「また是非お越し下さいね」
「ありがとうございます、お世話になりました。」
俺の隣に居る川崎は、丁寧な口調でカウンター越しのスタッフに応対した。
合わせて小さくお辞儀をすると、川崎は一言「帰ろっか」と言い、先を歩く。
俺は「そだな」とだけ返し、その後ろ姿に付いていく形で駐車場へ向かった。
そこから川崎が一人暮しする家へと送っていくまで、川崎は昨夜のことが無かったかのように、むしろ何か大事なことを脇に置いて振る舞うように、楽しげに話し続けていた。
この、俺んちでのこと、家族のこと、旅行のこと。
とはいえ、双方話が上手なわけではないので、時折訪れる車内の静寂には、二人して昨夜を無視することはできていなかった。
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あのベッドで俺の胸にすっぽり収まった川崎は、俺を抱き枕にしてそれはそれは気持ち良さそうに寝た。たくさんの想いを吐露して、川崎にとって昨夜だけ有効の回答を胸に、一晩だけの確実の中に溶けたんだろう。
対して俺は、ゼロ距離に川崎がいる恥ずかしさと緊張で朝まで眠れなかったか、で言うと、そうではなかった。確かに外が明るくなるまで眠れなかったが、それは、川崎にどうやって回答するかを、真剣で考え込んでいたからだった。
▽
「うん。改めて言うよ。
私、比企谷が好きなんだ。高校で助けてもらった時から、ずっと。」
「待って!返事とか、そういうのはこの旅行が終わってからにしてほしい、お願い。この旅行であったこと、あとから理由にしたりしないから。今だけは、この状況を味わせて欲しい、です。・・・お願いだから。」
「返事って、期待していいのかな・・・?」
・・・
「期待、していいと思うぞ。」
△
俺は、俺を、ちゃんと問い質す必要がある。
半端では、本気だった川崎に対して申し訳ない。
そして、俺自身を変える必要がある。
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高速を降りて川崎宅へを車を走らせる。
時間はまだ昼過ぎだったが、今日はこのまま解散する雰囲気が流れていた。
「川崎。」
「ん、なに?」
些細な違いではあるが、俺の少し真剣な声のトーンを捕まえて、少し緊張した様子で返事が返ってくる。すぐには返さず、ちょうど赤信号で止まったタイミングで、川崎に顔を背けて言った。
「なんつーか、ありがとな。」
「へ?ん、、何が?」
「この旅行。初めから終わりまで任せっぱなしだったからな。」
川崎から、なんだそのことか、と言わんばかりに緊張が抜けるのを感じる。
「いやいや、むしろ勝手ばかりしちゃってごめん。それに最初は私のせいで変な時間多かったし。」
「まぁ、それもぼっち同士の初旅行の思い出、とやらに収まるんじゃねーの?」
川崎は、全然似合ってないよ、を笑いながら返すと、続けて、
「うん、そだね。いつか、笑える日がくるといいな。」
そう、もう懐かしむように微笑んだ。
川崎宅の目に車を停めると、車の中に静寂が訪れた。
「く、車の運転、ありがと。」
「おう、無事に帰ってこれて良かった。・・・これ、そのまま返しに行くわ。」
「う、うん、ありがと。」
そこまで話しても、川崎は降りようとはしない。
何か言葉を探しているが、きっと昨夜振り絞りすぎたんだろう。
「川崎。」
「な、なに?」
そう、川崎はあらん限りを俺に伝えてくれたのだ。
であれば、今度は俺の番だ。
「1週間。」
川崎はオウム返しのように「1週間?」とつぶやく。
「1週間だけくれないか。来週のこの時間に、必ず連絡する。
可能なら、その後空けておいてほしい。」
川崎には当然、これが川崎からの告白の返事だという事は伝わっているだろう。
「・・1週間でいいの?私、全然待つよ?」
「本当は長すぎるくらいだと思ってる。でもこんな俺だから、ちゃんと、考えたいんだよ。」
そう答えると同時に、川崎と視線がぶつかる。いとおしそうに、哀しそうに、でもどこか期待も隠せていないその目線に、ちゃんと応える。
「ちゃんと、返事させてくれ。」
「うん、わかった。・・ありがと。」
「いや・・まぁ、おう。」
ぶつかった視線をゆっくりを外すと、じゃぁ行くね、とだけ残して、川崎は車を降りた。角度のせいで家に入る川崎を見届けることは出来なかったが、ゆっくりと車を発進させる。
さて、ここからは俺の話だ。
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ちょうど先週の今頃、川崎宅の前で、俺と川崎は別れた。
この間、一つの連絡も取っていない。
そのせいか、連絡を入れようとする手は、今日俺がやろうとしていることも相まって、震えていた。
それでも、俺から言い出したことだからと自分を奮い立たせ、短く連絡を入れる。
「今日の18時に、あの喫茶店に来てくれないか。」
あーー、遂に送ってしまった。
そして数秒もせずに、既読が付く。
「了解。」
端的に返ってきた返事からは川崎の様子が伺えず、それだけで色んな不安が押し寄せるが、要らぬ心配を繰り返している場合ではない。先週起こったことは真実で、それをそもそも覆すような考えは、川崎に失礼だし、信じられていないことになってしまう。
そこまで考えて、とりあえずは来てくれることに今一度安堵し、用意したものの最終チェックに取り掛かった。
何度確認しても、俺はやはり俺で、間違えているに違いなかった。