バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
問 以下の問いに答えなさい。
文月学園において採用されている、試験を用いて行う戦いを何と呼ぶか答えなさい。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『召喚獣無双』
教師のコメント
 違います。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『決闘者たちの闘いの儀』
教師のコメント
 違います。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『天界一武道会』
教師のコメント
 違います。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『試験召喚戦争』
教師のコメント
 やっぱり月乃瀬さんは天使です。


第十二話 バカと天使とドロップアウト(後編)

「「「高橋先生、こいつカンニングしてます!」」」

 

「ちょっとぉ!? みんなして僕を売らないでよ! 僕だってなにがなんだか分からないのに!」

 

 なんて軽薄なクラスメイト達なんだろう。誰一人疑うことなく僕のカンニング疑惑を信じ、それを先生に内部告発するなんて。

 

「あ、あの、明久くんは真面目に勉強したのかもしれませんよ……?」

 

 そう言って僕を弁護してくれたのは、Fクラスの数少ない清涼剤である女の子の姫路瑞希さん。

 な、なんて優しい子なんだ! それだけに全く勉強をした覚えのない僕は凄い罪悪感だ!

 

「でも瑞希、吉井が勉強するわけないでしょ?」

 

 そして島田さん、君はなんて酷いことを言うんだい。

 ぼ、僕だってたまには勉強してるんだぞ! 例えば……例えばそう……な、なにも思い浮かばないだと!?

 島田さんのそんな言葉に、クラスメイト達はうんうんと力強く頷く。僕は仲間たちに信用されているのか、それとも全く信用されていないのか、判断に困るところだな。

 

「それで明久、どんなカンニングテクニックを使ったんだ?」

 

 そう問うたのはクラス代表の坂本雄二。教師の目の前でなんてことを言いやがるんだこいつは。

 

「だからカンニングなんかしてないって! そもそも、僕はこんな点数が取れるほど問題を解いてないし!」

 

 そもそも前提として、僕は絶対にこんな点数を取れないのだ。それは僕がバカだからではなく、決して僕がバカだからなのではなく、文月学園の試験の形式に由来する。

 僕が前回の日本史の試験で一応全て解いた問題用紙の数は二枚。そして三枚目に取り掛かっていた途中で制限時間がやってきたのだ。だから、もし仮に全問正解していたとしても点数は二百点代前半程度。それに加えて、空欄や間違えた回答なんかのことも加味すると、本当の点数は良くて百五十点とかそのくらいだろう。

 でも、召喚獣の頭上の参考点数には二百九十八点という高得点が表示されている。もしかして、試験召喚システムの故障とか?

 

「どうやらこの点数は、天真さんの腕輪の効果のようですね」

 

 ノートパソコンを操作しながら、高橋先生はそんな予想外なことを言った。

 ガヴリールの腕輪? あ、そういえば、さっき月乃瀬さんと戦ってた時、発動したんだっけ? 見ると、ガヴリール本人もよく分かってないのか、首を傾げて頭にクエスチョンマークを浮かべていた。可愛い。

 

「その効果は、ランダムな味方一人に、ランダムな教科の点数の一部をランダムに譲渡する、というものです」

 

 ランダム要素強すぎだろ!

 

「今回は、天真さんの日本史の点数全てが吉井君に譲渡される、という形になったようですね」

 

 なるほど。ということは、ガヴリールの日本史の点数は百点くらいか。僕の本当の点数は百点代後半くらいで、そこに腕輪の効果が加算されて、今の点数になったというわけだな?

 

「天真お前、日本史は何点だったんだ?」

 

「確か二百点ジャストだったな」

 

「ということは、吉井の本当の点数って……」

 

「…………九十八点」

 

「やめて! 僕をそんな居た堪れないような目で見ないでぇ!」

 

 百点超えてなかった! は、恥ずかし! でも僕にしてはよくやった方だと思うんですよ!

 っていうか島田さんにムッツリーニ! 君らは僕よりも日本史の点数悲惨な癖に!

 

「なるほど~、その点数は吉井さんとガヴちゃんの友情の証というわけですね?」

 

 白羽さんが僕の召喚獣を見ながらそんなことを言う。

 

「違うぞラフィ。これは私と明久の主従関係の証だ」

 

「あらら、そうでしたか。素直になれないガヴちゃんも可愛いですね、ぷぷぷ」

 

「は、はあ!? 全然意味が分かんないんだけど!? 私が上で明久は下、それだけだからな!」

 

 顔を真っ赤にして否定するガヴリール。天使という連中は基本的に僕を見下す傾向にあるらしい。いつか見返してやるから覚悟しとけよ……!

 

「というか白羽さん! 君こそ不正行為してないよね!? 五百点オーバーなんて教師並みの点数じゃないか!」

 

「そんなことするわけないじゃないですかー」

 

 その不正行為ギリギリをやってのけた駄天使が全力で目を逸らすのを僕は見逃さなかった。

 

「こう見えて私、歴史が得意科目なんですよ。特に宗教史に関してはそれなりに自信がありまして。お揃いですね、吉井さん♪」

 

「待って白羽さん! 君の得意と僕の得意の間には大きな隔たりがある!」

 

 僕の場合、あくまで比較的に歴史系の点数が高いだけだ。それもFクラスレベルで。

 教師レベルの点数を叩き出す白羽さんと同じ括りにされたら益々僕が惨めなことに……!

 

「でも吉井さん、ここには貴方の得意科目は歴史だと記載されていましたよ?」

 

 そう言って白羽さんが取り出したのは、召喚獣のイラストがプリントされたパンフレットのようなものだった。

 

「なにそれ?」

 

「これはですね、ヴィーネさんが作成した『マル秘! 試召戦争必勝ガイド~二年生編~』です♪」

 

「ホントになにそれ!?」

 

 見ると、他のAクラス生徒も同じ小冊子を手に持っていた。え!? まさか試験召喚戦争の為だけにわざわざAクラス全員分作成したの!?

 

「ヴィーネ、お前ほんとイベント事好きだよな」

 

「だって、他の学校にはこんな制度ないっていうから楽しみだったし……折角ならクラスの皆の役に立ちたかったし……」

 

「律儀かっ! お前ほど真面目に取り組んでもらえれば、学校側も本望だろうな」

 

「そ、そうかなっ!?」

 

「なんで嬉しそうなんだよ……」

 

 そんなガヴリールと月乃瀬さんの会話。

 白羽さんはパラパラとその冊子を捲りながら、急に深刻そうな顔で俯いた。

 

「でも、このガイドブックには重大な不備があるんです……」

 

「えっ、それってどんな」

 

「この冊子には──皆さんのスリーサイズが記載されたページが抜け落ちているんです!」

 

「なんだって!? 月乃瀬さん、君はなんてことをやらかしてくれたんだ……!」

 

「…………回収騒動レベルの不手際……!」

 

「そんなページは最初から存在しないからね!?」

 

 ざわめくFクラス男子たちを月乃瀬さんが一喝する。ムッツリーニに至ってはその場に崩れ落ちて血涙を流していた。

 

「では、第二版に期待してますね♪」

 

「もし次があるとしても先に言っておくわ、載せない」

 

 月乃瀬さんの無慈悲な宣告に、Fクラスの士気はガタ落ちしていた。くっ……! まさか白羽さんと月乃瀬さんの狙いは最初からこれだったのか! 確かに僕らにとっては死活問題だが、男のサガを利用するなんて卑怯だぞ!

 

「そっちが勝手に希望を抱いて勝手に絶望してるだけだと思うんだけど……」

 

「本当、Fクラスの方々は面白いですねー」

 

 満面の笑みを零す白羽さん。しまった、また彼女のペースに乗せられてしまっていた。

 これは僕と白羽さんの一対一の勝負。こんな調子じゃ、勝てるものも勝てない!

 

「ふっ……白羽さん。面白いのが僕らだけだとは思わないことだ」

 

「? それはどういうことですか?」

 

 僕は勿体ぶるように前髪を手で掻き上げる。

 

「面白さという意味では、君も負けてな危なあああああああっ!? マジすんませんした! 自分チョーシくれてましたっ!」

 

 雷鳴の如き勢いで飛来した矢を野生の勘だけで召喚獣を操ってギリギリ回避。直撃していれば、僕の召喚獣はザクロのように中身をまき散らしながら即死していただろう。そして五百点超えという高得点から繰り出される一撃のフィードバックは絶対にヤバい! 正直降参したい……!

 

「弱いなお前……」

 

 雄二が呆れたように言う。そう思うなら変わってほしい。フィードバックの恐怖を知らないからそんなことが言えるのだ。

 

「私が面白いって、どういう意味ですか? 吉井さん?」

 

 にっこりと破顔する白羽さん。なおその目は全く笑っていない。

 や、ヤバい。ちょっと挑発して集中力を乱して隙を作るはずが、逆に向こうは既に第二撃を構えていて全く隙がなくなってしまった。言葉の選択を間違えたら次こそ僕の命はないだろう。

 

「え、えっと……面白いって言ってもその、変な意味じゃなくてね? あ~……」

 

 頭を使え吉井明久! 白羽さんの機嫌を取りつつ、警戒心を薄くさせればいいのだ!

 そうなると、彼女を褒める言葉が一番だろう。しかし、あまりに分かりやすい特徴だと、逆に煽りだと捉えられてしまいかねない。となると、顔や性格じゃ駄目だ。白羽さんの美貌についてはこれまで何度も褒めちぎられているだろうから彼女をうんざりさせてしまうだろうし、性格は……えっと……うん……。いや、根は優しい人だということは知ってるよ? 知ってるんだけど……その、僕はドMじゃないので……。

 あ、そういえば、彼女に椅子にされたとき、お尻が柔らかかったな。いや、勿論これをそのまま言うつもりはない。『お尻が柔らかいね』なんてセクハラにもほどがあるし、白羽さんは笑って流してくれるかもしれないが、他の女の子の怒りも買ってしまうだろう。要は、これをオブラートに包んで言えばいいのだ。

 考えろ僕! 直接ではなく、できる限り間接的にお尻の良さを伝えるんだ! 僕ならできる──よしっ!

 

「白羽さん、君は──いいカラダしてるよねっ!」

 

 やってもうた。

 

「すげぇ、なんて白昼堂々としたセクハラなんだ……!」

 

「しかも相手はあの白羽さんだぞ……!?」

 

「吉井明久、噂に違わぬ……いや、噂以上の男だ!」

 

 Aクラスの男子生徒たちが驚愕の声を上げる。僕も自分自身にビックリしているのだから当然だろう。

 

「あ、えっと、その……あ、ありがとう、ございます……?」

 

「やめて! 普通に照れないで! いつもみたいに僕を弄って!?」

 

 これじゃまるで僕が変態みたいじゃないか!

 

「安心しろ、明久」

 

「雄二、僕を慰めてくれるのかい……?」

 

「もう変態として手遅れだからな」

 

「知ってたよバカ野郎!」

 

 こいつは殺す! いつか絶対に殺す!

 

「あ、明久くんっ! わ、私だって……結構いいカラダしてるんですからねっ!?」

 

「…………!(ブシャアアアアア!)」

 

「待つんだ姫路さん! それ以上の大胆カミングアウトはムッツリーニの生死に関わる!」

 

「う、ウチだって、脱げばもっと凄いんだからね!?」

 

「それは嘘」

 

「アンタの全身の骨を折るわ、一本ずつ」

 

 人はそれを処刑と呼ぶ。

 

「し、島田さん! 今は一騎討ちの最中だから落ち着いて!」

 

「人間には二百十五本も骨があるのよ! 一本くらいなによ!」

 

 一本でも持っていかれるだけで人体にとっては致命傷だと思う。

 殺意をまき散らす島田さんを落ち着かせながら、僕は白羽さんと向き直った。

 

「ふう、ここまでの勝負は互角といったところか……」

 

「えっ?」

 

 なんだいその心外そうな顔は。

 

「吉井っ! ラフィエルなんかにいいようにやられてるんじゃないわよ! この私の弟子なんだから、もっとシャキッとしなさい!」

 

 そう激励を送ってくれたのは(自称)僕の師匠の胡桃沢さん。この間のBクラス戦以来、何故か僕はサタニキアブラザーズという謎の組織に加入させられてしまったのだ。来る者拒まず去る者逃がさずという最悪の組織である。

 そんな胡桃沢さんの言葉に、何故か白羽さんはガヴリールの方を見ながら神妙な顔で頷いた。

 

「……吉井さん。先ほどのお礼に一つお教えしたいことがあるのですが」

 

「へっ? なに?」

 

 お礼……ってもしやお礼参りですか!?

 

「いえ。興味本位で言うだけなんですけど、実は先日、下校中に他校の生徒さんに告白されまして」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

 確かに白羽さんの顔はビックリするほど整っているし、プロポーションだって抜群だ。その本性を知らない他校の男子から告白されたところで、なんら不思議ではない。

 

「ええ、そうなんです。──その時一緒に下校していたガヴちゃんが」

 

「白羽さん、そいつの名前と学校名知ってる? なんなら髪型とか体格とかそういう特徴でもいい。何か一つでも覚えていることがあったら僕に教えてくれないかな?」

 

「吉井さん、顔が怖いです」

 

 あはははは、ガヴリールに告白だって? そりゃ確かにガヴリールはめっっっっちゃ可愛いけれど、あろうことか告白だって? それはつまり、ガヴリールに対して下心を持って接触したってことだよね? しかも彼女のことをろくに知らない他校の生徒が? よし殺そう今すぐ殺そう迅速に殺そう。あ、殺しちゃダメか。FFF団の一級異端審問官の名に恥じぬよう、まずは視界を奪って手足を拘束してそして這いずるようなじわじわとした恐怖を──

 

「ちなみに、相手の男の子は小学生でした♪」

 

「………………………………くっ! 流石に小学生を手に掛けることは、僕には出来ない……ッ!」

 

「結構悩んでましたよね」

 

 内なる感情の濁流をなんとか鎮める為に、僕は深呼吸をしながら素数を数えることで平常心を取り戻した。

 

「だ、そうですよ? 良かったですね、ガヴちゃん」

 

「な、何がだ! 私が誰に告白されようと、明久には関係ないことだろ!?」

 

「初々しいですねー♪」

 

「なぁにガヴリール? まさかアンタ、私に吉井を取られたんじゃないかって嫉妬してたの? あははは! アンタにも可愛いところがゴバァ!?」

 

「次舐めたことほざいたら蹴るぞクソ悪魔」

 

「既に蹴られてるわよクソ天使!」

 

 そうか、小学生に告白されたのか。

 月乃瀬さんも同じく小学生に告白されたことがあるらしいけど、彼女の場合は近所のお姉ちゃんへの尊敬や憧れからくる恋愛感情だろう。でもガヴリールの場合は……。

 

「おい明久、なんでそんな可哀想なものを見るような目で私を見るんだ」

 

「……そんなの、僕の口からは言えないよ……ッ!」

 

「何故だろう。すごくバカにされてる気がする」

 

 制服を着てるから辛うじて高校生だと分かるけど、そのちっちゃな背丈はどう見ても小学生レベルだ。現役小学生に勘違いされてしまうのも致し方ないだろう。

 

「うふふ、吉井さんは本当に面白い人ですね」

 

「ああ、実に面白い顔をしているだろう」

 

「…………存在自体が面白い」

 

「よしそこの二人表出ろ」

 

 どうやら僕は友達と夕陽に染まる河原で本気の殴り合いをする必要があるらしい。血と汗と涙と青春と血の味がしそうだ。

 

「──でも、時間も押しているようなので、楽しいひとときもここまでですね」

 

 ちらりと高橋先生の方を一瞥してから、白羽さんは至極残念そうに呟く。多分楽しかったのは一方的に僕を弄っていた彼女だけだと思うんだ。

 

「吉井さん、私は前に言いましたよね? 歯向かってくるのなら、例え蟻さんでも容赦はしないと」

 

 そういえば、そんなことを言っていたような気もする。

 

「本当はもっと遊んでいたいのですが……私も今のクラスや教室を結構気に入っているので。どうか、私を恨まないでくださいね?」

 

 すると、白羽さんは召喚獣の大弓を構えて、矢を引き絞る。

 あの攻撃をまともに食らえば、即死不可避だろう。だが矢を射る瞬間というのは、射手にとっても弱点となる。僕は召喚獣を全力でダッシュさせ、縦横無尽にフィールドを駆け巡らせた。いつもの僕ならともかく、今の僕の召喚獣はガヴリールの腕輪のブーストを受けてパワーアップしている。つまりそのスピードも当然、格段に上昇しているのだ。これならば棒立ちにでもならない限り矢を食らう可能性は低いだろうし、彼女が矢を放って隙が生まれた瞬間に肉薄して弱点を狙うことだってできるだろう。広いフィールドで大勢の戦闘なら圧倒的に優位な弓という武器だが、この場においては小回りの利く僕の方が有利だ!

 

「さて、吉井さん。貴方を虐待してあげます」

 

「今なんて!?」

 

「あ、すみません。虐殺の間違いでしたね」

 

「虐げられることは確定なの!? で、でもこの状況は僕の方が有利! やれるものならやってみなよ!」

 

「はい、やってみせましょう。──束縛(バインド)♪」

 

 彼女がそう呟いた瞬間、白羽さんの召喚獣の腕輪が光り輝き──僕の召喚獣はこれまでのスピードが嘘のように、ピタリと停止してしまった。

 

「へっ?」

 

「チェックメイトです」

 

 そんな鈴を転がすような声が聞こえた、その刹那。

 僕の召喚獣は唸りを上げて飛んできた矢に刺し貫かれ、そのまま爆発四散した。サヨナラ!

 

 日本史

『Aクラス ラフィエル 455点 VS Fクラス 吉井明久 戦闘不能』

 

   ○

 

「痛あああああああっ!!?!? 身体のあちこちに灼熱のような激痛があああああっ!?」

 

 全身を迸る激しい痛みに、床を転がり回る僕。

 というか相手の動きを止める腕輪って! そんなの一対一じゃ最強レベルじゃないか! これ最初から僕に勝ち目なかっただろ!? いくら高得点者の特権とはいえゲームバランスちゃんと考えて作ってよ! 下方修正を要求したい!

 

「よし、勝負はここからだ! お前ら、気合い入れていくぞ!」

 

「雄二貴様! 僕を信じてたんじゃないのかよ!?」

 

「勝つ方に信じていたわけじゃない!」

 

「お前に本気の左を使いたぁぁぁい!!」

 

 なんて冷酷な代表なんだろう。こいつ、白羽さんに確実に勝てる奴がFクラスにいないからって、僕を犠牲にしやがったな! フィードバックのある観察処分者に対してなんという仕打ち! 夜道に気をつけろよな!

 立ち上がることもできず冷たい床に倒れ伏す僕に、対戦相手だった白羽さんが近づいて来て、にっこりと手を差し伸べてくれた。嗚呼、ドSとはいえ、やっぱり彼女も天使なんだなあ。なんて優し──

 

「吉井さん、最高のエンタテイメントでした!」

 

 くない! 差し伸べた手をグッとサムズアップしやがった! 握り返そうと差し出したこの手はいったいどうすればいい!?

 僕が嗚咽を漏らしていると今度はガヴリールがやってきて、僕と白羽さんの間に割って入った。

 

「おいラフィ、あんまり明久をイジメてやるな」

 

「ありがとうガヴリール……君はやっぱり僕の天使──」

 

「明久をイジメていいのは私だけだからな」

 

「……」

 

 天使とはいったい何なのだろう。

 

「あらあら、ガヴちゃんったら。では私は退散しますね、馬に蹴られたくないので♪」

 

「……なんで馬?」

 

「あ、ほ、ほら、バカは漢字で馬鹿って書くだろ? つまりラフィは、明久に蹴られたくなかったんだよ」

 

「なるほど」

 

 ガヴリールの中で僕=馬鹿という等式が出来上がってしまっているのが若干気になるところだが納得だ。

 でも、いくら僕でも女の子を蹴ったりなんかしない。僕が蹴るのはサッカーボールと石ころと坂本雄二と鉄人くらいだ。

 

「これで二連敗か……。雄二は勝負はここからなんて言っていたけど、かなり厳しい状況だよね」

 

 僕がうつ伏せの状態のまま戦況を分析していると、ガヴリールがその僕の背中にちょこんと座った。天使とかいう連中は僕のことを椅子にしないと気が済まないのだろうか?

 

「まあ、あの代表のことだし何か策があるだろ。それに私はあの教室、結構気に入ってるぞ」

 

「えっ、そうなの?」

 

 Aクラスの設備で一番はしゃいでたのに?

 

「ああ。だって、グータラしててもあの教室なら誰からも咎められないからな」

 

「確かにね」

 

 畳と卓袱台が似合う天使というのは、正直どうかと思うけれども。

 ……しかし軽いなあ、この子。

 

「ねえガヴリール。この戦争が終わったら焼き肉食べに行こうか」

 

 僕はまだ遂げていなかったその約束を思い出して、ガヴリールに尋ねてみた。Bクラス戦の時にした約束である。彼女はそれをすっかり忘れていたのか、突然の提案にひどく目を丸くしていた。

 

「……(ぴたっ)」

 

 そして何故か、僕の額に手を当てる。

 

「? なに?」

 

「いや、熱でもあるんじゃないかと思って」

 

「あはは、僕が風邪引くわけないじゃん」

 

「だよな。馬鹿は風邪を引かないって言うもんな」

 

 しまった! つい墓穴を掘った!

 

「というか、その言い方だとホントに奢ってくれるのか?」

 

「うぐ……な、七割負担でどうか手を打っていただけないでしょうか……」

 

「ん。じゃあそうしよ」

 

 ……あれ? 素直に応じてくれたぞ?

 いつもならなにがなんでも僕に奢らせようとする癖に、いったいどういう心境の変化なのだろう。

 とはいえ、七割というのもそれなりの出費だ。もう遊ばないであろうゲームを全部売却すれば足りるかな……?

 僕が必要金額をうーむと計算していると、ガヴリールは呆れたように笑って、僕の背中を軽く叩いた。

 

「明久は肉焼く係な。で、私が肉食べる係」

 

「待つんだガヴリール! その配役だと僕は野菜しか食べられないことに……!」

 

「安心しろ。ちゃんと割り箸とおしぼりも食わせてやる」

 

「貴様! 僕が有機物ならなんでも食べると思ったら大間違いだぞ! それに飲み込めたもんじゃなかったよ!」

 

「えっ……もしかして本当に食おうとしたことあるのか……?」

 

「…………」

 

「……ごめん」

 

「……うん」

 

 なんだろう、凄く居た堪れない。

 

「そもそも、二人で焼いて二人で食べればいいじゃないか」

 

「でも火怖いし」

 

「子供かっ!」

 

 僕らがそんな雑談をしている間にも、試験召喚戦争は決着へと向かっていた。

 

   ○

 

 中堅戦。

 Fクラスからは保健体育の探究者ムッツリーニが、対してAクラスからは一年生の終わりに転校してきたという工藤愛子さんが前に出てきた。

 教科選択権はFクラスが使用。ムッツリーニが選んだのは当然彼の唯一にして最強の武器、保健体育である。

 だがこれに対し、工藤さんはかなりの余裕を見せていた。どうやら彼女の得意科目も保健体育だったらしい。とはいえ、ムッツリーニに敵うほどではなかったようだけど。

 

 保健体育

『Aクラス 工藤愛子 446点 VS Fクラス 土屋康太 572点』

 

「…………加速終了」

 

「そ、そんな、このボクが……!」

 

 工藤さんも腕輪持ちだったが、ムッツリーニの腕輪のスピードには追いつけず、一瞬で一刀両断されていた。

 な、なんて強さだ! この前のDクラス戦は本調子じゃなかったのか!

 

「これで二対一ですね。では、次の方」

 

 副将戦。

 Fクラスからは予定通り姫路さんが、それを見てAクラス側から歩み出てきたのは、学年次席の久保利光くんだった。霧島さんに次ぐ、姫路さんと互角の学力を持つ唯一の男子生徒で、名実ともに二年生男子のトップに君臨する人だ。

 教科選択権を使用したのはAクラス。これで大将戦の教科選択権はFクラスのものとなった。

 

「総合科目でお願いします」

 

 展開されるフィールド。総合科目は、本人の純粋な実力が一番試される科目だ。しかも姫路さんと久保くんの点数は二十点差くらいしかないと聞いたことがある。ここが一番の正念場だな……!

 

「姫路さん、頑張って!」

 

 僕が投げかけるように言うと、姫路さんは振り返ってふっと笑いかけてくれた。その表情が、心配するなと告げている気がした。

 

 総合科目

『Aクラス 久保利光 3997点 VS Fクラス 姫路瑞希 4409点』

 

「マジか!? いつの間にこんな実力を!?」

 

「この点数、学年主席にも匹敵するぞ……!」

 

 Aクラス側からも、そして今の姫路さんの実力を知っているFクラス側からも驚きの声が上がる。あのガヴリールでさえ、口を半開きにしてぽかんとしていた。

 勿論僕も驚いている。なにせ、ついこの前まで拮抗していた学年次席クラスの二人に、四百点近くの点数差が生まれているのだから。姫路さんが強いのは知っていたけど、この点差は尋常じゃない!

 

「いつの間にこんな実力を……!」

 

 久保くんが悔しそうに歯噛みしながら尋ねる。そんな彼に、姫路さんは力強く答えた。

 

「私、決めたんです。頑張ろうって、変わろうって……自分に誇れる自分になろうって!」

 

「自分に、誇れる自分……?」

 

「私は、このFクラスが好きです。本当は弱くて臆病な私を……笑顔で迎え入れてくれた皆が大好きです! だから今度は、私が恩返しをする番なんです! やあぁーっ!」

 

 腕輪を起動させ、熱線をロケットエンジンのように噴射させて超加速する姫路さんの召喚獣。その勢いのまま大剣を振るい、久保くんの召喚獣を切り裂いた。

 久保くんはとてつもない衝撃でも受けたかのように、呆然と立ち尽くして、そのままその場に崩れ落ちてしまう。

 

「勝者、Fクラス。これで二対二ですね」

 

 立会人の高橋先生の顔に若干の動揺が見え隠れしていた。姫路さんの急成長に驚いたのか、それともここまで縺れ込むとは思っていなかったのか。

 どちらにせよ、これで大将戦への突入が確定した。

 召喚フィールドが消えると、姫路さんはゆっくりとした足取りで、けれども一歩一歩を踏みしめるかのようにして、久保くんの元へと歩み寄った。

 

「そうしないと、きっと鈍感な彼に振り向いてもらうことなんて、出来ませんから」

 

「……君が強くなれたのは、その彼のお蔭なのかい?」

 

「そうです。だから私は、負けるつもりはありません。勉強でも、恋でもっ」

 

「なるほどね。……ありがとう姫路さん。お蔭で僕も、一歩を踏み出せそうだよ。今回は僕の負けだ。だけど、次は負けない」

 

「はい。久保くんは私のライバルですから、私だって負けませんっ! 勿論ガヴリールちゃんにも、美波ちゃんにも、坂本君にも木下君にもです!」

 

「ふっ、楽しみにしているよ。僕も自分の気持ちに正直に──自分に誇れる自分に、なってみせるよ」

 

 久保くんは薄い笑みを零して眼鏡を掛け直すと、踵を返してAクラスの陣営に戻って行った。何故か僕を一瞥してから。な、なんだろう、急に寒気が……。

 正体不明の症状に身震いしていると、姫路さんがこちらへと小走りで戻ってきた。

 

「えっと、明久くんっ。手を、こうやって止めてもらえますか?」

 

 そう言って、姫路さんはまるで挙手をするように、手を顔の辺りまで上げた。真似したらいいのかな?

 

「こ、こう?」

 

「はいっ」

 

 すると姫路さんは、本当に楽しそうな笑顔で、ペチンとその手を叩いた。

 

「いえーいです、明久くんっ」

 

「い、いえーい?」

 

 姫路さんは僕とハイタッチを交わしたかと思えば、今度はガヴリールや島田さん、それにクラスメイト達と次々とハイタッチをしていく。そんなに久保くんに勝てたのが嬉しかったのだろうか。それとも、僕らと気持ちを一つにしたいということだろうか?

 そうか、姫路さん。君はそんなにも──

 

「そんなにも、皆のスリーサイズが知りたかったのか……」

 

 勿論僕も知りたいが、女の子的にはどうなんだろう? やっぱり気になるものなんだろうか?

 

「なんだかすごい誤解を受けている気がします……」

 

 とはいえ、これで僕らの二連勝で、勝負は二対二。全ては大将戦へと委ねられる。

 

「……ふーん、瑞希の奴、明久くんって呼ぶようになったんだ」

 

 すると、さっきまで姫路さんとハイタッチを交わしていた島田さんが、すすすっと僕の側にやってきた。

 

「な、なにかな島田さん……」

 

 そういえばさっき、僕の骨を一本ずつ折るとかなんとか言っていたような。今すぐダッシュで逃げ出したいけれど、未だ残るフィードバックの痛みのせいでそれは不可能だった。

 

「ねえ吉井、ウチのこと美波って呼んでみて?」

 

「えっ? えっと……美波?」

 

「うん、よろしい。じゃあウチもアンタのことアキって呼ぶから、これからはそう呼ぶように」

 

「わ、分かったよ、島田さ……じゃない、美波」

 

 すると彼女は満足そうに頷いて、たたたっとステップでも踏むように皆の元へと戻って行った。

 と、とりあえず正解なのかな? 僕の骨の無事は守られたらしい。

 あ、そうか美波、もしかして君も──皆のスリーサイズが知りたかったんだね?

 

「すっごいバカな勘違いをしている気がするわね……」

 

 渾名と名前で呼び合うなんて、友好の証以外の何物でもない。そして、そこには信頼関係が生まれる。つまり協力して、抜け落ちたスリーサイズのページを何としても手に入れようということだな。そうか、やっぱり女の子とはいっても年頃の高校生だ。僕ら男子と同じように、女子もスリーサイズについては気になるのだろう。

 そんな男女間のギャップみたいなものに僕が頭を悩ませていると、Aクラスの陣営に戻った久保くんに、白羽さんが近づいていくのが見えた。なんだか珍しい組み合わせだな。

 

「久保さん久保さん、なんですか? さっきの体たらくは?」

 

「し、白羽さん……すまない。負けてしまった……」

 

「いや、それはいいんですよ? 勝者がいれば敗者がいるのが世の摂理ですからね。私が言いたいのは、さっきの無様な姿はなんだ、ということです♪」

 

「ぐっ……いや、姫路さんが予想以上に成長していて……」

 

「そこじゃないですよね?」

 

「僕も驚いてね……」

 

「そこじゃないですよね?」

 

「……すみません、勝負に身が入っていませんでした」

 

「まあ、学年次席ともあろう方が勝負を疎かに? 皆の模範となり、学園の顔としてあらねばならぬ学年次席がですか? 不甲斐ないですねぇ」

 

「ね、ねえラフィ、その辺にしといてあげなさいよ……久保くんも凄い点数だったじゃない」

 

「ダメですよヴィーネさん。彼は吉井さんのお尻ばかり追いかけまわしていたせいで、不格好にも敗戦したのですから。ここできちっと喝を入れなければ」

 

「よ、吉井くんの……お尻っ……!?」

 

「なんでそこに反応するの久保くん!?」

 

「愛は人を強くすることもあれば、人を弱くすることもあるということですね」

 

 離れていてよく聞き取れないけれど、結構楽しそうだ。

 僕はAクラスは真面目でストイックな人ばかりが集うクラスかと勝手に思っていたけれど、案外彼らとも仲良くなれるんじゃないかと思った。

 とはいえ、さっきから止まらぬこの震えは本当になんなのだろう……?

 

   ○

 

「それでは大将の方、前へ」

 

「……はい」

 

 二対二までもつれ込んで大将戦に突入し、遂にAクラスからは最後の一人が出てきた。

 学年主席──姫路さんや久保くんを上回る学力を持つ最強の敵、霧島翔子さん。

 そんな彼女と相対するのは、Fクラス代表の坂本雄二である。

 

「教科はどうしますか?」

 

 最後の教科選択権はFクラス側にある。雄二は一つ呼吸を整えてから、大仰に告げた。

 

「教科は日本史、内容は小学生レベルで方式は百点満点の上限ありだ!」

 

 この条件こそが、僕らが勝利するための最後のピース。

 勿論、霧島さんは小学生レベルの問題なんて多少集中力を乱されようと満点を取れるだろうし、そうなれば延長戦に突入して、ブランクのある雄二だと厳しくなるはずだ。

 このやり方を採る理由はたった一つ。ある問題が出れば、霧島さんは回答を確実に間違えることを、雄二は知っているからだ。

 その問題とは──

 

「大化の改新」

 

 Aクラスに宣戦布告に赴く前、卓袱台に座って作戦会議を行っていた僕らに、雄二はそう言った。

 大化の改新と言えば、『鳴くよ(794)ウグイス大化の改新』という語呂合わせが有名なアレである。日本の歴史上初めて元号が定められて、その元号の祖である「大化」を由来とした政治改革を丸ごとひっくるめたのが大化の改新……だったはず。

 だが、雄二がこの問題に賭ける理由は、もっと単純なものだった。

 年号──つまり、何年に起きたか。

 

「大化の改新が起こったのは645年。こんな簡単な問題は明久でも間違えない」

 

 お願い……僕を、見ないで……ッ!

 

「だが翔子は間違える。俺は小さな頃に、アイツに間違いを教えていたんだ。無事故の改新で、625年ってな。俺はそれを利用してAクラスに勝つ。そうしたら俺たちの机は──システムデスクだ!」

 

 回想終了。

 雄二の提案を受け、立会人の高橋先生が問題を準備するために教室を出ていく。

 万が一にも負ける可能性が出てきて、ざわめくAクラスの生徒たち。そんな喧騒の中、僕は雄二に歩み寄った。

 

「雄二、後は任せたよ」

 

 僕らはDクラスに勝ち、Bクラスに勝ち、そして今、Aクラスとも互角に戦えている。

 それはきっと、皆が頑張ったから。でも、頑張ることができたのは、こいつの作戦があったからだ。Fクラスの代表が坂本雄二でなければ、ここまで勝ち上がることはできなかっただろう。ならば後はこいつに全てを託すしかない。泣いても笑ってもこれが最後。そして、僕らの試験召喚戦争は決着するのだ。

 僕が握手をしようと手を差し出すと──

 

「なぁ、明久」

 

「なに、雄二」

 

 急に感慨深そうな表情で、雄二がこんなことを口にした。

 

「面白ぇな、俺たちの学校」

 

 その言葉に、僕が高校生になってからの出来事が想起される。

 

 僕の家の隣に、天使みたいな女の子が引っ越してきて。

 意外にも世間知らずだったその子と、春休みの間に仲良くなって。

 寝坊して慌ててたせいで、入学式にセーラー服を着て登校してしまって。

 美人の女の子を無視するゴリラみたいな男と最悪な出会いを果たして。

 中々クラスに馴染めない、帰国子女の女の子に嫌われて。

 ゴリラみたいな男と、放課後の教室で本気の喧嘩をして。

 そこで盗撮盗聴が趣味特技の危険な男と、凄まじい演技力を持つ女の子みたいな男と遭遇して。

 いつの間にか、気が付いたらその三人といつもつるむようになっていて。

 帰国子女の女の子が向こうから話しかけてきてくれて、仲良くなれたのが本当に嬉しくて。

 久しぶりに再会したら、天使みたいな女の子が僕のせいで駄天使にドロップアウトしていて。

 彼女は本物の天使だと知って。それに悪魔もいて、天界や魔界なんてものの存在も知って。

 生真面目な悪魔の女の子、悪戯好きの悪魔の女の子、ドSな天使の女の子とも知り合って──

 

 まさか、自分がこんな高校生活を送ることになるだなんて、想像もしていなかった。

 楽しいことばかりじゃなかった。嫌なことも辛いこともいっぱいあった。

 だけどその日々は、どれ一つ欠けることなく、掛け替えのない思い出として僕の中に残っていた。

 

「そうだね──」

 

 そして今。

 性格も特技も趣味も種族さえもバラバラな僕たちが、何の因果かFクラスに集まって、打倒Aクラスという目標に向かって一致団結している。

 まさに運命の悪戯。

 でも、そんなことは、もう僕にとってはどうでもいいのだ。

 僕にとって重要なのは、たった一つ。至極単純明快な、バカみたいな答え。

 

「最高だよ!」

 

 振り分け試験で倒れたせいで、不当にも成績最低のクラスに追いやられた心優しい女の子。

 死に物狂いで努力して、日常会話を難なくこなせるようにまでなった帰国子女の女の子。

 元神童で元不良という肩書きを持つ、馬鹿の癖に悪知恵だけは一丁前に働く悪友兼クラス代表。

 演劇を愛しすぎた故に、性を愛しすぎた故に、その一芸のトップまで上り詰めた友達二人。

 女の子なのに僕らと似た性格で観察処分者の烙印まで押された、最高に格好良い大悪魔様。

 足を引っ張り合ってばかりで、なのにいざという時は誰よりも頼りになるクラスメイト達。

 そして──天使であり駄天使である、とびっきりに可愛い女の子。

 

 ああ、そうだ。

 僕はこの学校が、このクラスが、ここにいる皆が……大好きなんだ!

 

「行ってこい、底辺代表!」

 

「任せとけ、バカ代表!」

 

 パァン! と甲高い音を立てて、僕らは互いの掌を打ち合う。

 人も、天使も、悪魔も、絶対に変わらないものなんてない。

 だけど、僕らの今という記録はいつか思い出となって、色褪せぬまま、変わらぬまま、僕らの記憶に残り続ける。

 だから、僕も進もう。

 変わることは怖いことかもしれないけれど、思い出は子供から大人になった僕たちを、きっといつまでも見守っていてくれる。

 

 ここがゴールじゃない。

 むしろ、ここからがスタート。

 子供が大人になるための──最初の一歩。

 泣いても笑っても、この試験召喚戦争の終わりこそが、僕らの始まり。

 教室が変わったとしても、僕らFクラスの仲は変わらずに続いていくはずだから。

 

 霧島さんと雄二が教室を出ていくと、やがて視聴覚室の様子がディスプレイに映し出される。

 二人が着席すると、問題用紙が配布されて試験が始まった。

 大化の改新が出れば僕らの勝ち、出なければ僕らの負け。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、二人は黙々と問題を解いていき、そして──

 

   ○

 

 日本史小学生限定テスト 100点満点

『Aクラス 霧島翔子 97点 VS Fクラス 坂本雄二 53点』

 

 僕らの教室設備が、卓袱台からみかん箱にドロップアウトした。




【Aクラス対Fクラス 試験召喚戦争 結果】
 勝:Aクラス 負:Fクラス

前哨戦 生命活動(生殺与奪権:Aクラス)
△木下優子 DRAW VS △木下秀吉 DEAD

先鋒戦 世界史(教科選択権:Aクラス)
☆ヴィーネ 376点 VS ★ガヴリール 400点

次鋒戦 日本史(教科選択権:Fクラス)
☆ラフィエル 555点 VS ★吉井明久 298点(98点+200点)

中堅戦 保健体育(教科選択権:Fクラス)
★工藤愛子 446点 VS ☆土屋康太 572点

副将戦 総合科目(教科選択権:Aクラス)
★久保利光 3997点 VS ☆姫路瑞希 4409点

大将戦 日本史小学生限定テスト(教科選択権:Fクラス)
☆霧島翔子 97点 VS ★坂本雄二 53点

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