依頼:私を、変えて欲しい   作:クラウンギア

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言葉の先には

「私を、変えてほしい。」

 

その言葉を受けて数瞬、俺は固まってしまう。川崎がどれだけの逡巡を経てこの言葉に辿り着いたのか、想像し難かったからだ。もちろん、それは半端なものではないだろう。

 

俺はずっと変わることを嫌悪していた。しかし、奉仕部での時間があって繋がった、あいつらの今と俺の今を考えると、もう嫌悪などはない。むしろ、自分が変わり続けないといけないと思っているくらいだ。この感情は、あいつらからもらった考え方なんだろう。俺には平塚先生という恩師がいて、奉仕部という場所があって、あいつらだったから思えていることだ。

それを今、川崎は自分から手に入れようとしているのだ。

 

しかしなぜおれに?という疑問は晴れないままだ。

もう少し聞く必要があると判断する。

 

「・・・もう少し具体的に聞いていいか。」

 

川崎は変わらず真剣な表情で、語り始める。

 

「う、うん。さっき言った通り、私には時間ができて、色々と考えててさ。家族は私にどうなって欲しいんだろう、とか、私はどうなりたいんだろう、とか、ね。さっき歩いていたとき、あんた私に『らしくない』って言ったじゃん?らしさって何だろう、とかもよく考える。

たぶん、今までは家族の世話をしていれば、それが私らしさだ、って私も思えてたんだと思う。

でもそれが無くなって、よく分からなくなっちゃったんだ。このままじゃ、せっかくこうして自分を見つめ直せているのに何も進まない気がして、ね。それが家族にも申し訳なくて。

そ、それで、私だけで考えてても同じところぐるぐる回ってるだけで、進んでないと思ったんだよ。色んな本読んだり、近くにいる人に相談して、『こうしよう』ってのは決まったから、だ、だから、私は・・・あんたに・・・」

 

そこまで話すと、急に川崎は俯いてしまう。

今の俺には次の言葉を待つ以外に選択肢はない。聞き逃さないように、少し前のめりになっている自分に気付くが、俺は動かないままただただ待った。川崎は肩をすくめ、遊ばせている自分の指を見ているようだった。このまま世界が止まってしまうような、限りなく濃い沈黙が続く。

不意に川崎はバッと顔を上げる。赤くなった顔を俺に向けた。

 

「私と、と、友達になってくれない?」

 

「・・・は?」

 

赤面から振り絞られて出てきた言葉は、全く予想だにしていないものだった。思わず俺は口をあんぐりと開けて、空気を吐き出すと同時に疑問符を言葉にしてしまう。

 

しかし、功を奏したのか、川崎は俺の顔を見て吹き出した。

 

「・・・ふっ、何その顔。変だよ。・・・はぁ、言っちゃった。」

 

そう言って川崎はアイスティーを口にする。いやいや、何一息ついてんだよ。俺はまだよく分かってねーぞ。しかもまだ言えただけだからゴールじゃないだろう。何でちょっと落ち着いてんだよ。

 

「ちょっと待ってくれ。もう少し詳しく話してもらえないと、よく分からん。それが相談なのか?」

 

「そ、そうだよね。ごめん。ふふ、でも何かあんたの変な顔見たら、すごく緊張して言った私が、ちょっとおかしく思えただけだから。」

 

「え、なにそれ。俺の顔そんな効果あったの?それ良いの?悪いの?」

 

「ふふっ、大丈夫。きっと良いことだよ。」

 

「そうすか。。」

 

思い出していたのか、手を口元に添えて微笑む川崎は、それもまた俺が知らなかった一つの形で、とても上品に見えた。高校の時とは違うその仕草に、2年も経つと少なくとも外見は変わっていくのだなと感じる。

 

「一人で変わるって限界があるのかも、ってこの1年で思った。例えば、私ってほとんど誰かと遊んだりとか、したことないんだよ。ずっとお姉ちゃんやってたからさ。人と関わって、自分にない考えを知ったりすることが大事なのかなって。だから、その、お願いしてます。。」

 

そう言って少し口を尖らして、川崎はまた俯き加減になってしまう。敬語になってしまっている辺りが、なんともいじらしい。やばい。なんなの?俺をどうしたいの?心が忙しくなっているのだけれど?やべぇ、語調が雪ノ下さんになっちまった。勝手に使ってごめんな雪ノ下。今度許可取っとこう。絶対下りねーけどな!

 

とまぁ反応してしまったが、川崎の言う事には、今の俺は全面的に同意だ。変わることを望むのであれば、一人では難しい。むしろ俺は変わりたくなくてぼっち貫いてた時期があったくらいだからな。このことからも俺的ぼっち理論で逆説的に論理が成り立ってしまう。

 

だが・・・

 

「その考えには賛同するが、まだよくわからんことがある。」

 

「ん、なに?」

 

「なぜ俺なんだ?確か、たまに学内で見かけた時にはいつも誰かと居ただろう。」

 

「え、それ聞いちゃうの?」

 

「え?」

 

「はぁ。」

 

川崎は少しだけ残念そうな顔をしてしまう。ちょいちょい、何か小言も聞こえますよ。「苦労するわけだね。」って何のこと?え?小町のこと?ぐっ、否定できねぇ。小町が居なかったら俺はきっと今やひねくれ過ぎて間違い過ぎて、インドで僧侶とかやってる可能性がある。なにそれ、小町に感謝しなきゃ。実家帰ろう。小町に会いに行こう。小町!

 

「たぶん、いつも一緒ってのは、同じ学科の人だよ。講義が大体一緒で、構ってくるんだ。その、海老名みたいな感じ。あ、別に嫌なわけではないよ。私より全然頭良いし、友達もたくさん居て、快活だし、ちょっと羨ましいくらい。」

 

「それならそいつと遊んだりすればいいじゃないのか?」

 

「たまに誘いにも乗って、ご飯行ったりするよ。それで、頑張って私が考えていることも話してみた。有り難いことに、すごく真剣に考えてくれたよ。」

 

「その人はなんて言ってくれたんだ?」

 

「・・・結局、あんたの話になった。」

 

はい?なぜそこで俺の話が出てくるんだ?自分が変わっていないことに悩み、変わることを望んでいるが、その方法が分からず困っている、というような内容を伝えたんだよな?どこがどうなって俺の話になるんだ?

 

「いや、なんでだよ。」

 

「・・・あんたそれ本気でやってるの?だとしたらたぶん罪だよ。重罪。」

 

ちょっとだけ怒っているような声のトーンに一瞬驚く。いやなんだよ、マジでわかんねーんだけど。

 

「いや、マジで聞いているだけではわからん。今の会話の行間を読めっつーなら、俺の経験値じゃ無理だ。」

 

「いや、うん、そうだね。ごめん。これは私の勝手だね。」

 

思い直したように手を合わせて謝罪する川崎。

続けて合わせていた手を膝に上に持っていくと、こう言った。

 

「ちゃんと言葉にする。だから、聞いて?」

 

改めて川崎の表情が真剣そのものになる。

 

がらりと雰囲気が変わる。

 

俺はこちらに向けられている温度を持った目線を真正面から受ける。

 

川崎は大きく深呼吸をした。そして。

 

 

「高校の時から、あんたのことが気になってた。世話になったのが主なきっかけで、それからあんたを全部見てたわけじゃないけど、関わったイベントとか、由比ヶ浜や海老名や大志から聞いた話とかで、その、あんたが信頼できる人だって思ってる。

 

だから、今変わりたいって話でこうしてお願いしてるけど、それ抜きにしても、あんたと関わりたいってずっと思ってた、んだと思う。変わるためにはもっと人と関わらなきゃって考えた時、真っ先にあんたが思い浮かんだから。

 

・・・これは一方的な私のわがままで、あんたに得のない話かもしれないけど、頑張れるところは頑張りたい。何ができるかは一応考えてある。

 

だから、私と友達になって、その、話したり、どっか出かけたり、同じ本読んだり、で、できないかな・・・?」

 

「・・・ちょっと待ってくれるか。」

 

そう言って俺は椅子を少し引いて、おでこを机につけてしまう。

 

おぉおお、今こいつなんて言った!?ものすごく恥ずかしいこと言ってなかったか?歯が浮くようなセリフ、とは言うが、俺の歯が浮いてんじゃねーか!浮きすぎて歯が抜けそうじゃねーか!いや抜けねーけど!いや、待て。なんだこれ。整理が必要だ。いや必要か?そのままじゃないか?

 

冷静になろう。ふー。客観的に考えるんだ。

 

川崎の一言一句に籠った熱と、照れながらも話を紡いでいこうとする姿勢に、俺にまで熱が渡ってきて、身体が火照る感覚があった。その感覚は、俺が勘違いしそうになるくらいには、恋愛とかいう麻薬の気配をさせていた。

 

しかし、辿ってみると、川崎が言ったのは俺への信頼についてで、異性と積極的に関わるようなビッチと一線を画しているだろうこいつにしてみれば、ただただ真剣に考えて、言葉を使って、今俺に思っていることを伝えてくれたのだ。何処までも真面目で、不器用で、強い想いがあって・・・それらを表に出してくれたのだ。

 

なら俺も真剣に応えなければいけない。

机から顔を上げる。

 

「お、俺とかきゃ」

 

ゴツンと再び机におでこをぶつける。か、噛んだぁ!大事なところで噛んだ!全然冷静になれてねぇ!熱い!熱いよぉ!絶対マスター笑っているよ!きっと料理出すタイミング伺うついでに話も聞こえているだろうから、この熱バレてるよ!恥ずかしい!助けて小町!

 

「ゆっくりで、いいよ。」

 

頭上にこれ以上なく優しい言葉が届く。何その言葉と声色、魔法?この一言で落ち着きを取り戻しつつあった俺は、その状態で顔を上げる。

 

「どうして余裕なんですかねぇ。ったく。」

 

「いや、照れてくれてるなら、それはきっと私にとっては嬉しいことだと思ったから。」

 

にっと笑顔を零す川崎に、その言葉が本気にしろ冗談にしろ、安心を感じてしまった俺は、取り戻しつつあった落ち着きを手元まで引き寄せた。

 

「俺と関わることでお前が変わるかなんて、分からねーぞ。それでいいなら、まぁ、俺で良ければ。」

 

「本当に!?」

 

パッと表情が明るくなる。そんな顔出来たんですね川崎さん。かわわ。

 

「あ、あぁ。だけど、俺だからな?マジで期待だけはしてくれるなよ。しかも、何をしたらいいか、全然わからんぞ?」

 

「うん、変わるかどうかは私の話だし。何をするかは一緒に考えたい、かな。」

 

「おぅ、そうしてくれると助かる。」

 

一安心したのか、川崎は背もたれに深めに寄りかかって一息ついた。どうなるかは分からんけど、その姿を見て、俺との問答でこうなってくれるのか、という喜びが降りかかってきたが、ぼっち精神が勘違いするなと振り払った。

 

「お待たせ」

 

何もかも完璧すぎるタイミングで、料理を運んでくるマスター。

 

「揚げニョッキのクリームソースと、馬肉のタルタル、あとコールスロー(マスターアレンジ)ね。」

 

思っていたのとは異なる料理の種類に、心で疑問符を打っていると、

 

「迷っちゃったから、こんな感じにしちゃった。取り分けて食べてよ。コールスローは他の合わせてサービスだから。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

マスターのお礼を言うと、並べられた料理に二人して感嘆する。それもマジでうまそう。

てか、テーブルにこんな感じで置かれると、こう、なんかデートで来たみたいな感覚ってこうなのかな、と思う。デートしたことないから分からねーけど。あれ、今なんか早口で怒りながらフラれた気がする。気のせいか。

 

と、思うと間もなく、川崎が小皿を持って取り分け始める。

 

「悪いな。」

 

「このくらい。」

 

テキパキを美味しそうにコールスローを取り分ける川崎に話しかけてみる。

 

「友達っつっても、何からすればいいんだろうな。俺には難題だ。」

 

「そう?まぁ私も詳しくないけど。したいことし合えばいいんじゃない?」

 

そうなのか。けど、まぁそういうことを勝手でいられる関係も、友達という言葉に含まれた意味の一つだろう。

 

「ん、それもそうか。んじゃ何したいんだよ。」

 

「ん、いいの?」

 

一瞬、少し挑戦的な目線で問う川崎。自分用に取り分けている手は止まることはなかった。

 

「おぅ、いいぞ。」

 

「そ。じゃぁ、この後あんたんちね。」

 

・・・

 

えーと、はい?




書くのがとても楽しいです。
読んで頂きありがとうございます。

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