バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト(追試)
問 次の単語を和訳しなさい
『 destiny 』

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『神は死んだ』
教師のコメント
 この一年であなたに何があったんですか? 昔の天真さんが戻ってきてくれるのを先生はずっと待っています。

吉井明久の答え
『テイルズオブデスティニー』
教師のコメント
 この一年で吉井君が全く成長していないことを、教師としてとても嘆かわしく思います。


第十四話 バカ・ゴー・ホーム

 それは、僕が見た夢なんだと思う。

 文月学園に入学してからまだ間もない頃、僕はとある勘違いにより騒動を起こした。それが原因で生徒指導室にて鉄人の親身な指導を受けて、家に帰るとそのままボロ雑巾のように眠ってしまったのだ。

 そして寝ている最中、ふと温かさを感じて目を覚ました。時刻は既に深夜を回っていたのか、窓から差し込む月明りがやけに眩しいなあ、なんて考えながら。

 だけど、その光は月明りじゃなかった。

 それは、翼。

 白銀に輝く翼を広げた、天使の女の子が、そこにいたのだ。

 まるで荒唐無稽な話である。だから──夢。

 でも、やけに記憶に残る夢だった。

 それはきっと……その女の子が泣いていたから。

 彼女は僕を責めるように、或いは自分を責めるようにして、涙を流していた。

 僕はその子のことを、とても儚げだと思った。まるで、今にも存在が消えてしまうんじゃないかってくらいに。

 分かっている。彼女を泣かせたのは、僕だ。

 僕の考えなしの行動が、彼女を傷つけてしまった。

 

 だけど、そんな後悔が浮かぶよりも先に、僕は願っていた。

 それはきっと単純なことで──

 僕はただ、ガヴリールに笑っていてほしかっただけなんだ。

 

   ○

 

「「滅べぇぇっ!!」」

 

「あべしっ!?」

 

 視聴覚室に飛び込んだ僕とガヴリールのドロップキックが雄二の顔面にめり込み、クソゴリラはそんな情けない悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。

 Fクラスのクラスメイト達も続々となだれ込んできて、戦犯ゴリラはリンチを受ける。しかし同情はできない。五十三点という点数は、所詮小学生レベルだからノー勉でもいけるだろうという奴の慢心が原因だろうから。今まではなんだかんだ頼もしく思えていたFクラス代表の面が、今は生ゴミかなにかにしか見えなかった。

 

「三対二でAクラスの勝ちです」

 

 喧騒の中、高橋先生は冷静に締めの台詞を口にする。ええ分かってます、完敗です。

 すると、暴行を食らいボロ雑巾のように倒れ込む雄二に、対戦相手の霧島さんが歩み寄った。

 

「……雄二、私の勝ち」

 

「けっ」

 

「……だから、約束」

 

 そんな霧島さんの一言に、Fクラス陣営が活気づく。ムッツリーニは迅速にカメラの準備を始めていた。

 約束──負けた方は、なんでも一つ言うことを聞く。

 不毛な抵抗だろうけど、僕はガヴリールや姫路さんたちの前に立つ。ウチのクラスの女の子に手を出そうというのなら、僕が盾となって彼女たちの逃走時間を稼ぐ所存だ。

 霧島さんはそんな僕らをちらりと一瞥してから、再び雄二に視線を戻して、小さな声で、しかしはっきりと告げた。

 

「……雄二、私と付き合って」

 

 …………あれっ?

 

「お前、まだ諦めてなかったのか」

 

「……私は諦めない。ずっと、雄二のことが好き」

 

 霧島さんは心なしか頬を紅潮させている。

 えっ? もしかして、霧島さんは女の子が好きなんじゃなくて、雄二を一途に想っていたから他の異性に興味がなかったの?

 

「拒否権は?」

 

「……ない。今からデートに行く」

 

「は、放せ! やっぱこの約束はなかったことに──」

 

 そんな雄二の抵抗も虚しく、霧島さんは彼の首根っこを掴み教室を出ていく。

 その場に取り残された僕たちは、誰もが状況を理解できずに立ち尽くしていた。

 

「さて、Fクラスの諸君。試召戦争の時間は終わりだ」

 

 呆然となっていた僕らにそんな低い声がかかる。

 そこにいたのは、僕にとって不倶戴天の敵たる生活指導の鬼、西村先生だった。

 

「て、鉄人!? なんでアンタがここにっ!?」

 

 バッと飛び引いて臨戦態勢をとるのは、僕と同じく観察処分者で、鉄人には散々辛酸を舐めさせられているであろう胡桃沢さんである。

 

「西村先生と呼べ、胡桃沢。さてお前ら、喜ぶといい。戦争に負けたことでFクラスの担任が福原先生から俺に変わるそうだ。これから一年、死にもの狂いで勉強させてやる」

 

「「「なにぃっ!?」」」

 

 クラスメイト達が一斉に悲鳴を上げる。鉄人が担任だって!? 冗談じゃない!

 

「特に吉井、天真、胡桃沢。お前らと坂本は念入りに面倒を見てやろう。なにせ、創設以来初の観察処分者二人と戦犯二人だからな」

 

 凄まじく余計なお世話である。

 

「そうはいきませんよ! 卒業までに先生を始末して、今まで通り楽しい高校生活を送ってみせます!」

 

「それでこそサタニキアブラザーズよ吉井! 鉄人! これからも悪魔的行為に興じてやるから、アンタの方こそ覚悟しなさい!」

 

「……お前らには悔い改めるという発想はないのか」

 

「「そんなものはない!」」

 

 息を合わせて言う僕たち。鉄人は呆れたようにため息を吐いた。

 

「先生、こいつらと一緒にされるのは癪です」

 

「……すまん。だが天真、補習にもちゃんと出ろよ? 一応出席はカウントされているからな」

 

「なんだとっ!? 先生は私に死ねと言っているのか!?」

 

「普通授業は毎日出るものなんだがな……」

 

 ガヴリールは抗議したが、結局彼女も呆れられていた。

 頭痛を抑えるようにこめかみに手を当てる鉄人。だが実はこの時、僕は少しだけ勉強しようという気になっていた。それは三か月後にまた試験召喚戦争を起こして、この教師から逃れる為である。

 なんて意気込んでいると、鉄人と話し終えたガヴリールがこっちへスススッと歩み寄ってきた。

 

「よし明久! それじゃ早速肉を食いに行くぞ!」

 

「えっ? 今から行くの!?」

 

「私もう腹ペコだから!」

 

 試験召喚戦争で時間を取られたとはいえ、まだ時刻は昼過ぎ程度。てっきり夜に行くものとばかり思っていたけれど……まあ、たまにはこういうのもいいか。

 さてと、それじゃ残された問題は──

 

「ぃよう吉井。今の話はどういうことだ?」

 

「まさか自分だけ抜け駆けして、女の子と食事に行こうってか?」

 

「俺たちの前でラブコメたぁいい度胸じゃねえか。……hurtでfullでroughなストーリーにしてやるよ」

 

 釘バットやスタンガンで武装したクラスメイト達からなんとしてでも逃げ延びる、ということだけだ。

 

「……さらばだっ!」

 

 素早くガヴリールを背負って、Aクラスの教室から飛び出す僕。

 

「待てや吉井ぃ!」

 

「坂本の分も合わせて貴様を二回殺す!」

 

「姫路さんの分も上乗せで三回滅す!」

 

 すかさず追いかけてくるクラスメイトたち。本当に頼もしい仲間たちだよ畜生!

 廊下を全力疾走していると、ガヴリールが僕の首元に手を回して、ぐいっと顔を突き出してきた。そして、弾けるような笑顔を浮かべて言った。

 

「走れ明久! 焼き肉は待ってはくれないぞ!」

 

 思わず見惚れてしまった。

 まったく、落とされたのはどっちだという話である。

 

「しっかり掴まっててね!」

 

 僕も笑い返す。彼女が笑ってくれるのなら、僕はなんでもできるんじゃないかと、本気でそう思った。

 

 過去があって、今がある。だから、未来のことは誰にも分からない。

 でも、一つだけ確信してることがあった。

 それは──

 

「本当に退屈しないなぁ、この学校は!」

 

 僕らの騒がしい日々はまだまだ続きそうだ、ということだった。

 

   ○

 

「──僕はカードを二枚伏せてターンエンド! さあ、ガヴリールのターンだよ!」

 

「うむ。ドロー、スタンバイ、メイン。んじゃあとりあえず羽根帚でその伏せ破壊で」

 

「僕のミラーフォースと魔法の筒がぁ!?」

 

「二枚とも攻撃反応罠かよ」

 

「やるねガヴリール……だけどまだ僕の場にはまだアブソルートZeroがいる! こいつが場を離れたらガヴリールのモンスターも全滅だよ!」

 

「そうなの? じゃあ魅惑の堕天使でそいつのコントロール貰うわ」

 

「…………ほえっ?」

 

「コストでスペルビア切って……あ、これで墓地に天使四体じゃん。クリスティア出すわ」

 

「ぼ、僕の場が……ぜ、全滅めつめつ……」

 

「ほい一斉攻撃」

 

「のぉぉぉぉぉおおお!?」

 

「明久よっわーい」

 

「くぅ……! この僕が初心者のガヴリールに七連敗だなんて……っ!」

 

「マスク使えばいいじゃん。あれ強いし」

 

「ダメだ! 奴に手を出したら融合HERO使いとして負けた気がするんだ……!」

 

「その価値観はよく分からん。ま、これで今日の食事当番も明久にけってーい」

 

「七日連続で僕が食事当番じゃないか! 次は絶対勝ってやるからな!」

 

「明久が私に勝とうなど十年早い。御託はいいから早くお湯沸かしてよ。私もう腹ペコだから」

 

「なんて横暴な奴なんだ……! 前はあんなに良い子だったのに……! 返せ! あの子と僕の純情を返せ!」

 

「諦めろ。そいつはもう戻ってこない」

 

「本人が言うと凄まじい説得力だ……はあ、えっと、カップ麺どこ置いてたかな……あ、あったあった」

 

「…………なあ、明久」

 

「醤油とシーフードか……ん? なに? ガヴリール」

 

「あ、あのさ、私が……」

 

「うん」

 

「私が天使だって言ったら、信じるか……?」

 

「うん。信じるよ」

 

「そ、そうだよな、いきなりこんなこと言われても──えっ? 今なんて?」

 

「ん? えっと……七日連続で僕が食事当番じゃないか!」

 

「そこじゃない! 遡りすぎだっ」

 

「ああ、ガヴリールが天使だっていう話?」

 

「それ! いや、自分で言っといてなんだけど、こんな突飛な話、普通は信じられないだろ!?」

 

「んー、でも本当なんでしょ?」

 

「う、うむ」

 

「じゃあ信じるよ。あ、ってことはこの前言ってた駄天使っていうのは」

 

「それは……家に引き籠ってゲームだけをして生活することを目標にしている天使のことだな」

 

「本当に駄目な天使なんだね……」

 

「駄目人間のお前に言われたくはない」

 

「なっ!? 僕のどこが駄目人間だって言うのさ!」

 

「仕送りを全額ゲームにつぎ込んだりするところとか、塩水を食事と言い張ったりするところだな」

 

「くっ、否定できない……!」

 

「だろ? あ、そろそろ三分経つんじゃないか?」

 

「ホントだ。ガヴリールは醤油とシーフード、どっちがいい?」

 

「両方」

 

「うん分かっ──貴様! 僕に水だけしか寄越さないつもりだな!?」

 

「冗談だよ。私シーフードな。で、お前のも半分ちょうだい」

 

「うーむ……若干納得いかないけど、まあいいや。はい、熱いから気をつけてね」

 

「…………ありがとな」

 

「ん? 何か言った?」

 

「なんでもないよ、ばーかっ」

 

 これは、出会ってしまったバカと天使の物語。


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