AS オートマティック・ストラトス   作:嘴広鴻

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第18話 姉の心 弟知ってても無視する

 

 

 

――― 布仏虚 ―――

 

 

 

「待ってくれ、一夏ー」

「止まりなさいよー」

「捕まえて差し上げますわー」

「逃がさないよー」

「アハハ、待てー」

「山嵐発射ー」

 

「ハハハ、皆追いかけて来てごらんー」

 

 

 

 …………ミサイルとかレーザーとかレールカノンの弾が飛び交ってなければ微笑ましいやり取りなんですけどねぇ。

 それにしても織斑君相手に専用機持ち六人がかりで挑むなんて、簪様たちも手段を選ばなくなってきたようです。

 

 まあ、“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”考案するような人には手加減する必要はありませんか。

 

 

「よっしゃぁっ! 私も混ぜてー!」

 

 

 お嬢様まで!? さすがにこの追いかけっこに混ざるのは外聞が悪いからやめてくださいよ!

 

 

 

 

 

――― 織斑千冬 ―――

 

 

 

「六人がかりで負けるなんて……」

「あー、もう! 全同時瞬時加速(フルバースト・イグニッション・ブースト)さえ使われなければ!」

「あれで箒さんとラウラさんが落とされたのが痛かったですわね」

「とはいえ一夏の切り札はこれで全部使わせたんだから、あと何度かチャレンジしたらイケるよ!」

「しかし六人がかりで勝てなかったことにはムカつくがな」

「大丈夫。ストレスは今日の買い物で発散出来る。

 というわけで一夏。水着はどんなのがいいと思う?」

「(くそっ、虚ちゃんが止めなければ! 私も参加出来ていれば! 一夏君をぶちのめせたかもしれないのに……)」

 

 

 終わったことをグジグジと言うな。せっかく買い物に来ているというのに辛気臭いことばっかり言っているんじゃない。

 思う存分買い物して一夏の財布にダメージを与える位のことをしてみろ。……まあ、気持ちはわかるがな。

 

 それにしても全同時瞬時加速(フルバースト・イグニッション・ブースト)……か。

 一夏の最後の切り札で、ただ単純に大小合わせて8つのスラスター全てで同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)するだけの機動技だが、加速度がとてつもないな、アレは。

 しかし、いくらIS操縦者保護機能があるとはいえ一秒もかからずに音速を越えるなんて、この技は操縦者への負担が大きいぞ。

 

 とはいえ、六人がかりで挑まれたら出し惜しみは出来んか。

 方向転換も何も出来ずにただ突っ込むためだけだが、奇襲にはもってこいの技だな。零落白夜と組み合わされたら、箒とラウラが一瞬で落とされたのも仕方あるまい。

 

 これで一夏の残りの札は隠し札と伏せ札、そして鬼札が一枚ずつか。

 さて、切り札とは違うようだが、残りの札はいったい何なのだろうか?

 

 

「え、俺が水着を選ぶのか?

 てっきり水着姿は臨海学校で初お披露目すると思っていたんだが……」

「すまん、ちょっと待ってくれ!」

「ど、どうする? どっちがいいと思う?」

「水着を選んでもらうか、自分で選んだ太陽の下で水着を見てもらうのか、ですか……」

「やっぱりインパクト重視なら臨海学校で初お披露目の方がいいけど、水着を選んでもらうのも捨てがたい」

「だ、だったらお姉ちゃんが選んであげるわ、簪ちゃん。

(簪ちゃんが! 簪ちゃんが完全に恋する乙女の顔にっ!)」

「私は臨海学校で初お披露目にする! どういう水着にするかはクラリッサと既に相談して決めておいたからな!」

「ラウラ、その水着を買う前に私たちに一度見せてね。

 ……じゃあ皆もそうしようか」

 

 

 やれやれ。女三人寄れば姦しいというが、七人集まれば何と言うべきなのかな。

 小娘どもが色気づきおって。今のは明らかに一夏による誘導だろうが。

 

 

「じゃ、悪いけど千冬姉さん、箒たちのことお願い。

 買う物決まって支払いの時になったらケータイ鳴らして」

「それは構わんが、お前は何処に行くんだ?」

「学年別トーナメントのお詫び代わりに、このショッピングモールに入っている洋菓子店のお菓子をのほほんさんから頼まれているんだよ。予約はしておいたから今のうちに料金払って品物の確認をしておく。引き取りは帰るときにもう一度寄ってにするけど。

 今日のショッピングにのほほんさんも誘ったんだけど、臨海学校用の水着はもう準備してあるし、休日は寝ていたいからパスなんだってさ。

 それと俺も水着を買ってくる。

(何よりも千冬姉さんとショッピングというのが抵抗あるらしいんだけどな、のほほんさんは)」

「わかった。箒たちのあの様子だと時間がかかるだろうから、水着の他に買い物があったら済ませておけ。

 ……更識の人員がついているとはいえ、周囲には気を付けろよ」

「了解。あとよろしく」

 

 

 一夏の安全のことだけを考えたならIS学園に引き篭もっていた方がいいのだが、逆にIS学園に引き篭もり続けていたら一夏の情報を手に入れるために学園に良からぬことを仕出かす奴が出るかもしれない。

 それを避けるために定期的に一夏は外出して隙をわざと晒しているのだが、先日の学年別トーナメント直後の今回の外出はあまりいい顔を出来ん。

 

 とはいえ一般生徒が多くいるIS学園で事件を起こされるわけにはいかないし、一夏と白式・ベルセルクルの力を考えるとそうそう危険なことはないだろう。

 IS学園生徒最強……最強?である更識の他にも箒たち専用機持ちが合わせて七人もいるし、何より私もこの外出のために打鉄を持ってきている。

 まあ、こういう公共の場で事件を起こされたらIS学園で事件を起こされるのより困るのだが、九機のISなら軍隊をも相手に出来る戦力だ。目端の利く奴ならわざわざ仕掛けてきたりはしないだろう。

 

 ……それにだ、

 

 

『織斑一夏@one_summer

 よっしゃ! 不法使用しているIS捕まえたら、没収コアが五つになるごとにコア一つ貸してもらえることになったわ!』

 

 

 と一夏がツイッターで呟いたからな。

 少なくともISを使って今の一夏に仕掛けるアホウはいないだろう。そしてIS以外の武器ならASのシールドバリアーがあるから平気だ。

 

 こんな取り決めがIS委員会と一夏の間に結ばれてしまったからには、一夏に何かを仕掛けようとする工作員はむしろ一夏にとってのエサとなった。

 撃退が合法になったからには、もし襲われたとしても逆に嬉々として狩るぞ、一夏なら。

 

 ……何でIS委員会はそんなバカな取り決めを決定したんだ?

 

 いや、効果はわかる。この取り決めの効果はわかる。

 ISは各国や企業に貸し出されてはいるが、もちろん貸し出されたISを犯罪などの不法行為に使用したらペナルティがある。コアの没収はそのペナルティの最もたるものだ。

 

 そしてそのコアを貸し出されている国や企業からコアを没収しようとしても、相手がISを持っているのならISを使っての抵抗を想定しなければならない。

 だが白式・ベルセルクルを持っている一夏が敵に回るかもしれないことを考えたら、国や企業も不法行為に手を出しにくくなるだろう。

 事実ISを使用した企業スパイが起こしたとされる事件が何度も起きている。そろそろIS委員会も対策を取ると思っていたが、まさかこんな手を取るとは……。

 

 これなら実際に一夏が警備活動などに参加しなくても、参加するかもしれないという噂が立つだけで効果はあるだろう。

 それにIS委員会としても五つコアを没収出来るのなら、一夏にそのうちの一つを回してもお釣りがくる。しかもその没収理由は“世界唯一の男性IS操縦者に危害を加えようとした”という、誰から見ても反論出来ない理由だ。その“世界唯一の男性IS操縦者”が自分から鉄火場に首を突っ込んでくるのは理不尽だが。

 とはいえ、この理由なら恨みも最小限に抑えられるだろうし、何より同情する人間も出にくい。これなら一夏に何かを仕掛けようとする無謀な奴は出てこまい。

 

 ま、今のところは油断さえしなければ大丈夫、というところか。

 私も側にいるし、こういうことが本業の更識もいるのでこれなら問題ないだろう。

 

 

「お、お姉ちゃん…………これどうかな?」

「待って簪ちゃん! いくら何でも冒険し過ぎよ!」

 

 

 ……でも油断はしていないが、それどころではないという感じだな、更識姉は。

 更識妹も最初の頃に比べると随分と変わったものだ。持っている水着はトップがチューブトップ、ボトムズがローライズの中々露出が激しいものだ。

 今までの更識妹の性格ではあんなものを選びそうになかったが、これも一夏のおかげ……というより一夏のせいか。

 ここまで弟がモテるのは良いことなのか悪いことなのか……。

 

 さて、それでは私も水着を選ぶか。

 個人的には去年と同じ水着でも構わないのだが、わざわざ一夏が買ってくれるというのだから、その厚意を無下にするのは悪いだろう。

 決して学年別トーナメントの騒動の詫びじゃないぞ。家計を握っている弟が好きな物を買っていいと言ったから買うだけだ。

 

 それではどんなのにしようかな。

 あくまで学業の一環として生徒を引率するのだから、あまり派手ではないものを……。

 

 

「あれ? 箒はワンピースタイプにするの?」

「えっ!? ……あ、ああ。あまり露出が多いのは好みではないからな。

 鈴はビキニタイプにするのか?」

「……その好みって“誰”の好みなのかしら?」

「も、もちろん私だ! 周りが同性ばかりとはいえ、女子があまり肌を晒すものではない!」

「ふーん……そうなんだ。確かに布地部分は多いみたいだけど、地味に切れ込みが深いわよ、その水着?」

 

 

 ソレ明らかに一夏の好みだろ。

 一夏は例え私が風呂上がりにバスタオル一枚で部屋を闊歩しても眉一つ動かさない。しかし去年に同僚の結婚式があったとき、慶事ということで初めてドレスを着てみたのだが、変なところがないか一夏に確認してもらった時はいつにもなく褒められた。

 どうやら一夏は同年代の男のことは好みが違うようだ。あの位の年頃の男の子なら、女の肌さえ見えればそれだけで喜ぶと思っていたのだがなぁ。

 

 箒に限らず、昔から女子に好意を寄せられることの多かった一夏だが、今までその好意に応えたことはない。

 もしかして一夏は女性に興味がないのだろうか? と密かに不安になり、一夏の友人、私たちも食事によく行った五反田食堂の息子さんの弾君に話を聞いたこともあるが、どうやら一夏もちゃんと女性には興味があるということなので安心した。

 

 だけどムッツリスケベ。何でも五反田君が言うには“隠そうとしても隠し切れない色気”というのが一夏の好みらしい。

 なかなかのマニアックさに一夏の将来がちょっと不安になった。

 しかし逆に露骨なのは駄目で、むしろ何とも思わないようになった理由は、家での私のズボラな姿を見ていたからだという。

 弟の性癖をマニアックしてしまって正直スマン。

 

 それに例え女性に興味を持っていても、ASショック以前は独り立ち出来るまで男女交際はしないと決めていた他に、家事や鍛錬に忙しいという理由もあったみたいだが、それすらももしかして私のせいなのだろうか?

 だいたい『千冬姉さんに恋人が出来たら明日にでも作るさ。無理だろうけどな。ハハッ!』とはどういうことだ、コラ。あまりの一夏の言葉の酷さに、弾君が顔を引き攣らせていたぞ。決してそれを聞いたときの私の顔を見たせいではないぞ

 まったく、それではまるで私が男に縁がないようではないか。その気になれば男の一人や二人は容易く捕まえられるさ。

 

 ……い、一夏が独り立ちするまではそんな暇ないから後回しにしてるだけだ!

 

 

 あ、水着の他にリンスやトリートメントとかも買っておこう。

 去年の臨海学校で海に入ったら、後で髪の毛がパサパサになって大変だったんだ。しかも去年より髪の毛が長くなっているから、今年はもっと大変になるだろう。

 教師になって臨海学校行事なんか行かなかったら、海やプールなんて滅多に行かないから失念していた。一夏の言う通りにちゃんとリンスやトリートメントを持っていけばよかった。

 

 

「私はこれにするぞ!」

「アラ、可愛らしいですわね。この花柄ワンピース水着」

「マトモな水着で良かった。

 いいんじゃないかな。ラウラに似合うと思うよ」

「ああ! この可愛らしさで妹力を発揮しつつ、一夏に抱き着ついて『当ててんのよ』を実行して女としても見てもらうんだ!」

「お待ちなさい。腹黒いことを考えるんじゃありません」

「それもクラリッサさんからアドバイスされたことなの!?」

 

 

 駄目だ、ドイツ軍。早く何とかしないと。

 いい加減、ハインリヒ大佐に一度連絡を取った方がいいのだろうか?

 

 確かにラウラの持っている花柄ワンピース水着は可愛らしいが、考えていることは可愛らしくない。

 純真だったころのラウラはいったい何処に行ってしまったのだ?

 

 

 ハァ、専用機持ち共はどいつもこいつも癖が強い。この中の誰かが義妹になるかもしれないと考えたら憂鬱になってくる。

 学園を卒業したらおそらく誰かを選ぶことになるのだろうが、一夏はこの中のだれを選ぶつもりなんだろうなぁ?

 

 

 

 

 

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「……で? 結局のところ、お前らはどうなんだ?

 一夏のことはどう思っているんだ?」

 

「ヒィッ!?」

「(小姑による)圧迫面接!?」

「やめてください! 脅えている中学生もいるんですよ!」

 

 

 そ、そんなに私は怖いのか!?

 さすがに中学生に脅えられるのは傷付くぞ。

 

 

 あの後、全員が水着を選び終わったので一夏を電話で呼び出したら、何故か五反田兄妹も一緒についてきた。どうやら偶然このショッピングモールに買い物に来ていたらしい。せっかくなので一緒に行動することになった。

 知らない仲ではないので構わないし、どうやら妹さんの方は来年IS学園を受験するつもりだという。

 この妹さんも一夏にご執心のようだが、一夏にISのことを教えてもらうことだけはやめておけ。変な風に育てられるぞ。

 それと箒と凰は妹さんにメンチ切るのやめろ。大人げないから。

 

 買った物は五反田兄妹の分も含めて、一夏のASに量子化して格納した。おかげで全員手ぶらだ。日常生活に利用出来ると本当に便利だな、アレ。

 そして学年別トーナメントの後始末に追われている山田君からの頼まれ事。どうやら山田君はまたブラのサイズが合わなくなってしまったらしく、注文していたというオーダーメイドの下着を取りに行くことになった。

 ついでにせっかくなので新しい下着も買ってもらおうという話になったのだが、一夏と弾君が「さすがに一緒に行くのはご勘弁を」ということで離脱。

 さすがに男子高校生に女性下着売り場についてこいとは言えないので見逃したが、もちろん支払いの時には呼び出すからな。

 

 まあ、それに久しぶりに男同士積もる話もあるのだろう。

 それで女性だけになったので以前から聞きたかったことを聞いてみたのだが、まさかこんなに脅えられるとは……。

 

 

「……そんなに私は怖いかな?」

「いや、地球を救った最強のIS操縦者に『私の弟をどう思っているんだ、アァン?』って聞かれたら、千冬さんに慣れていない中学生にはつらいと思いますよ」

「大丈夫よ、蘭。ああ見えて千冬さんは優しいところもあるんだから。

 というか下着売り場で話すことじゃないと思いますけど?」

 

 おい待て、凰。

 優しいところ“も”あるってことは、他の大部分が優しくないってことじゃないのか?

 妹さんも取って食ったりしないんだから、そんなに脅えなくとも……。

 

 

 

「しかしなぁ、それこそ学園内でこんなことを話せば騒ぎになるだろうし、何よりも一夏の目の前で話すわけにはいくまい。

 とはいえ箒や凰はいいんだ。お前たちの一夏に対する気持ちはわかっているから」

「……別に隠しているつもりはありませんからね」

「だけど一夏は私たちの気持ちをわかっててスルーするし…………いえ、スルーする理由はわかるんですけどね」

 

 一夏がISを使える理由がわかるまで彼女は作らない……か。それについては、私としては何とも言えんな。

 そこら辺は束の研究に期待するしかあるまい。気長に待ってろ。

 まあ、お前たち二人なら特に私からは言うことは特にない。精々一夏を落とせるように頑張るんだな。

 

「そしてラウラが一夏に懐いているのは知っている。そして更識妹は淡い初恋といったところか?」

「教官は“お義姉ちゃん”と“お義姉さま”のどちらの呼ばれ方がお好みですか?」

「た、確かに初恋はまだでしたけど……」

「(簪ちゃんが! 簪ちゃんが完全に恋する乙女の顔にぃっっ!!!)」

 

 バカな義妹はいらんぞ。私に認められたかったらもう少しマトモになってこい。この調子では、もしラウラと一夏が結婚したら、夫婦というより本当に兄妹のようになるだろうな。

 更識妹は気が弱いところがあるが、こういう大人しくて女の子らしい女の子の方が一般的な男子の好みなのかもしれん。私とは正反対の性格をしているからこそ、逆に一夏には新鮮に感じられそうだ。

 更識姉は……本人たちはそういう感情はなさそうだが、何処となくお互いに似通ったところがあるからなぁ。表面だけの付き合いならいいが、もし何かのキッカケで深い仲になったりすると同族嫌悪に気付いて離れていくか、もしくは同類相憐れむで共依存してしまいそうなのが怖い。

 

 というかハンカチ噛むな、更識姉。

 

「だがデュノアやオルコットがわからん。

 満更ではなさそうだが、それでも行動に移すかどうかまではな」

「えっ!? 私は……あくまで一夏の秘書ですから。それに私の立場じゃ一夏のお嫁さんになんて……」

「じゃあ、もし一夏がデュノアを選んだら断るのか?」

「いえいえ。その場合は私の立場じゃ受けるしかないですよね」

「待て、シャルロット」

「アンタもやっぱりそうなのね……」

「わ、わわわ私はオルコット家の当主ですから! 一夏さんのところに嫁ぐわけにはいきませんわ!」

「婿入りなら?」

「っ!? ……ま、まあ、一夏さんが私をお選びなさるというのなら、その想いに応えるのも吝かではありませんわね」

 

 フム……まあ、だいたい予想通りか。二人とも立場の問題があるからな。

 デュノアはデュノア社のことがある。ただでさえ一夏との友好関係を築いていることで他社からやっかまれているというのに、更に娘が一夏にアタックしたらハニートラップか何かだという悪評が立つかもしれん。恵まれた立場にいるからこそ、これ以上やっかまれるのは避けたいのだろう。

 オルコットは貴族の家の当主で、しかも両親のいない一人娘。この立場では確かに嫁には来れないだろう。

 

 このような立場上、本人からのアプローチは出来ないが、一夏から迫られたら断らないということか。

 

「……で、君は? 五反田……蘭さんだったな?」

「ひゃいっ!? いや、その……一夏さんは私の憧れで……。

 ウチのお兄と違ってカッコいいし紳士だし誠実だし、年上の男の人って感じがして……」

 

 ……カッコよくて紳士で誠実?

 

 …………た、確かにそう言われるとそうなんだが、一夏の本性を知っている身としては何か違う。

 箒たちも微妙そうな顔をしている。特に学年別トーナメントで酷い目に遭わされた凰とオルコットがかなりしょっぱい顔をしているな。

 

 いや、間違ってはいないんだがな。私の弟ながら顔立ちは整っているし女性に優しいし、ああ見えて約束は破ったことがない。

 だから間違ってはいないんだが、それでもやっぱり何か違うんだよ。

 自分の弟ながら、人として間違っていると言わざるを得ないところがあるのがなぁ。

 

 一夏の性格としては、“約束していないことは平気で破る”。

 言葉としては変なのだが、何だかこれが一番シックリくるな。

 

 

 まあ、本人たちがいいのならそれでいいのだろう。箒たちも一夏が逸般人であることを知りながらも好意を抱いているんだから、いくら一夏の姉とはいえわざわざ外野がどうこう言うつもりはない。

 恋愛は自由だし、一夏に任せておけば変なことには…………むしろ相手の女性側が不幸な目に遭いそうな気がしないでもないが、一夏が変な女に捕まったりはしないだろう。

 

 だが恋愛に限らず、今回の学年別トーナメントのことといい束からASを貰っていたことといい、私に何の相談もないのはどういうことだ?

 

 恋愛については相談がなくともまだ許せる。

 一夏の性格上、自ら決めなければいけないことについての相談を他人に持ちかけるのはしないだろうということはわかっている。それに正直どんなアドバイスしていいかわからんし。

 

 だが、一夏が他人に相談しない性格になったのは、やはり私のせいなのだろうか?

 

 

 今考えると私は保護者失格だった。

 一夏が気の利くことに甘えて、家のことは炊事掃除洗濯家事一般全てを任せていたし、弟を守るべきはずの姉が上げ膳据え膳の生活。それに加えて税金関係も含めて雑事も頼りっぱなしだった。私がするのは書類を確認してサインして判子を押すだけだったぐらいに。

 去年からIS学園の教師として就職し、家に帰るのと寮に住むのが半々とはいえ、寮での独り暮らしを始めたところで今まで私が一夏にどれだけ頼っていたかがよくわかった。

 

 私がそんな風に一夏に甘えていたせいか、一夏は自分で出来ることは自分独りでやる子に育ってしまった。もちろん手のかからない上に、何も言わなくとも私の負担を分担して背負ってくれる子に育ってくれたのは嬉しい。

 しかし最近の一夏を見ていたら、もう少し私に頼って欲しいと考えてしまうのだ。

 

 ……もちろん贅沢な悩みだとは自覚しているし、自分が蒔いてしまった種であることは重々承知なのだがな。

 

 

「言っておくが、一夏は難物だぞ。

 一見すれば物分かりが良い様に見えるが、頑固だし自分の考えを変えないところがある」

「? そうでしょうか?

 一夏さんはどんなことにも高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処していると思いますが?」

「というか目的のためなら手段を選ばないタイプでしょう、一夏は」

「ああ、それはそうなんだが、その目的を絶対に変えないんだよ、アイツは。

 束にASを貰ったこととかにそういう性格が顕著に出てるな」

 

 

 そもそも自分の身を守るだけだったらASを貰わなくともいい。

 いや、正確には出来るかどうかもわからないオートマティック・ストラトスというアイディアを束に話さなくとも、もっと現実的な方法があっただろう。具体的には私に相談するとか。

 

 それでも私に相談しなかったのは一夏の目的が“自分の身を守る”の一つだけではなく、“私に心配をかけることなく”という二つ目の目的があったからだ。

 “自分の身を守る”、しかも“私に心配をかけることなく”。“両方”やらなくっちゃあならないってのはかなり難易度が高い。

 

 幸い一夏が考案したASが理論的に正しかったことと、IS開発者である束が協力したことでASは実現した。

 だがもしASが理論的に正しくなく、一夏がASを使えなかったとしたら…………それでもアイツは諦めんだろうな。絶対に諦めないで他の方法を探す。

 探して探して探して……とうとう見つけるのは無理だと思うか、もしくはこれ以上時間をかけたらマズいと思って初めて私に相談するだろう。

 

 一夏はそういう奴だなんだ。

 

 

「えー、そうですか?

 ベルセルクルについてはデュノア社にほぼ丸投げだったんですけど?」

「それは目的が“ベルセルクルを手に入れること”だったからだろう。

 デュノア社に頼ったのはあくまで手段だ。別に開発を頼むのはデュノア社でなくともよかったんだからな」

「見切りがいいというか一夏って両極端なのよね。頼るときは頼ってくるけど、頼ってこないときは頼ってこない」

「……そういえば一緒に住んでいたときは家事とかの小さいところでは頼られることは多かったが、考えてみたら大きな事で一夏に頼られたことないな」

「人の気も知らないで何をやっているんだ! ……と、怒鳴りたくなる時もあるんだが、一夏はその人の気を知ってても自分の行動を変えないからな。そういうところは苦労するぞ。

 恋は盲目とも言う。一夏の良い面だけしか見ないで一生に関わることを簡単に決めるなよ。一夏の悪い面もちゃんと見てから決めろ」

「それは知ってます」

「嫌になるほど」

「だけど理由が理由だから責められないのが悔しいぐらいに」

「え? え? 一夏さんの悪いところってあるんですか?」

 

 

 ……まあ、蘭さんは一夏と接点があまりないからな。

 もし本当に来年にIS学園に入学出来たら嫌になるぐらいわかるだろうから、それを心して待っておけばいいさ。

 

 とはいえ箒たちは納得済みか。“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”とか見てたらそうなるか。

 でも納得しているのなら構わないが、むしろ箒たちがダメンズ好きに見えてきたのは何故だろうか?

 心の中では『一夏は私がいないと駄目なんだから』とか思っていそうだ。特にデュノア。

 

 他人には隙を見せない一夏だが、心を許した人間には結構隙を見せたり甘えたりする。それこそ“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”は仲の良い凰とオルコットだったから布仏に使用させたのだろう。

 そんな風に完璧に見える男がたまに見せる甘えというのが、箒たちの心をくすぐるのかもしれんな。

 

 

「ま、精々一夏の心を射止めるのを頑張ることだ。

 言っておくが私から誰がいいとか言うつもりはないし、束も必要以上は箒に肩入れすることはないと言っていたからな。

 ……正直、予想外だったがな。てっきりアイツのことだから箒の味方をすると思っていたのだが……」

「あ、それは私が姉さんにそう頼んだんです。

 一夏とのことで姉さんの力を借りるのは、何か違うと思いますから」

「フム、その考えは嫌いではないが、後で後悔しないようにな」

「姉さんの力を借りて一夏と恋仲になった方が後悔しますよ。姉さんだったら国に圧力をかけるとかとんでもないことをしそうです。

 それに一夏とのこととは関係なく、直接的なライバルである鈴も含めて私たちは友達同士だと思っています。

 だからこの中の誰か一人が一夏と恋仲になるとしても、皆それぞれが納得する形でこの戦いにケリをつけたいですから」

「え、一人? 別に私はハーレ「ラウラは黙ってなさい」…………こ、怖いぞ、シャルロット」

「そうね。私も箒と一緒で、後に引くような形でこの恋は終わらせたくないと思ってます」

 

 

 ラウラの戯言は聞かなかったことにする。

 というか本気でハインリヒ大佐に連絡を取ろう!

 

 それにしても若いな。

 今の私にはないものを持っているが、それもまた青春の一つだろ…………アレ? 私は今どころか女子高生時代も持ってなかった?

 

 …………い、いや、高校時代は一夏のこととISのことで手一杯だったから仕方がないから。不可抗力だから。

 

 

 ま、この様子なら恋を煩わせて事件を起こすようなことはないか。

 束も落ち着いているようだし、静観してても問題ないだろ。

 

 

 束も一夏のことを気に入っていて、一夏のことは弟と思っていると公言している。

 一夏を可愛がるのは別に構わないのだが、ASを作ったことを始めとして過剰なぐらいに一夏に気を遣っているような気がするのは私の気のせいだろうか?

 

 おそらく箒が同じようなことを頼んでも同じような対応をするとは思うが、それにしたって実の妹と同じような待遇だ。

 あの傍若無人な束があそこまで気を遣っているなんて、いったい一夏の何処が束の心の琴線に触れたのだろう? 単に私の弟ということだけではなさそうなのだが……。

 

 ASショックのときに、何故私に黙っていたかを問い詰めたときも、

 

『だっていっくんがちーちゃんには秘密にしておいてって言ってたし……』

『だとしても本当に黙っておく奴がいるか!

 聞けば一夏がASを貰ったのは小学四年生のときだったそうじゃないか! そんな子供に身の安全のためとはいえASを渡して私に黙っているとは……。

 せめてコッソリ私に伝えておくとかしておけ!』

『え、やだよ。ちーちゃん隠し事出来ないから、どうせ伝えたことすぐバレちゃうもん。

 いっくんに怒られたらどうするのさ。いっくん怒ったら怖いよ』

『………………』

 

 と、こんな感じで、一夏の要望を最大限叶えていた。

 ……私が隠し事とか腹芸が出来る人間ではないということは自覚しているが、さすがに小学四年生にバレるようなことは…………なかったと思う、ぞ?

 

 まあ、一夏は束にもズケズケとモノを言っていたし、束が何かに熱中して食事時に姿を見せないときがあったら箒と一緒に部屋から引きずり出してくるなど、束の変人振りにも拘らず普通の姉弟のように付き合っていたからな。

 そういうところを気に入っただけかもしれん。束の好き嫌いについては考えるだけ無駄か。

 

 そういえば束といえば、クラス対抗戦の時に今度会いに来るようなことを言っていたが、いったい何時になるんだろうか。

 アイツが来るということは仕事が増えるということでもあるので、出来れば暇なときに来て欲しい。それこそ夏休み期間中とかな。

 一夏は今度の臨海学校に飛び入り参加するんじゃないかと言っていたが、わざわざそんな忙しいときに来られたら困る。

 

 せっかく温泉がある旅館に泊まれることになっているんだから、少しぐらいはゆっくりしたいものだなぁ。

 

 

 

 

 

「「「「「「でも恋愛云々以上に一夏(さん)に一度でいいから勝ちたいです」」」」」」

「お、おう……」

「い、一夏さんってやっぱりISでも強いんだぁ……」

 

 

 ……意気込むのはいいが、私たちの仕事を増やすなよ?

 

 

 

 

 







 明けましておめでとうございます。
 今年も拙作のご愛読のほどをよろしくお願いいたします。



 そして長々と千冬視点で書きましたが、

「弟が頼ってくれなくてお姉ちゃんプンプン!」

 の一行でこの話はまとめられたかもしれません。


 そして皆さんが大好きなハーレムやで。
 皆さん一夏が羨ましくてたまらないでげしょう。

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