AS オートマティック・ストラトス   作:嘴広鴻

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第10話 愉悦部

 

 

 

 IS学園アリーナ。

 普段は生徒たちがISの技術を磨く鍛錬の場は、今となっては戦場跡地のような有様となっていた。

 

 アリーナに見える人影は2人分。

 1人は地に倒れ伏し、もう1人は肩で大きく息をしながらも自らの足で立っていた。

 

 しかし倒れている人間と立っている人間と言っても、その2人の顔色はお互いに逆であるべきはずだった。

 倒れ伏している男のISには傷一つなく、顔色もただ眠っているかのよう見える健康そうな顔色。

 その反対に自らの足で立っている女のISは全身傷だらけで、血の気の引いた顔色は元から白い肌を更に白に際立たせている。

 

 2人とも倒れ伏していたとするなら誰もが勝者と敗者は逆だと思うだろうが、あいにく勝ったのは傷だらけで立っていた少女だった。

 

 

「……勝てた」

 

 

 勝てた。確かに勝てた。

 倒れているのが織斑一夏であって更識刀奈(わたし)でない以上、勝者は更識刀奈(わたし)であるはずだ。

 

 例え機体性能が織斑一夏の方が上だったとしても。

 例え機体ダメージが織斑一夏の方が小さかったとしても。

 例えシールドエネルギーが織斑一夏の方が多く残っていたとしても。

 例え自分の身体がもう指一本すら動かせないほどに疲労困憊していたとしても。

 例えあと10秒でも戦いが続いていたら負けていたとしても。

 

 

 例え昼食に仕込んでおいた遅行性睡眠薬の効果が発揮したのだとしても。

 

 

 立っているのが更識刀奈(わたし)である以上、勝者は更識刀奈(わたし)であるはずだ。

 

 

「これで簪ちゃんは大丈夫……」

 

 

 戦う前に彼女は織斑一夏と約束事を交わした。

 “負けた方が勝った方の命令を一度だけ聞く”という約束事を。

 これを持って彼女は織斑一夏が妹を泣かせることのないよう、織斑一夏に縛りをつけることを画策していた。

(例:泣か()たら駄目だし、泣か()ても駄目)

 

 彼女だってIS学園最強の代名詞である生徒会長。

 ISの操縦技術はそんじょそこらの代表候補生程度には負けないし、それこそIS学園内では教師を含めてもブリュンヒルデぐらいにしか負けはしないとは思っている。

 

 しかしその織斑一夏相手に勝つということ自体が至難なことだった。

 まあ、彼女が負けたとしても、織斑一夏はどうせ大きいことは言ってこないのは確信していたので、勝つまで何度でもやるつもりだったので負けるのは別に構わない。

 しかし戦いをするにはISが必要であり、さすがに“霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)”が壊れたら戦いを受け付けてくれなくなるので、やはり一試合目で決める必要があった。

 

 

 問題は織斑一夏の機体、白式・ベルセルクル。

 

 白式単体だったら問題なく勝てるだろう。

 零落白夜という尖った能力を持っていて、白兵戦に限っては己と同等かもしくは僅差で上の実力を持っているのは厄介だが、白式には遠距離武器がない。

 機動力は“霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)”より高いとはいえ、それほど極端な差があるわけではない。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)から零落白夜の一撃には注意する必要があるが、逆に言えばそれ以外に注意するものはない。

 これならばガトリングガンや清き熱情(クリア・パッション)を主にして戦えば、彼を近寄らせずに封殺することも可能はずだ。

 

 しかしベルセルクルがそれを覆す。

 ベルセルクルを増設するとシールドエネルギー量が約4倍になるので、多少の被弾は気にせずに、しかもスラスターの増設によって瞬間的な機動力が倍以上にアップした状態で突撃してくる。

 これでは封殺することは難しく、封殺が出来ないということは零落白夜での一撃を喰らう可能性が非常に高まるということだ。

 

 正直、勝つのは難しい……いや、ないと見るべきだろう。

 希望的観測に基づいて行動することほど危険なことはない。

 

 まともにしても勝ち目はない。

 ならまともにやらずに勝つしかないじゃないか!

 

 

「虚ちゃんに無理言って用意してもらっただけはあるわね」

 

 

 何せあの警戒心が高い織斑一夏に最後まで気づかれずに騙し通せたのだから。おそらく彼は意識を失う最後の瞬間まで、自分の身に何が起こったのかわからなかっただろう。

 しかし効き始めてから完全に意識を失うまでの時間が想定よりも長かったのが唯一の誤算だった。

 薬が効き始めた頃には何か不審な気配を感じ取ったらしく、彼が意識を失うまでの間にいつにもなく暴れまくったせいで“霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)”は大破寸前。

 アリーナもあちらこちらに斬撃の跡が付いたり、織斑一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)ミスって地面に穴が開いたり溝が出来てしまう有様となってしまった。……後片付けは自分一人でしなきゃいけないのに。

 

 

「……それにしても雪片弐型(改)と雪片偽型の二刀流って何なのよ」

 

 

 相も変わらず嫌らしい手を使ってくる男だった。

 右手に持った本物を警戒している間に、左手に持った光るだけの偽物でボッコボコに殴られた。

 しかもたまに戦闘中なのに公開登録武器名を逆にしてビックリさせてくるし。

 ……いや、本当に一番最初は焦ったわ、アレ。自分の思い違いかと思ったし。

 

 大型ランスの蒼流旋は本物が振られたときの警戒のためにろくに使えなかったので、もう織斑一夏の成すがままに殴られ続けるしかなかった。

 清き熱情(クリア・パッション)瞬時加速(イグニッション・ブースト)で逃げられるし、こちらも瞬時加速(イグニッション・ブースト)で逃げようとしてもすぐに追いつかれる。

 “霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)”最大の火力を誇るミストルテインの槍使おうにも、これもどうせ瞬時加速(イグニッション・ブースト)逃げられるだろうし、何よりシールドエネルギーの量からしたら使っても耐えきられてしまう。

 

 睡眠薬の効果が発揮し始めるのがあと10秒遅かったら、倒れ伏しているのは彼女の方になっていただろう。

 

 だが彼女は勝った。

 まともでない手を使ったとはいえ、全身全霊を持って織斑一夏に打ち勝ったのだ。

 

 

 

「……お姉、ちゃん?」

 

 

 

 だが全身全霊を持って力を出し尽くしたからこそ、荒れ果てたアリーナの中に足を踏み入れたばかりの新たな来訪者が、彼女の背後からその懐かしくも愛おしい声で呼びかけるまで、彼女は気付くことが出来なかった。

 後ろを振り返って最愛の妹の顔を見ても、何故その最愛の妹がここにいるのかを呑み込めなかった。

 布仏本音に足止めを依頼し、今頃食堂かどこかで楽しくお茶をしているはずの妹がここにいる。ここにいて、その視線の先には織斑一夏を捉えている。

 

 どうして? どうしてここにいるの? どうしてここに来たの?

 どうして? どうして私を見ないの? どうして一夏君を見るの?

 

 

 

「簪、ちゃん……私は……」

 

 

 

 誤解される。また誤解される。

 水着エプロンみたいに誤解じゃないけど誤解される。だから何か言わなくちゃ。

 織斑一夏みたいに『裸エプロン先輩じゃなくて水着エプロン先輩の間違いだったわ』というフォローになっていないフォローではなく、何故自分がこんなことをしたのか言わなくちゃ。

 

 だけど妹の無表情さに。声が出ない。

 いつもの何かをこらえて感情を隠し切れない結果としての無表情じゃない。本当の意味での無表情さを前にしたら声が出ない。

 こんな顔で妹が自分を見るなんて思ってもいなかった。

 

 そんな混乱している彼女を余所に、妹はスタスタと近寄ってくる。

 ただし彼女にではなく、織斑一夏に近寄る。そのまま進めば肩が触れ合うほどの近距離ですれ違うはずの彼女のことなど目に入らないように。

 

 

 

「ち、違うの……」

 

 

 

 何が違うというのか。

 自分でもわけのわからぬ言葉が口から出たが、妹は彼女の言葉が耳に入らなかったのようにリアクション一つ見せずに、眉を顰めることすらせずに彼女の傍をすれ違って織斑一夏の元へと歩んだ。

 

 地面に膝をつき、倒れ伏した織斑一夏の脈を計って生存を確認する。

 生きていることを、ただ眠っているだけであることを確認した妹は、彼女に見せないような、彼女が見たとしたら遠い昔にしかないお互いが幼くて笑い合っていることが出来た思い出の中にしかないような、心からホッとしたような顔を見せた。

 

 いや、違う。

 見せてはいない。ホッとしたような顔をしただけだ。

 決して彼女に向かって見せたわけではなく、ただその場にいたから彼女は妹のそのホッとした顔を見ることが出来ただけだ。

 

 

 

「あ、あのね……」

 

 

 

 どうして妹が織斑一夏に向けてそんな顔をするのかわからない。

 どうして妹が自分を見ないのかもわからない。

 

 確かに彼女は妹のあんな安らかな顔を守るために、進んで暗部へとその身を落とした。

 だから喜ばしいはずだ。望んでいたはずだ。妹があんな安らかな顔をしていることを彼女は喜ぶべきなのだ。

 例え妹が彼女のことを空気のように無視していたとしても喜ぶべきなのだ。

 

 妹は汚いモノに関わらせない。それを望んで、わざと妹に対して酷いことを言ったりもした。

 その結果として妹が彼女に対してコンプレックスを抱き、彼女と関わり合いを持とうとしなくなっても本望だった。彼女と関わるということは、危険とも関わり合いを持つということなのだから。

 最愛の妹を危険なことに関わらず、彼女から遠いところで幸せになってもらうのが彼女の望みだった……はずだ。

 

 だから…………だから、妹が彼女と関わりを持とうとしないことを、それは彼女は喜ぶべきなのだ。

 

 

 

「……これでお姉ちゃんの生徒会長の座は安泰も同然ね。

 満足してる? お姉ちゃん」

 

 

 

 だって妹が彼女に関わろうとしてきたら、こんなにも彼女は辛いのだから。

 

 聞き慣れた……最近は妹の肉声などストーキングしているときすら妹が滅多に喋らないせいで聞いてはいなかったが、聞き慣れた声でありながら、聞いたこともない声音だった。

 何故なら、妹は心優しく、そして心が弱くて自らの心情を外に出さずに内に秘める人間だったから、今みたいな憎悪の感情を剥き出しにした声なぞ聞いた覚えはなかった。

 

 

 

「ち、違うの……」

 

 

 

 先ほどと同じ言葉が口から出た。

 

 だけど違わないはずだ。これは彼女が望んだことのはずだ。

 これで妹は傷付かない。諸悪の根源になり得る織斑一夏にこの時点で枷を嵌めておくのは間違っていなかったはずだ。

 

 そして妹もこれで彼女と関わり合いを持とうとしなくなるはずだ。

 妹には友人が出来た。だから妹はその友人たちと幸せに暮らしていって、彼女とは関わり合いを持たなくなった方が妹のためになるはずだ。

 だから今すぐこの場から何も言わずに立ち去るべきなのだ。そうすれば妹は幸せになれる。

 

 

 

「どうして、よ……」

 

 

 

 だけど、彼女の足は鉛のように重く、地面に貼り付いてしまったかのように動かなかった。

 

 

 

「お姉ちゃんは、私が邪魔で大人しくしているだけじゃ気が済まなかったの?

 よりにもよって、私の(男友達として)初めての人を、睡眠薬だなんて汚い罠に嵌めてまで……どうして? そんなに生徒会長の椅子の座り心地が良いの?」

 

 

 

 あばばばばばばっ!? バレてるっ!? 

 

 どうして!? 虚ちゃんにこっそり用意してもらった特製睡眠薬だったのに!?

 虚ちゃんが言うわけないし、本音ちゃんには何も言わずに足止めをお願いしただけなのに!

 

 それ以前に“初めての人”ってどういうことなのよっ!?

 簪ちゃんは既に一夏君の毒牙にかかっていたというの!? 私だってまだ経験ないのに!

 

 

 

「その子が―― 一夏君の、せいで」

 

 

 

 簪ちゃんは大人の階段を登ったというのかっ! 汚されてしまったというのか!

 確かに簪ちゃんには普通の女の子として、普通に恋愛をして、普通に結婚して、普通に子供を作って、普通に幸せになって欲しかったけど!

 でもまだ簪ちゃんは15歳。そういうことするには早すぎるでしょう! お姉ちゃんそんなこと許しませんよ!

 

 力なく震える手で織斑一夏を指差しながら、彼女は精一杯の声で糺す。

 

 

 

「い、一夏君さえ、いなければ――簪ちゃんは汚されずに済んだの。そうすれば――他の友達に囲まれて――」

「ふざけないでよっ!」

 

 

 

 だがその糾弾も妹の絶叫で遮られた。

 

 

 

「あんたなんかに、何がわかるっていうのよ!

 あんたなんか……どうせ()()()()()()()()()()()()()()くせにッ!」

「――あ――」

 

 

 

 ザクリ、と。

 決定的な言葉の刃物が更識刀奈の胸を貫いた。

 

 

 大切な妹がいた。

 妹のためならばどんな汚れでも被ろうと、そう思ったからこそ刀奈は、今日までどんな汚物にも悪意にも耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えてきたのだから妹が幸せならば私は嫌われてもいいのだし友達がいるのなら私はいらないのだし私から妹が離れるの安全のためにも仕方がないことだし、けどどうしてこんなに胸が苦しいのか望んでいたことなのに間違っていないはずなのに私が嫌われても簪ちゃんが幸せならそれで良かったはずなのに――。

 

 ――けれども、それでも私は心の底では簪ちゃんが理解してくれるのを望んでいたんだ。

 

 

 

「私はっ……私はぁっ……!」

 

 

 

 何たる甘え。何たる怠惰。

 自らは好き勝手に動いていた癖に、妹には何も言わなくても本心を悟って欲しかったなど。

 妹のためを思って、など反吐が出る嘘吐きだ。

 

 

 

「よくも私の友達(いちか)にッ、手をあげたなぁぁァァっっ!!」

 

 

 

 簪が打鉄弐式をその身に纏う。

 これで姉妹の決定的な対立は避けられなくなった。

 

 妹は友達を傷付けた姉を許さないために。

 負けるわけにはいかない。大切な初めての友達を傷付けられたのだから。

 

 姉はわかってくれなかった妹を振り払うために。

 負けるわけにはいかない。ここで己が負けたら、嫌われてでも妹を守ると誓った思いが無駄になってしまうから。ここで妹に負けてしまったら、妹は責任を取るためにせっかく出来た友人から離れ、更識の当主を打ち倒したことによって生じる混乱を鎮めるために暗部の道へ足を突っ込んでしまうだろう。

 

 だけどっ……そんなことはさせない。

 例え愛機が大破寸前で、妹がわかってくれなかったと自分勝手な想いを抱いていることを自覚しているとしても、これ以上は妹を暗部に近づけさせはしないっ!

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……計画通り」

『よくやってくれたよ、シャルロットちゃん。

 これで箒ちゃんといっくんの間を邪魔する身の程知らずを減らすことが出来た』

 

 

 そんな姉妹喧嘩を笑みを湛えながら見ている人間がいた。

 1人はその姉妹喧嘩が行われているアリーナの管制室で。もう1人はIS学園から遠く離れた己のラボで。

 

 

『ウンウン。君の名前と顔は覚えておくよ。これからも箒ちゃんといっくんのために頑張ってね。

 そして約束通り、デュノア社のことも気に留めておいてあげるよ』

「ありがとうございます、篠ノ之博士」

『それと分を弁えるのなら、君はいっくんの側に侍ることを許してあげる。

 秘書として雑務を処理しているみたいだし、役に立つなら目溢しをしてもいいよ』

 

 

 全ては2人の企んだこと。

 更識楯無が睡眠薬を手に入れたのを知ることは篠ノ之束にとっては朝飯前のことだったし、更識姉妹の鬱積した感情を理解することは他人の顔色を窺って生きてきたシャルロットに朝飯前だった。

 

 これで更識姉妹は一夏の側にはいれなくなるだろう。

 睡眠薬を盛った楯無はもちろん、姉がそんなことを仕出かしたのだから簪も一夏に近寄りがたくなる。

 

 今でも壮絶な姉妹喧嘩は行われているが、一夏にはベルセルクルのシールドバリアーが生きているので安心出来る。

 

 

『……それにしても本当に楽しそうだねぇ、シャルロットちゃん』

「え? ええ、そうですね。

 これでデュノア社も安泰でしょうし、肩の荷が下りたようで嬉しいで『()()()()だとは言ってないよ。()()()()だと言ったんだ』…………そうでしょうか?」

『うん、そうだよ』

 

 

 そうだろうか? シャルロットは別に大したことはしていない。

 シャルロットが行ったのは一夏が楯無に呼び出しをされたこと、そして睡眠薬を虚に用意してもらったことを簪に伝えただけだ。

 それによって思い描いていた通りの筋書に沿って更識姉妹は動いたが、逆に言えば予想を裏切ったり上回る動きはしなかった。

 

 だけど予想を外さなかったのだから、特段何の驚きもないはずなのに――いざ最後まで見届けてみると、奇妙な興奮がある。

 敢えて言うならば、生々しさ、だろうか。

 

 

 TVドラマを見るだけでは味わえないであろう生々しい感情のぶつかり合い。

 おそらくは、シャルロットの父母ともう1人の義母も実際に演者として味わったであろう興奮。

 

 ……悪くない。

 

 一夏と初めて会った日であり母の所業を聞いた日に、母のようにはなるまいと誓ったシャルロットだったが、このようなドラマを目の前で味わえるのなら悪くはないと思った。

 幸いにもターゲットはまだいる。特に次の目標は一夏に対しての好意を隠さない凰鈴音だ。

 

 でもそんな鈴だからこそ、もし一夏と絶交状態に陥ってしまう状況になったらどんな顔をするのだろうか?

 今からそのことを考えるだけでも顔に笑みが広がってしまう。

 

 

 ああ、そんなことは考えてはいけない。

 鈴は友達なのに。

 

 でも……デュノア社のためなら仕方がないよね。

 

 

 そう、だから私は悪くない。

 隠しきれぬ笑みを浮かべながら、篠ノ之束の意向に沿う形で次の計画を練り始めるシャルロットであった。

 

 

 

 

 

――― 織斑一夏 ―――

 

 

 

 しゃるろっとハソンナコトシナイト思ウヨ。…………多分

 

 

 アカン。何か脳内で火サス劇場らしき物語が上映されちゃった。

 

 

「……ヒック……グス……」

 

 

 そしてガチ泣きしている更識会長。そんなに簪に変態呼ばわりされたのがショックだったのか。

 もっとアカン。箒たちが部屋に戻ってきてこんなところ見られたら殺される。

 

 とりあえず部屋の中に入れて会長を宥めないと……って、身体冷たっ!?

 部屋に引っ張り込もうとして腕掴んだら本気で体が冷えているぞ。

 会長を宥める前に身体を温めさせないといけないが、まさか俺の部屋の風呂に突っ込むわけにはいかないから、さっきの飲み残しの茶を電子レンジで温め「お、おりむー? ……何やっているの?」…………の、布仏サン?

 

 隣の部屋のベランダから顔を出した布仏さんと目が合っちゃった。

 

 

「部屋にいて何か泣き声がすると思ったら、おりむーが会長を……」

 

 

 あばばばばばばっ!? 布仏さんったら隣の部屋だったんディスカー!?

 ほ、本気でアカン! 噂好きの布仏さんにこんな場面を見られたら、明日には学園中に広がっているぞ、オイ!

 

 

「ちょ、ちょっと待って!」

「…………」

 

 

 ああ、後ずらさないで怯えないで! 話を聞いてくださいお願いします!

 そうだ、更識会長! 布仏さんにも簪との関係改善に手伝ってもらいましょう! 関係改善には俺も手伝うから泣き止んで布仏さんに事情説明してください本気でお願いします!

 

 

 ……っていうか、のほほんさんに怯えられるなんて、更識家では俺はいったいどんな風に思われているんだよ?

 ああ、携帯電話から手を放してください!

 

 

 

 

 

――― セシリア・オルコット ―――

 

 

 

 …………ハァ、憂鬱ですわ。

 IS学園に来てからというもの、最近は寝ても覚めても一夏さんのことばかり考えてしまいます。

 

 私たちと白式・ベルセルクルとの戦いから数日後、白式単体での一夏さんとも模擬戦を行ったのですが、残念ながら私はまたもや負けてしまいました。

 わかってはいたのですが、一夏さんはやはりベルセルクルにおんぶに抱っこされているわけではありませんでしたのね。

 

 とはいえラウラさんは一夏さん相手に勝利を得ましたし、鈴さんは互角の戦いを演じるも惜しくも零落白夜による一撃で敗退。

 簪さんも白式・ベルセルクルとの戦いで得た反省を生かして、逃げる一夏さんをフレシェット弾でハリネズミのようにするなど、皆さんが善戦をしました。

 

 ……私だけですわね、良いところがなかったのは。

 やはり近接戦闘にもう少し力を入れるべきなのでしょうか。

 

 

 ブルー・ティアーズのビット使用中では私本体が動けませんので、ビットによる攻撃に当たることを顧みずに突撃してきた一夏さんによって、あっという間に零落白夜で落とされてしまいます。

 白式単体でもブルー・ティアーズより機動力が良いですので、ビット操作で動きが止まるとなると尚更逃げられません。

 そしてビットだけでは一夏さんを落とすだけの攻撃力はありませんので、ある程度のダメージを覚悟した一夏さんにとって良いカモとされてしまいます。

 

 かといってレーザーライフル、スターライトmkⅢだけでも機動力の高い一夏さんに当てるのは難しいですし、ビットだけと同じように如何に主力レーザーライフルであるとはいえ銃一丁だけでは火力が足りません。

 簪さんの山嵐の6割方を回避する一夏さん相手では2機のミサイル型のビットではたかがしれていますし…………どうしたら良いのでしょうか?

 

 

 やはりビットとIS本体の同時操作が出来るようになるしかないのでしょうか。

 ビットで牽制しつつスターライトmkⅢで削り、もし突撃してこられてもビットとスターライトmkⅢの同時攻撃なら、白式を撃ち落とすか軌道を逸らすことぐらいは出来るはずです。

 ここまでして初めて一夏さん相手に勝機が見え始めてくるのでしょう。

 

 BT偏光制御射撃(フレキシブル)もいいですが、レーザー自体の威力は変わらないので一夏さんが突っ込んできて終わりになってしまいますわね。

 織斑先生が褒めてたように、攻撃を恐れずに突っ込んでくる一夏さんのあのクソ度胸には尊敬すら覚えてきます。いくらシールドバリアーや絶対防御があるとはいえ怖くないのでしょうか。

 

 認めるのは癪ですが、今の状態では勝ち目がありませんわ。

 何とかしてビットとIS本体の同時操作を実現させないと……。

 

 

 しかし勝機が見えてくるだけマシですわね。

 箒さんの紅椿相手では、ビットとIS本体の同時操作が出来たとしても勝てないですもの。

 

 何なんですか、あの絢爛舞踏という単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は。

 先ほどビットとIS本体の同時操作は出来ないとは言いましたが、それでもその場で動かさずに浮遊した状態でビットとレーザーライフルの同時射撃ぐらいなら、今の私でも無理なく出来ます。

 しかし絢爛舞踏が発動していると、ビットとレーザーライフルの同時射撃をずっと続けたとしても、紅椿の回復し続けるシールドエネルギーを0にすることなんて出来ません。

 ビットがスターライトmkⅢなみの威力を持っていて、射撃ペースを倍以上に早く出来れば何とか……といったところでしょうか。

 

 一夏さん以上に反則ですわ、あの紅椿は。

 確かに第4世代の証である全領域・全局面展開運用装備である展開装甲も凄いと思いますが、それでも一番厄介なのは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の方です。

 シールドエネルギーの回復なんてズル過ぎですわよ、まったくもう。

 

 それでも私を始めとする代表候補生の面々に、本国からのペナルティが来なかったのが不幸中の幸いですね。

 まあ、本国のお偉方もあの2人に勝てなんて無茶振りは、流石に自重したようです。

 それでも2人の次ぐらいの良い結果を示せと釘は刺されてしまいましたし、何とかしないといけないですわ。

 

 

 ……それにしても、我ながら変わったものですわね。

 今までの私なら男に負けたという事態になったら、癇癪を起こして辺りに怒りを撒き散らすようなことをしていたのでしょうが、何故か一夏さんに負けたときはそんな気分になりません。

 悔しいという気持ちはもちろんあるのですが、その悔しさは男に負けたことを認めたくない悔しさではなく、次の機会には絶対勝ってみせましょうという意気込みに繋がる悔しさなのです。

 

 一夏さんは今までに会ったことのないタイプの男性ですわ。

 傲慢な男尊女卑主義者でもなく、卑屈な女尊男卑主義者でもない。

 

 一見すると腰が低いようにも見えますし、紳士でもいらっしゃいますが、怒らせたら怖いだろうと思える人。

 自らに誇りを持っているのでしょうが、その誇りと傲慢を間違えない人。

 

 もし私が本国からペナルティを受けたら間に入ってくださると言ってくださいましたが、それは決して強者の傲慢などではなく、AISという新しい分野の開拓者としての義務を果たそうとしてのことでしょう。

 如何にAISが優れていたとしてもISを軽視するわけにはいかないとも言っていました。

 

 

 ……私の父とは違うタイプですわね。

 いつも弱音を吐いていた父のような弱い男ではなく、身体の芯にシッカリした一本の筋が通っている。

 あのような方が父だったら、母と同じように素直に尊敬出来たでしょうに。箒さんや鈴さんの気持ちがわかる気が……って、そんなこと考えたらいけませんわ!

 

 一夏さんには箒さんと鈴さんがいらっしゃいます。そんな方に横恋慕するような真似をするなんて…………でも、まだ一夏さんはお2人とはお付き合いなされていないのですよね。

 いえしかし、このセシリア・オルコットがそんな負けたからって男性にホイホイ惚れてしまうようなチョロイ女なわけありませんわ!

 

 ……でも最近は寝ても覚めても一夏さんことばかり想ってしまっています。

 しかも憎しみや怒りのような気持ちで想っているわけではありません。

 

 

 いやですわ。もしかして本当に……この気持ちが恋というものなのですか?」

 

 

 

 

 

「笑顔でレーザーライフルを絹布で磨きながら言うセリフじゃないと思うぞ、セシリア」

 

 

 

 

 いっ、いいいいい一夏さん!? いらっしゃったのですか!?

 というか私ったら口に出してましたの!? というか聞いていましたの!?

 

 

「さっきのセシリア見てたら、ピューマがナマケモノを狩るために倒木で爪を研いでいた映像を思い出したわ。

 言っておくけど、部屋に入る前にノックはちゃんとしたからな。セシリアのルームメイトから入室許可貰ったからな」

「違いますわ! 勘違いなさらないでくださいまし!

 べ、別に一夏さんのことなんか好きになんかなっていないのですからね!」

「さっきの笑顔を見てたら勘違いとかするわけないから銃口こっちに向けんな! つーか寮部屋でIS装備出してんな!」

「み、自らを際立たせるアクセサリーの手入れをするのは淑女の嗜みなのですわ!」

「レーザーライフルをアクセサリーにする淑女なんて聞いたことねぇよ!

 それと引鉄に指をかけないでくださいお願いします。というか俺が喋れば喋るほどヒートアップしていくって何!? これがセルフピンチってやつ!?」

 

 

 ライフルにはエネルギー供給していないので安全ですことよ!

 

 うう……顔が熱い。赤くなっているのが自分でもわかりますわ。

 こんな醜態を見せてしまって軽蔑されたりしないでしょうか。

 

 それにしても一夏さんはいったい何の用なのですか?

 

 

「いや、ブルー・ティアーズについてのアドバイスを求められてただろう。

 ある程度の考えを纏めたから聞いてもらおうと思ってな」

「ま、まあ……私のためにわざわざありがとうございます」

 

 

 え? 確かに何か思うところがあったらアドバイスを頂けるようにお願いしましたが、こんなにも早くですか?

 快諾して頂けたのは社交辞令か何かだと思っていましたのに……。

 

 ど、どうしましょう。

 先ほど変なことを考えていたせいで、別の意味で顔が熱くなってきますわ。

 こんなにも早く私のお願いを聞いていただけるなんて、もしかして一夏さんは私のことを…………い、いけませんわいけませんわ!

 

 私はオルコット家の当主。

 いくら世界で唯一の男性IS操縦者の一夏さんとはいえ、私がお嫁に行くことなどは出来ませんわ!

 

 

 

 

 

「オールレンジ攻撃はロマンだからな」

 

 

 

 

 

 …………チッ、相も変わらず変なロマンを追い求めるこのガキが。

 そんな理由で助力されるなんて、まるでこのセシリア・オルコット自身には何の興味も持っていないようではありませんか!

 

 箒さんと鈴さんはいったいこの変人の何処が好きになったというのでしょうか。

 お二人は一夏さんがたまに見せる子供っぽいところも良いとは言ってましたけど、このときの一夏さんを相手にするのは疲れますわ。

 

 

「とりあえずビットの操作は射撃タイミングのみをセシリアのマニュアルで動かすようにして、ビットの動き自体はオートで動かすのはどうだろうか。

 タイマン勝負ならあまりフレンドリファイヤを恐れなくていいから、セシリア自身を射線上に置かないような動きに設定しておいて、セシリア自身はビットの位置を把握するだけに留めておけばいい。

 これなら今のビット数よりも多く操れないか?」

「それは可能だと思いますわ。

 しかし本国から優先するように言われているのは、あくまでもブルー・ティアーズのデータサンプリングですので……」

「まずは一歩一歩進めていくのが良いと思う。

 例えばIS本体とビットの同時操作、そしてBT偏光制御射撃(フレキシブル)の両方を一度に練習するのはいくらセシリアでも難しいだろう。

 それならビットの動き自体のように機械に任せられることなら機械に任せて、今は射撃のことだけを練習してBT偏光制御射撃(フレキシブル)を実現させることに優先した方が良いんじゃないか。

 日本のことわざには“二兎を追う者は一兎をも得ず”というのもあるぞ」

「ム、確かに2つ同時に練習するよりも現実的な方法かもしれませんわね。

 それにこの方法なら模擬戦の時にも利点が増えますし……」

「あとはビット自体の改造、というか新しい種類のビットを増やすとかだな。

 それこそ俺の雪片偽型のように可視光線のみを発射出来るビットを大量に装備して、オートで移動・射撃までやらせるのはどうだろうか。

 偽ビットなら拡張領域(バススロット)の容量もそんなに食わないだろうから、偽ビットを囮にしてスターライトmkⅢと本ビットでダメージを与えるとか……」

「それでは熱反応の違いで見破られませんか?」

「いくらハイパーセンサーを使用して思考の高速化が出来るといっても限度があるだろ。

 真贋含めて数十のビットを用意出来れば、偽物が大部分だとしても避けるような動きをせざるを得ないだろう」

 

 

 次々と新しい戦法やビットを語り始める一夏さん。

 相も変わらず嫌らしい手を考え付くのですわねぇ、一夏さんは。

 

 模擬戦のことを考えると悪くはないのですが、それでも本国が何か言ってくるかわかりませんし、何より私の好みには合いませんわね。

 有効的な方法であることは認めますが、やはりオルコット家当主としてはあまり小細工などには頼りたくないのです。

 

 

 …………それでも、負けるよりはマシでしょうか?

 

 くっ、好みでない戦法をとって勝つのと、好みの戦法をとって負けるの。

 こんな2つのうちどちらかを選ばなければいけないなんて……。

 

 

 きっと一夏さんなら迷わずに好みでない戦法をとって勝つのでしょうね。

 もしくは勝てる戦法が好みの戦法ということなのでしょうか。

 

 神経が太いというか何というか、一夏さんのあの鷹揚さは見習うべきなのでしょうねぇ。

 

 

 

 

 







 ……三人称書きの練習が、思ったより興が乗ってしまったせいで長くなっちゃった。
 シャ、シャルロットは別に愉悦部に所属したりしませんよ。


 セシリアはアレだ。(コロ)()(アイ)に目覚めそうなんだよ。

C.C「…………チッ、相も変わらず変なロマンを追い求めるこのガキが」

 って感じで。
 というか声優さんは凄いなぁ。セシリアとC.Cが同じ人なんて。
 最初は全然繋がりませんでしたよ。



※ 追記
 えー、自分の書き方が悪かったのか、感想を見る限り、最初の三人称視点での話が実際にあったことと思われる方がいらっしゃるようです。

> アカン。何か脳内で火サス劇場らしき物語が上映されちゃった。

 と、一夏が言っているように、自室で女子にマジ泣きされるという事態に現実逃避しているだけですので、実際にあったことではありません。

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