狩人の悪夢、その悍ましい実験棟を抜けた先の幽界の時計塔にて
二人の女性が対峙している。
一方は鮮血の双刀持つ穢れの銀髪に宇宙を映したような碧眼の狩人
一方は鋼鞭の杖持つ血で染め上げたような黒髪に深淵を映したような黒眼の狩人
一人は空から大地を見て、一人は大地から宇宙を見ていた
互いに超絶の技量を持つ狩人が対峙すれば結果は必ずやどちらかの死によってのみ終わる
数日とも一瞬とも思われるような戦いの果てに一方が遂に一方を討ち果たした
狩人は決して増えはしない、一人の狩人を大成させるためには必ず一人の狩人が死なねばならぬために
たったそれだけの話であった。
『悪夢は終わる』
ゲールマンと同じ…
月の香りのする狩人が死をもたらしてくれる、死してなお悪夢に囚われる狩人たちに
『夜明けの世界があるのなら、そこでまた会おう』
…
オラリオ
ダンジョン都市
中心に聳え立つバベルには遠く及ぶはずもないがこの街にも高層設計の建築物はある。
その一つである時計塔は単にそう呼ばれている
この街に時計がついている塔など一つしかない、ゆえにこの名前で通じる。
「貴公、物好きよな…」
時計塔ファミリアの『時計塔』マリアLv8(コミュLv1)
「あなたがとても寂しそうにしてたから…行かなきゃって…」
ロキ・ファミリアの『剣姫』アイズ Lv5(コミュLv2)
「そうか…大したもてなしはできんが茶でも飲んでいけ」
この一年で喋った中では最も長い言葉を彼女が口に出すと
このファミリアの団長 通称 “時計塔のマリア”はバラの香り匂い立つ紅茶をアイズに出す。
このオラリオにおいてロキ・ファミリアが強者とするなら彼女は絶対的な強者だった。
時計塔ファミリアの団長にして双刀千景の使い手。
それにしても奇妙なファミリアの名前だ、普通は主神の名がファミリアの名称になるが
このファミリアでは単に拠点の名前が名称になっている。
主神は留守にしており、集会にも顔を出さない…実に奇妙なファミリアだ。
「明日、深層部まで行ってきます。帰ったらまた来ますから」
「貴公、いやアイズ・ヴァレンシュタイン。戻りたまえよ…」
彼女はアイズ・ヴァレンシュタイン。この街でも最大派閥のロキ・ファミリアのエース。
一方で私は古参とは言え、団員も今や少なく本拠も古く陰鬱な時計塔ファミリアの団長。
本来ならば釣り合うはずもないが。
彼女と出会ったのはひと月ほど前、ダンジョンの中。
いくら人付き合いが苦手という私とてファミリアの必要経費を稼ぐ程度に潜りはする。
夜間、ダンジョンが活発化し日帰り冒険者は引き上げる時間帯が私のような者にとっての狩時になる。
決して他の冒険者とであるのが嫌とか、話しかけられたら恥ずかしいとかそういうことではない。
その日、私はかの『剣姫』と出会った。
まさかあの様な時間に中層部で私と同じくソロの狩をしている者がいるとは夢にも思わんだ。
「……」
「……」
これはいわゆる気まずい沈黙というやつだろうか?
私が階層全てのモンスターをくまなく狩ると自然、残った手頃なモンスターを追っていた彼女と同じ場所に到着し我々は出会ってしまった。
「どうぞ…譲ります。ごめんなさい、あなたの狩場だったのに」
「…構わないさ、別に誰のというわけでもないだろう」
見れば彼女は年頃の娘だというのに髪は乱れ、目からは疲れが見えていた。
薄い鎧にも返り血を浴びて、これならば成る程まるでヤーナムの呪われた狩人ではないか。なぜここまで彼女は狩を続けるのか、奴ほどではなくとも人間としてはおかしい。
あるいは彼女も狩人なのか…狩人は酒には酔わぬ、むしろ血にこそ酔うとはよく言うが。
それだからか、彼女と私は道中大して話もしなかったが自然とウマがあった。
お互いの死角を自然と補い合い、常に阻害し合わない程度の距離で効率よくモンスターを狩っていく。
気づけば18階層も過ぎて、30階層にまでいつの間にか夢中で潜っていた。
たった二人でよくもまぁと思う。
2、3日ほど経ってから彼女の方から話をして来た。
「何故…何故あなたはそんなに強いの?私は…私は弱い…」
「貴公は…強いさ…心弱い私と違って…」
「強い?私が?あなたの話は聞いたことがある、初めてのLv8の冒険者だって。
なのに私は三年もずっとLv5のまま」
「私は…今でも心弱いままだ。貴公には強い心がある、私と違って。
だから今はそなた自身を信じろ」
「…アイズ」
「?」
「アイズ・ヴァレンシュタイン。私の名前、貴公じゃない」
「さようか、我が名はマリア・カインハースト…長く喋り過ぎたな」
戻ったときには一週間が過ぎており、アイズは無断で単独で長期間潜っていた点で先輩冒険者にこってり絞られたそうだ。
私も団員を増やす努力はしている。
「恩恵目当てとは感心しないな…
だがわかるよ、”英雄願望”とは甘いものだ。
だからこそ恐ろしい死が必要なのさ…(千景を分離する音」
なかなか団員が集まらない…なぜだろうか
主神がわりの人形は人形で(イラつくことに私と同じ顔で)
「古き狩人様、ただあなたの望むままに…
あなたのお考えを“かの狩人様”もお喜びになります…」
古い…ああ、私ももうあの子達から見れば年増のおばさんなのか…何を話せばいいのかもわからない
わからない、私はどうすればいい?私があの子くらいだった時は…狩しかしてない…
別世界線では私も『赤のアーチャー』だったり『空母』だった経験を活かして…
私は何を考えてるんだ…しかもどっちも人間じゃないし…
セクハラアドミラルは死ね、切り落とす。
三日後、彼女はまだ現れない。
当然か、最深部へのチャレンジだ…三日ではせいぜい18階層のセーフポイントを出発したところだろう。
なぜ私はテーブルの上にティーポットを準備しているのか…
一週間後、まだ現れない。
時計を見る、朝6時から待っているがもう夕方の6時だ
何を待っているんだ私は、まるで恋人を待つ生娘みたいじゃぁないか