AS オートマティック・ストラトス   作:嘴広鴻

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第5話 イギリス編 一夏の夢

 

 

 

――― セシリア・オルコット ―――

 

 

 

「……どこにいるのかしら?」

 

 

 我が国が誇る大英博物館ですけど、相変わらず広すぎますわ。

 この広さの中から目的の3人を探し出すのには骨が折れますわね。

 

 私が探しているのはモンド・グロッソ二連覇を達成した織斑千冬。ISを開発した篠ノ之束博士の妹である篠ノ之箒。

 そして世界唯一の男性IS操縦者である織斑一夏。

 

 

 

 私、セシリア・オルコットはこの度、専用機を与えられることになりました。

 

 目的はイギリスが開発した第三世代兵器“ブルー・ティアーズ”のテストであり、与えられる機体名はそのまま“ブルー・ティアーズ”。

 私はそのBTシステム適性が、並み居るイギリスのIS操縦者の中でも最も高いAランクということでブルー・ディアーズのパイロットに選出されました。

 

 とはいえ数少ないISですので、他方面との兼ね合いもあってブルー・ティアーズが与えられるのはまだまだ先の話だったのですが、例の織斑一夏が我がイギリスがテロリストから奪われたISコアを取り戻したことで、その予定が変わったのです。

 取り戻されたコアは多少の騒ぎはありましたが、無事にイギリスへの帰属が認められました。

 どこからISを引き抜いて私の専用機にするのか調整に手間取っていた政府は、その戻ってきたISをそのまま私の専用機とすることに決定。

 ISが足りなくて困っていた時に、タイミング良く過去に奪われたISが取り戻される。まさに降って湧いたような幸運ですわね。

 

 

 ISが取り戻されてからもう数か月。

 機体の完成もほぼ間近で、来年の1月中には私の手元にやってくるでしょう。

 その時が今から待ち遠しいですわ。

 

 そしてそのISを取り戻してくれた織斑一夏が現在イギリスを訪れています。

 当初の予定でも数か月遅れで専用機が与えられていたとはいえ、それでも世話になったことは事実。

 いえ、それ以前に私の専用機のことより、ISというイギリスの貴重な財産をテロリストから取り戻してくれた人です。

 イギリス貴族という立場上、本来ならパーティーなどを開いて歓迎すべきなのでしょうが、私に専用機が与えられることについての正式発表は機体受領と同時なので、例え公然の秘密であろうともこの件を公の場所で話題に出すわけにはまだまいりません。

 

 かといって公式に発表出来ないからといって、お世話になった相手にお礼を言わないのは私の誇りが許しません。

 ですのでこうして非公式に、個人的にお礼を申し上げに行くところなのですが…………織斑一夏、世界で唯一の男性IS操縦者。

 男のくせにISを動かせるというのには思うところがありますけど私は誇りを重んじる貴族ですし、それ以前に織斑一夏という人は

 

 

『何か知らんけど、4年間ずっとAS起動させてたらIS使えるようになったわ』

 

 

 …………どんな対応をすればいいかわからない人なのですよね。

 そんなこと言われても、正直困りますわ。

 

 

 “ASショック”の会見の様子では卑屈で情けない男というわけではないのでしょうし、姉のブリュンヒルデに迷惑にならないようにと考えて、篠ノ之束博士からASをあらかじめ貰っていたことは評価してもいいのでしょう。

 篠ノ之束博士との個人的親交による贔屓とも思いますが、そのおかげでブリュンヒルデの足を引っ張らなかったのは事実。

 自らの立場をわきまえ、自分の出来る限りのことをしておいたのですから、ここは彼の先見の明を褒めるところでしょうね。

 

 それにASのことを言い触らさなかったということは、それなりの節度を持っているということです。

 4年間もASのことを黙っており、今回ASのことを公表したのも結局はテロリストに襲われてしまったからです。襲われなかったとしたら、おそらくはずっと黙っていたのでしょう。

 私でさえ専用機を与えられることをチェルシーに言って誇りたいのを我慢していますのに、彼は4年間もの長い時間ずっと黙っていました。

 我慢強い人のようですわね。

 

 

 ま、男にしてはそれなりに評価していいのでしょう。

 本人も無能というわけではありませんし、イギリス政府からも友好的な関係を築けと言われています。ブリュンヒルデの弟であり、そして何より篠ノ之束博士にも弟のように可愛がられているということですから当然ですわね。

 このセシリア・オルコットの知人とするには問題ない相手でですわ。

 

 ……むしろ逆に爆弾抱え過ぎてて、変なことに巻き込まれないか心配になるぐらいですわよ。

 友好関係を築くの構いませんが、彼が何か仕出かしたら友好を結んでいる私にも矛先が向きそうですし。

 

 

 というか、これからブリュンヒルデに会うとなると流石に緊張してきましたわね。

 何しろ彼女はモンド・グロッソ二連覇を成し遂げた方ですし、何よりも自らの危険を顧みずにアクシズから地球を救った英雄です。

 そんな彼女に会えるなんて光栄ですわ。

 

 それにしてもブリュンヒルデたちは何処にい……あ、いましたわね。ようやく追いついたと思ったら、もう入り口近くまで戻ってしまいましたね。

 そして何を見ているのかと思えば…………ロゼッタ・ストーンですか?

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

 ロゼッタ・ストーンの真正面に織斑一夏。その少し斜め後ろにブリュンヒルデと篠ノ之箒さん。

 どうやら織斑一夏がロゼッタ・ストーンを熱心に見ているようですわね。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

 熱心に見ているところを邪魔するのは悪いですわね。

 それでは見終わって移動するところを見計らって声をかけましょうか。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

 ……………。

 

 

「………………」

「………………ふぅ」

「………………はぁ」

 

 

 ………………まだですの?

 

 

「……一夏、そろそろ行こう。これは最初にも見ただろう」

「ゴメン、ちょっと待って。女装好きな男子中学生みたいに動画も撮るから」

「え? 転校先にそんな奴がいるのか?」

 

 

 長いですわよっ! というか静止物を動画で撮ってどうするのですか!?

 

 

「変わったものが好きなんだな、一夏は。

 しかし、本当にそろそろ行くぞ。何やら待ち人もいるみたいだからな」

「え?」

「待ち人?」

「私たちの後ろの柱に隠れている。テロリストというわけじゃなさそうだから安心していい。

 おい、お前もさっさと出てこい」

 

 

 もしかして私のことですか!?

 い、一度もこちらを振り向いてなどいないのに、流石はブリュンヒルデということですか……っ!

 

 

「お初お目にかかりますわ、ブリュンヒルデ。そして篠ノ之箒さん、織斑一夏さん。

 私、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットと申します。

 少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」

「セシリア・オルコット? ああ、例の……」

 

 

 あら、織斑一夏はさんは私のことをご存知のようですわ。

 ご自分がテロリストから取り戻したISコアをどうするかについて、既にイギリス政府から聞いていらっしゃったのかもしれませんわね。

 

 

 

 軽く自己紹介をして頂いたあと、博物館のコートレストランに移動して休憩を兼ねて話をすることになりました。

 ブリュンヒルデとこうして接点を持てるなんて、これだけでも来た甲斐がありましたわね。

 

 それでは我がイギリスが誇るアフタヌーンティーを3人に楽しんでもらうとしましょうか。

 

「(メニューにビールがあるな……)」

「昼間っからは止めようね、千冬姉さん」

 

 ? どうかしたのでしょうか?

 

 

 

 

 

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「……へえ、セシリアは凄いんだな。

 その若さで代表候補生で専用機を与えられるとは」

「ありがとうございます、箒さん。でも私もまだまだ未熟な身。これからも奢らずに精進していかなければなりませんわ。

 箒さんこそ、ドイツで受けた訓練でブリュンヒルデからお墨付きを頂いたのことではありませんか」

「………………」

「………………」

 

 

 え? 何で箒さんと一夏さんの2人して顔が青くなるんですの?

 

 

「2人ともまだまだひよっこさ。凄腕相手に真っ正面から戦っても負けるのがオチだ。

 あくまでテロリストに襲われても救援が来るまで持ちこたえられる程度でしかない」

「まさかIS使い始めて半年も経っていないのに搭乗時間が500時間越えるとは……」

「それなりに鍛えてはいたけど、やはりキツイものはキツかった(血尿が出るくらいには)」

「ス、スパルタ形式でしたのね…………ホホホ……」

 

 

 あらいやですわ。目が洒落になってませんわよ。

 ブリュンヒルデが現役を引退してIS学園に教師として赴任することが発表されて、私も再来年にブルー・ティアーズのお披露目として入学を打診されていますが、2人の様子を見ていたら断りたくなってきましたわ。

 

 それにしても半年足らずで搭乗時間が500時間越え。単純計算で一日3時間以上ですか。

 それ以外にも体力作りが多かったと聞きましたので、本当にスパルタでしたのね。

 

 話題を変えましょうか。この話題を続けても親交は深めることは出来ないように感じますし。

 それに箒さんとばかり話をしているのもマズいでしょう。

 かといってブリュンヒルデに馴れ馴れしく話しかけて不興を買ってもマズいですし、やはりここは一夏さんにも話を振りますか。

 

 

 …………お、同い年の男性への話って、何を振ればいいんでしょうか?

 貴族同士の社交ならともかく、こういう形で同い年の男性と話すのは初めてかもしれませんわ。

 

 考えてみれば箒さんとばかり話をしてたのも、ブリュンヒルデと一夏さんに話しかけづらかったかもしれませんわね。

 とりあえず先ほど熱心に見られていたロゼッタ・ストーンの話でも振りましょう。

 

 

 

「そ、そういえば一夏さんは熱心にロゼッタ・ストーンを見られてましたけど、ああいう歴史的なものがお好きなんですか?」

「ん? ああ、歴史は好きだよ。

 でもさっきはどちらかというと、ロゼッタ・ストーンを見て“宇宙人とコミュニケーションを取るときはどうするんだろう?”って考えていたな」

「申し訳ありません。話が飛躍しすぎてワケがわかりませんわ!」

 

 

 何故にロゼッタ・ストーンから宇宙人とのコミュニケーションにっ!?

 

 

「ロゼッタ・ストーンってのは3つの言語で同じ内容が書かれている石碑。異なる言語と言語を繋ぐ架け橋とも言えるものだろう。

 女装好きな男子中学生の言葉を借りるなら、“言葉と言葉を繋ぐということは世界と世界を、人と人を繋ぐ”ということなんだ」

「申し訳ありません。確かに素敵な言葉ですが“女装好きな男子中学生”という前置きがなかったらもっと素敵でしたわ」

「いや、そいつはある小説の登場人物なんだけどさ。

 それはともかくとして、こうしてイギリス人のオルコットさんと日本語で会話出来るのも、先人たちがお互いの言語を翻訳し合ったおかげだ。

 だけど宇宙人とはそれがない。まったくのゼロからのスタートだ」

「……まあ、そうでしょうね」

「そもそも宇宙人が俺たち人間のような声帯で空気を震わせて声を発してそれを聴く、という聴覚コミュニケーション方法をとっているかどうかもすらわからない。

 もしかしたらアリやハチのようなフェロモンを使った嗅覚コミュニケーション方法かもしれない。

 もしかしたらホタルのような発光を使った視覚コミュニケーション方法かもしれない。

 それとも触覚を? それとも味覚を? それとも人間にはない器官と感覚を使用したコミュニケーションかも? ってドンドン考えが膨らんでさ。

 宇宙人がいるなら会ってみたいよ、ホント」

 

 

 茶化している感じはありませんね。

 本当にそのことについて考えていたのでしょうか。

 

 しかし宇宙人なんて……小学生じゃあるまいし。

 

 

「……本当に宇宙人がいると思っていらっしゃるのですか?」

「いるかどうかと言われたら“可能性がある”としか言えないな。そもそも俺たち地球人だって宇宙人の一種なんだし。

 まあ、いるかもしれないと考えておいた方がロマンがある」

「ロマンですか? 何ともまぁ…………世界で唯一の男性IS操縦者というご自分の立場がわかっていらっしゃるのですか?」

「わかっているさ。俺の立場も今の世界情勢もわかっているつもりだ。

 でも……だからこそ、誰か1人ぐらいはISの開発者が望んだISの利用方法を目指してもいいんじゃないか、とも思っているんだ」

 

 

 ISの開発者が望んだISの利用方法。

 

 戦争や国威宣揚のためのパワード・スーツではなく、宇宙開発のためのマルチフォーム・スーツ。

 現に開発者である篠ノ之束博士は、自らの望んだ利用方法にISが活用されないことを嘆いて失踪したと聞きますが……。

 

 

「何だかんだで束姉(たばねー)さんには可愛がられたからね。弟の1人ぐらいは姉の夢の応援をしてあげてもバチは当たらないだろ。

 俺としても宇宙人に会うのは無理だとしても、せめて月には行ってみたいな。出来れば火星にも。

 最低でも宇宙空間から地球を見てみたいし、写真も撮りたい」

「ひ、1人じゃないぞ、一夏っ!

 妹の私だって姉さんの応援をしてもいいだろう!」

「……未だ卵の殻も取れないひよっこが言うことではないが、大きな夢を持つことは悪いことではないだろう」

 

 

 ああ、これは……成程。一夏さんが篠ノ之束博士に可愛がられているわけですわね。

 確かに篠ノ之束博士にしてみたら、弟のように可愛がっている子供が自らの夢の応援をしてくれるのは嬉しいでしょう。

 周りがまったく自らの望んだ利用方法にISを活用していない状況なら尚更です。

 

 さぞかし篠ノ之束博士にとって一夏さんが輝いているように見えていることでしょうね。

 

 

「何というか……一夏さんって子供っぽい方なのですわね。

 会う前に想像してた方とは違いますわ」

「え、子供っぽい?

 大人っぽいと言われたことはあるけど、子供っぽいと言われたのは初めてだな」

「確かに年齢から考えたら大人っぽいといえるかもしれませんが、どちらかというと“大人っぽい子供”より“子供っぽい大人”の方が近いのではありませんか?

 まるで子供のままに大人になったような人に感じますわ」

「(そういえば小学生の時、先生ではなくて一夏のことを間違って“お父さん”と呼んだクラスメイトがいたなぁ……)」

「(私のせいじゃないよな? 一夏には昔から家のことを任せっぱなしだったが……)」

 

 

 一夏さんは嘘をついているわけじゃなさそうですし、篠ノ之束博士に媚を売るために応援しているわけでもなさそうです。

 ただ単純に、小さい頃から応援していたから、大きくなった今でも応援し続けているだけなんでしょう。

 だからこそ篠ノ之束博士は一夏さんを可愛がる。

 

 かといって、イギリスを始めとした各国はそれを出来ません。

 ISの軍事利用に一歩遅れれば各国のパワーバランスが崩れてしまいますし、もしも“戦争が起こったなら”を考えたら数少ないISを宇宙開発に回すことは避けたい。

 何しろ他国も宇宙開発に目もくれず、軍事利用に勤しんでいるのですから。

 だからこそ篠ノ之束博士は失踪して身を隠した。

 

 こんな状況です。

 篠ノ之束博士が一夏さんを特別扱いするのは無理もないことですわね。

 

 

 ……こういう男の人と会ったのは初めてですわね。

 私の父のように卑屈な男というわけでもなく、オルコット家の財産を狙ったハイエナのように下卑た男でもない。

 ましてや姉たちの威光を振り翳して好き勝手をする傲慢な男でもなく、古いタイプの男尊女卑主義者のような男でもない。

 

 ブリュンヒルデの迷惑にならないようにASを貰ったのもそうですし、級友や同じ町の住人の迷惑にならないようにドイツ軍で訓練を行ったように、ただただ家族のために親しい人のために力を尽くし、小さい頃からの夢を見続ける。

 悪く言えば子供っぽい、良く言えば純粋な方のようですわ。

 

 これで夢を見るだけで地に足をつけていないただのお馬鹿さんだったらお付き合いの程をお断りさせて頂きますが、“ASショック”記者会見などの今までの手腕を見ればそういうお馬鹿さんではなさそうです。

 宇宙人に会えるかどうかはわかりませんが、御自身の力で少なくとも月ぐらいには行きそうですわ。

 

 

 その夢が叶うと良いですわね。

 宇宙から撮った写真が出来たら、是非拝見させてくださいまし。

 

 

 

 

 

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――― 織斑一夏 ―――

 

 

 

「こんばんはー、ご無沙汰してます。凰のおじさん」

「おお、一夏君。久しぶりじゃないか、元気そうで何よりだ。

 弾君もいらっしゃい」

「ちーす」

 

 

 イギリスでオルコットと会ったあと、アメリカに渡ってNASAの見学をさせて貰った。

 といっても機密に関わるものというわけではなく、ケネディ宇宙センターの公開ツアーよりちょっと詳しく案内してもらったぐらいの感じだ。

 それでも充分面白かったし、土産に思わず宇宙食を買い込んでしまって荷物が大変になった。

 こういうときISがあるって便利だなー。

 

 そして長い旅行も終わり、ようやく日本に戻ってこれた。

 モンド・グロッソ以来だから本当に長かったなぁ。

 

 

「つーわけで、今日は俺の奢りだ。

 今まで学校のノートを取っといてくれてサンキューな」

「お、悪いねぇ。それじゃ遠慮なく」

「おいおい、一夏君を呼んだのは私だよ。

 私が奢るから何でも言ってくれ。腕を振るうから」

「大丈夫ですよ、おじさん。

 何しろ一夏は企業や国から金を巻き上げまくったんですから」

 

 

 失敬な事を言うな、弾。

 ちゃんと男性IS操縦者データとAS稼働データという対価は渡したし、その他の所はただ“寄付”をお願いしただけだぞ。

 

 

 日本に戻ってから、俺と箒の受け入れ態勢を整えていた学校に復学した。

 まあ、旅行中に学校の勉強はしておいたので、休学していた分の追試は問題なかったし、箒の勉強も俺が見ていたので、このまま真面目にやっていれば2人で無事に進級出来そうだ。

 

 といっても留年したらIS学園に入学するのが遅れるから、成績が悪くても下駄を履かせるだろうけど。

 まさかIS専用機を持っている中学生を野放しにしておくわけにはいくまい。

 

 

 ところで日本に戻ってきたはいいが、何故か凰鈴音が既に転校して中国に帰っていた。

 メールでもそのことは聞いていたのでそのこと自体ついては驚きはしなかったのだが、弾が鈴から預かっていた物には少し驚いた。

 それについて聞くために、ついでに弾に今までのノート取りの礼として夕飯を奢るために鈴の両親がやっている中華料理屋にやってきた。

 

 

 ちなみに千冬姉さんはIS学園赴任の準備のために最近ずっと学園に泊まり込み。何故か新任なのに警備責任者までやらされる羽目になったそうだ。

 箒は新しい学校で友達になった女子たちと友好を深めるために遊びに行っている。

 

 日本に戻ってから初めての箒との別行動ということでテロが怖いが、帰国してからそれなりに経つのに今まで何も起こってないのでおそらくは大丈夫だろう。

 ちゃんと警察も箒の周りの女子たちに気づかれないように護衛しているし、どうやら“更識”も動いているとのことだ。

 それに箒は打鉄を持っているし、何かあったら俺も直ぐにIS展開して飛んでいくことになっているので、余程のことがない限りは安心だ。

 

 

 ? 俺が飛んで行った後の弾?

 そんなん放っておくに決まってるでしょ。

 

 

 

 

「……で、おじさん。この鈴からの果たし状はいったい何なんですか?」

「果たし状じゃないよ、一夏君」

「いや、この“織斑一夏様へ”って宛名で、本文が“IS学園で会いましょう”だけなのが果たし状じゃないっていうのはちょっと……。

 鈴にメール出しても、中国に帰った辺りからは全然返事が来ないし」

 

 

 達筆で感情が込められた良い文字だということはわかるんだけど、その込められた感情というのが“殺意”にしか感じられないのは何故だろう?

 弾も顔を引き攣らせながら渡してきたぞ、オイ。

 

 

「え、えーと……し、篠ノ之箒さんは今日は一緒じゃないんだよね?」

「箒ですか? ええ、今日は別行動でクラスの女子たちと遊びに行っています。

 家庭の都合で友達がいなかった箒にも友達が出来たようで、お兄さんとても嬉しくて……」

「“お兄さん”!? それはつまり篠ノ之さんのことは女の子としてみていないってことかい!?」

「ん? ……ああ、そっちですか。ノーコメントで」

「……なあ、一夏君だって鈴の気持ちは知っていたはずだろう!

 それなのに事情があるとはいえ、鈴とは離れたくせに別の女の子と一緒になんて……」

「…………ノーコメントで」

「一夏モゲロ」

 

 

 マジもったいねー! と騒ぎ出すアホ。

 お前だって鈴とはそういう関係になれねーって言ってたじゃんか。彼女欲しいって喚いてた数馬ですらも!

 

 

「いや、鈴に限らず、何でお前は女子の告白にOKしないんだよ!?

 あの“ASショック”の前からも何人もの女子に告白されてんのによ!」

「だから最低でも高校に入ってからでしかそういうのは考えられないって、前から言うとるだろーが!

 姉弟2人っきりなんだ。

 千冬姉さんに迷惑をかけないためにも、自分で自分の面倒見られるようになってからでないと、他人の人生を背負い込むことなんて出来ねーよ!」

「その心がけは立派だと思うけど、一人娘の父親としての立場からするとなぁ……」

「でも、だったらもう問題ねーんじゃねーの?

 今回のことで企業からカツアゲしまくったんだから、極端な贅沢しなければ一生食っていける分だけの貯金は出来たって言ってただろ」

「カツアゲ言うな。寄付をお願いしたと言え。

 それに今回のことがあったからこそ無理だ。せめて俺がISを扱える理由がわかってからだな。

 理由が解明されていないのに、例えば俺が子供を作ってみろ。下手したら誘拐+モルモットコース一直線だぞ。それが男の子でISに反応出来たら更に倍率ドンだ」

「そこで子供のことまで考えるのが一夏っぽいよな。

 別に普通の彼氏彼女になるぐらいでいいだろ」

「そういうわけにはいかん。男女が付き合うとなると避けることの出来ない問題なんだ。

 それに俺はもう一般人じゃないんだ。……姉が姉だから元から一般人とは言い難かったけど」

 

 

 “ASショック”起こしてから改めて考え直したけど、マジで洒落にならないんだよなぁ、コレ。

 

 そりゃあ俺だって健全な男子中学生だから、彼女の一人や二人欲しいと思ったことはあるさ。

 けど今までは勉強や修行で忙しかったのもあるし、千冬姉さんが独身で頑張っているのに俺だけ彼女を作るってのは気が引けたんだよ。

 そして今回のことで俺がISを使えることが全世界に知られたから、親しい恋人を作ったりしたらその恋人自体が誘拐される恐れがあるしな。

 結局は、ある程度安全なIS学園に入学してからの話だ。

 

 まあ、千冬姉さんの場合、俺が独り立ちするまで恋人を作らないとか考えてそうだから、さっさと俺が恋人作るなりして落ち着いた方がいいのかもしれないけど。

 でもそれ以前に千冬姉さんに恋人(笑)が出来るなん……っておおぅっ!? 何かいきなり寒気してきた!

 

 

「話は戻しますけど、鈴はいったいどうしたんですか?

 俺が聞いたのはおばさんと一緒に中国に帰って、留学生としてIS学園入学を目指すとかなんとか……」

「ああ、以前に行ったIS適性のテストで好成績を出してね。

 それで中国からIS関係のスカウトされたりもしてたけど、本人は興味なかったようで無視をしてたんだが、君が“ASショック”を起こしただろう。

 君は日本に全然帰ってこないし、しかも鈴と出会う前の幼馴染の篠ノ之箒さんと一緒にISの訓練をしていると聞いて、ドンドン機嫌が悪くなっていってね。

 遂にはスカウトを受けて、中国に帰って一夏君と同じIS競技者になるんだって暴走したんだよ。それもこれも一夏君と一緒にIS学園に通うためさ。

 …………ねえ、一夏君。ウチの娘の何処が不満なんだい?」

「ノーコメントです。

 だいたい告白をしてもいないしされてもいないのだから、俺がどうこう言う筋合いはないでしょう。

 確かにまあ……何となくはわかっていますが、それでも告白をされていない以上、俺から何か言うつもりはありません。

 それにさっき言った俺の考えは鈴も知っているはずです。そこだけは譲ることは出来ません」

「相変わらず頭が固ぇなぁ、一夏は」

「まあ、実を言うと最近は妻との間がよくなかったんだけど、娘のあまりの暴走振りに協力して対処する過程で少しは仲直り出来たのは良かったんだけどね。

 それでもあの状態の娘を1人で中国に帰らせるわけにはいかなかったから、妻が一緒に行くことになったけど」

「そこは娘のワガママを叱るべきなのでは?」

「無理。あんな鈴は初めてだよ。

 それに私たちのせいで3年前に日本に引っ越すことになったりと、今まで鈴には我慢を強いていたからね。

 ああ見えて小さいことならともかく、大きなことについてのワガママは言った事がないんだ。

 だから親としては、出来ればあの娘の初めてのワガママを叶えてやりたい」

 

 

 ……そんな甘いから奥さんに愛想尽かされそうになるんですよ。

 とは口が裂けても言えなかった。もうちょっと自分を押し出してもいいと思うんだけどなぁ、このおじさん。

 

 

「しかし何で中国に帰ったんですか?

 普通にこっちでIS学園を受験すればいいでしょうに」

「鈴の成績で普通にIS学園に受かると思うかい?」

「まあ、死ぬ気で頑張れば出来る……かな?

 …………すいません。やっぱ無理です。鈴はどちらかというか感覚派だから、学校の勉強とかよりも身体で覚える体育系の方が向いてますからね。

 まだ中国で実際に訓練受けた方が可能性あるか。分の悪い賭けだと思いますけど」

「私もそう思う。分の悪い賭けも含めてね。

 それにそれだと君に追いつけないだろう。君は今からもISの訓練をしているんだから。

 君の後ろに付いていくんじゃなくて、君の隣に立ちたいのさ」

「鈴がいない間に俺が誰かと付き合うんじゃないかとは思わなかったんですかね?」

「私もそれについて言ったけど、あの子は“あの頑固者が前言翻すわけないでしょ!”って言ってたよ。

 さっき言ってた通り、どうせ君だって今は誰とも付き合う気ないんだろう。

 ウチの娘も君のことはちゃんとわかってるんだよ、ウン」

 

 

 気持ちはわからんでもないけど、かなり極端じゃないかね?

 まあ、鈴らしいと言えば鈴らしいか。

 

 

「でも実際どうなんだ? あくまで状況が状況だから彼女を作らないってことだから、彼女欲しくないってわけじゃないんだろ?」

「それはそうだけど……」

「篠ノ之箒さんとはどういう関係なんだい? まだウチの娘にもワンチャンあるかい?」

「だから箒だろうが鈴だろうが、今は付き合うつもりはありませんって」

「ネットでは一夏は篠ノ之博士のツバメって噂されてるけど?」

「何それっ!?」

 

 

 束姉(たばねー)さんのツバメ!?

 そんなわけあるわけねー……アレ、否定出来ない? AS貰ったから、ツバメと言われても否定出来ないのか?

 いや、でも“弟”だったら貰っても別にいいよな。妹の箒も今度専用機を貰うことになっているし。

 

 つーか、束姉(たばねー)さん。魔法少女型ISは千冬姉さんのときで懲りろよ。

 いくら箒の専用機とはいえ、黒歴史を思い出した千冬姉さんにまた殺されかけるぞ。俺は実際にその場に居たわけではないから知らんけど。

 

 まあ、俺が昔アイデアを出した笑える話は置いておいて…………俺はともかく、束姉(たばねー)さんは俺のことどう思ってんのかね?

 

 キスとかはされたことはあるけど、それは箒にもしているような親愛のキスだろうし、それ以前に恋愛感情自体持ってなさそうだから普通に“弟”でいいんかね?

 箒が俺のこと好きなのは知っているだろうし、修羅場になるようなことはしない……といいなぁ?

 

 不安だ。考えてみれば男で束姉(たばねー)さんが興味を持っているのは俺しかいない。

 もし束姉(たばねー)さんが「子供が欲しい!」とかでもまかり間違って思ったとしたら、そのお相手はもしかして俺?

 

 やべ、恋愛感情がないからこそ逆に束姉(たばねー)さんが何を仕出かすかわかんねー。

 箒への溺愛振りからこそ「箒ちゃんと半分こ!」とか言い出しかねない。

 

 …………束姉(たばねー)さんと会うときは、なるべく千冬姉さんか箒と一緒に会うことにしよう。

 

 

「……流石に束姉(たばねー)さんはあくまで姉さんだな」

「そっか。まあ、妹の方の篠ノ之もいるんだしな」

「昔、そんな性格だったら一生独身だよって束姉(たばねー)さんに言ったら『いっくんに貰ってもらうからいいもんね~』とか言われたけど、あくまでも姉さんだな」

「それマズくね?」

 

 

 大丈夫。多分、きっと大丈夫。ウン。

 

 

「篠ノ之博士ってお前の好みから外れてるだろ。お前ロリコンだもんな」

「ロ、ロロロリコンちゃうわ!」

「だってお前って年下にはやけに優しいだろ。ウチの妹とか。

 ……いくらお前でも蘭に手ぇ出したら許さねぇぞ!」

「やかましいわ、アホ!」

「やはりウチの娘にもワンチャンが!?」

「鈴は同い年でしょーが!」

 

 

 だからロリコンちゃうわ!

 年上は千冬姉さんと束姉(たばねー)さんだけで腹一杯なだけだ!

 

 あんま舐めたこと言ってると蘭ちゃんデートに誘うぞゴラァ! とりあえず蘭ちゃんに弾の折檻依頼メールを出しておこう。

 あとおじさんの発言も鈴にメールします。精々、鈴に「お父さん最っ低!」って言われるがいい!

 

 

 

 

「ところで一夏君はこれからどうするんだい?

 何だか日本に戻ってきてからも色々と大変みたいだけど?」

「基本としては、平日は学校に通って、休日はIS学園に行ってアリーナ借りてISの訓練ですね。

 部活の替わりにISの訓練を行う感じです」

「いーなぁ。IS学園って女子高だろ。

 綺麗なお姉さまたちがいる学校に通うのかよ」

「弾は年上に夢見過ぎだろ」

「お前が年下に夢見過ぎなんだよ」

 

 

 これが姉を持つ男と妹を持つ男の違いか。

 おそらく弾とはこのことに関してだけは一生分かり合えないだろう。

 

 それにIS学園に行っても在校生とはあんまり接点なかったぞ。

 どうやら不必要な接触をしないように学園が計らっているみたく、アリーナは貸し切りだったからな。

 

 

 

 …………でも、男だけでこういうバカ話するの本当に久しぶりだなぁ。

 やっぱりここ最近は女所帯の中で長い間過ごしていたから、知らない間にストレスが溜まっていたんだろうか。

 でもIS学園に入学する前にもっと女所帯に慣れないといかないしなぁ。

 

 

 それにしてもIS学園に入学するまで、まだ1年以上あるのかぁ。

 この前まで訓練漬けだったから、逆にここまで余裕が出来ると何したらいいかわからなくなる。

 

 それこそ温泉でも行くかね。千冬姉さんのモンド・グロッソ二連覇のお祝いもかねてさ。

 ドイツで訓練を血尿出るまで頑張ったし、善意の寄付のおかげで家計に余裕が出来たんだから、それぐらいの贅沢はしていいだろう。

 

 

 …………アカン、燃え尽き症候群になっとるかも。

 ここ数か月は駆け足で走りすぎた。本当に少しは休もうか。

 流石に今までの数カ月のような生活をこれから1年以上続けていくのは無理だ。

 

 鈍らない程度の訓練はもちろん続けるけど、専用機が来るまでの間はドイツでの訓練並みのはよしておこう。

 いくら倉持とデュノアで調整が難航しているからって、完成までそんな長く掛かるわけではないだろうし、逆に手元にはラファール・リヴァイヴがあるから急いでいないので、ゆっくりシッカリとしたモノを作ってくださいと言ってある。

 だからいつまでも量産機で訓練してても仕方がないので、専用機が届くまでは訓練のペースを落としても良いだろう。

 

 というかドイツでの訓練のペースが異常だったんだ。

 

 

「しっかし、一夏の身体付きって本当に凄くなったな。前から腹筋割れるぐらいには鍛えてたけど、腕とか凄ぇことになってるじゃん。

 クラスの女子たちはお前の身体見てキャーキャー言ってたぜ」

「止めろ、触んな」

 

 

 そして思い出させるな。あの地獄の訓練を。

 

 でも確かに最近は筋肉が急激についたせいか、身体のバランスが変わったような気がするな。

 訓練も柔軟体操とかを多めにやって、身体の根っこから整える形の方が良いかもしれん。それこそ整体でも行ってみるかね。

 もしくは日本政府にプロのアスレチックトレーナーでも紹介してもらうか。スポーツ医学の勉強をしてもいいし。

 

 何しろ時間はたっぷりある。

 もしかしたらIS学園入学前に事件が起きるかもしれないけど、それでも息抜きを兼ねて多少の寄り道をするぐらいはいいだろう。

 

 マスコミ対策……というよりパパラッチ対策は、付き纏ってきたヤブ蚊の顔写真を逆にこちらが撮ってブログに載せてたら収まってきた。

 家の前で煙草のポイ捨てした奴なんかもそれをブログに載せたら会社クビになったらしいし、夜討ち朝駆けしてくるようなマスコミはもう少ないだろう。

 これからはテロリストに気を付けつつ、少し歩調を緩めるとするか。

 

 ずっと気張ってても仕方がない。

 少しは気楽にいこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャーキャーといえば一夏。

 TVでお前の姉さんが“ブリュンヒルデ”とキャーキャー騒がれるの好きじゃないってやってたけど何でなん?」

「あ? そんなもん“ブリュンヒルデ”が男をNTRれたヴァルキリーだからじゃね?」

 

 

 







「何か知らんけど、4年間ずっとAS起動させてたらIS使えるようになったわ」

「そんなん言われても困る」

 これが大抵の人たちの反応でした。



 そして鈴ちゃんの強化フラグ。
 これにてIS学園入学前は終了です。


 セシリアとは普通に会って、普通に知己となって、普通に別れました。
 セシリアの第一印象としては“珍獣”でしょうかね。良い意味でも悪い意味でも“男”らしくない。

 それに原作でも一夏が教科書を電話帳と間違って捨てるなんてアホしなければ、もう少しセシリアの態度もマシだったんじゃないですかね。
 IS学園に合格出来なかった人のことを考えたらアレは酷い。


 そしてこの一夏の将来の夢は「宇宙に行ってみたい」です。
 千冬の弟であり、世界唯一の男性IS操縦者になるということで将来をどうしようか迷っていたのですが「せっかくなら一般人じゃ出来ないことをやろう!」と思い、束姉(たばねー)さんの目指した夢にのっかかる形で宇宙を目指しています。
 宇宙から撮った写真とか見たことありますが、普通に綺麗ですよね。


 それと原作でも千冬は“ブリュンヒルデ”と呼ばれるのを好んでいないようですが、作者がブリュンヒルデについて調べたところ「この名前を貰っても嬉しいのだろうか?」という結論に達しました。
 千冬姉さんがブリュンヒルデだったら、ますます幸せな結婚が遠のくことに!



 それにしてもクラス分けはどうしようかな?
 原作に忠実に鈴ちゃん2組の簪4組にするか、それとも鈴ちゃんも簪も1組にするか。

 この作品の状況だったら代表候補生とかは全て千冬の1組に纏めて放り込んで危険物隔離するのが自然っぽいけど、やはり原作に忠実にいくべきか?
 でもそしたら鈴ちゃんが2組でボッチという状況も忠実に……

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