「そ。じゃぁ、この後あんたんちね。」
・・・
えーと、はい?
取り分けられたコールスローを食べようとする手が止まってしまう。
「今、なんて言った?」
「だから、あんたんちに連れて行って、って言ってる。何?なんかまずいことでもある?」
川崎は事も無げにそう言うと、自分用に取り分けた皿に手を付け、「あ、美味しいこれ」とか言ってる。あれ?さっきまで赤面してたサキサキはどこ行ったの?急展開に八幡頭が追い付いてないよ?
「いや、まずいことはねーけど。あんま綺麗じゃねーし・・・じゃなくて!」
「それなら好都合。あんたの一人暮らしなんてきっとガサツな部分多いんじゃないかと思ってた。」
「何が好都合なんですかねぇ・・・。」
またもや俺は川崎の真意を掴み損ねてしまう。え?これ俺が悪いの?でも確かにリア充は'ウェイ'と'ヤバい'で会話してるくらいだからな、これくらい意味を持った言葉を交わしていれば真意なんて容易に掴み合っちゃうんだろうな。なにそれ、ヤバくない?一生かかっても辿り着けない高みに思えるんだけど。ヤバい使えた嬉しい。
「さっき言ったじゃん。私が頑張れること頑張るって。今日話聞いてくれたお礼も含めてさ、か、家事してあげる。」
「あぁ、そのことか。引っ掛かってはいたが。」
川崎は今日のお礼に家事をしてくれるという。まぁできることをやる、という精神というか熱意はありがたいが、もうちょっと気を遣えませんかねぇ。これでも男として生まれてるので、そういう発言は、こう、魂にくるんだよ。魂に。なに言ってんだろ俺。
とその前に、川崎に指摘しないと。
これだからぼっちは・・・。
「っておい、分かるわけないだろ。ちょっと言葉足りないケース多いぞ。これだからぼっちは。」
「あんたに言われたくない。・・・でも、確かに今日の私はちょっと変かもしれないね。家族以外でこんな話したこと、ないし。どうやって話そうか、とか、けっこー考えてたから、でもやっぱうまくいかなくて・・・その、そんな変?」
自分を思い返す素振りの後、反省したように聞いてくる川崎に、俺は一種の共感を抱いてしまう。あぁ、本当に似ているんだな、と。分かる、分かるぞ。たくさん話したり、人と関わりすぎた後って、想像通りの自分から離れてた気がして、一人反省会するよね。それで大体頭抱えて、あぁああ!ってなるんだよな。そこまでテンプレ。違うわ、小町の「うるさい!ごみいちゃん!」までがテンプレだったわ。
「変ではない。が、俺のぼっち力が高いせいで、少し言葉が足りないってだけだ。てか、いきなり俺んち連れてって、とだけ言われて、どう受け取ればいいんだよ。マジビビったろうが。ぼっちなめんな。」
思わず視線を逸らしつつ言う俺を、川崎を食べる手を止めて見ているようだった。その違和感につられて川崎を見ると、少し目を見開いて静止していた。目が合わせて数瞬経つと、川崎の顔がみるみる赤くなっていく。赤くなった自分を振り払うように俯くと、取り繕い始めた。
「ああ、そ、そういうことね。た、確かに、その、変な風に聞こえるかも、ね。でもそういうことじゃなくて、本当にただ家事なら得意だから役に立てるかなって考えてただけで・・・」
ハッと顔を上げた川崎は慌てたように言葉を続ける。
「こんなこと、初めて人に言ったんだからね!?誰にでも言うとかそんなんじゃないし、あ、あんただから言ったんだから!」
「わかった!わかったから落ち着け!」
手の平を向けて制する俺に対して、小声で「本当だから・・・」と呟く川崎。いやもう本当に、ぼっち同士のコミュニケーションってどうしてこうなるかな。向こうが慌てている分、俺は落ち着けているが、ちょっと最後に気になる発言もあったからね?難聴系じゃないからね?
引き続き、俯き加減で、失敗したーっみたいな雰囲気を出す川崎を見て、俺は考える。
まだ川崎は良い方だ、と思う。俺なんかこの一年で、見るも無残な失敗をいくつもしている。思い出しただけで吐きそうになるような。誘われた学科の飲み会?のような場で、集団での話し方が分からず、それでも前に出ようとした結果、2回くらいシーンとさせたりしてるからね。マジほむったかと思った。なにあれ?やっぱ俺だけ感じ取れてない感覚があるとしか思えない!逆に面白がられて助かったけど。
川崎は、言葉に裏もあるわけではなく、一生懸命で在ろうとして、それでもうまくいかなくて、でも諦めずこうして言葉を伝えようとしている。このある種の光のような、眩しいとも思える姿に、俺は純粋に考えてしまう。
俺でも、力になれることがあるだろうか、と。
「まぁ、なんだ。」
そう切り出した俺を、川崎は不安そうに見る。
「たぶん、こういう所からなんじゃねぇの?慣れてないこと、やったことないことを、いきなりうまくやろうったって、無理な話だ。」
あぁ、もしかしたら、今から俺はまた間違えるのかもしれないな。
「その、俺ができる限り、ちゃんと付き合うから。」
川崎の不安そうな顔は、表情にあまり違いは見れないまでも、優しくささやかな笑顔に変わっていく。
「あれだ、ゆっくりでいいだろ。」
俺の顔は明らかに身体と共に火照っていく。
「その。まずは食おうぜ。冷めちまう。」
そう言って料理を食べることでごまかすと、川崎はくすりと笑ってこう返してきた。
「そうだね。・・・ありがとう。」
そうして、二人して料理を食べる。うまい。すみません嘘です味なんてわからないです。でも絶対、今川崎と食べているこれは、うまい、と思える。
順調に料理を食べ終えると、会計を済ませ外に出る。見上げると、すっかり暗くなった空に、街並みの灯りに勝った一等星が少しだけその姿を見せていた。
ちなみに会計は俺が払った。頑なに出そうとする川崎に対し、「友達記念だ。」と冗談を言ったら、「似合ってないよ。」と返された。うるせぇ。「次は、私から友達記念だから。」と続けてきたので、「似合ってねーぞ。」と返した。川崎は言葉で「うるさい。」と返してきた。なにこれむずむずする。
時刻は19時30分を回ったところだった。今日はさすがにスルーして別れると思ったが、川崎は諦めていなかった。歩き始めようとした俺に後ろから声がかかる。
「それで?家事やらせてくれるんだよね?」
振り向くと勝ち気スマイルの川崎が腕組んで立っていた。あんれー、また強気の川崎さんだ。まぁそうか、言葉を交わして誤解も解けてるんだし、もう100%家事に集中できてるのね。どんだけ片付けたいの?家で出来なくなった分やるつもりなの?
「家で出来ない分、頑張れるけど?」
あぁ当たっちゃったよ、正にその気概でした。めちゃくちゃそわそわしてるじゃねーか。かわいいなおい。家事好きすぎだろ。
「俺んち来るのは問題ないが、ちょっと遅くないか?」
言葉を交わしたとはいえ、礼儀への意識は必要だろうと考え応える。
「あぁ、確かにね。夜だし掃除機はかけられないか。キッチンは?ちなみに、私もこの近くで一人暮らしだし、明日は何もないし、時間は気にしなくていいから。」
さらっとドキドキすることを言う川崎。くそ。他意はないとはいえ、いちいち俺の魂を撫でてくる言葉たちだ。耐えろよ、マイソウル!
「キッチンはまぁ、ある程度溜めてからやってるな。明日やるつもりだった。」
「っ!任せて。」
ちょっとホントに家事好きすぎない?すごく嬉しそうにしちゃってるじゃん。骨前の犬みたいになってるじゃん?ん?ねこじゃらしを前にした猫か?こいつどっちもいけんな。でも猫アレルギーだから犬にしよう。わん。
ん、ちょっと待てよ。
「ちょっと待て。なら明日にしないか?明日なら俺も何もないから。そうすれば夜できない掃除もできるんじゃないか。って、やってもらう気満々みたいで申し訳ないが。」
「・・・ん、まぁ、それならそれでもいいけど。」
少し寂しそうになってしまう川崎。なに?そんなに今日がいいの?なんで?と思っていると、一歩踏み出してきた川崎が少し前かがみに目を見つめてこう続けてきた。
「うん。そうだね。ゆっくり、だよね。付き合ってくれるんでしょ?」
妖艶な笑顔のまま顔を少し傾けて問うてくる川崎。その仕草に俺は明らかに狼狽してしまう。
「お、おう。そう言っただろ。」
「ふふ、何照れてんの?明日、何時ごろ行こうか?そうだ、連絡先教えてくれる?」
「うるせぇ。あぁ、LINEでいいか。」
「さすがに私も入れてるよ。はい。」
「ほいよ。・・・後で連絡してくれ。」
「了解。」
こうして川崎の相談は終わりを告げる。といっても、相談内容自体は続くんだけどな。
大学に入って、色んなことを経験してきたつもりだが、俺もまだまだだったんだなと痛感させられた。
今回の川崎の勇気と頑張りに比べれば、今までの俺の行動なんて甘い気もするな。にしても、これから川崎との関係は、今までと比べて明らかに変わっていく。それを、楽しみにしている俺がいる。期待に添える気はしてないが、やれるだけ、やってみるか。
「それじゃ、また。」
「うん。」
そう交わして背中合わせに歩み始める。一歩一歩が、なんだか意味あるものに思えてしまう。良い夜だ。
「比企谷!」
川崎の呼び声に、身体が自然と反応してしまったかのように、振り向く。
「今日はありがと!・・本当にありがとう。また明日!」
目を瞑りながら力任せにそう告げた川崎は、言い終えた後に軽く手を振ると、振り返って進んでしまう。俺のその背中が見えなくなるまで、見つめ続けていた。川崎が最後に見せてくれた笑顔に、どうしようもない感情を抱きながら。
・・・そういや、明日も会うんでしたね。
どうなるのん?
続けて投稿です。楽しんで頂けたら幸いです。