依頼:私を、変えて欲しい   作:クラウンギア

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知ってる気持

 

よく晴れた土曜日の午前中に、スーパーに向かって川崎と歩いている。涙を見せてしまった後なのに、存外俺は落ち着いており、川崎も気にさせない素振りを見せてくれている。

 

「なんで塩コショウと焼き肉のタレがたくさんあるのに、醤油がないわけ?」

 

「小さいのを買って無くなってから、そのまま買ってないだけだ。」

 

「ということは、代わりに焼き肉のタレ使ってたんでしょ?あれ味濃いから何でも上書きできるし。」

 

「ま。そうなるな。」

 

「うわ、ダメだよ。醤油と違っていくらつけても味は変わらないから、塩分取り過ぎちゃうんだよ。」

 

「・・醤油買いに行こう。」

 

「その途中だよ。」

 

川崎は全くもう、と言いたげな顔をしながら前を向いた。俺は流してしまった涙のことをなるべく客観的に考えていた。本当に、哀しかったわけではない。嬉しすぎて流れてしまったわけでもない。ふとしたら、流れていただけだ。流れる前に何があったかと言えば、川崎が冷蔵庫に食材?を詰めていたことと、よく晴れていることに気付いたことくらいだ。え?なに、そんなことで俺って泣いちゃうの?中々泣かない我慢強い子で有名じゃなかったっけ?すみません、どちらにしろ有名じゃねぇわ。

 

にしても、あの気持ちはなんだったんだ。幸せ、と呼んでいいのか、温かい何かが心を通り過ぎる感覚。あれは一体。

 

「ねぇ。本当に天気いいね。ちょっとそこ寄らない?」

 

そういって川崎は右前に見えてきた公園を指す。お日様の下にずっと居続けるのはつらいが、木漏れ日の下でまったりするのは好きだ。

 

「ああ、ベンチにでも座るか。」

 

「うん。先あそこに座っててよ。」

 

「え?お、おう。」

 

そう言ってきた道を戻ってしまう川崎。分からないが、言われたとおりに公園に入り、指定されたベンチに腰掛ける。川崎が座るだろう場所は風に吹かれた雑草があったため、俺は手で払うついでに、なんか汚れてしまいそうなものがないか確認した。気付くと川崎はあと10歩ほどでこちらに辿り着くくらいの近さに居た。

 

「あ、ありがとう。気遣ってくれて。」

 

「いや、気になっただけだ。」

 

「なにそれ。はい、これ。」

 

そう言って手渡されたのは、THE千葉・マッ缶であった。

 

「おお、わかってるじゃねえか。ありがとな、気遣ってくれて。」

 

「途中で見かけて、気になっただけだから。」

 

川崎はそう言って微笑む。こういう細かい返しも、気付いてくれて返してくれる。川崎はお茶を買っていた。お互いに開けて一口飲むと、同じタイミングで同じ量くらいの溜息を吐いた。

 

「「はぁ。」」

 

互いに顔を合わせて、少しだけ微笑む。思わず出てしまった鼻から抜けるような笑みに、自分自身驚く。こんな笑い方が小町以外にできるとは思っていなかった。見上げて木漏れ日を揺らぎをただただ見つめていると、川崎が少し微睡んだような声で話し始めた。

 

「一つ、懺悔があるんだ。」

 

「懺悔?」

 

とてもじゃないが、今から懺悔しようと思っている口ぶりではないが、本人が言うんだから懺悔なんだろう。

続く言葉を待つ。

 

「さっきのあんたを見て、言わなくちゃって思った。」

 

「さっきの涙のことなら、きっと関係ないぞ。」

 

「ううん。きっとあるよ。」

 

川崎はそう言って、こちらに首を傾ける。その顔はとても優しさが映っていた。

 

「昨日よりもっと前から、どうやってあんたに声を掛けようか、お願いをしようか迷ってたんだ。それで、ある人に相談した。」

 

「・・・小町か?」

 

「正解。それで、その時小町が言っていたことと、さっきのことが、どこかリンクしているように思ったんだよ。」

 

「どういうことだ?」

 

川崎は昨日俺へ友達になってほしいと相談してきた。そのことについて、きっと大志経由で小町に相談したんだろう。このこと自体には何も思わない。むしろ、川崎がそこまで本気だったんだと、別視点からも担保できたようなもんだ。

 

「どうやって相談をしようか、とか、その辺は概ね、私が考えていたことを『そのまま行っちゃえ!』みたいな感じだった。『うちの兄ははっきり言わないと分からないので、ちょうどいい!』ともね。

 

 でも最後に、こう言ってたんだよ。『沙希さんからお願いなら、きっとお兄ちゃんはオーケーすると思います。でも、その後のお兄ちゃんのこと、よく見ててあげてほしいです。』って。」

 

なんとも小町らしいアドバイスだと思った。やはり小町に対する愛は一生灯り続けるだろうな。これは仕方がない。だが、まだ答えになっていないような気がする。

 

「それを懺悔と言うなら、気にしないでくれ。」

 

「ううん。こっからも懺悔。私、小町からそう聞いておきながら、昨日、行けるところまで突っ走っちゃったなぁ、って。確かに昨日、あんたは了解してくれたし、それを私は喜んだ。けど、あんたに預けっぱなしだった。いきなり高校の同級生に友達になってくれって言われて、次の日には家にまで上り込んでくるんだから、あんたは大変だったろうなって。

 

 正直に答えてほしいんだけど、その、嫌だった?」

 

そう言って川崎は少し寂しそうな顔をする。やめてくれ、そんな顔をしないでくれ。

 

「正直に答えるが、確かに、お前の言うとおり色んなことがいきなりではあった。そのことに追い付けていない俺も居ると思う。だが、それを嫌と思うかは別の話だし、現に俺は一つも嫌だとは思っていない。これは本当だ。あの涙はそういうんじゃないんだ。」

 

そう言うと川崎は、俺の目をじっと見つめてくる。俺が本当のことを言っているか確かめるように。その目は少し潤んでいて、不安や期待が混じり合っているように見えた。何秒経ったか、川崎は一つ確かに頷くと、

 

「うん。分かった。・・・良かった。」

 

安心したように一息つく川崎に合わせて、信じてもらったことに俺も安心する。

だが、そこで終わらなかった。

 

「その上でもう一つ、聞いてもいい?」

 

「涙の理由なら、勘弁してくれ。」

 

「む。断られたか。」

 

そう言って川崎は拗ねたような表情をする。だが、本気ではない。ある程度予想できていた返しなんだろう。俺は、このままでは川崎が不安を除き切れないんじゃないかと考え、それは俺の本意じゃないと判断し、続ける。

 

「その、だな。本当にわからねえんだ。気付いたら視界がぼやけていただけだ。何かを思い出したわけじゃないし、この先の嫌なことを考えたわけでもない。ただ、そこに居たら、流れて来ただけなんだよ。マジで。」

 

そう告げると川崎は、少し悩んだように見せて、その後期待するような眼差しでこう言った。

 

「もしかしたら、答え分かるかも。当ててみていい?それでちゃんと当たってたら、そう言ってよ。」

 

挑戦的な川崎の目線には、これが本気の本気ではなく、冗談を含むものだと告げていた。1種のゲームだ。

 

「何だよ、その恥ずかしいゲーム・・・回答権は一回だけな。」

 

「ふふ、いいよ。」

 

そう言った川崎は考え始める。言葉を整理しているようだった。

俺は待っている時間、マッ缶を傾ける。このバランスが取れているようで取れていないコミュニケーションの中で、互いが持つ互いへの信頼があるから、そこまで怖くないんだろうなと感じた。現に川崎は俺に嘘をついていないし、小町への相談という言わなくても良いことまで、必要に応じて語ってくれたのだ。さて、俺でも分かってないことを、川崎はどんな風に表現するのか。

 

「ねぇ、たぶんね、私が感じていた想いと、ちょっと似ていたんじゃないかって思うんだ。私、なんかアホっぽいかもしれないけど、あんたんちのキッチンで、ちょっとだけ、ね?泣きそうになったの。昨日、私の想いを聞いてくれて、すごく頼もしく感じている人んちのキッチンで、今日料理作ってあげるんだと思ったら、嬉しくなっちゃって。

 

それで、それって何かって、私は、私の寂しい部分がゆっくり満たされてるんだと思った。

 

ほら、一人暮しって、一人でしょ?だから誰の声も聞こえないし、私はそれが結構きつく感じてた。だから、もしかしたらあんたも、どっかでそう思っていて、わ、私がキッチンでぼやいているのとか聞いて、誰かいるっていいなって、思ったんじゃないかなーと思うんだけど・・ダメだなんか言ってたら自信無くなってきた。違うかも、あれ、なんかごめん!」

 

そう言って赤面し、あたふたする川崎。続けて言い訳っぽいことあーだこーだを言い尽くしている。

 

「自分から言っておいて、何慌ててんだよ。」

 

「いやだって、むしろなんで余裕そうなの?ムカつくんだけど。」

 

そう言って流れで俺の右肩を軽く叩いてくる川崎。弱すぎて可愛い。この数瞬で、俺は一つ、俺にとってあまりない選択肢を取る。「ぶっちゃけてしまう」というものだ。

 

「川崎。」

 

「何よ。」

 

「正解だ。」

 

「は?」

 

「正解だって言ってんだ。」

 

川崎は、俺を呆けた顔のまま見つめて止まってしまう。

 

「まぁ、俺でも分かり切ってない俺のことだから、大正解かって言われるとわからん。けど、お前が言っていること聞いてたら、きっとそうなんだろうなってしっくりきた。実際に涙が流れたのもお前がキッチンでぼやいているの聞いた後だしな。

 

だから、正解だ。景品はないぞ。」

 

川崎は、その言葉を聞いて突然立ち上がると、向かいのベンチまで足早に歩いて行ってしまった。ベンチから立ち上がったとき、風に乗って「何なのもう」と聞こえた気がした。川崎はベンチに座ると、こちらを見てきた。さっぱりわからない俺は、外人がするかのように両手の広げ「なんなの?」とジェスチャーで伝える。川崎はそれに応えるようにぷいっと顔を背けてしまった。え、何なのもう。

 

ゆっくりと顔をこちらに向けてきた川崎は、諦めたように立ち上がり、こちらに向かってくる。すると俺の隣には向かわず、正面切って俺へ向かってきた。俺は呆然と川崎の顔を見ることしかできない。

手に触れられる距離まで来ると、むすっとした顔でこう言った。

 

「私、正解したんだよね?」

 

「ああ、正解だ。」

 

「じゃぁ、景品はいらないけど、ちょっとだけ予定変えさせて。」

 

「予定?どうしたいんだ?」

 

強気の顔のまま、川崎は続ける。

 

「お昼はこのままどっかで食べる。それで、夕食、ちゃんと作らせて。」

 

「お、おう。別に俺は構わないが、お前が大変になってねえか?」

 

正解したのにも関わらず、自分が大変になる提案をしてくる川崎に、俺は純粋に疑問を口にした。

 

「いいの。」

 

「いや、何がいいんだよ。」

 

ああもうじれったいなぁ、と言いたげな表情をした。

一呼吸置くと、驚くことを口にした。

 

「いいの!私が嬉しかったの!手の込んだもの作りたいの!」

 

「なっ!」

 

川崎はそう告げると、俺の返事を待たずして、振り向いて公園の出口へずんずんと進んでしまう。

その後ろ姿は、怒っているというよりかは、少しだけ跳ねているようにも見えた。

 


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