ノーハッピーノーエンド   作:神榛 紡

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ノーハッピーノーエンド

 世界にはいく柱もの神々がいて、その被造物たる眷属がいた。彼らはそれぞれに特徴を持ち、その力は自然発生した原生生物達とはまるで比較の出来ない強力な存在だった。

 故に、彼らが殺し合いを始めた時から、世界が荒廃して滅びに瀕するのは必然だったのだろう。

 いつからだったか。唯一神の座を求めて、神々が争いを始めたのは。神々とその被造物達の争いによって、強者と強者の自重の存在しない戦争によって、空が濁り、生あるもの全てを穢し、蝕み、滅ぼす極悪な『灰』が世界を覆ったのは。

 化け物と形容するしかないふざけた力を持つ連中は、自分達の居住地から灰を追いやり、自らがそれを生み出した事には目を向ける事もなく、争いを続け、さらに世界を滅びへと向かわせる。

 いつになったら終わるのか。唯一神の座が誰かの手中に収まるのが早いか、それとも星が耐えきれず滅ぶのが早いか、強者たちが次の闘争へ目を向ける中、弱者達が終わりの見えない地獄に世界を呪う中、一体、どれだけの者達が、この争いを終わらせたいと本気で考えているのか。

 いたとしても、他の種族を滅ぼす事無く終わらせようと考える者など、皆無と言っても良いだろう。

 

 「だからこそ、私には彼ら以外の選択肢が無い訳だが」

 

 そこにいたのは、紫色の肌をした人間――否、それは人間ではなく、悪鬼と呼ぶにふさわしき容姿を持っており、この世界において妖魔種(デモニア)と呼ばれる怪物の一体であり、本能を抑える事もなく暴れる化け物が多い中、珍しく理性と知性をその目に宿している、人間からすれば悪夢のような存在と言える。

 そしてそんな妖魔の視線の先には、岩の中の洞窟で百人以上の人間たちが、妖魔種にとって極上の餌が集っていた。

 だが、問題はそのような事にはなく、その集まりがこの世界全てを敵に回し、その上で無血の勝利を望んでいる事であり、最弱で脆弱な人間がそのような事を企んでいると他の種族に知られれば、その多くが嘲笑し、しかし念のためにと滅ぼしに来る話だ。

 もしこの話を妖魔が持ちかえれば、彼らの企みは始まる前に終わってしまうだろう。といっても、それは今もなお妖魔を見つめる少女の姿をした機凱種(エクスマキナ)が許さない訳だが。

 これ以上は隠れる意味も無いと判断した妖魔は、足で掴んでいた天井を離し、機凱種を従えた首魁の男の前へと軽やかに、土埃一つ立てる事無く降り立った。当然、最悪のタイミングで最悪の場所に現れた敵に、この限られた空間内に存在する人間達は凍り付く。

 その空気が溶け出すよりも早く、妖魔は腕を組んで堂々と予想外の言を放つ。

 

 「端的に問うが、そのゲーム、我々の参加枠も用意していただけるかな」

 

 口の端を上げてウインクまでして見せる妖魔は、喉元に展開されている機凱種の武装群も、周囲で武器を抜き警戒する人間達も気に留める事無く、こちらを見やる首魁の男をジッと見返す。

 白髪の、鋭い目つきをした男は、言われた事の意図を汲み上げ、呑み込み、新たな情報を得るために口を開く。

 

 「つまり、妖魔種が人間の味方をする、と?」

 「否。参加は私を含め現状を憂う多種族共同体『異端者(エレティコス)』の外征員二十一名となる」

 

 ただでさえ想像すらあり得ない多種族共同体という言葉、それがよりにもよって妖魔種から出たという事実にざわめきが広がっていく。

 その言葉に動揺を見せなかったのはただ一人機凱種の少女のみで、首魁の男すらも放たれた言葉に僅かなりとも目を見開き、会話を続ける事に停滞が生じたほどだ。

 その停滞を破ったのは、やはりというか、警戒を緩めぬ機凱種少女だ。

 

 「リク……注意…して……この妖魔…精霊の気配……感じない……」

 「クックッ。素晴らしいだろう? 我々が共に生きるに当たって、神々より制裁されないための特注品だ」

 「その布が精霊を遮断してるのか……まさか、霊骸、か?」

 「大正解、と言いたいが七十八点ってところだな。精霊を遮断している手品の種はそれだが、毒をそのまま(まと)うような愚は侵さない。特殊な材料を使い特殊な手段でこの外套の内側に織り込むように封入してあるのだ。精度はエルフの探査魔法から逃れられる程、と言えば分かるか?」

 

 まるで子供がオモチャを自慢するように身に纏った外套を広げて見せる。しかし首魁の男――リクが注目して、覚えた戦慄を表に出さぬよう口の端を噛みしめた原因は外套の内に存在した物だ。

 そこにあったのは双眼鏡にナイフに小型のクロスボウ。自分達では到底作れない精度で作られたそれらも十分に脅威ではあるが、複数の種族が共存しているという話が事実であるならば、驚嘆には値しない。むしろ、話の信ぴょう性を上げる材料になる。

 問題は、服の下からも分かる程の発光を見せている魔法陣だ。肉体に直接刻まれていて、しかも精霊を遮断しているマントの下でなお光っている。十中八九命を対価として稼働しており、その用途はおそらく――敵を巻き込んだ自決だ。

 

 「魔法陣……パターン……たぶん、森精……種?」

 「正確には森精種のとある天才が作った最高機密の術式を盗み出して生物用に組み替えた物になる。我々外征員が入手し、先駆者(イリスィオス)が解析、改変した手札の一つだ。無論、オリジナルとは比べ物にならないほど威力も規模も小さいがね」

 「分からないな。それほどの力を持つ組織が何故俺達に協力を申し出る?」

 「ふむ……確かに君達からすれば不思議で、かつ、不気味な話だな。だが、当然こうして動いた事、接触した事にも理由がある」

 

 妖魔は一つ頷くと、懐から分厚い紙束を取り出してリクへと差し出した。それを一旦武装を収めた機凱種の少女が警戒も露わに受け取り、リクへと受け渡す。リクはその紙に十分な警戒を持って視線を落とし、眉をしかめる。

 受け取った紙、その一枚目に書いてあったのは名前の羅列だ。アルトシュ、カイナース、オーケイン。いくつか見覚えのない名前もあるが、最初の数個を見ればそれが全て〝神の名〟である事は理解できる。

 

 「見て分かる通り、それは神についての調査結果だ。すでに相当数が討たれているが、そこに載っている神々――少なくとも種族の創造を行った神についてはある程度の傾向を調査してある。まあ、月詠種(ルナマナ)とその創造主のようにそもそも地上におらず調査のしようもない神も相当数存在しているが、少なくとも戦争の中心となっている三柱とその下に存在する種族については十分な情報を手に入れていると自負しているよ」

 「……龍精種(ドラゴニア)の不明と魔王を含めても十五体分しかないようだが」

 「君達人間に創造主は存在しないからな」

 

 さらっと吐かれた人間に神はいないという事実。人間達にとっては存在自体信じていなかったものの、改めてはっきりと告げられたそれに空気が重くなる。

 自身の発言が原因だけれども、それに対してさほど気にした様子も見せず、むしろ笑って両手を広げて見せる。

 

 「これは素晴らしい事だ。君達にとっては知らないが、少なくとも、我々にとって神を持たない種というのは気兼ねなく仲間に引き込める貴重を通り越して奇跡と言っても良い存在だ。しかも、それが我々と同様に戦争終結を見据えて行動できる意思強き者であるならば求めない理由などないだろう?」

 「質、問……いい?」

 「どうした、シュヴィ?」

 「機凱種……の、神……機凱種すら……知らない、情報……どうやって……特定した、の」

 「それは簡単な問いだな。創造された種族には創造者の色が必ず出る。種族特徴を突き詰めれば原型――アーキタイプたる神の輪郭が見えて来る。最強の神髄を持つアルトシュの天翼種(フリューゲル)は生物内で最強かは議論の余地があるだろうが強者として君臨しているし、例外を除き、妖魔種は魔王の元欲望や本能に従い生きている。同じように、機凱種の特徴から突き詰めて該当の神を探り出した。まあ、それで分かったのは記録に残らない程昔に消滅しているという事だけだがね」

 

 被造物たる機凱種が名を知らぬ時点である程度分かってはいたが、と妖魔は肩を竦める。その姿は飄々としており、話した内容が大したことではないような言い方をしているが、リクは直感で、機凱種の少女――シュヴィはリクの虚偽を見抜いたように、男の言葉が虚偽であると確信して、しかし追及するべきではないと判断して口を閉ざす。

 妖魔も二人の動きから見抜かれた事を察した上で追及を控えた事に微笑を浮かべつつも話を続ける。

 

 「さて、まあ、推論が合っているかといった諸々は後世に託すとして、我々は今あるものを見て判断するしかない。再度述べるが、我々異端者の最終目標はこのくだらない代理戦争の終結である。ただそれを成すためだけにこれまで力を蓄え続けてきた。そして機は熟し、我ら敗者(イティメノス)は再び舞台の上へと戻る。今度は創造主の忠実な下僕ではなく、反逆者(プロドティス)として。故に、我々は諸君を求めるのだ。我々を盤上にて最後まで踊り切らせる事のできる差し手(プレイヤー)である幽霊の長とその手足を」

 「ようするに、()()()使()()()()()()()()()()()って事だろう。同盟とか言っていた割に随分と上から目線な事だな」

 「ふむ。そう聞こえたならば失礼した。そのような事を思っているつもりはないのだがね。ただまあ、我らにおいて役割は役者と脚本家に別れる他ないだろう。少なくとも、他種族に働きかける必要がある場合において、諸君ら人間が表に立つよりも、我らが動いた方が往々にして上手く事が運ぶ筈だ」

 

 異端者には全ての種が揃っている訳ではないが、それでも過半の種に伝手があり、影響を及ぼす事ができる。盤上をどのように整えるとしても、外部から働きかけるのと内部の存在を直接動かすのではやれる事もその難易度も大きく違ってくる。

 

 「少なくとも、森精種、地精種(ドワーフ)巨人種(ギガント)吸血種(ダンピール)は動かすのも難しくはない。さすがに天翼種や龍精種は無理だが、他の種も伝手を使えばある程度動向を知れるし、誘導も可能なはずだ。先駆者が開発した道具を使えば、君達が動くにしても死亡率は大きく減じられる。どうかな、これだけのメリットがある。私としては是非手を組みたいと思っているのだが」

 「明らかにそちらの供出が大き過ぎる。それだけの力があるなら俺達の力なんて必要ないはずだ。なぜそこまで固執する」

 「諸君らが脅威だからだ」

 

 断言。そして妖魔は周囲を見回す。幽霊達を見る。彼らは一様に覚悟を持ち、自らの命も厭わぬ死兵である事が容易に分かる顔で圧倒的強者をジッと見ていた。いざとなれば、この場の全員の命を持ってしてでもリクとシュヴィを逃がそうと言うのだろう。二人がいれば、必ず再起できると信じているから。

 良い魂だ。一言呟き、リクとシュヴィ――英雄足る器を持つ少年とそれを支える機械仕掛けの乙女を見据える。

 

 「我ら異端者と諸君ら幽霊が手を結ぶ事なく戦争への介入を始めれば、それは必ず予期せぬ事態を招くだろう。片方が潰えるのみならばまだ良い方だ。最悪、世界を敵に回し共倒れになる事もあり得る。そうなってしまえばもはや戦争は止まらない。唯一神とやらを決める前に、星の命が潰えるだろう」

 「そうならないために滅ぼしておこう。そうは思わなかったのか?」

 「我らが望まぬ。我らは敗者だ。この世界に敗北した弱者だ。故にこそ我らと志を同じくしている存在を邪魔だからなどという理由で殺せば、我らの心は今度こそ折れるだろう。それになにより、共に歩むべき同胞(はらから)(いと)うような輩を仲間にした覚えはない」

 

 弱者を嫌って虐げる事を良しとするような輩が様々な種族が所属するような共同体で生活するなどできるはずがない。そんな事を強要するのは、同じ動物だからと肉食と草食の区別も無く同じ檻に入れるような暴挙だ。早々に草食動物が肉食動物に狩り尽されて終わりになる。

 まあもっとも、異端者の場合は生半可な肉食動物では逆に狩られるオチになるだろうが。

 

 「それに、戦争終結の方法は実質的に一つであり、またそれを成すためには必ずぶつかる世界最大と言って良い障害がある。決して避けられない事は君も分かっているだろう?」

 「……戦神アルトシュ、か」

 「そう。現状で戦争を終わらせるために、平和な世界をもたらすためには一時的にでも奴の神髄を剥離させ無力化する必要がある。が、奴の神髄は最強という概念であり、奴単体でも絶望的であるが、その前には天翼種が勢揃いしているはずだ。これが盤上の遊戯であったなら、即時降伏して勝負を投げるような話だな」

 「あんたらが難儀するような相手に俺達人間如きが何かできるとは思えないな。他のどの種族であろうと、俺達が勝てるような見込みは無いだろう。それなのに現状で最強の勢力に対して何かできる訳がない」

 「単純に天翼種を討つだけならば我々だけでも可能であるという事だけは主張しておこう。ただ、その場合確実に我々は壊滅的な打撃を受け、組織自体の存続も危ぶまれる状況になる。それに、一種族を滅ぼしておいて平和を(うた)うような輩は信用できないだろう。我々が求めるのは、もっと誇れるような、胸を張って死ねるような一勝だ。敗け続けた我々が、今までの敗北はこの一勝のためにあったと言えるような勝利が欲しいのだよ」

 

 苦笑を浮かべつつもそう言った妖魔は目を瞑る。その脳裏に過ぎるのは、無様にも驕りと自信をはき違えていた己が敗北し地に這う事になったあの日から、出会い、別れ、失って来たモノ達だ。今の自身を形作る、かけがえのない、しかし二度と戻ってこない全てに報いるために、全てを費やし、今では背に重過ぎるほどの荷物を背負っている。

 昔の自分が今の姿を見たならば(あざけ)り笑うか罵るか。一つだけ言えるのは、そんな自分よりも今の自分の方が確実に強いという事だ。それは戦闘力の話だけではなく、己を構成するすべてにおいて、だ。

 守るものがある。背負う物がある。ただの強者には無い、にじみ出るような重み――覚悟に、囲む人間達の誰かが唾を呑む。リクも、己と似た背負う者の姿に知れず引き込まれるような錯覚を覚えた。

 

 「……私は、君達とならばそれが得られると思っている。己が力に自信を持ち、それを未だ手放せない愚か者には見つけられない最高の答えを、君達とならば、見つけて、掴めると。そう期待しているのだ。どうか、この愚かな敗北者に力を貸して欲しい」

 

 言って、深々と頭を下げる。そこにはまるで山が動くような重みがあり、ここにいるのは全員が家族のために命を捧げる覚悟を持った強き者であるにも関わらず、中には無意識に一歩下がってしまった者もいた。

 それを正面から受けたリクは僅かに目元を開いたものの、表面上動揺を見せる事も無く、ただ僅かな間だけ目を瞑り、下げられた頭を種火のような、しかしどんな炎よりも熱が垣間見える瞳で見つめる。背骨を掴まれるような嫌な緊張が漂うが、断ち切ったのはリクの言葉だった。

 

 「そちらの考えは分かった。このクソッタレな世界で足掻いてきたんだという事は十分に伝わったよ。だから、これで最後だ。最後にもう一つ聞かせてくれ」

 「私に答えられる事ならば、いくらでも答えよう」

 「じゃあ遠慮なく聞こう。あんたらと手を組んで、アルトシュを出し抜いて、戦争を終わらせて、あんたはその先に何を見る?」

 

 終わるとは思えない戦争を終わらせると決意した男の問いは簡潔だった。簡潔で簡単で、しかしだからこそ、意思を持たない者には決して答えられない、終わりの見えない世界で終わりの後を問う声。きっと、今も戦争に(いそ)しんでいる神の下僕(愚か者)が聞けば「神の元に敵を駆逐し我々が繁栄する」と鼻で笑って答えるだろう。

 それに対し、敗者であり背信者である男の答えは強烈に単純だった。

 

 「子どもが笑って遊べる世界。失わない世界」

 

 視線が交わる。戦争を終わらせたい、なんて不確かな意思ではない。終わらせると決めたヒトの意思が二つ。正面からぶつかり、交わり、熱を伝える。それはどんな炎よりも熱く身を焦がす願い(渇望)だ。

 そんな極限の望みを、夢を持つ者達が出会ったのだ。それが突然の出会いで警戒する心があったとしても、この結末へ落ち着くのは一つの必然だったのかもしれない。

 

 「幽霊達の長、リクだ」

 「異端者の首領、アドウェルサという」

 

 共に世界に戦いを挑む者達を率いる二人が固く握手を交わす。世界という名を持つ敵の強大さは承知の上で、だからこそ握った手の頼もしさに揃って笑みを(こぼ)し、その姿は戦士たちの覚悟に希望の灯を灯す。

 歴史書には決して記されない同盟はここに成り、幽霊(弱者)異端者(敗者)は〝祈る者(prayer)〟である事をやめ〝挑む者(player)〟として世界に臨む。そんな彼らがどのような道を歩み、どのような結末を迎えたか。それは今はまだ神すらも知らない。

 ただ一つ確定している事は、彼らは間違いなく〝世界〟を動かす。それだけだ。

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