――― 山田真耶 ―――
遂に始まる学年別トーナメント。
この日のために生徒の皆さんは厳しい授業をこなしてきました。
一年生は浅い訓練段階での先天的才能評価を、二年生は更にそこから訓練した状態での成長能力評価を、そして三年生はより具体的な実戦能力を評価するのがこのトーナメントの目的です。
特に三年生にとっては重要なイベントです。何しろIS関連企業からのスカウトや各国の重鎮などが見学に来られていますので、このトーナメントによって人生が決まりかねないのです。
何しろISコアが468しかないので、学園卒業後もIS操縦者として働ける生徒は極一部になってしまうのが現実なのですが、それでもこのトーナメントで好成績を残せば国家代表の道やIS関連企業の専属パイロットになれる道が出来るかもしれません、
是非とも生徒の皆さんには、今までの自らの鍛錬の成果を発揮して欲しいものですね。この遂に始まってしまった学年別トーナメントで。
…………遂に始まっちゃったよぅ。
ああ、今度は何が起こるのかなぁ?
もしかしてまた篠ノ之博士が何か発明品を送ってくるのでしょうか?
クラス対抗戦の後始末は大変でした。何しろ世界各国に地中用シールドバリアーとか無人ISの説明をしなければいけませんでしたから。
もちろん他にも一般への説明もありましたし、学園の向こう岸から掘られたトンネルの処理とかもありましたね。対抗戦が終わってから一週間は24時間フル稼働でしたよ。ろくに寝ることも出来ませんでしたし、時間が経つにつれて食欲もなくなっていくしで、お肌が荒れちゃって大変でした。
学園内に食堂があって助かりましたね。
食堂があったおかげで、食事を取りに行く余裕すらなかったときも職員室に織斑君が軽食のデリバリーをしてくれましたし、食堂が閉まった夜も消化しやすい雑炊とかを作って差し入れてきてくれました。
姉の仕出かしたこと……というか、発端は自分の思いついたことだったから、ということでああやって私たち教員の手助けをしてくれましたが、あの時は本当に助かりました。料理の出来る男の子っていいですね。
だけどもしかしたら、またあの苦労をしなければいけなくなるかもしれないんですよねぇ……。
うう、あんなことは一回限りで十分です。
一応、織斑先生が篠ノ之博士とは連絡を取ることが出来たらしく、
『えー、今度のイベントは特に何かする気はないよ。
いやいやホントホント、嘘じゃないってば。私を信じてよ、ちーちゃん』
という言葉をもらったらしいですが、織斑先生や篠ノ之箒さんが微妙な顔をしていたのが気になります。
何でも篠ノ之博士は“その場のノリで動く”らしいですから、今は何かする気はなくとも、思いついたら何か仕出かすかもしれないらしいんです。
それこそおそらくはこのトーナメントもどこかで見ているのでしょうから、見ていて唐突に参加したくなったりしたらどういう行動を取るのかがわからないみたいなんですよ。すっごく不安です。
……何も起きなきゃいいんだけどなぁ。
それと不安なことがもう一つ。デュノア社から貸し出されたベルセルクルのことがあります。
今までAISといえば織斑君の白式・ベルセルクルのことでしたが、どちらかというと白式・ベルセルクルはあくまで白式あってのあの強さであって、量産機のISをAISにしてもそれほど強くはならないのではないか? という評判があるのです。
もちろんデュノア社の広報によって、ラファール・ベルセルクル一機はラファール・リヴァイヴ二機分以上の力を発揮することも知られているのですが、それはベルセルクルを売り込みたいデュノア社の広報戦略の一環ではないかと思っている人も多いです。
まあ、AISは公式戦においての実績がゼロに近いので仕方がありません。
しかし逆に言えば、このトーナメントが公式初の量産機を用いたISとAISの試合になります。
ですのでこのトーナメントの結果次第では、ヘタをしたらこれからのIS技術の発展の流れが変わってしまうのかもしれないということであり、そしてこのIS学園は研究機関としての側面もありますのでその流れの変化に巻き込まれるのは確実なのです。もしかしたら来年の授業科目にはAISが増えているかもしれませんね。
つまりは要するに仕事が増えるということです。
ISが発明されてからまだ10年経っていないから仕方がないとはいえ、ASショック以降はジェットコースター並に大変になった気がします。
おそらくISが世界に周知されたISショック直後はもっと大変だったんでしょうねぇ。当時の人たちには頭が下がる思いです。
そして何よりも不安なのは、試合を行うに当たって織斑君からこんなことを言われたことです。
『アリーナのシールドバリアーは二重にしておいてくださいね。バトルフィールドをドーム状に覆うのと、観客席をドーナツ状に覆うの二種類で、それぞれのエネルギー供給は別にしておいてください。
ドーム状シールドを内側、ドーナツ状シールドは外側に配置をお願いします。もし内側からの攻撃でバリアーが破れるようなことがあっても、その時発生した衝撃が上空に逃れるように。
それとシールドは光学シールドもお願いしますね。強烈な発光があっても観客に被害がいかないようにしてください』
……すっごい不安です。織斑君はいったい何をする気なんでしょうか?
ラファール・ベルセルクルに搭載する武装を大量にデュノア社から送ってもらったようなのですが、数は尋常じゃありませんでしたが特に変わったものはなかったはずです。
いや、インコムで複数の荷電粒子砲が使えるからって、予備を含めて30丁も取り寄せたりするのはやり過ぎだと思いますけどね。他にもミサイルやら爆弾やら、
しかしそれでアリーナのシールドバリアーに言及するのはいささか不思議…………ま、やっておきますけどね。
そんな手間じゃないですし、ついでに地中用シールドバリアーも展開しておきましょうか。先日、設置が終了したばかりの地中用シールドバリアーですが、考えてみたらテストにちょうどいいでしょう。
……それでもやっぱり不安です。
ああ、無事に今日の学年別トーナメントを終えることが出来るのでしょうか? 初日で中止になるなんてことは勘弁して欲しいのですけど……。
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三日目水曜日まではセェーーーフっ!!
というか、専用機持ちとラファール・ベルセルクルの布仏さんたちは一回戦免除でしたから、初日と二日目は戦わないんでしたっけ。あまりの不安の大きさに先生すっかり忘れてましたよ。
でもよく考えてみたら当たり前ですよね。
一年生の出場組数は121組ですが、トーナメント一回戦の出場可能組数は2の7乗である128なんです。要するに7組分余ります。それだったら専用機持ちやAIS持ちは一回戦免除になりますよねぇ。
三日目水曜日は専用機持ちとAISも試合をすることはしましたが、専用機持ちやAIS同士で戦うってことはありませんでしたから特に問題はあったことはあったけどありませんでした。別に矛盾してません。
……やっぱりAISって禁止にした方がいいんじゃないですかねぇ。
それにしてもこの三日間は忙しかったです。
学年別トーナメントは今週一週間をかけて行われます。月、火曜で一回戦を、水曜で二回戦、今日の木曜で三回戦と四回戦、金曜日で準々決勝と準決勝と決勝というスケジュールですね。
何しろ一回戦だけで約60試合ありますから、日を分けて行わないと間に合わないんですよ。最終日の準決勝と決勝以外は時間制限有りの試合ですのでいいですけど、これが時間制限無しだったらいったいどうなっていたことやら。
それに加えて試合が終わった後のISの修理や武装の手配もありましたから、その日の試合全てが終わった後も残業で夜中まで仕事しなきゃいけませんでしたし……。
それでも去年に比べたら、このツーコアセルトーナメントはいいですね。試合数が普通の一対一のトーナメントより少なくなります。しかも120試合も。
こういう方式のトーナメントの試合数は“トーナメント参加者-1”となりますので、一対一トーナメントでは生徒数240人なら全部で239試合をしなければいけません。ちなみに考え方は“最終的勝者が一人のみ”で“一試合で敗者が一人”ですので、239人の敗者が出るということは全部で239試合しなければいけないということです。
一試合10分と制限を付けたとしても2390分、つまりは試合時間だけで約40時間!
それに加えて大会進行のために選手の入れ替えやら何やらで時間のロスがありますし、試合をするのは一年生だけではないんですよ。
ですので去年の学年別トーナメントは月~金曜の五日間で終わるわけなんてなく、土日もぶっ通しで使いましたよ。終わった後は振替休日がありましたが、もうヘロヘロで何もやる気が起きませんでした。
それに比べて今年のトーナメントは試合が半分で負担が半分! ……とまではいきませんが、それでも去年に比べたら物凄く楽です。今年は土日も休めますし。
……来年からもツーコアセルトーナメントにしてくれないかなぁ。
去年みたいなデスマーチはホント勘弁してほしいんですけど。去年は織斑先生すら忙しすぎて参ってしまったぐらいですからねぇ。
織斑先生がツーコアセルトーナメントを提案したのは、もしかしたら強すぎるAIS対策じゃなくてこのためだったりするかもしれませんね。
それに二人組で試合を行うというのも、生徒の成長を考えると良いかもしれません。
何しろ一対一の場合は敵にだけ気を付けていればいいのですけど、今回は味方一人との連携を考えつつ敵二人に対処しなければいけませんので一対一より難しい戦いとなるでしょう。
まだISの操作自体に慣れていない一年生にはハードルが高かったかもしれませんが、これも良い経験になったでしょうね。
一年生の皆さん良い試合をしていました。
もちろんまだ一年生ですので技術は荒削りでまだまだ発展途中というべきですが、それでも勝った生徒も負けてしまった生徒も皆さん一生懸命戦っていました。
何しろ入学試験以来の実戦という生徒がほとんどでしょうからね。
ISの歩行訓練や飛行訓練のカリキュラムを徐々に進めてはいますが、実戦に匹敵するような動きを練習する授業はしていません。ですので一年生の皆さんにとって、この学年別トーナメントは思いっきり自由にISを使える数少ない機会なのです。
もう少しISの数が増えてくれるといいんですけどねぇ。
そうすれば専用機持ちのようにまではいきませんが、IS稼働授業のコマ数を増やせるのに……ま、無いものねだりしても仕方がないですか。
『さあ、勝負よ! のほほんさん!』
『代表候補生の実力を見せて差し上げますわ!』
『う、うん……』
そして遂に今日の試合スケジュールの最後の試合、四回戦第八試合目で専用機持ち組みとAISがぶつかることになりました。ちなみに四回戦第七戦目は織斑君の試合でしたが、これも危なげなく勝ち進んでいますので、この試合で布仏さんが勝ったら明日の準々決勝ではAIS同士の試合となります。
専用機持ち組みは中国代表候補生の凰鈴音さんとイギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんペア。近距離格闘型の甲龍と中距離射撃型でブルー・ティアーズですのでバランスはいいでしょう。
二回戦と三回戦の試合でも危なげなく勝っていましたし、ラファール・ベルセルクルの布仏さんはいったいどうやって戦うのでしょうか?
……いや、ホント。どうやって戦うんでしょうかね?
二回戦と三回戦の試合が思いっきり力押しだったんですよねぇ。ただ単にミサイルとか荷電粒子砲を撃ちまくって終わらせるという感じで、技術もヘッタクレもない試合だったのが問題でした。
対戦相手の生徒たちが可哀想でした。確かに効果的な戦いなんですが、もっとこう他にやりようがなかったんでしょうかね?
とはいえ、この四回戦はそうはいかないでしょう。
何しろ対戦相手は凰さんとオルコットさんです。
凰さんの甲龍は近距離格闘型ではありますが、第三世代型空間圧作兵器である衝撃砲を装備しています。普通にミサイルなどを撃ったとしても、連射出来て射撃角度が自由な衝撃砲に撃ち落とされてしまうでしょう。
そしてオルコットさんのブルーティアーズはビット型兵器を装備しています。ラファール・ベルセルクルが使っている有線インコムに比べると砲口数と威力は劣っていますが、それでも無線ならではの自由度の高さと何よりもオルコットさんの練度が違います。いくらインコムに機械の補助が入っているとはいえ、フルオートというわけではありませんので集中を乱されて使えなくなるかもしれませんね。
この二人の組み合わせは単純な力押しだけで勝つのは難しいでしょう。
布仏さんはいったいどうやって戦うつもりなのでしょうか?
「大丈夫です、山田先生。
のほほんさんには対IS必勝法を教えておきましたので!」
やめてくださいしんでしまいます。
「おい、織斑。今度はいったい何を思いついたんだ?」
「その名の通りの対IS必勝法です。AISの強みを生かし、ISの弱みを突く戦法です。といっても、試合会場などの条件が違えばそう簡単にはいきませんが。
それでもおそらく初見で暮桜無しの織斑先生だったら勝つのは難しいと思います。暮桜装備なら初見で五分五分。二回目以降は九分九厘勝てるでしょうけど」
「ほう? そこまで言うのか。なら楽しみに見させてもらおうか」
いつも眩しく見えるはずの織斑君の笑顔に、何故か恐怖を感じてしまいます。
対IS必勝法って言葉が怖いですよ。しかもモンド・グロッソ二連覇を成し遂げたブリュンヒルデの織斑先生でも勝てないかもしれない戦法って、いったいどういう戦法なのでしょうか?
その織斑先生も余裕ぶって見えますが、出席簿を持っている手に力が入っているのがわかります。織斑君が何を思いついたのかが不安なのでしょう。
どうやら先日のクラス対抗戦から、御自分の教育方針が間違っていたんじゃないかと悩まれているみたいです。ビールを飲んで「育て方……間違ったかな?」とか呟いていたこともありましたけど、でもその時の酒の肴に食べていたのが織斑君の料理なんですよね。
織斑先生は何だかんだで織斑君に甘えています。
今日だって織斑君が普段通りの言葉使いをしていたのを注意していましたけど、先日のクラス対抗戦では篠ノ之博士の件で余裕がなかったせいか注意していませんでした。やはり織斑先生にとっては家族としての織斑君が標準なのでしょう。
今でも御自分の部屋の掃除を織斑君に任せているみたいですし、織斑先生が織斑君の世話をしていたのではなく、織斑君が織斑先生の世話をしていたというのは本当みたいです。
「ま、同じAISには相性が悪いですので、次に当たる俺には勝てないでしょうけどね。
それとやはり絢爛舞踏を使う紅椿ならワンチャンあるかもしれません。相変わらず反則ですよね、アレ」
「フム、やはり紅椿は別格か。
仕方あるまい。第四世代ISで
しかし、自分なら勝てる戦法を教えるというのは卑怯ではないのか? どうせなら自分でも勝てないような戦法を教えろ」
「いや、元々俺が白式を手に入れる前に考えていた対IS戦法をそのまま教えただけですし。
それに正直な話、俺でも白式・ベルセルクル相手にしたらどうやったら勝てるのか思いつきませんでした」
「? ボーデヴィッヒさんのシュヴァルツェア・レーゲンなら勝機はあるんじゃないですか?
AICでインコムアンカーごと動きを止められたら、いくら白式・ベルセルクルでも手も足も出なくなってしまうんじゃないでしょうか?」
「大丈夫です、山田先生。
対AICは既に考えてあります」
更に弱点がなくなっちゃうじゃないですかー、ヤダー。
「ぶっちゃけスラスターの数を増やして、無理矢理に停止結界を破るだけなんですけどね。AICも無制限に対象の動きを止められるわけではありませんから。
といっても、対AICは副産物のようなものですけど」
「随分と力技ですねっ!?」
「アホか、お前は。そんな機体性能ばかりに頼るやり方は褒められんぞ。
それと副産物とは何だ? また何かおかしなことを企んでいるのか?」
「別におかしなことじゃないですよ。今度の臨海学校に合わせて、ベルセルクルの改造案がデュノア社で進められているだけです。
白式・ベルセルクルを使うようになってから約半年。最初の頃に比べたら白式・ベルセルクルの扱いにも慣れてきましたし、何よりIS学園に入学してからの皆との模擬戦で稼働データが溜まってきましたからね」
ああ、そういうことですか。
以前に聞いた話によるとベルセルクルは世界初のIS補助用ASですが、やはり世界初であるがゆえに稼働データがまだまだ足りなく、現在織斑君が使用しているベルセルクルはいわばプロトタイプ兼機動型テストタイプと言うべきものらしいです。
ベルセルクルには……いえ、IS補助用ASには様々な使い方があります。
基本的には
そしてその強化は操縦者の好みに合わせて千差万別になります。
例えば織斑君のベルセルクルは背中の大型スラスター四基とインコムの小型スラスター四基を増設しているのに対し、布仏さんの使用しているベルセルクルではスラスターの増設は背中の大型スラスター二基だけです。
しかし織斑君のベルセルクルは武装を特に増やしているというわけではありませんし、付加装甲による防御力の増加もしていません。それに比べて布仏さんのベルセルクルは火力の増大はもちろんのこと、付加装甲による防御力増加も行っています。
織斑君のが機動型なら、布仏さんのは火力+防御型ですね。
しかもラファールのクアッド・ファランクス並みの火力を誇りながら、それでいてリヴァイヴと同等に動けるんですから反則です。
他の違いとしては織斑君のベルセルクルは黒色ですが、布仏さんのは紅色ということでしょうか。
このようにIS補助用ASを使うことでISの可能性を広げることは出来ますが、その可能性が広がり過ぎて逆に困っているところがあるみたいなんですよ。
いきなりパソコンのハードディスク容量が三倍になっても、いったい何を新しく入れたらいいのかがわからない、といった感じでしょうか。
織斑君は白式の持っている
ですので
た、ただでさえ超高機動型ともいえる白式・ベルセルクルなのに、今よりも機動力が強化されちゃうんですね……。
「新型が完成したら、宇宙に行ってみたいなー」
「え? 宇宙に行けるんですか?
IS単機ではそこまで上昇することは出来なかったとはずですけど?」
「あー、宇宙空間の定義によりますけどね。国際航空連盟が宇宙空間と定義している海抜高度100kmのカーマン・ラインより上には行けますが、地球の大気がなくなる海抜高度10000km以上まで上がるのはちょっと難しいです。
まあ、スラスターの数が小型も含めると三倍以上に増えますし、何よりもロケットに比べると重量が軽いですから、熱圏までは比較的容易く行けますね。
それにIS単機でそこまで上昇することが出来ないのは、ISの能力にリミッターがかけられているせいですから。確かアクシズが一番地球に近づいたときの距離は約60000kmでしたっけ? 現にそこまで織斑先生は行ったわけですし」
「あの時の私は無我夢中だったからあまり覚えていないがな。
……って、おい。新型が出来ても勝手に行ったりするなよ。そこまでいけばIS委員会だけでなく、国連宇宙空間平和利用委員会とかの管轄にも関わってくるぞ」
「いや、まさか許可も取らずに行こうとは思っていませんから。
例えば国際宇宙ステーションへの物資搬入を請け負うとか、ちゃんと俺の趣味だけで終わらせずに周りのためにもなることをするついでに行きますよ。
それに改造が終わったらIS競技に出るのが反則になるような性能になっちゃいますから、早めにIS競技以外の使い道を世間様に示しておきたいんですよね。正直ちとマズいものに仕上がる予定です」
国際宇宙ステーション。地上から約400km上空の熱圏を飛行し続けている有人施設ですね。静止軌道気象衛星などは高度30000~40000km上空にありますので、それに比べたら高度400kmは難しくないですか。
国際宇宙ステーションは宇宙環境を利用したさまざまな研究や実験を行う施設ですので、その研究や実験のために様々な物資が必要です。それに加えて人間が生活するためには水や食料、衣服類など物資も必要です。
確か水だけでも年間7000kgほどを地上から輸送しているらしいので、その輸送コストは馬鹿にならないでしょう。
しかしISが量産されて宇宙開発に利用されたら、量子格納を使えば重量を無視して物を運べますし、宇宙船外活動も従来よりも格段に効率良く出来るようになります。
もしかしたら織斑君はISの宇宙開発利用の見本となるために宇宙に行きたいのかもしれませんね。
それと後半部分は聞かなかったことにします。
実物を見ないと何とも言えませんしねー。
おっと、そうこうしているうちに試合開始のカウントダウンが始まりました。
これからは専用IS VS 量産AISの戦いに集中しましょうか。
「それにしても布仏さんは随分と緊張していますね」
「専用機持ちペア相手では仕方があるまい……と言いたいが、あれは緊張感というより罪悪感、もしくは後ろめたさらしきものを感じているように見えるのだが……?」
「………………」
「織斑、何故黙るんだ?」
「もしかして必勝法ってガチの意味での必勝法なんですか? 過剰表現とかじゃなくて?」
「……むしろ俗に格ゲーで言うハメ技?」
スパーーーンッ! 良い音が管制室内に響き渡りました。
織斑君が出席簿で叩かれるのは久しぶりですね。いつもは真面目に過ごしていますから、織斑君がお仕置きされるのは珍しいです。
「お前はいったい何を布仏に教えたんだ!?」
「追及は後です! 試合が始まってしまいましたよ、織斑先生!」
「ルール違反はしていないから大丈夫です!」
スパーーーーーンッッッ!!!
あ、良い音。
『それじゃあ行くわよ!』
『さぁ、踊りなさい。私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる
試合が始まってしまいました。
試合開始のブザーが鳴ると同時に凰さんは両手に青竜刀を携えて右に弧を描くように吶喊。オルコットさんは開始位置から若干左後方に下がりつつブルー・ティアーズを展開。
左右前後に分かれたのはインコムの圧倒的な火力の狙いを分散させるためでしょう。いくら専用機といえどベルセルクルの圧倒的な火力は脅威です。
しかし、インコムによるオールレンジ攻撃は確かに脅威ですが、この陣形なら凰さんを狙うインコムはオルコットさんが逆に狙い返せばいいですし、オルコットさんを狙う荷電粒子砲は距離があるので回避しやすく、オルコットさんに集中するということは凰さんが懐に入りやすくなるということです。
近距離格闘型と中距離射撃型のペアの基本的な戦い方ですが、上手い具合にお互いの機体性能が噛み合っていますね。
『い、行くよ! セッシー、りんりん!』
対する布仏さんは20本ぐらいのインコムを展開…………あれ? 展開したのはいいですが、先端に荷電粒子砲も何もついていないですね。それに今までの試合で使っていたインコムは多くても10本ぐらいだったのですが、一気に倍の数を展開?
しかも武器がなければ攻撃することは出来ないのではないでしょうか?
私の困惑を余所に、展開されたインコムはそのままアリーナ内に縦横無尽に広がりました。どうやらインコムは数が増えただけではなく、ケーブルの長さも長くなっているようです。
アリーナのバトルフィールドは直径100mほど。野球場の広さをイメージして頂ければだいたいわかると思うのですが、ケーブル間隔は10m以上空いているとはいえその直径100mほどの半球空間を縦横無尽にケーブルを走らせています。
凰さんもオルコットさんもインコムが自分の周りに伸びてきたために、慎重に行く作戦なのか、それとも困惑したためなのか攻撃態勢を止めて布仏さんの動きを窺っていますが、布仏さんはこの後はいったいどうする気なのでしょうか? 武器も何もないのなら、攻撃のしようがないのでは?
『……ッ!? 鈴さん! クラス対抗戦の時の遠距離量子化解除です!』
『!? しまった! それかぁっ!』
オルコットさんが何か気付き、声を上げました。
その言葉に思い当たることがあったのか、凰さんが再び布仏さんへの距離を詰め始めました。
しかしクラス対抗戦の時の遠距離量子化解除? 織斑君がゴーレムⅡ相手にやったあれですか?
「ほう、なるほどな。
“先端に武装を取り付けたインコムを伸ばす”のではなくて、あらかじめ“展開しておいたインコムに武装を取り付ける”のか」
「ああ、そういうことですか」
なるほど。インコムは自由度の高い兵器ですが、それでもインコムの先端についている武装に注意をしておけばそれなりに対応出来ます。
しかし、あらかじめあのようにフィールド全体にインコムを張り巡らせ、インコムの先端ではなくてケーブルの途中に遠距離量子化解除で武装を呼び出すわけですね。これならただインコムの先端に注意しておけばいいというわけにはいきません。
おそらくインコムのケーブル操作は自動でしょうね。そうでなければ一年生が20本なんてインコムを操ることは出来ないのでしょうが、それでも攻撃するには問題ありません。操縦者はどこに武装を呼び出して、どのタイミングで仕掛けるかだけを命令すればいいだけならそれほどは難しくはないでしょう。
武装を取り付けるのはインコムの中継リレーの部分でしょうか?
『サーモバリック爆弾!』
布仏さんが初心者用の音声コールを使用して武装の実体化を行いました。
最初から実体化させておいた今までの試合と違って、戦闘中に実体化をさせなければいけませんので初心者用の音声コールを使用したのでしょう。
それに意図を気づかせないためにインコムケーブルの展開が終わるまで武装の実体化をしていませんでしたが、凰さんたちが布仏さんの意図に気付いたからには時間との勝負にな…………サーモバリック爆弾?
荷電粒子砲とかじゃな……ってぇええっ!?
『なっ!?』
『何ですの、この数は!?』
驚く凰さんとオルコットさん。私も驚きました。
だってさながら枝に生った果物のように、爆弾らしきものがインコムケーブルに生ったんですもん。ケーブル一本に付き10個は生っていますから、数にして200ほどの爆弾が半球状の空間の中に万遍なく出現しました。
そしてサーモバリック爆弾とは気体爆薬の一種で、燃料気化爆弾の次世代型に当たります。
従来の爆弾は爆発して飛び散った爆弾外殻の断片を高速で衝突させてダメージを与えるのに対し、気体爆薬は爆風衝撃波そのもので相手にダメージを与えます。
いくら小型のサーモバリック爆弾とはいえ、200もの爆弾が一斉に爆発してしまったら……。
『ゴメン! セッシー、りんりん!
“
オルコットさんと凰さんに謝りながら、しゃがみ込んで頭を抱えて身を守るようにして叫ぶ布仏さん。
あ、モニターが真っ白に……。
のほほんさんもハーレム入りさせようかとも思いましたが、
「……もう、お菓子を買いに行くこともできないね」
「ううん、いいの。私はね、おりむーさえ一緒にいてくれればいいよ」
「ありがとう……俺ものほほんさんが大好きだ。それだけは、誓って本当だ……」
という声優ネタが頭から離れなくなったので止めます。この流れはアカン。
そして対IS必勝法、“肉を切らせて骨を断つ”ではなく“肉を焼いて肉を焼く”。
自分すらもダメージを受けるメガンテですが、AISはシールドエネルギーがISの4倍あるから平気です。
でもどちらかというとメガンテじゃなくて、FF6のメルトンとかジハードでしょうか。
FF6ではメルトンが炎属性なので、フレイムシールドを装備させてメルトンを使えば“味方は回復するけど敵にはダメージ”という戦法がありますが、それに似たようなものですね。
技名の元ネタはDies iareの
“逃げ場の一切ない砲身状の結界に対象を封じ込め、内部を一分の隙間もなく焼き尽くす回避不能の絶対必中の攻撃を放つ”という技なのですが、こちらではアリーナのシールドバリアーが閉じ込める結界代わりですね。
そしてサーモバリックだけでなく焼夷剤も混ぜて使って空間ごと焼き払いますが、今回は勝ちを優先するためにサーモバリックのみ使用。
逃げ場なしの全体攻撃。威力は爆弾の数で調整可能で、爆弾の数によっては一回の爆発でISを戦闘不能にすることも可能。ただしAISはシールドエネルギーが2500あるので無事です。
性能的には別に小型爆弾数百個ではなく大型爆弾一個でも別にいいのですが、おそらくある程度以上の威力を持つ武装というのはルールで禁止されていると思うんですよね。それにIS学園に運び込むときにばれるでしょうし。
でもそれなら数で補えばいいや。火力は数だよ、のほほんさん!
インコムの展開などで準備に数秒かかるので、その数秒以内にシールドエネルギーを2000ほど減らせるなら勝機はあります。まあ、実質零落白夜持ち以外は勝てないということですけど。
さすがにのほほんさんも罪悪感に苛まれながら撃ちました。ウン、一夏外道。