AS オートマティック・ストラトス   作:嘴広鴻

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第17話 厳然な機体能力差とはこういうものです

 

 

 

――― ラウラ・ボーデヴィッヒ ―――

 

 

 

 心の底から酷過ぎる。

 

 

 爆煙が収まってきて見えたのは、地面に倒れ伏しているセシリアと鈴、そしてしゃがみ込んで震えるように身を守っている布仏。

 セシリアと鈴のシールドエネルギーは500以上減っているのに対し、布仏のシールドエネルギーは400弱しか減っていない。おそらく付加装甲による防御力増加と、しゃがみ込んで爆風との接触面積を減らしたからだろう。

 ISとAISではただでさえシールドエネルギー量の差があったのに、これではセシリアたちに勝ち目は……。

 

 

 あ、布仏が立ち上がって再びインコムを展開した。

 しかしセシリアたちはダメージが大きいのかまだ立ち上がれない。というか気絶はしていないようだが放心状態に近いようだ。

 いくらISを身に纏っていたとはいえ、あれだけの爆発の中心部にいたから仕方があるまい。

 

 

 確かに私は軍隊育ち故にこの戦法の有効性はわかる。

 布仏が失ったものは攻撃に使った爆弾の他には、シールドエネルギー400弱とインコムケーブル20本のみだ。シールドエネルギー総量で考えるならたったの2割。

 どうやら一夏のようにインコムケーブルにはシールドバリアーを展開していなかったようだが、これは爆発によって余計なシールドエネルギーの消費をしないようにだろう。インコムケーブル20本程度なら拡張領域(バススロット)をそんなに必要としないからな。

 

 それに対してセシリアたちはシールドエネルギーの約8割をそれぞれ失った。

 同じ攻撃、いや、爆弾を半分の量に減らした攻撃でもあと一撃喰らったら終わりになるだろう。それに加えて爆発の衝撃で武器を手放してしまったのか、セシリアのレーザーライフルも鈴の青竜刀も明後日の方向に落ちている。しかもセシリアに至っては展開していたビットが爆発で全滅したので攻撃力が激減している。

 布仏も損害を受けていることは受けているが、被害対効果で考えるならこれほど効果的な攻撃はない。

 

 

 ム、布仏が“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”の準備を終えたようだが、どうやら発動するのは躊躇っているようだ。

 ウン、気持ちはわかる。

 

『お、おりむー! やっぱりこれは酷過ぎるよぉっ!』

 

 やっぱり発案は一夏か。

 まあ、布仏があんな外道戦法を考えつくわけないか。

 

 ……って、もしかして布仏は“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”以外の武装は積んでいないのか?

 わざわざ新たに“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”をするまでもなく、適当に倒れ伏しているセシリアたちに荷電粒子砲を叩き込めば終わるのにそれをしないということは、勝つことだけを考えて一番効果的な武装を積んだのだろう。主に一夏が。

 でもそれにしても酷過ぎる。

 

 

「……おい、シャルロット。デュノア社は何故こんなものを作った?」

「知らない知らない知らない! 私はこれについてはノータッチ!」

 

 

 ノータッチで済む話ではないだろう。

 製造元はデュノア社なんだし、あれだけの数の爆弾を用意するのにもデュノア社が協力したとしか考えられないぞ。

 

 しかしまあ、とんでもない戦法を考えついたものだな、一夏は。

 あれだけ爆弾による飽和攻撃されたとしたら防げないし、何よりも回避出来ない。あれは絶対不可避の攻撃だ。

 

 私のシュヴァルツェア・レーゲンでも対処は出来んだろう。例えAICで一方向からの爆発は防げたとしても、他の三方七方からの衝撃は防げないので結局はダメージを受ける。

 対処するとなれば、ラファール・ベルセルクルのように付加装甲で防御力を上げてシールドエネルギーの消費を少なくするしかない。しかしそれでも結局はAISのシールドエネルギーの方が多いので焼け石に水だ。

 

 しかもあの“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”はまだまだ威力を上げられるはず。その気になればおそらく一撃でISを落とすことが出来るだろう。

 今のは比較的小型のサーモバリック爆弾を使っていたが、いくつもの爆発源があったために爆発が打ち消し合ってしまった部分もあるはず。

 素直に大型爆弾を使っていれば、それこそ一撃でセシリアと鈴を落とすことが出来ただろうが、おそらくルール上の問題だろうな。

 さすがのISでも、大量破壊兵器を搭載することは禁止されているし。

 

 

 ……いや、でもこれホントどうすればいいんだ?

 

 

「大丈夫! のほほんさんと次に当たるのは一夏だから!

 AIS同士で喰い合ってくれるから、AISを相手にする必要があるのは二人のうち片方だけだから!」

 

 

 このトーナメントでは大丈夫かもしれないが、そんな風に言うということはシャルロットも布仏には勝てないと思っているということか。

 正直な話、一夏相手にはシャルロットとの二人掛かりでも勝てるとは思っていなかったのだが、布仏には勝てると思っていた。

 いくら火力と防御力が増大していても、技術の差でそれを覆して見せようと思っていた。だがこの技術もヘッタクレもない戦い方相手ではどうしようもないんじゃないのか?

 

 勝てるとしたら同じAIS使いの一夏か、もしくは絢爛舞踏でシールドエネルギーを回復出来る箒か?

 しかし箒だって“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”に使用する爆弾の数を増やし、一撃で落とされてしまうようだったら対処のしようがない。

 

 

 ……えー、何コレ?

 確かに布仏の取った行動は軍隊で考えるなら極めて妥当だが、ISを競技として捉えて考えるなら酷過ぎるぞ、コレ。

 

 でもコレはルール的に問題ない。

 この攻撃が駄目なら、最大48発の独立稼動型誘導ミサイルを発射する簪の山嵐も駄目になってしまう。

 

 やはり早急なAISに関するルール作りが必要なんだな!

 この試合の映像をハインリヒ大佐に送って、ドイツの方からもルール改正を要求してもらうとするか。

 

 

 

『お、おりむー! 本当に他の戦い方はなかったの!?』

『うわー、さすがの束さんもこれには引くわ』

『さすがにのほほんさんが“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”無しで代表候補生組に勝つのは難しいだろ。

 いくらAISの火力が凄いとはいえ、代表候補生組は力押しだけで勝つことが出来るほど甘くはないぞ』

『涼しげな顔をして言うことか、この馬鹿がぁっ!』

『織斑先生、マズいです! 織斑君の顔が青くなってます!』

『私こんなんで勝っても嬉しくないよぉっ!』

 

 

 布仏が管制室にいる一夏に呼びかけるが、これだけのことを企んでいておいて一夏の声色は普通通りだ。

 一夏に頭を撫でられながら一夏の落ち着いた声で“ラウラ”と名前を呼ばれるのは好きだが、この状況では傍から聞いているコチラがムカついてくる。

 

 それにしても管制室はどういう状況になっているんだろうか。

 さっきからガシャンガシャンという物音がしているし、教官の激怒している声も聞こえる。しかも一夏の顔が青くなっているということは一夏が折檻されているのかもしれんな。

 さすがの教官もこれには怒るか。

 

 

『とりあえずのほほんさん。このままでいても仕方がないから、まずは試合を終わらせよう。

 爆弾の数を半分ぐらいにしてもう一回“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”を』

『この状況でトドメを促すって布仏さんには辛くないですか、織斑君!』

『さすがいっくん! ちーちゃんに出来ない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれるあこがれるゥ!』

『ええいっ! もう勝負はついた。試合終了だ! 救護班は直ちにオルコットと凰を回収しろ!

 これで今日の試合スケジュールは全て消化した! 生徒は各自教室に戻れ。来賓の方々も控室の方に……ってこのセリフ、クラス対抗戦でも言った覚えあるぞ!』

『よ、よかった。もう終われるんだ……』

 

 

 あー、確かにこれ以上試合を続けても意味はないな。

 布仏も明らかにホッとした顔をしている。あのまま試合を続けてセシリアたちにトドメを刺すことになっていたら、きっと布仏のトラウマとなっていただろう。

 

 しかしこれは困った。

 明日の準決勝で先に一夏と布仏がぶつかるので、私たちと布仏がこのトーナメントで戦うことがないとはいえ、あの“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”は脅威だ。

 この試合結果を顧みて、おそらく何らかのルール改正があるだろうし、そもそもデュノア社からのベルセルクルの貸し出しはこのトーナメント限定だとはいえ、それでも対策を考えておかなければなるまい。

 

 ルール改正にも時間がかかるだろうし、何より似たような事例が今後も起きないとは限らない。

 それに効果的な戦い方なことは確かなのだから、もしかしたら類義の戦い方を考案する者が出ないとは言えんからな。

 

 弱点としては“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”を展開するまでに時間が必要ということか。

 一夏ならその隙をついて零落白夜で落とせるだろう。おそらく明日の準々決勝は一夏の勝利となるはずだ。

 しかし私にはそこまでの攻撃力はない。これはシャルロットや箒たちでも同じだろう。

 

 うーん……展開する隙をついてIS本体の動きをAICで止めても、停止させられるのはIS本体だけなんだよな。

 四方八方に広がったインコムまでは動きを止められないし、動きを止めても停止結界範囲外に爆弾を量子化解除でされたらどうしようもない。

 

 これはマズいな。私一人ではどうしようもない気がする。一度専用機持ち組の皆で集まって対策を考えてみるか。

 今は明日のトーナメントに集中しよう。順当にいけば、明日の準決勝で箒・簪ペアと当たる。まずはそっちに集中しよう。箒も簪も他のことに気を取られている状態で勝てる相手ではない。

 

 

 あ、一度専用機持ち組の皆で集まって対策を考えるのって、もちろん一夏は除いてだぞ。

 ……って、シャルロット。不思議そうな顔をしてどうしたんだ?

 

 

「い、いや。さっきの一夏たちの会話に有り得ない……わけじゃないけど、ここにいない人がナチュラルに混ざっていたような気がして……」

 

 

 ? 何のことだ?

 

 

 

 

 

 

――― セシリア・オルコット ―――

 

 

 

「ふざっけんなああぁぁっーーーああぁぁ、あー……?」

「何を立ち止まっているのですか!? 早く部屋に入ってください、鈴さん!」

 

 

 試合終了後、一夏さんがいるはずの管制室に踏み込んだ私と鈴さん。今度という今度は一夏さんに直接スターライトmkⅢブチみますわ!

 さあ、さっさと部屋に入って……入っ……て…………殺人事件発生現場?

 

 

「……フム、さすがだ千冬姉さん。

 並みの勢いで殴りつけたらヘシ折れるか曲がるかだろう。この見事に飛び散った出席簿の破片は千冬姉さんの強さの証というところか……。

 だが、この絶対防御を抜くことは出来ない!」

「ほう、まだ余裕があるのか?」

「あ、ゴメンやめて。スコーピオン・デスロックはもうやめて。

 絶対防御って関節技は防げないんだよ」

「織斑先生! 少し落ち着いてください。パンツ見えそうです!」

 

 

 ……チッ、織斑先生に先を越されてしまいましたか。

 何て言ったらいいのでしょうか? 一夏さんが俯せに寝かされていて、織斑先生が一夏さんを跨いで中腰で立って、一夏さんの両足を交差するように持ち上げて足関節を極めています。

 あれがスコーピオン・デスロック?

 

 それにしても管制室は阿鼻叫喚な有様になっていますわね。

 椅子が薙ぎ倒され、織斑先生がいつも持ち歩いている出席簿らしきものの破片が飛び散り、管制の際に使用しているモニターに穴が……一夏さんの頭が突っ込んだくらいの大きさの穴が開いています。ああ、コーヒーカップが地面に落ちて砕けていますわね。

 クマか何かが暴れたと言われても納得出来ますわよ、コレ。

 

 

「というかASの絶対防御が発動する出席簿の一撃って何なのさ?」

「本当にまだ余裕があるようだな、この愚弟がァッ!」

「簪だって似たようなことしてたのに……。

 俺が考えたのはそれをスケールアップさせただけじゃないか」

「スケールアップにも程があるわァッ!」

「音がっ! 織斑君の足からミシミシって嫌な音が!」

 

 

 うっ!? もしかして原案は一夏さん+箒さん VS 代表候補生組5人でやったときのアレですか。

 あの時は一夏さんが逃げられないように、簪さんが山嵐でアリーナの全空間を焼き払ったんですが、それを参考にしてあの“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”を考えついたということは、今回のことはもしかして私たちの自業自得?

 あの時の戦いは代表候補生組で事前に作戦を練っていましたし……。

 

 でも確かに逃げ場がないぐらいの空間攻撃をしたのは同じですが、根本的に威力が違いすぎますわ!

 まさか一撃でシールドエネルギーを8割も削られるなんて思いもしませんでしたわよ!

 

 

「ああ、確かに私でも暮桜無しだったらアレには勝てんだろうさ! お前が大口を叩いただけのことはある!

 だがアレは明らかに試合でやっちゃいけない類のものだろーが! ハメ技にも程があるぞ!」

「だって思いついちゃったし……。

 まあ、一撃で終わっちゃう格ゲーなんかあったら、クソゲーってどころじゃないよね」

「思いついたからってやるんじゃないわよ!」

「ちょっ、人を踏むな、鈴!?」

 

 

 ゲシゲシと一夏さんを踏みつける鈴さん。私も混ぜてくださいまし!

 あ、それとも一度部屋に戻って、ハイヒールの靴に履き替えてきましょうか。でも履き替えてくる時間も惜しいですわね。

 

 

「一夏さん、いくら何でもアレはあんまりではありませんこと?」

「痛っ!? セシリアまで踏むなよ。

 いやー、確かに悪かったと思うけど、一度考えついたら止まんなくてさ」

「のほほんさんのことも考えなさいよ!

 やるなとは言わないけど、せめてこういう公式試合じゃなくて模擬戦の時にでも事前にやっておきなさい。それも他人任せじゃなくて自分で!」

「そうですわ! 先ほど布仏さんに恐縮そうに謝られましたけど、レディーにあのような顔をさせるなんてどういうおつもりですか!」

「えっ? そんなにのほほんさん気にしてた?

 ……あー、ゴメン。それは素直に謝るわ。のほほんさんにも後でお菓子かなんか持って謝りに行ってくる」

 

 

 誰もが一夏さんみたく神経が図太いわけではありませんことよ!

 織斑先生にスコーピオン・デスロックをかけられているので、ちょうどいい具合に一夏さんの頭が踏みつけられます。

 ゲシゲシと一夏さんを踏みつけますが、平気な顔して何とも応えていらっしゃいませんわね! 女子に足蹴にされるなんて恥と思わないのですか!?

 

 

 ゲシゲシ。

 

 ゲシゲシ。

 

 ……ゲシゲシ。

 

 

 …………ゴクリ。一夏さんを足蹴に出来るなんて……。

 な、何か変な感じがしますわね。

 

 

「オルコット。今の生唾飲み込むのがやけに生々しかったんだが?」

「何か変なことに目覚めてないでしょうね、アンタ?」

「な、何のことですか!? オ、オホホホホ……」

 

 

 お、織斑先生も鈴さんも何で引いていらっしゃるんですか!? ホラ、織斑先生がスコーピオン・デスロックを解いてしまったから一夏さんが逃げてしまいますわ!

 ……って、何で一夏さんは匍匐前進で私から逃げて織斑先生の近くに避難しにいくんですの!? これはあくまで一夏さんへのお仕置きですわ!

 

 “お仕置き”……何だか言葉の響きが心の琴線に触れてきますわね。

 

 

「痛て……悪かったよ。ゴメンな、鈴、セシリア。今度埋め合わせするから勘弁してくれ」

「……そりゃあルール上は問題ないから、本来なら文句つける筋合いはないんだけどさ。

 それでも限度ってものがあると思うのよ」

「わかってる。というか考えててそう思った」

「そう思ったのなら何故布仏さんにあんなことをさせたのですか!?

 こんなことではAISがそのうち使用制限にかかったり、最悪の場合では使用禁止になってしまいますわよ!」

「……俺がAISを考案しておいてなんだけど、制限かけた方がよくないか?」

 

 

 ……ハイ? 何を言っているのですか、一夏さんは?

 

 

「ここ半年近くAIS使っててわかった。

 AISとISを同じ土俵に立たせるってことは、大げさに言えば戦車と普通自動車を同じ土俵に立たせるのと同じだわ。性能はいいけど燃費は悪い。燃費は悪いけどガソリンタンクは大きい……いや、燃費で考えたらISとそんなに変わらないから違うか。

 ……あー、フリーダイビングの競技に酸素ボンベ背負って出場するみたいなもんかな?」

「酸素ボンベを使用するなら、それはフリーダイビングではありませんわよ」

 

 フリーダイビングとは酸素ボンベなどを使わずに、自らの肺活量だけで行うダイビング競技なのですから。

 ……でも言いたいことは何となくわかりますわね。

 

「おい、一夏。もしかして今回のことはわざとなのか?」

「この試合を利用してAISの使用禁止を狙ったってこと?」

「いや、使用禁止はさすがにマズいだろ。ISの発展のことを考えるとAISは避けて通れないことだ。

 でもIS競技試合とかでは何らかの制限をかけた方がいいとは思っている。今の試合見てたらわかるだろ」

「そりゃあもう。納得出来るどころの話ではありませんけどね!」

「おそらく放っておいたらIS委員会とかが過剰なAISの締め付けをしそうな感じがするから、あらかじめAIS使いが制限をかけることを申し出て、穏当な制限にしてもらおうと思ってな。

 ここまで圧倒的だとさすがにマズいと思ってさ。既にIS委員会にはメール送付済みだ」

 

 

 私たちは当て馬ですかっ!?

 確かに言わんとしていることはわかりますが、AISと戦う羽目になった私たちのことを考えてくださいな!

 

 フォローさえすれば何をしていいというわけではないのですよ。

 私たちは別に今回のことが理由で代表候補生を外されるということはないでしょう。いくら負けてしまったとはいえ、理由が理由ですからね。

 むしろ最近は一夏さんの相手をしなければいけなくなったことで、上の人に同情されたりすることが多くなってしまった私ですが、それでもプライドというものがあります。当て馬のような扱いをされて嬉しいと思うわけがないでしょう。

 

 

「いや、そのことがなかったとしても、どっちにしろのほほんさんに“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”の使用を薦めていたと思うぞ。

 それが箒・簪ペアでもシャルロット・ラウラペアでもな」

「うわ、どっちにしろ酷い」

「布仏さんに当たった時点で私たちの負けは変わらないということですか」

「のほほんさんがいくらAISを使えることになっても、一週間かそこらのAISの練習で鈴とセシリアの二人に勝てるとは思っていないよ。

 普通にやったら負けるとわかっているんだから、わざわざ負ける戦い方を薦める必要はないだろ」

 

 

 ううぅ……評価してくれているのは嬉しいのですが、こんな目に遭うなら見縊って頂いた方がよかったですわよ。

 確かに普通に戦ってさえいれば布仏さんには勝てたでしょうね。でもだからこそ布仏さんに自らが負けるような戦い方をしろとは言えませんし……。

 

 

「別に鈴やセシリアが不甲斐ないとは言わないさ。相手が代表候補生だろうがなんだろうが、 厳然な機体能力差とはこういうものなんだからな。

 奇策や相性でひっくり返せる強弱など、結局のところ、ある程度拮抗とした関係であることが前提なんだ。どう転ぶか分からないという天秤を傾けるのが策であり状況。

 最初から絶望的に開いている差を、それらで埋めることは出来ないだろ」

「もういいわよ。いろいろ言いたいことはあるけどもう疲れたわ」

「……私も同感ですわ。一夏さんのすることにいちいち怒っていたら身が持ちません」

「人を散々蹴たぐっておいてその言い草……」

「何か文句あんのかしら!?」

「ないよ。わかったわかった。俺が悪かったよ。

 それに正直、こんな感じになると予想はしていたからな。かといってIS委員会が動き始めるまで待っているのはマズいと思ったんだよ。

 ちゃんと埋め合わせはするから」

 

 

 言っていることはわかりますし、理由としても納得出来ますし、何よりルール上問題ないから仕方がありませんけどね。

 それでも不愉快な気分になってしまいますわ。今度同じようなことしたら許しませんからね。

 

 ……と、ところで埋め合わせとは、いったい何をしていただけるんでしょうか?

 

 

「言っておくが鈴とセシリアだけじゃなくて、専用機持ち全員にだぞ。のほほんさんが専用機持ちと当たる状況になったら、どのペア相手でも“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”する予定だったからな。

 “焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”を喰らっていないとはいえ、トーナメント表次第では当たるかもしれなかった箒たちも面白く思っていないだろうから機嫌は取っておきたい。

 今度の臨海学校の準備の買い出しに行くときは荷物持ちをするし、費用も六人分全部俺持ちってところでどうだ?」

「荷物持ちって言っても、アンタは全部ベルセルクルの拡張領域(バススロット)に収納するだけでしょーが。お金持ちだから費用だって大した負担じゃないんだし。

 ……“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”喰らった私とセシリアだけにはもう一声」

「ん、何がいい?

 といっても、鈴とセシリアに対してであって、中国とイギリスにじゃないからな。あくまで個人間でのことだぞ」

「わ、私個人にですか? そう言われると……」

「そーねぇ……ま、私は後でジックリ考えるわ。

 セシリアはホラ。今度から料理の勉強するって言ってたから、それの“味見係”ってのがいいんじゃない?」

「まあ、それはいいですわね! 100スレ目まで読み終わったところですし、ちょうどいいですわ!」

「俺に死ねと申すか!? もしかして本気で怒っていらっしゃいますか、鈴さん!?」

「べっつにー? 一夏も少しぐらい痛い目を見た方がいいんじゃないか、なんて思ってないわよー。

(ラ、ラウラみたいに抱っこ+髪手梳きを……)」

 

 

 お、お二人とも酷いですわ! いくら私でも死人が出るような料理を作るはずありません!

 あれからちゃんと勉強していますので、前回のような不出来なものは作りませんわ!

 

 そこまでおっしゃられるのなら仕方がありません。明日のお昼にお弁当を作ってきます!

 どうせ午前に行われる準々決勝は一夏さんが布仏さんに勝つでしょうから、私の作ったお弁当を食べて一夏さんは午後の準決勝、決勝に向けて英気を養ってくださいませ!

 

 

「頑張れ、一夏♪」

「セ、セシリア! 俺は試合前は消化が良くて糖分が豊富な餅やバナナを食べることしているから明日はいらない!

 だから料理に自信があるなら鈴の分を作ってやってくれ!」

「えっ!? ば、罰ゲームに私を巻き込まないでよ!」

「罰ゲームとはどういうことですか、鈴さん!

 ならばいいでしょう! まずは鈴さんに私の料理の勉強の成果を見せて差し上げますわ!」

「頑張れ、鈴♪」

「いやぁぁあああっーーー!?」

 

 フフフ、明日のお昼を楽しみに待っていてくださいな、鈴さん。

 さぁて、それなら料理の準備をしなければなりませんわね。さすがに材料を取り寄せる時間はありませんから、この後にでも急いで材料を買ってこなければ……。

 

「っと。いかんいかん、まずはこの件について終わらせないとな。

 そういうわけで織斑先生。こういう事情だったわけですし、ルール上問題ないからこんなところでいいでしょうかね? ペナルティはさっきの折檻ということで」

「…………チッ、今度からあらかじめ私たちに相談しろ。お前に好き勝手にされたら後始末で私たちの仕事が大変なことになる」

「あらかじめ言っておいたら、前始末の方が大変になると思うんですが……まあ、その方がいいんでしたらそうします」

「そう言われたらそうかも…………いや、とりあえず相談しろ。内容次第では聞かなかったことにするから」

「お、織斑先生。そんなのいいんでしょうか……?」

「山田先生が前始末も後始末もしてくれるんでしたら構いませんが?」

「……やっぱり人生清濁併せ呑むことも必要ですよね」

 

 山田先生が堕ちましたわね。仕方がありませんけど。

 

「あ、それと管制室の壊れた備品の弁償は俺がしますね」

「いいんですか? 織斑君は抵抗せずに殴られ続けていただけなので、何も壊していませんけど……」

「う……(如何に理由があれど、姉として弟に不始末を押し付けるのは……)」

「織斑先生と同じ部屋にいれば、こういう風になることは予想していましたから。

 かといって違う場所にいたら来賓の目とかも気にせずに殴り込みされそうな気がしたので、被害を一室内に抑えるためにわざわざ管制室で観戦していたんですし」

「抵抗しなかったのはそういうわけだったんですか……」

「フン……(そ、そんなにわたしはわかりやすいのか?)」

 

 

 織斑先生が微妙そうな顔。相変わらず仲がよろしい姉弟ですわね。ま、この辺が落としどころなのでしょう。

 “焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”については言いたいことがまだまだありますが、これはどちらかというとルールの不備が問題なわけですし、今後は使わないということならこれ以上はいいですわ。

 この件で本国から何か言われることはないでしょうし、むしろ“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”を受けた人間としてレポートを提出する方がいいでしょう。

 

 さて、それなら私は明日の準備をしましょうか。

 報告書の提出はこの学年別トーナメントが終わってから出すことになっていますし、ブルー・ティアーズの損害はビットだけで、本体はシールドエネルギーを減らされただけなので修理の手間もかかりませんので、料理の準備時間はたっぷりありますわ。

 

 食べる人間は世界三大料理である中華料理を上手に作れる鈴さん。相手にとって不足はありません。

 このセシリア・オルコットの力を見せて差し上げますわ!

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「知っているか? メシマズは3つに分けられる。“不器用な奴”、“味音痴な奴”、“いいかげんな奴”、この3つだ。

 セシリアは――――“不器用な奴”+“いいかげんな奴”の複合だ」

「も、申し訳ありません……」

 

 

 こ、こんなはずでは……。

 ちゃんと料理の勉強をしていましたのに、レシピもちゃんと暗記するぐらい読みましたのにっ!

 

 それなのにどうも上手くいきません。

 何故だか私が想像していたのと違うものが出来上がってしまいますわ……。

 

 

「不器用なのは仕方がない。それに不器用というより慣れていないだけだろうから、経験を積めば何とかなると思う。

 だけど“ちょっと足りないかな?”――そう思っても味見もせずに調味料を足すな。それと初心者なんだから色合いとかは気にするな。まずはレシピ通りに作ることだけを考えろ。

 そして何よりも初心者なんだから簡単なものを作れ。『サンドイッチなんて簡単なモノじゃなくて!』なんてのは料理に慣れてから言いなさい」

「本当にゴメンなさい……」

「イギリスにはせっかくB(ベーコン)L(レタス)T(トマト)サンドイッチがあるんだから、そういうのでいいだろうに……。

 日本のお弁当ってのは難易度が高いぞ」

 

 

 そう言ってパンケーキ――日本ではホットケーキと呼ばれている生地を薄く焼き上げていく一夏さん。

 何でも普通に市販されているホットケーキミックス粉なるものを使わずに、一夏さん自らが卵や小麦粉、牛乳やベーキングパウダーの配分を考えたものらしく、パンケーキ・サンドイッチとしてハムやチーズを挟んだものにするそうです。

 一夏さんに言わせると、どうも市販のホットケーキミックス粉は“甘過ぎる”らしく、一夏さんの好みに合わないそうです。何でも日本ではパンケーキにバターやメープルシロップ、蜂蜜などの甘いものをかけて食べるのが一般的らしいですが、甘い生地に甘いものをかけると甘さがくどくなって嫌だとか。

 砂糖を控えめにしたこの生地ならパンケーキ・サンドイッチにしてもいいですし、甘いのが好みならかけるものを個人で調整出来るので、これなら軽食にも甘味の両方にもなるとか。

 むしろパンケーキというよりクレープに近いのでしょうか?

 

 ……それにしても手際がいいですわね。ポンポンと生地をひっくり返す様子を見ていると慣れているように見えます。

 あまり凝った料理は得意じゃないとは言ってましたけど、決して料理自体が得意じゃないとは言ってませんでしたものね。

 さすが小さい頃から家事を一手に引き受けてきただけのことはありますわ。

 

 うう……鈴さんにあれだけ大口を叩いてしまったのに、一夏さんが朝から援軍にやってきてくれなかったら恥をかくところでしたわ。

 ルームメイトは私の料理しているところを見ていたためか、普段と違って朝早くから食堂に避難してしまいましたし、一夏さんが食材と器具も一緒に持って来てくれて助かりました。

 

 

「まあ、非常識な材料を使わなくなっただけ進歩しているみたいだけどさ」

「そ、そのことは言わないでくださいまし!」

「さすがに食い物に香水はないわー。

 もし今日もあんなの作ってたら鈴がブチ切れるぞ。そして俺のせいにしてくるぞ」

「きょ、今日も試合があるというのに申し訳ありません……」

「発端を作ったのは俺みたいなもんだからな。これ以上騒ぎを起こすと千冬姉さんに怒られそうだし。

 ほら、俺が焼いてたのを見ててだいたい要領はわかっただろ。最後の一枚、チャレンジしてみるか?」

「は、はいっ」

 

 

 ま、まずはフライパンに油を引いて……フライパンが温まったら生地を流し入れて、片面が焼けるまでしばらく待って………………も、もういいでしょうか? 生地が薄いのであっという間に火が通りますわね。

 それでは一夏さんがやっていたように生地をひっくり返す…………せ、せーのー「待て。フライ返しを使え、初心者」そ、そんな!? せっかく覚悟を決めましたのに!

 それにチャレンジというのなら、一夏さんみたくフライ返しを使わない方法をチャレンジしてみたいのです!

 

 

「……あー、もう。わかったわかった。

 俺が後ろに回ってフォローするから」

「えっ!? いや……ちょ!?」

 

 

 い、一夏さんが私を後ろから抱きしめるようにっ!?

 えと……こ、この状況、どうしたらいいんでしょうか!?

 

 

「セシリア、力が入り過ぎ。

 フライパンは上下じゃなくて前後に動かすように……」

「は、はひっ!」

「だから力が入り過ぎだって」

 

 

 手がっ! 一夏さんの手が私の手の上に被せるように! しかも耳元で囁かれるなんて!

 はわわ……殿方にこのようなことをされるのは初めてです!

 

 ききき緊張してきますわね。

 しかしこれで失敗出来なくなりました。一夏さんにみっともないところを見せるわけにはいきませんもの。

 

 い、いきますわよ。せーのーでっ!

 

 

 

 ガンッ!!!

 

 

 

「あ」

「あ」

 

 

 フライパンが壁に激突!?

 これ一夏さんのフライパンですのに!

 

 

 

 

 







 ……じ、実体験じゃないですよ。
 フライパン凹ましたことなんてないですよ。

 それにしても自分としてはシャルロッ党のつもりだったんだけど、オルコッ党でもいいかもしれない。
 何だかんだでセッシー優遇気味かな。一夏も必死こいて料理教えることになりましたし。


 今年の更新は今回で最後となります。次回更新は1/5の予定です。
 学年別トーナメントもこれで終了です。あとは一夏無双ですんで省略。

 そしてマジで白式・ベルセルクルに勝つ方法見つかんねぇ。バランスブレーカー過ぎました。更に臨海学校で強化する上に、切り札が一枚残っているのに……。
 正確に言うなら『あるにはあるけど一夏も同じことしたら結局は負けなくなる』って感じなんですけどね。


 それにしても最近は年のせいなのか、甘いものが苦手になってきました。
 苦手というかなんというか、一口二口なら美味しく感じられるのに、たくさん食べようとすると飽きてきます。
 ココアなんかを作るときも、普通の砂糖の入ったココアパウダーだと甘過ぎるため、わざわざ純ココアパウダーをブレンドして作っています。
 もうオッサンなのかなぁ。

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