AS オートマティック・ストラトス   作:嘴広鴻

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第22話 夏休み①

 

 

 

――― 織斑一夏 ―――

 

 

 

 夏休み

 

 始めにするのは

 

 大掃除

 

 

 

 ……5・8・5か。

 それに夏休みという季語はあっても、そもそも切れがないから俳句じゃなくて川柳だな。

 

 

「一夏、一通り見て回ってきたけど、特にカビとかは生えたりはしていないようだ。でも家のあちこちに置いておいた湿気取りはもう駄目だな。湿気を吸って満杯だ。

 それからとりあえずエアコンは全部起動させておいた」

「了解。やっぱり梅雨に備えて、先々月の倍の数を置いておいてよかったか。

 しかしいくら定期的に戻って空気の入れ替えはしていたとはいえ、やっぱり掃除しないと駄目だなぁ」

「本当に日本の夏というのは蒸し暑いな。ドイツとは大違いだ」

「場所によってかなり違うぞ、ラウラ。日本は南北に長いからな。

 北海道は梅雨がないって聞くし」

 

 やれやれ……せっかくの夏休みだというのに、始めにすることが家の大掃除かぁ。

 こんなことなら留守宅管理会社に頼んだ空き家巡回管理サービスに、清掃サービスとかのオプションもつけておけばよかったか。

 

 でも防犯のためにはあまり家の中には他人を入れたくないしなぁ。

 家の外は警察の目があるから庭木の剪定とか芝刈りはお願いしてたけど、さすがに知らない人を家の中に入れるのは抵抗がある。昨日、更識の人たちに盗聴器チェックをしてもらっておいてなんだけどさ。

 でも家の外は警察の皆さまが24時間体制で警備してもらっているとはいえ、そういう用心を怠るわけにはいかないし。

 

 ……ところで家を警備してくれていた警察官の人に微妙な目で見られたのは何故だろう? やっぱり女子七人連れというのがアカンかったのか?

 というか更識会長まで来たのは何故だ?

 

 それにしても月一で家に帰って来て空気の入れ替えや通水をしておいたとはいえ、やっぱり家の中は何だか埃っぽいし空気が澱んでいる。本格的な掃除は四月以降していないからなぁ。

 まあ、警察の警備があるおかげでポストが一杯になっているということがなかったのはいいんだけどさ。

 

 

 フム、トイレや台所のシンクの水が蒸発しているということもないな。あらかじめ水を足しておいてよかった。

 でもとりあえずは通水のためにしばらく水を出しっぱなしにしておくか。

 

「買ってきたケーキは冷蔵庫に入れておいたわよ、一夏」

「おう、ありがとう、鈴。

 ……まずは空気の入れ替えをしながら掃除だな。こんな状態じゃくつろげやしない」

「八人もいればすぐ終わりますわ」

「そうだね、早めに終わらせようか」

 

 臨海学校も無事?に終わり、IS学園も夏休みに入った。

 それで久しぶりに我が家へと帰宅したんだけど、何故か皆が家についてきたんだよ。

 

 四月にIS学園に入学してから家のことはろくにしていなかったので、最初にするのは大掃除だから歓待は出来んぞと言ったら、その大掃除を手伝ってくれるらしい。

 千冬姉さんはこういうことには役に立たないので、俺と箒の二人で掃除しなければいけないと思っていたが、八人がかりで掃除するなら早く終わりそうだ。

 ありがとう、皆。お礼に買ってきたケーキを好きなだけ食べてくれ。

 

 ……ところでセシリアって料理以外の家事スキルはどうなのかな?

 専属メイドのチェルシーさんにそういうの任せっぱなしなんじゃ?

 

「ところで一夏。冷蔵庫の中身は空っぽだったけど、食料品の買い出しとかはよかったの?」

「どうせこの家で過ごすのは今週だけだからな。

 日持ちする紅茶やコーヒーは残っているし、料理するとしても当日に必要な分だけ買った方がいいだろう」

 

 今週いっぱい家でゆっくりしたら、また学園の寮に戻る。

 白式が新しい右背面非固定浮遊部位(アンロックユニット)に慣れるまではあまり激しい模擬戦とかは出来ないとはいえ、それでも警備が整ったIS学園にいた方が安全のためにはいいからな。

 いくら警察官が24時間体制で家の前にいてくれるとはいえIS相手には無力だろうし、何よりここで戦闘になったらご近所様にご迷惑がかかる。

 それにこの家じゃISの訓練なんて出来ないし。

 

 それを考えたら夏休みの間もずっとIS学園にいた方がいいんだけど、俺個人のワガママと言えるかもしれないけど少しぐらいは息抜きをさせてくれ。

 さすがにあの女子だらけの空間にずっといるのはつらい。個人部屋が与えられているとはいえ、やはり部屋の外が女子だけと思うだけで妙なプレッシャーを感じるからな。

 現に自宅ということもあるのだろうけど、家に帰ってからは久しぶりにリラックス出来ている気がする。この一週間はゆっくりとさせてもらおう。

 

 

 ちなみに臨海学校が終わってからアメリカの大統領と電話で話したところ、福音事件についてのお礼を言われた。

 白式・ウルフヘジンの修理費用もアメリカが倉持技研とデュノア社に支払ってくれるようなのは良かったが、残念ながら福音のコアはIS委員会に没収されなかったのでコア貸出しまではあと五機のままだった。

 

 ……チッ、黒騎士(ニグレド)も早く欲しいのに。

 亡国機業(ファントム・タスク)襲ってこないかな。アレでコアを三つ稼げる。

 

 それとどうやら俺が皆に話した事件の背景についても聞いていたらしく、束姉(たばねー)さんにもお礼を言っておいてくれとも言われた。

 どうやら俺の言ったことをアメリカも信じているようだけど、アメリカ軍上層部がどう思っているかはわからない。もしかしたら面子を潰されたと束姉(たばねー)さんに不満を持っているかもしれないし、そもそも俺の言うことを信じていないかもしれない。

 

 というか俺も実のところは束姉(たばねー)さんがやらかしたと思っているからな。

 一応はフォローしておいたけどやっぱり俺だけじゃフォローし切れるわけないので、束姉(たばねー)さんが疑いの目で見られるのは避けられないだろう。

 

 それにコアのブラックボックスの中身のせいでISデータが束姉(たばねー)さんにダダ漏れになっているかもしれないことについても『やっぱり君もそう思う?』と言われたので、元々そういう風に思われていたんだろう。

 とりあえず『自爆装置もついていると思いますよ』と返したら沈黙で答えられた。信用ねぇなぁ束姉(たばねー)さん。

 まあ、ゲ○ターなんて変形合体する趣味丸出しの無人IS作ったんなら、自爆装置ぐらい仕込んでそうだなと思われるよな。

 

 それでもアメリカが束姉(たばねー)さんに敵対的な行動を表立ってしないことがわかっただけでよしとする。

 IS学園の襲撃は……そもそも無人ISのコアがないからなぁ。襲撃される理由がないか。

 それに俺が隕石対策をIS委員会から正式に依頼されているので、俺に危険が及びそうなことは些細なことでもしたくないだろう。

 

 こんな感じに原作一期は俺が思いつく限りの上でのベストな終焉を迎えた。いや、白式・ウルフヘジン壊しちゃったからベターか。

 まあ、そんなわけで肩の荷も下りたことだし、しばらくはゆっくりとさせてもらうかな。

 

 

「それじゃあ俺がトイレ掃除するから、皆は他のところ頼む」

 

 さすがに女子にトイレ掃除をさせるのは気が引ける。

 別に女尊男卑主義者ではないけど、こういう汚いところは男がやるべきだろう。

 

 さて、それで夏休みはどうしようかなぁ。

 篠ノ之神社の夏祭り行くのはいいとして、シャルロットとラウラがバイトした喫茶店……CAFE@cruiseだったか?

 あそこには夏休み終盤に通わないとマズいな。強盗犯立てこもり事件が起きる日時なんて覚えてないぞ。

 まあ、夏休み終盤だということはわかっているから、店の近くのショッピングモールに通いつめればいいだろう。

 

 シャルロットとラウラはあそこでバイトなんかしないだろう。しかし強盗犯が店に来るのはおそらく変わらない。

 原作ではシャルロットとラウラがいたから無事に終わったからいいけど、もし二人がいなかったら犯人が銃を持っているので下手したら死人が出る可能性がある。

 何でもかんでも原作を守らなきゃいけないってわけじゃないが、さすがに死人が出るような事件は見過ごせん。

 

 そして何よりも俺のイメージアップにも繋がる。

 

 原作ではシャルロットとラウラは警察の事情聴取から逃げたけど、アレって警察の人も困っただろうな。

 家の警備を任せているのにそれっきりというのも悪いし、何よりも日本国内最大の治安維持能力を持つ警察とも仲の良い関係を築いておきたい。俺は事件解決後も真摯に警察に協力するか。

 そうすれば俺を見る目も変わるだろう。下手したら女に囲まれて調子に乗っているガキとか思われてそうだし。

 

 よし、それじゃあ無許可でISを使うわけにはいかないから、まだ合法的なASで何か準備しておこうっと。

 

 

 

 

 

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「おい、何で俺の部屋を七人がかりで掃除しているんだよ?

 しかもベッドを引っくり返してまで何やってんだ?」

 

「「「はぅわっ!?」」」

「え? 訪れた家の家探しするのは日本的には普通のことだったんじゃないのか?

 あいにく壺はなかったがタンスは全て調べたぞ」

「それもまたクラリッサさんなの!?」

「ち、違うんだ一夏! 私は止めたんだが更識会長がっ!」

「チッ、弱みか何か見つけられると思ったのに。

(箒ちゃん、酷い! 一番ノリノリだったのに!)」

 

 

 エロ本とかはこの部屋に置いてないぞ。

 というかクラリッサさんはドラ○エにも手を出し始めたのかよ。

 

 

 

 

 

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「家事をしないで食べるケーキは美味しいか、千冬姉さん?」

「ああ、このケーキは美味いぞ」

 

 駄目だ、この姉。夕飯の準備が終わるころを見計らって帰ってきやがった。

 こんなんだからクリスマス目前の年なのに彼氏の一人も出来ないんだよ。

 

「いや、今日は本当にさっきまで仕事だったんだよ」

「今日()って何さ?」

「やかましい。男なんだから終わったことをグチグチ言うな。

 それにしてもまた随分とケーキを買ってきたんだな。昼にお前たちが食べて、夕食後に皆でまた食べてようやく完食か。

 お前、金遣い荒くなったんじゃないのか?」

「金貯めこんでおいても仕方がないでしょ。ある程度は世間様に放流しなきゃ。

 それにIS学園に通うことになってからはむしろ出費は減っているよ。何しろ食費は安い学食で浮くし、寮生活だから水道光熱費がかからない。衣服費も普段は制服だから、買い足すのは下着類ぐらいだからね」

「……お前、ファミレスで携帯の充電とかしていないだろうな? むしろASの充電してなかっただろうな?」

「そんなセコイことしないって」

 

 でも正直、金銭感覚はおかしくなってきている気はする。

 だって預金通帳が9桁後半なんだぜ。しかも現在進行形で日に日に増えていくから、きっと来年には10桁に到達するぞ、コレ。

 俺のデータを売るだけでこんなに金になるとは……。

 

 IS委員会もウッハウハだろうな。IS委員会を通して国や企業に稼働データや俺の生体データを売っているけど、IS委員会の方が取り分多いんだから。

 細かな事務作業とか相手企業の事前監査とか任せているから仕方がないけど。

 

 まあ、金銭感覚おかしくなっても、IS学園に通っているとお金使う機会がないんだよ。

 それこそ臨海学校前に箒たちと一緒に出掛けたときのような機会がないと、普段使うのは食堂でぐらいだし。

 まさか食堂でお大尽遊びなんか出来るわけないしな。それに女子に奢るのは成金臭く感じるからヤダ。誕生日とかそういう特別なことがあったときならまだしも。

 

 ASショック前と変わったとすれば、こういうときにはちょっと高い店でケーキを買うようになったぐらいかな。

 もともとケーキはあんまり買ってまで食べなかったけど。

 

「あとは……それこそ剣道の道具を新調したぐらいかな。

 俺の身長の伸びもどうやら止まったみたいだから既成のサイズのものじゃなくて、ちゃんと採寸して俺の身体にピッタリと合った防具とか手の握りを考慮した竹刀とか。

 出来れば身長は180cmの大台まで行きたかったんだけどなぁ」

「確か178cmで止まったんだったか? ドイツで訓練しているときに急激に伸びたよな」

「あの頃は運動して飯食って倒れるように寝て、起きたらまた運動して飯食ってって感じだったからね。ハードな日常だったけど、その分だけ規則正しく栄養もシッカリと取る毎日だったから、そりゃ身長も伸びるって。

 おかげで中三の秋ぐらいで成長止まったけど」

「それだけ伸びれば充分だろう」

「それと個人的に剣士として日本刀が欲しいと思わなくもないけど、普段から日本刀より物騒なモノ扱っているとねぇ。

 観賞用に買うとしても、今の学園寮住まいだったら置き場所に困るし」

「おいおい、いくら個室とはいえ、さすがに真剣を部屋に置くのは許可出来んぞ」

「わかってるよ」

 

 でもセシリアはレーザーライフルを自室で磨いていたよな。アレはいいのか?

 というか雪片を量子格納して持ち歩くのはOKで、日本刀を自室に置いとくのはNGってのも普通に考えたらおかしいよな。

 IS関連の法律がまだ整ってないから仕方がないけど。

 

 

 

「一夏、全員準備出来たぞ。もちろん千冬さんの分も」

「了解、じゃあそろそろ行くか」

「ん? こんな時間にどこか行くのか? というか私の分も?」

「近所のスーパー銭湯だよ。九人もいると順番に風呂に入るといくら時間があっても足りないだろ。

 それに臨海学校で久しぶりに温泉に入ったせいか、また広い湯船で寛ぎたくなってさ。千冬姉さんだって普段は学園寮の大浴場は使えないんだろ?」

「フム、せっかくの休みだ。それもいいかもな。

 ……待て。疑問に思ったのだが、もしかして全員ウチに泊まるのか?」

「みたいだよ。正確に言うなら箒が招いた客としてだけど。

 千冬姉さんだって、箒にいつでも友達を連れてきていいと言ってただろう」

「……そういえばそんなこと言った覚えあるな」

「それに以前にシャルロットは家に泊めたこともあるんだから、他を泊めちゃいけない理由がなかった。

 まさか箒とシャルロット以外はホテルに泊まれとは言えんし」

 

 あいにく布団が足りないから、何人かは一緒の布団で寝てもらうことになるけどな。

 箒の部屋のベッドと、シャルロットがウチに泊まりに来るときに使用している客間のベッド、その他に和室に布団を二組敷けば全員寝られるだろう。

 俺と千冬姉さんは自分の部屋があるし。

 

「(出来ればそう言って欲しかった……)」

「(そうはいかせないわよ、箒)」

「(……というか鈴は日本の実家に帰らなくていいの?)」

「(教官の部屋と一夏の部屋、忍び込むのはどちらにしようか……)」

「(ちょ!? 前者は死にますわよ、ラウラさん!)」

「(よっしゃぁっ! 簪ちゃんと同衾!)」

「(……お姉ちゃんの目付きが怖い)」

 

 ……更識会長の布団は千冬姉さんの部屋に用意しておいた方がいいかもしれん。

 臨海学校は学年が違うから一緒に来れなかったし、もしかしてこのためにウチに一緒に来たんじゃないだろうな?

 ま、いいや。また姉妹喧嘩起こっても今度はフォローせんからな。

 

 それよりもさっさと銭湯に行ってゆっくりするか。

 使ったケーキの皿や紅茶のカップは水に浸けておいて、洗うのは明日にしようっと。

 

 

 

 

 

 

――― セシリア・オルコット ―――

 

 

 

「……鈴さんのお父さまってお強いんですのね」

「お父さん、中華料理の修行しに中国に渡ったときに、ついでに八極拳も習得したらしくて……」

「一夏、大丈夫?」

「……モノ食べる前でよかったわ」

 

 

 夏祭りの日、鈴さんの御実家の中華料理店で軽食を食べてから行こうということで、鈴さんの家にお邪魔したのですが、

 

『一夏君、鈴のことよろしく頼むって言ったよね?

 篠ノ之さんだけならともかく、どうして他に女の子を五人も連れて来るのかな?』

 

 と、静かに怒られていた鈴さんのお父さまが、一夏さんにいきなり肘打ちを…………中国拳法の一つである八極拳の頂肘という技らしいのですが、見事に一夏さんのお腹に決まりました。

 確かによくよく考えてみたら七人もの女性を連れ歩く一夏さんが悪いのでしょうが、どちらかというとは私たちに責任があるのでしょうか?

 

 あ、それと鈴さんのお父さまが作ってくださった飲茶は大変美味しゅうございましたわ。

 でもせっかくの夏祭りということなので、出店の屋台で買った物を夕食代わりに食べるんじゃありませんでしたの?

 

 

「屋台の食べ物って美味しくないだろ。普通におじさんの飲茶の方が好きだな、俺は」

「一夏、アンタって相変わらず風情がないわよね。

 お父さんの料理を褒めてくれるのは嬉しいけど、屋台の食べ物はせっかくのお祭りなんだから気分を味わうって意味もあるでしょーが」

「いや、それに箒が家の手伝いで忙しそうって理由もあるぞ。

 箒が家の手伝いしているのに俺たちは遊んで食べてっていうのは気が引けるから、せめて手伝いの前に皆で飲茶するぐらいはいいじゃないか」

「う……そういう気遣いは怠らないわよね、一夏って」

 

 まあ、そう言われますとそうですわね。

 箒さんはこれから行く夏祭りが開催される篠ノ之神社の娘さんですので、その手伝いのために飲茶の後は私たちとは別行動となりました。

 一応は途中から抜け出てくるそうなのですが、それも神社の混雑具合によっては手伝いに追われて抜け出るのが無理になってしまいます。箒さんが一人で一生懸命神社の手伝いをしているというのに、私たちだけで遊び歩くのは確かに気が引けますわ。

 

「あとはどのくらい祭りの参拝者が来るかなんだよなぁ。

 俺のせいで篠ノ之神社は非公式だけどIS神社として有名になったから今年の初詣の参拝者数が激増したし、この夏祭りも正月のような混み具合だったら悠長に屋台で買い食いなんてしてられないぞ」

「あー……あったわねぇ。おかげで私たち更識は新年早々大変だったわよ」

「まあ、念のためにウルフヘジンの中に携帯食を入れておいたから、空腹で悩まされるってことはないから安心してくれ」

「携帯食ってどーせカロリーメイトとかソイジョイでしょ? それなら屋台の食べ物の方がいいわ」

「私はクラリッサが言ってたチョコバナナを食べてみたい」

「まぁまぁ、鈴。念のためってことなんだからさ。

 それとラウラ、クラリッサさんが何て言ってたか詳しく教えてくれないかな?」

 

 夏祭りに出店している屋台には色々な食べ物があるみたいですわね。

 チョコバナナやキャンディーアップルのような甘いものから、焼きそばやお好み焼きのような食事代わりになるものまで。

 一夏さんみたいにこういう場での食べ物が美味かどうかについては、文句をつけるのが野暮というものですわ。

 

「それと携帯トイレも入れてあるから、最悪のときは言ってくれ。

 もちろん出来れば言って欲しくないが」

「……いや、確かに混み具合によっては最悪なこともあり得るかもしれないけど……」

「だとしても一夏からはもらえない……」

 

 まさか一夏さんに向かって『お花摘みに行きたいので携帯トイレをくださいな』なんて言えるわけありませんでしょうが!

 確かに最悪の場合を考えて準備するのは必要なのかもしれませんが、それにしたって一夏さんには風情もなければデリカシーもありませんわ!

 

 ……でも念のために水分補給は控えめにしておきましょうか。 

 

「まあ、いわゆるDQNどもによる騒ぎは起こらないだろうから、そこら辺については安心してくれ。

 何しろ警察による警戒態勢が凄いことになっているらしいから、そんじょそこらのDQNなら会場入り口を見て回れ右をするだろう」

「そりゃ下手したら篠ノ之博士が来るかもしれないってことだから仕方がないんじゃない?

 しかも隠れながらだけど更識(ウチ)の人員も警戒に当たっているし、大抵の騒ぎならあっという間に鎮圧出来る筈よ」

「……篠ノ之博士、来るの?」

「いや、来ないだろ。あの人、祭りとかには興味持たない人だから。

 箒の神楽舞には興味を持っているようだけど、自分で来るようだったら俺に神楽舞の撮影なんて頼まないだろうしな」

「え、篠ノ之博士に撮影を頼まれているんですか?」

 

 臨海学校での篠ノ之博士の箒さんへの溺愛振りからすると納得出来ますわね。

 以前から篠ノ之博士は人間嫌いで妹である箒さんを溺愛しているというのは聞いてましたけど、実際に篠ノ之博士と会うまではあそこまで酷いとは思っていませんでしたわ。

 一夏さんと箒さん、それに織斑先生以外は名前で呼ばれませんでしたもの。

 

 私は“金髪”、ラウラさんは“銀髪”、簪さんは“メガネ”で鈴さんは“貧乳”と言われてましたわね。さすがに鈴さんについては箒さんに怒られていましたけど。

 それとシャルロットさんは“デュノア社”と呼ばれていたのは、きっと名前を覚えられていたというわけではないのでしょうね。ある意味私たちより不憫ですわ。

 

 臨海学校が終わった後にイギリス政府から、今後もIS学園に顔を出す可能性が濃厚な篠ノ之博士との友好関係を築くことという命令が来ましたが、正直無理っぽいですわ。

 ただし強引に事を進めて篠ノ之博士の不興を買うことは絶対にしないようにとも釘を刺されていますので、イギリス政府としてもそんなに期待しているわけではないようですけど。

 

 私としても一夏さんと箒さんとの間に築いた友情に偽りはありませんので、期待されてなくてありがたいですわ。篠ノ之博士と関係を築くために一夏さんと箒さんを利用するなんて気が進みません。

 それにそんなことしたら篠ノ之博士の不興を買うでしょうから、逆に私こそがそういうことは絶対出来ないです、と政府に意見したら納得されましたし。

 

 

 それにしても月日が経つのは早いですわね。

 IS学園に入学したと思ったらもう夏休みで、数日後には私たち代表候補生は本国に一時帰国します。家から離れて暮らすのは初めてでしたが、同い年の友人もたくさん出来、良い経験を出来ていると思っていますわ。

 料理も少しは上達しましたし、帰国したらチェルシーに一夏さんから教わった料理を食べさせてあげましょうか。

 

 私たちが帰国するので、箒さんと簪さんと更識会長だけが一夏さんの傍に残るというのは不安ですけど、さすがに代表候補生としての義務を疎かにするわけにはいきませんし、オルコット家のことがありますので帰らないというわけにはいきません。

 当主である私自ら決済をしなければならないこともこの数カ月で溜まっているでしょうし、貴族としてお世話になった方への挨拶を欠かすわけにも参りませんから、帰国してからは事務仕事やパーティーで忙殺されそうですわ。

 既に政府に提出する報告書は出来上がっていますので問題ありませんが、あとは現地でするしかないことばかり。ですので夏休み前半でゆっくり出来るのは今日で最後でしょうか。

 

 

 そして帰国するついでと言っては何ですが、本国の技術者に対一夏さんの相談をしなければいけませんわね。

 

 ただでさえこの四月からAIS使用の一夏さんに勝ったことがなかったのに、臨海学校で更にAISが強化される始末。

 気が付いたらいつの間にかBT偏光制御射撃(フレキシブル)が使えるようになってたとはいえ、今のままでは私たち専用機持ち六人がかりで挑んでも勝ち目がありませんし、例え更識会長を入れた七人がかりでも同様でしょう。

 イギリスを代表する身として、これ以上は一夏さんの後塵を拝すわけには参りませんわ。

 

 ですのでこの一時帰国を利用して、私たちはそれぞれ一夏さん攻略法を考えてくることにしています。

 おかげでイギリス、フランス、ドイツ、中国、ロシア、日本が協力するという、前代未聞のことが達成されましたわ。今、皆の心が一つに!

 

 ……事前に本国の技術者に相談したら『え、普通に無理でしょ?』と返されてしまいましたけど。

 

 いや、勝つ方法はあることはあるんですけどね。

 普通に私たちもAISを使用して、“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”のような圧倒的火力で反撃を許さずに殲滅する。

 こうすれば勝てるとはわかってはいるのですが、でもそれは私たち皆が『勝った気にならない』という理由で却下です!

 

 

 一夏さんの戦い方は確かに堅牢で攻略法が見当たりません。

 好きな言葉は“Simple is best”という一夏さんだけあって、単純が故に強いというべきでしょう。

 

 零落白夜という一撃必殺の攻撃を持ち、

 ウルフヘジンという最速の機動力を持ち、

 AIS特有の豊富なシールドエネルギーを持つ。

 

 どれか一つだけでも厄介ですのに、それが三つも重なると厄介どころの話ではありません。

 私のブルー・ティアーズによるオールレンジ攻撃も、鈴さんの衝撃砲による見えない砲撃も、ラウラさんの動きを止めるAICも、シャルロットさんの高速切替(ラピッド・スイッチ)による戦闘方法“砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)”も、簪さんの最大48発の独立稼動型誘導ミサイルを発射する私たちの中で最大火力を誇る山嵐も、箒さんの一のエネルギーを百に増幅させる絢爛舞踏も何もかも、

 

『これが俺だ。織斑一夏に特殊な能力など必要ない』

 

 と言わんばかりに、圧倒的な攻撃力と捉えきれない機動力と尽きることのないシールドエネルギー量によって蹂躙されてしまいます。というか零落白夜無しだったとしても、カミカゼ特攻による体当たりで落とされてしまいますからね。

 こう言っては何ですが、私たちの第三世代型兵装なんて一夏さんにとっては小細工に過ぎないのでしょう。

 

 何しろ織斑先生ですら、あの一夏さん相手では『く、暮桜でなら鬼札使われても相討ちに持っていける……と思う』と言うぐらいです。もしかして織斑先生は鬼札の見当がついたのでしょうか?

 しかし、あのブリュンヒルデがどう頑張っても相討ちにしか持っていけないということなのですから、今の私たちではどう頑張っても勝ち筋が見えませんわ。そもそも“相手が対応出来ない速度で一撃必殺の攻撃を叩き込む”なんて戦法相手じゃ対応の仕様がないのです。

 もちろん私たちと一夏さんにはAISとISという違いがありますが、それに文句をつけても負け犬の遠吠えに過ぎませんし、本当にどうしたらいいんでしょうか……。

 

 ……ところで一夏さん。貴方、零落白夜という特殊な能力を持ってますわよね?

 

 

 しかし、そんな相手を下してこそ、相手と同じ土俵に立って勝利してこそ意味があるのですわ。

 

 一夏さんは何でもかんでも自分一人でやろうとしているようで、まるで私たちのことは歯牙にもかけていませんが、私たちにもプライドというものがあります。

 ですので当面の私たちの目標は一夏さんに勝つことです。

 

 もちろん手段を選ばず私たち全員がAISを使用して挑めば、一夏さんにだって当たり前のように勝てるでしょう。

 全員がラファール・ベルセルクルを使用して、同時に“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”を同時に叩き込めば簡単です。まあ、その内の一人はシールドエネルギー量特化にしておいて、“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”をすら耐えられるようにしておく必要がありますが。

 ちなみに“焦熱世界(ムスペルヘイム)激痛の剣(レーヴァテイン)”を装備したあの赤いベルセルクルを装着した場合は“ラファール・ルベド”という名称になるらしいですわね。

 

 それと一夏さんがAISではなくてIS単体を使用するのなら、私たちでも充分に勝ち目はありますわ。

 

 

 でもそれは一夏さんにとっても当たり前の敗北であって、特に心の琴線に触れることもないでしょう。一夏さんのことですから『あー、負けちゃったか』で済ませて終わりです。

 やはり一夏さんに心の底から“負けた”と思わせるような勝ち方をしなければ意味がありません。

 

 きっと一夏さんにとって私たちは守るべき対象であって、共に戦う味方としては見られていないのでしょうね。

 福音事件のときのように、一夏さんが一人で矢面に立って、念のために私たちが待機する陣形をとるなどからしてそれは明らかです。

 ですので一夏さんを振り向かせるためには、まずは一夏さんに勝って私たちを対等な目線で見てもらえるようにしなければいけませんわ。

 

 

 だから待っていなさい、一夏さん。

 私たちは貴方に守られるだけの女ではないということを、近いうちに示して見せますわ!

 

 

 

 

 

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「……でも一夏ってISには勝てても、空母とか戦艦には勝てないよな」

「え、何でだよ、ラウラ?」

「だって船を沈める武器がないだろう。船が沈むまで雪片で斬り刻むつもりか?」

「……い、いや……勝てるし。

 ウルフヘジンの全同時瞬時加速(フルバースト・イグニッション・ブースト)で体当たりすれば、理論上は空母だって真っ二つに折れるぐらいの威力があるし」

「それ、お前も死ぬだろ。

 さすがのAISでもシールドエネルギー量が足りんと思うぞ」

 

 

 ……やはりゲ○ターⅡに手を出すべきなのでしょうか?

 でもアレはさすがに私の美意識に反すると言いますか…………ねぇ?

 

 

 

 

 







 ボス並みのHPを持って、
 はぐれメタル並みの身のこなしで、
 デーモンスピアでたまに急所を突いてきて、
 1ターンに3回行動ぐらいしてきて、
 更にリミッター解除したらラスボス並みのHPになる。


 感想返しで白式・ウルフヘジンをこう表現しましたけど、改めて見ると最悪ですね。
 とはいえはぐメタみたいに魔法も無効するというわけじゃないですので、必中の全体攻撃をし続けたらきっと勝機はある! …………といいな?

 ちなみに千冬姉さんは、鬼札のことはまだ箒たちに明かしてません。
 証拠がないですからね。

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