれる?」
川崎の反応を見てから何かすごくチャラいことに言っていることに気付いたが、逆にここで言い訳すると、それこそ怪しくなる。ここは他意はないですよ作戦で乗り切ることとした。川崎もきっと他意がないことに気付いて了承してくれただろうしな。
「おう。・・じゃぁ、これ乗るか。」
ちょうどよく滑り込んできた電車に二人して乗り込む。
電車内では降りるまでの間、会話もせず、混んでいたせいで少し近づいた距離に四苦八苦したが、相談と聞いて、色んな憶測が俺の中で飛び交っていた。川崎が相談となると、いや待て、思えばこいつ自身が相談に来た回数は少ない。バレンタインデーで妹のけーちゃんのため、というのもあって、可愛らしいお菓子作りがしたい、というもの、のみであったはずだ。大志の件があってそのことを忘れていたが、この相談は、ある意味で相当意味を持ったものになるんじゃないか。まぁ少し大きくなったけーちゃんが会いたがっている、とか言うのも大歓迎だけどな、小学生になったくらいかな?
そんな思考を巡らせていると、川崎が話しかけてきた。
また毛先をいじっている。
「ねぇ、あんたんちって、実家のこと?」
「ああ、言い忘れてたな。大学入ってすぐに××駅で一人暮らししてるんだよ。
こっから二駅だから距離気にせず決めちまった。問題ないか?」
「え!そ、そうなんだ。ていうか、私も今その駅近くで一人暮らしだから、その、気にしなくていい。」
「え?そうだったのか。」
会話はそこで途切れる。俺の頭には色んな考えが巡っていく。俺の家と同様に、川崎家も両親共々が忙しかったはずだ。おまけに兄弟・姉妹が多いことで、塾代や、将来の自分の学費を気にしていた(大志からの相談もそこに帰結したはずだ)ことから、所々余裕があるイメージは持っていなかった。もちろん、川崎自身がしっかりした人間で、余裕がある中でもきちんと倹約に努めていたこともあったろうが。この大学までなら、正直地元から通えなくはない。俺は叩き出された形だ。というか川崎のあの姿勢等を鑑みるに、やはり地元の国立が一番しっくりくる選択だと感じる。
そう考えを巡らせていくうちに、俺はより相談の内容が気になっていた。
ふと横目で川崎を見ると、暗いトンネルを通る地下鉄の中、相変わらず厳しそうな表情で、でもそこに確かに優しさが灯っているような目で、窓に映る自分自身を見ていた。
改札を抜けて、街へと出る。駅周りは飲み屋が多いせいか騒がしいが、少し離れれば落ち着いた住宅街にぽつぽつをおしゃれな店があるのだ。
「そこまで遠くない。行くぞ。」
「うん。」
道を二人してゆっくりと歩いていく。思えば、高校の時は同じぼっちとして共感を抱いていた。そのおかげか、二人で歩いている今も、気を遣わずに歩いていられる。あれ、この雰囲気楽じゃね?大学に入って一応色んな飲み会の類に参加し、大学からの移動とか、二次会への移動とかで、誰かと同じ目的地に向かうケースは経験していた。
そのどれもがむず痒く、話した方がいいのかとか、色んなことを気にしながら歩いていたことを思い出すと、今は随分と楽であった。
だが、今日の、というか今の川崎は違っていたようだった。
「なんか、喋ってよ。」
「あ?どうした、らしくないな。」
「あ・・・。」
立ち止まる川崎に、いくらか狼狽してしまう。このよく理解できない感情を読もうと頑張ると、つい拗ねる小町への対応姿勢に入ってしまう。
「ん、本当にどうしたんだ。」
「・・・ううん、きっとこれも今日の相談の一つになるんだと思う。だから後でちゃんとまとめて話す。なんかごめん。」
そう言ってぎこちなく弱めな笑顔を作ると、俺より先を歩き出す。しかし数歩進むと、足を止めてしまう。・・・よし、雪ノ下の方向音痴を指摘せずに促すことに慣れ始めた俺の出番だ。
川崎より前に出ると、一言告げて歩き出す。
「行くか。」
川崎は確かに後ろから付いてきていた。
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「いらっしゃい。」
店を扉を開けると、マスターが声を掛けてくれた。きっと俺のことは認識していると思う。
だからか、後ろにいる川崎を見て、少し目を見開いていた。
「好きなテーブル、使っていいよ。」
「ありがとうございます。」
この距離感が俺にはたまらなく嬉しい。数席あるテーブルの一番奥を利用することにする。
「こんなところがあるなんて、知らなかった。」
少し高揚した表情の川崎が言う。
「ここ、すごく雰囲気がいいだろ。読書するのに家と同じくらい落ち着くんだ。店主も話しかけたりしてこないし、ぼっちの俺としては最高の場所だな。」
「そうだね、好きな雰囲気。・・・なんかあんたに似合ってるかも。」
「・・・。」
やばい。言葉だけ捕まえたらなんか勘違いしそうな並びだった気がする。意識するな俺。顔が赤くなりそうだ。
返すのを戸惑ってしまったことに川崎が感付く。すると顔を真っ赤にさせてしまう。
「あ、今のはそういう意味じゃなくて、なんというか、その」
「ああ、えっと、大丈夫だ。気にするな。」
二人して顔赤くして軽く俯く。見よ世界、これがぼっち同士のコミュニケーションだ。にしては、ちょっと面映ゆすぎない?
「何飲む?」
さすがマスター。完璧のタイミングで声を掛けてきたマスターにすがるように、注文を済ませる。
「俺はベトナムコーヒーで。川崎はどうする。」
「あ、私はアイスティーで。」
「ああ、あと、軽食を二つ頂けますか?種類別で。」
「かしこまりました。結構食べれそう?」
「そうですね。普通の量で頂ければ。」
「うん、かしこまりました。」
一通り注文を終えると、マスターは少し楽しそうにカウンターへ帰っていく。
川崎は、少し驚いたように俺を見ていた。
「なんか、慣れてるね。ちょっとびっくりしたかも。」
「まぁ、この店来るようになって1年経つからな。あと、まぁ、このくらいの人とのコミュニケーションはとれるようになったかもな。」
「自分のことぼっちぼっち言ってたくせに。」
「うるせぇ。それは変わってねーよ。」
「・・・人は変わっていく、ってことなのかな。」
「まぁ、誰しもが変わるだろ。変わらないこともあるだろうけど。」
俺がそう言うと、川崎は静かに頷いて、俺の左辺りをぼんやりと眺めた。その目線の流し方と表情が、何だか悩ましくて、俺を不安にさせた。だがそれ以上に、改めて川崎の表情を見ることができた俺は、彼女がより美しくなったことをはっきりを感じてしまった。
少しボリュームの持たせたトップから落ち、胸くらいまでに切られた、なんていうんだ、セミショート?くらいな長さの髪で、毛先を軽く巻いている。きっと誰か川崎の美しさを正しく分かっている人が奨めたか、美容師にお願いして切られたに違いない。なんとなく、川崎自身が自分からこの髪型にしたようには思えなかった。それくらい、なんというか、女性らしかった。決して、芋の煮っ転がしとは結びつかない髪型、と言ったら、偏った言葉になるが、俺が抱いている川崎のイメージから離れる、といった感じか。
とにかく、なんだこいつ、可愛いな。
「お待たせ。」
マスターが飲み物を運んでくる。
俺が大好きなベトナムコーヒーの香りが鼻にかかり、より落ち着いた心になる。
「それ、なんなの?」
「まぁ、なんだ。普通のコーヒーに練乳を混ぜたものを思ってもらえばいい。一応ベトナムでは伝統的な飲み方になっているらしいぞ。」
「それって、あんた確か、甘いコーヒー好きだったよね?」
「MAXコーヒーな。今でも好きだぞ。家に常に1ダース以上ある。」
「ふっ。そこは変わらないんだ。」
「ああ。一生変わらないな。」
川崎に合ってしまう形で俺も少し口角を吊り上げ、コーヒーを啜る。うまい。川崎もアイスティーに口を付けたところで、話題を展開する。
「ああ・・相談ってやつ、聴いていいか?」
「ああ、うん。そうだね。・・ちょっと話が分かりにくいかもしれないけど、そこは許して。」
「おう。」
そう言って、またコーヒーを啜る。うまい。
さて、聴くか。
読んで頂けていると知って、進めてみました。