ノーハッピーノーエンド   作:神榛 紡

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第一話の誤字報告いただきました。雑種犬様、この場を借りてお礼申し上げます


インテンス・トレント

 「――おやぁ? どちらへ行かれるので?」

 

 『一方通行(ウィン・ヴィーク)』が開き、閉じる刹那にも満たない僅かな間隙。並の生物では知覚すらできない隙を逃す事も無く、砕けた空間を素手でこじ開けるという暴挙に及んで成功させる。普通は想像すらしない方法を思い付き、即時実行して成し遂げた化け物を()()()()、口の端が否応にも上がる。

 仲間が、友人が死に追いかけられている現状を正しく認識していてなお、歓喜が抑えきれない。

 

 「よう。随分と楽しそうだな、【天翼種(フリューゲル)】」

 

 さして声を大にして叫んだ訳でも無い。だが、奴との距離はさほど大きい訳でも無く、また、生物がほとんど存在せず、風も無いここにあっては十分届く。

 おそらくは目の前で動きを止めた【機凱種(エクスマキナ)】の少女――シュヴィを害そうとしていただろう右手の動きを止め、心底不思議そうな顔でこちらを見て来る。まるで虫を甚振って遊んでいたら小鳥に襲撃を受けたような、純粋な疑問の表情。そこに既知の相手を見る色は無い。

 それでいい、と内心で嗤う。

 

 「――なぜ、【妖魔種(デモニア)】が機凱種を庇うのでしょうか。はて、私の知らない間に妖魔種は機凱種に劣情を抱いて執着するような生き物へと愉快な大変身を遂げた、という訳でもなさそうですが」

 「なに、別段そこの機凱種に用は無く、ただ貴様に対し私怨があるというだけの事。貴様がそれを狩る事にしたというのなら、無条件に邪魔してやろうと思う程度には、な」

 「つまり――敵、という事でございますね?」

 

 半ば嘘で半ば真実の理由を掲げて見下すような顔をしてやれば、イラついた、という文字が見えそうなほど分かりやすい顔をした天翼種最終番個体『ジブリール』がまるでジャブのように放った天撃に似た、しかし圧倒的に威力の劣る一撃を裏拳で弾く。

 皮膚が僅かに削れたことから、それなりに力を込めていた事を理解しつつ、()()を返す。

 それはただ早く拳を振るうことで空気そのものを殴りつけるというそれだけの事。だが、普通なら水を叩いた時の波紋のように拡散して、相手に届く頃にはそよ風程度にしかならないものを攻撃として成り立たせるためには相応の威力と速度が、そして空気を伝うそれを収束させる技量が必要になる。

 結果生まれるのはこの世界の多くの生物が感知困難な空気の弾丸。それは油断していたのだろうジブリールの顔を直撃し、確かにのけ反らせた。

 五感を悉く狂わせる霧を吐く個体もいれば、触れた空気すら腐敗させる個体も存在する妖魔種の中で、私のこれはオークやゴブリン達と変わらない、ただの暴力でしかない。

 だが、だからこそ私は今ここに立っていて、奴にこぶしを届かせることができる。

 

 「どうだ。空気を叩いて空気で相手を叩く。中々面白い攻撃だろう? 小うるさい鳥を落とすのに丁度良いと思わないか?」

 「…………青豚風情が少し芸を覚えた程度で随分と付け上がったようで。そんなに芸を披露するのが好きなのでしたら、私からも一つ芸を仕込んで差し上げましょう。死に芸など、なかなかお似合いだと思いますよ?」

 「ははは」

 「ふふふ」

 

 

 ズドン

 

 

 対峙していた間の中空。足場が無く力を込めにくい事などまるで関係ないと言わんばかりにソニックブームすら伴う一撃をまるで開始のゴングかのように交わし、反動で軽く百メートル以上後退する。

 せいぜい数歩で埋まる距離。しかし十分な距離を天翼種らしい純粋なエネルギーの塊が飛来する。その数目測でおよそ十。

 天翼種と相対しているなら控えめな、しかし一体だけである事を考えると(いささ)か多い攻撃ではあるが、ジブリールという個体を相手にしているならばこの程度は相手の反応を引き出すための探りだろう。直撃すれば【森精種(エルフ)】や【地精種(ドワーフ)】の戦艦が一発で落ちそうな豪華極まる探りだが。

 それでも相対する己の能力を客観的に判断するのならば進路の妨害以上の意味はない。軽く回避し次の攻撃に備える眼前に、白光。それが天撃である事を頭が理解するよりも早く、経験が答えを下す。

 全力で肉体を強化。未だ戦闘後に機凱種シュヴィの首を獲ろうなどと考えているのか、全力ではない天撃であるならば突破は可能であり、装備の損失を考慮しても奴の首が取れるなら安い。

 天撃を抜けたならば、そこには狩るべき獲物の驚いた顔が――ない。

 

 「――沈みなさい、【魔人】」

 「天翼種が術式だと!?」

 

 上空から掛けられた声、そして周囲を囲う魔法陣の檻を見て即座に行使者を理解し、しかし絶対的な強者である天翼種が相対的弱者(エルフ)の術式を使うという受け入れ難い事実を前に驚愕を抑えきれなかった。

 かつて魔王の元で敗北し、弱者である事を自覚したが故に手を伸ばした創意工夫。道具を作り、技術を磨き、知識を学んだ事で確実に強くなった。元より力がある者が弱者の知恵で武装すればどうなるかは己が証明したとも言える。言えるが、最強の神が作り上げた世界屈指の強者たる種がさらなる力を求めて弱者の築き上げた〝知識(武器)〟に手を伸ばすなど、一体どんな悪夢だろうか。

 自身を囲みこの身を焼く術式そのものはまだ拙く、種としての圧倒的な行使能力が攻撃として成り立たせているに過ぎないこれがこのまま洗練されたら。森精種ほどとはいかずとも、高度な術式を行使するようになったなら。

 悪寒と共に確信する。戦闘の始まりこそ同朋の救助が目的であったが、この『悪夢』は今ここで命に代えても滅ぼさなければならない。そうしなければ、間もなく用意の整う最後にして最大の計画を妨害する最悪の壁として立ち塞がる事になる。

  

 「さすがと言うべきでしょうか。かつて【魔王】が己が手足として創造したという四人の特別な妖魔種の一人。魔人アドウェルサ。かなり以前に『聡龍』レギンレイヴに襲撃を仕掛けて死亡したという話でしたが、ここにいるという事はしぶとく生き残っていたということでございますね」

 「天翼種は首を狩る以外に興味も示さない輩ばかりと思っていたが、随分と勤勉な事だ」

 「確かにアズリール先輩などはいわゆるおバカ、というやつでございますが、創造されてから一切進歩することもなく、ろくに文化も持たない妖魔種に言われるのは大変心外でございます」

 「大半の妖魔種が動物よりマシな程度の生活しかしていないのは認めるが、他の連中からすれば首を飾って喜ぶお前らも五十歩百歩だろう。どっちも言葉にすればただの蛮族だ」

 

 外套に編み込まれた防御術式を頼りに力技で檻から抜け出したが、天撃に加えてこれほどの攻撃に耐えてくれた外套も限界で、しかしそんな攻撃をしたジブリールには未だ余裕がありありと見える。

 本当に、この天翼種は調査班の報告よりも遥かに極悪だ。普段より集団から離れてフラフラと動向が図れない上に【龍精種(ドラゴニア)】のような格上を相手に単独で勝利するという異常な戦果を挙げるイレギュラーであったが、強くなる事に対する姿勢が明らかに他の天翼種とは違う。

 以前壊滅したエルフの都に関して書籍の大半が持ち去られている件について疑義を申す報告が上がっていたが、持ち去ったのはおそらくこいつだ。壊滅した理由はエルフとドワーフの戦闘に巻き込まれたこいつによる報復という調査結果であったが、それも疑わしい。初めからエルフの技術が目的だったのではないか。そうでもなければ、わざわざ戦闘中だったエルフの首都上空をうろつき、無防備に結界へ衝突したまぬけという事になる。

 今も会話をする事で僅かな消耗であっても回復し万全を期してこちらを葬ろうと考える怪物がそのような愚を犯すとはとても思えない。

 

 「――服を着た程度で狩猟は野蛮などと文化人気取りとは。笑いを取って慈悲でも願うおつもりでございますか?」

 「飾る首だけ切り落とし他を捨て置くような殺戮を生きるために行う狩猟と同列に語る辺り、さすが戦神アルトシュの殺戮人形と感心するべきか所詮生物の真似をする人型かと呆れるべきか非常に悩むところだな」

 

 アルトシュが何を思い天翼種を創ったのかは知らないが、少なくとも通常の天翼種は他の創造された種族と違ってアルトシュの魔法という側面を持つが故か、戦神アルトシュという存在が全ての行動の最上位に置かれていて非常に合理的に行動する。例えば、他の種族には創造主に対して必ずしも忠誠を誓っている訳ではないが、天翼種に造反を企てるような個体は決して出ない。

 自我があり確かにそこに存在しているが、魔法であるという事もまた確かな事実なのだ。戦争のための兵士として創られて、戦場での判断の為に自我を与えられた事で戦闘以外に興味が向けられない歪みとなった結果が首狩りという文化に繋がったのではないかというのが解析班の仮説だったか。

 おそらく間違いではないだろうとは思っていたが、こと最終番個体(ジブリール)に限っては当てはまりそうにはない。現実の問題として、これまで収集した情報を元に考えられた対天翼種の戦闘時における行動シミュレーションは役に立つようで立たないだろう。

 今だって、他の天翼種ならばこんな長い間一部の隙も無く格下を警戒し続けるなどという事はしないが、ジブリールは間違いなくこちらを警戒して隙を見せないように気を張り巡らせている。

 このまま戦えば確実に長期戦となり、消耗の果てにこちらが殺されるだろう。一人なら(・・・・)、だが。

 

 「狩猟が食糧調達にしか結びつかないとは、発想が貧困でございますね。服を着て文化人を気取ったところで、頭の中身は所詮獣に毛が生えた程度という事でございましょう。……さて、逃した機凱種の代わりとして、その首をそろそろ頂戴致しましょう」

 「はっ。貴様に取れるというなら、いくらでも取っていくといいさ。取れるなら、な」

 「この数の術式群を前に虚勢を張れる気勢だけは評価して差し上げますが、この私が時間を掛けてまで万全を期したのです。もはや覆しようもなく終わりでございますから、首が駄目にならないよう、私の為にせいぜい守ってくださいませ。『億千なる光雨(ツァールロス・シュトラール・レーゲングス)』」

 

 天撃程とは言わずとも、外套が万全だったとしても一撃で瀕死(ひんし)に至る、あるいは死亡するだろう光の槍を、遥か昔あったという雨の如く降り注がせる魔法陣。空を埋め尽くすほど巨大なそれから数えるのが馬鹿らしくなるほど無数の槍が降り注ぐ、その瞬間――

 

 極大の閃光がジブリールを貫いた

 

 そのタイミングで懐に隠していた霊装を起動。組み込まれた転移術式が光槍の雨の範囲外、後方で待機していた部隊が設置していた対となる霊装の位置へと移動する。

 直後、全力で退避しても間に合わないほどの範囲を埋め尽くす光槍の雨が大地を穿ち、死の灰を巻き上げて眼前を地獄絵図へと変えた。一人で挑んでいたのならば塵も残らなかったであろう分厚い攻撃の壁を前に、あの程度で死ぬことは無いという確信を抱きつつ、部隊から回復薬を受け取って一気に飲み干すと外套を投げ捨てて指示を出した。

 

 「私の『鎧』と『剣』を置いたら班ごとに散開し、存在の隠ぺいを優先に置き援護せよ。ただし他の天翼族が現れたなら即時撤退だ。その場合、同士シュヴィの生命を最優先、私が死亡あるいは参戦不能となった場合は取り決め通り同士リクの指揮に従うように」

 「……御武運を」

 「死ぬ気は無い。が、最低限決戦にアレを参戦させないためならば無理も無謀も押し通す必要がある。そのために必要な掛け金が俺の命一つで良いならば安い賭けだ」

 

 普段から最前線へ出る私の代わりに部隊をまとめている右腕が僅かな逡巡の後、隠ぺいを放棄して戦闘するためだけに作られた専用の鎧と剣を特殊な空間収納から取り出して他の仲間たちと共に去っていく。

 ここからは第二回戦にして、ようやく本当の意味での殺し合いが始まる。

 鎧を身に纏い、剣を担ぎ上げながら先ほどまで立っていた地点――光の雨が巻きあげた土埃の中を透視するかのようにジッと睥睨する。

 

 「今ので死んでくれていたのならば、これほど楽な話はなかったのだがな」

 「……素直に驚きました。虫けらどもも群れれば多少は害を成すとは知りませんでしたよ」

 「虫か……神々(造物主)からすれば私も虫も変わらないのだろう。無論、その虫に殺されるお前も、だが」

 

 しかし、それでも……否――だからこそ、その地を這う虫けら(ヒト)こそがこの終わらない地獄を終わらせられるのだ。

 その時の敗者(神々)の顔を想像すれば、いずれ無為に散っただろう己の命が今まさに潰えようとしているこの瞬間すら素晴らしい時間に思えてくる。

 ああ、そうだ。私は、いや、我々は今までの雌伏を捨て去り表舞台に立つに足る大将()を得たのだ。彼らのためならば、目の前の悪夢を墜とすくらいはして見せようと思えるほどの素晴らしい友人たちだ。

 

 「改めて名乗ろうか。我が名は魔人アドヴェルザ。須らく握る者アドヴェルザだ。貴様の命をここで握り潰し世界に還す者の名を覚えて散れ」

 「虚言癖もここまで来れば大したものでございますね。付き合う義理もございませんが、慈悲の一つくらいはかけて差し上げるべきでしょう。最終番個体(クローズド・ナンバー)ジブリールでございます。覚える必要などございません。あなたの首はリーヒェンゲルテの隣に飾って差し上げます。……泣いて喜びその首を差し出すところでございますよ?」

 「抜かせ。今日ここで落ちるのは貴様の首だ。そして今まで貴様らが捨て置いた(むくろ)と同じく朽ちていけ」

 

 無駄口を交わす間に充填した精霊によって鎧が(ほの)かに光る。駆動に十分な精霊が集まった証拠だが、同時に目の前の敵(ジブリール)が先ほどの天撃や術式での消耗を回復した事も感じ取れた。

 

 沈黙は一瞬。

 

 鎧に溜め込んだ精霊を消費して一気に距離を詰め、真正面から振り下ろす。言葉にすればそれだけだが、鎧抜きには不可能な速度は空気を破砕して華奢な体を両断せんと迫る。

 例え剣を防ごうが躱そうが、刃を追うように叩きつけられる風の鎚が粉砕する二段構え。振るう事を許せば例え天翼種だろうが地へ墜とす初撃の鉄鎚。されども刃の先、死が目前にありながらも余裕の微笑みを浮かべる怪物の姿に悪寒が走る。

 剣が触れるまであと僅かの距離。最も勢いが乗って何をしようが防ぐことなんてできないはずの、今までで最も鋭い一撃から伝わってくる――否、何も伝わってこない絶望。

 まるで水を裂いたかのような、当たってるはずなのにするりと抜ける感覚は、そのまま自らの命が流れ落ちるかのような錯覚を覚える。

 

 敵は斬れず、死を湛えた手が自らの首を消し飛ばさんと伸びる。

 

 胸、右肩、左足。術式が輝き、視界が滑り死が遠のく。

 さらに左肩、背、右腕の術式を起動して剣に走る術式と連動させて速度を反転。この世の摂理に逆らい伸びた腕を斬り飛ばしにかかる。

 刹那、零れ落ちた天撃の欠片が槍のように振るう剣を薙ぎ払った。

 腰と両脚裏の術式を起動。腰を起点に薙ぎ払われた剣の勢いすら利用してさらに加速した蹴撃(しゅうげき)。ようやく一撃を叩き込むと共に、流れるように放たれていた天撃と(おぼ)しき一撃を掠めるように回避する。

 溜めのない天撃など何十発でも撃てる様子見のような物であるし、一撃入れたと言えども天翼種は存在そのものに防御の術式が組み込まれている。せいぜい歩いていて壁にぶつかった程度のダメージなのは間違いない。

 それでもチャンスには違いない。剣の中心に走る術式に精霊を注ぎ込み、輝く切っ先をジブリールへと向ける。地精種の用意した(うつわ)に森精種と妖精種が思う様に術式を刻んだ切り札。その一つを叩きつける。

 

 【愚者潰滅の大岩(イムブルスス・メテオリット)

 

 詳しい原理までは知らないが、振り下ろされる剣を避けぬ愚者を跡形もなく引き潰し巨大なクレーターを作り上げる凶悪かつ使い勝手の良い、当たりさえすれば幻想種(ファンタズマ)にすら致命傷を与える事が可能という一撃。

 当然相応に精霊を消費するが、この機を逃せばじわじわと追い詰められるだけだ。

 地に向けて蹴り飛ばした奴を追い、地面に叩きつけられた直後を狙って叩きつけると、何を砕いたかも知れぬ強烈な手ごたえと吹き飛ぶ土石が鎧を叩いて術式の確かな発動を伝えて来る。

 精霊の急激な消費に鎧に引かれた精霊回廊が点滅し残量の低下を示してくるが、そんな事よりも殺せたか否かを確かめるために身を焦がすような衝動に急かされるがまま大剣の腹で土煙を振り払った。

 果たして、本能的なそれに従ったのは正しかったのか否か。

 目に入る何もない地面。それを目に入れる間もなく見上げた空の先。血濡れた悪鬼がそこにいた。

 削げた頬、だらりと下がる片腕に(ひしゃ)げた片翼。確実に戦闘力を削がれているはずであるにも関わらず、先ほどまで相対していた時よりも遥かに強い死の気配を本能が伝えて来る。急速に失われた精霊を補充する鎧の駆動音がまるで空気が圧で軋んでいるかのように錯覚させる。

 輝きが、死が、降ってくる。

 

 天撃(てんげき)

 

最強(アルトシュ)種族(まほう)、その中の特別が放つ最強の切り札。その正体はただひたすらに高エネルギーの砲撃であるが、ただそれだけで様々な種族の首を狩ってきたそれは龍精種(ドラゴニア)でもなければ文字通り塵も残らない文字通りの一撃必殺である。

 ――だからこそ、この鎧(切り札)はそれすら超えられるように創られた。

 

 掲げた剣を起点に森精種が刻んだ防御結界を発動する。軋みながらも耐える八重(やえ)の花を見上げて、これを作り上げた彼女が「これで私も八重術者(オクタ・キャスター)ね」と冗談めかして言っていた事を思い出す。

 そんな花を支えるように鎧の胸部から伸びる茎は妖精たちの力作だ。「花一つじゃオシャレじゃないわ」と言ってわいわいと作り上げたそれは結界が受け止めた攻撃からエネルギーを吸収して枝分かれした先の花を咲かせる。

 そうして吸収したエネルギーは胸部に嵌められた地精種力作の宝石細工が鎧へと還元し、結界へとさらなる力を与える。

 

 「三種族が技術の粋を集めて作り上げた至高の盾。例え天が落ちて来ようとも砕ける道理などありはしようか!」

 

 永遠に続くかのように思えた奔流が衰える。死の遠ざかる気配を感じた。

 弱者(我々)が天翼種を殺すために必須と判断した条件は三つ。その内一つは殺害対象個体の天撃行使、あるいはアルトシュの『神撃』への天撃の提供。相手の動向に依るような最も難度の高い条件が、たった今満たされた。

 残り二つの内『天翼種を殺し得る攻撃手段』は仲間たちが形にしてくれた。そして『天翼種を相手に戦闘が可能な個体』は不肖ながら魔王が傑作の一つとして生み出した四天王の一人、この私がいる。

 そしてこれまでの戦闘で幸運にも片翼と片腕は奪った。純然たる事実として、天翼種であってもこの状況であれば勝利は覆らないだろう。

 

 ……そう。相手にしているのがジブリール(最大のイレギュラー)()()()()()()()

 

 勝利を掴むために見上げた先、著しい消耗により能力が低下しているはずの敵。爛々と闘志を滾らせてこちらを見据えたその手に輝くのは、先ほどと変わらない、見紛う事なき天撃の輝き。

 遠ざかったはずの死が、また再び前に立っていた。

 

 「バカな。天撃は個体の能力全てを(なげう)つ文字通りの一撃必殺のはず」

 「二撃目はない、などと誰が申しましたか? とはいえここまでさせたのは賞賛に値いたします。敬意を持って滅ぼさせていただきましょう」

 「いいだろう。一度も二度も同じ事。全て切り裂き私の髄を持って貴様を穿とう」

 

 鎧の相殺機構は一度発動すれば術式に深刻なダメージが入るため二度は使えない。だが幸いにして天撃の相殺によって余ったエネルギーが鎧に充填された。

 それでもって、本来であれば幻想種(ファンタズマ)神霊種(オールドデウス)を殺すための切り札を切る。

 鎧に搭載した〝全て〟の術式回路を焼き切り、鎧そのもの半壊は確実で、それを放つ剣に至っては塵と化す文字通り一撃必殺。これで殺せねば死ぬしかない。だが、であるからこそ、天撃を正面から打ち破り、ヤツ(ジブリール)を殺せる可能性がある。

 

 墜界(ムンドゥス・プロフォンドゥム)

 【弐の撃、でございます】

 

 二度目の激突。鎧に走る回路の熱で体が焼け、激痛と共に肉の焼ける匂いが鼻を突く。放たれる剛撃の反動で妖魔種の中でもトップクラスに頑丈なはずの体が限界を訴えるかのように軋みを上げる。

 自ら放った攻撃の反動だけで致命傷を負いそうになりながらも、剣を振り上げた腕は下げず、自らの行く末を決める激突を睨みつける。

 先ほどは耐えるために命を懸けた天撃、それに対してこちらの一撃は一回り以上小さいものの、それは収束率の違いによるもので、より圧縮された攻撃は天撃の壁に阻まれながらも、少しずつ、少しずつ押し込んでいる。

 姿こそ見えないが、天撃が続いている以上その先にジブリールがいるはずで、このままいけばこちらの肉体が限界を迎えるよりも先に討ち取れるはずだ。

 現時点での消耗と負傷を鑑みれば近くある決戦への参加はできないだろうが、重要な駒を一つ落とせるのであれば、少し強い程度の駒が落ちるだけ許容範囲だろう。彼が掲げる不殺の誓いは破る事になる事は申し訳なく思うが、彼らと私たちは別勢力だ。屁理屈であるが、納得してもらうしかないだろうな。

 

 敵を前に終わった後を思う。そんな油断が悪かったのだろうか。

 あるいは幻聴かもしれないが、私の耳に(ジブリール)の声が届いた気がした。

 

 「ああ、認めましょう。あなた(アドヴェルザ)はかの龍に匹敵する敵でございました」

 

 もはや状況はただの力比べ。それで僅かでも勝っている以上はただ反動で崩れぬように耐えるだけの、決着が訪れるまでのほんの僅かな空白があるだけ。そのはずだ。

 

 なら、目の前で一瞬にして覆ったこれはなんだ?

 

 先ほどまでこちらが上回っていた激突が、これまでが冗談だったかのように圧の膨れた天撃によって押し返される。まるで質の悪い夢のような、先ほどまでの攻防は手加減していたとでも言いたげな圧倒的な一撃が迫って来る。

 幻想種や神霊種をも殺すと豪語した一撃がまるで落ちて来る大岩に水を掛けるがごとく散らされ、死ぬまでの時間を微かに伸ばす事しかできていない。

 

 ああ、死に呑まれる――

 

 「後は任せたぞ、リク、シュビィ――」

 

 ■■■

 

 絶大な力のぶつかり合い。その結果巻き上がった粉塵が風と共に散り、勝者と敗者を晴れぬ空の下にさらけ出す。

 肉体も残らず、身に着けていた鎧であったひしゃげた鉄塊だけが残る敗者の前に、龍を滅ぼした〝参〟撃を放ち、されど前回と違って倒れる事なく立つジブリール(勝者)は荒い息を整えながらも縮んだ身でその残骸を検分する。

 

 「()()()()()()()()。ほぼ潰れていて確証はありませんが、空気中の痕跡と合わせて転移でほぼ間違いないでしょう。使い手は妖魔種、刻まれた文字は森精種、されどアレが使っていた技を見るにそれだけではございませんね」

 

 残された痕跡から状況を正確に読み取りながらも自らの状態故に追撃を断念する。

 明らかに複数種族の技術が使われた武具を行使する妖魔種。その存在は脅威だが、鎧に残る痕跡から重傷を負わせたのは間違いなく、武具も失われたのであれば、再び同じだけの力を振るうには私が復帰するのと同じか、それ以上の時間が掛かるだろう。

 

 「複数種族が手を結んだのかとも考えましたが、もしそうであれば私は後続の兵に殺されて生きていないでしょうからないと考えます。が、少なくともそれをするだけの技術を持つ者が妖魔種に囚われている、と考えるべきでございましょう」

 

 ただひたすらその身一つで暴れる連中が、道具を使う事を覚え、餌として喰らう事しかしなかった他種族を捕らえてその技術を利用するようになった。そう考えるのが一番しっくり来るし、それだけでも脅威であるが、実際相対した身として、その説はどうにもしっくり来なかった。

 しばらく鉄塊の前に佇み考えたが、ついぞ答えには思い至らず、妖魔種の脅威度が上がった可能性がある、との結論に落ち着けて翼を広げる。

 

 「――危険なのは間違いございませんが、こちらから動くことは難しくございますね。せめてアズリール先輩に報告はいたしますが、期待薄、でございますねぇ」

 

 首も得られず割に合わのぉございました、と愚痴をこぼし、飛び立った。

 帰ったらきっと離してもらえないでございますね、と嫌な未来に確信を抱きつつも、ちらりと振り返る。

 早くも霊骸に埋もれようとしている残骸の鈍い輝きが、ジブリールには嫌に目に付いた気がした。




なんか書いてたらジブリールが原作の1.5倍くらい強くなっちゃった
結果的に原作と同じ期間は戦場から退場させられたしいいよね(*'ω'*)
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