「ヴィネットと!」
「ラフィエルの!」
「「天魔小噺っ!」」
「はい。というわけで何の脈絡もなく突然始まったこのコーナーは、私ラフィエルとヴィーネさんの二人が、淡々と語らうだけのコーナーとなっております」
「語らうだけと言われても、どんなことを話せばいいのか悩んじゃうわね……」
「心配ないですよヴィーネさん。世の中には、女子高生がオジサマと他愛ない雑談に興じるだけで高額な報酬が貰えるお仕事もあるくらいですから。女子高生の言葉というだけで、そこには希少価値が生じるのです」
「いやそれ絶対いかがわしい仕事だろ! っていうかそれ、ガヴと吉井くんたちには教えちゃダメよ」
「??? ガヴちゃんに教えるなというのは分かるのですが、Fクラスの皆さんにもですか?」
「だって彼ら、お得意様になりそうじゃない」
「ああ、そっち側ですか」
「それに、そういう仕事を装った詐欺とかも横行してるって聞くじゃない? 皆には危ない目にあってほしくないもの」
「ということで、先日文月学園のお姉ちゃんになってほしい女子ランキング第一位に輝いたヴィーネさんからのありがたいお言葉でした。お嫁さんランキングと合わせて二冠ですね」
「余計なこと言わなくていいから! うぅ、やっぱり私って悪魔っぽくないわよね……。何か人の役に立つことが出来て、かつ私の悪名が広がるような悪魔的行為ってないものかしら……」
「一行で矛盾してますね。まあ生き方は人それぞれですから。ヴィーネさんにはヴィーネさんなりの信念があるのでしょうし、悪魔らしさとか気にしなくてもいいと思いますよ」
「ら、ラフィ……!」
「それに、その方が見ていて面白いですから!」
「やっぱりか! はあ、でもありがと。……と、小噺ってこんな感じで良かったのかしら?」
「バッチリです。流石、ツッコミ担当は伊達じゃないですね」
「いや、皆がボケるからツッコミに回らざるを得ないだけなんだけど……」
「それでは皆さん、また次回にお会いしましょう♪」
「……えっ!? 私達の出番ってもしかしてこれだけ!?」
僕らの教室が卓袱台からミカン箱に格下げされてから、はや数日が経った。そんなある日の昼休みのこと。
授業を終えて教室を出るクラスメイトたちを横目で見送りながら、僕とガヴリールは目の前で仁王立ちする鉄人──Aクラスに敗北してから、僕らの担任となった西村先生を相手に向き合っていた。
言いたいことがあるなら言ってみろ、という風に、鉄人は鼻を鳴らす。それに対して、ガヴリールはまさに天使のように綺麗な笑顔で語り始めた。
「西村先生、お忙しい中時間を取らせてしまい申し訳ありません。ですが私は、どうしても先生に伝えなければならないことがあるんです。……私の夢についてです」
彼女の夢。それは、世界中の人々を幸せにすることだ。それは荒唐無稽で、とんでもなく途方のないものかもしれない。だけど、僕はその夢を──そんな夢を語るガヴリールのことを、とても綺麗だと思った。大きな夢へと向かって、一歩一歩努力する健気な生き方に、僕は憧れたんだ。
「その夢は漠然としたものでした。ですが、この学校で過ごしている中で、私は気づくことができたのです。幸せは分け与えることができるものだと。いえ、分け与えるなんてものじゃない、一つの幸せが、何倍にも、何十倍にもなることだってあるということを」
「…………」
「誰かが笑っていると、自分も笑うことができるように。誰かが幸せだと、自分も幸せになれる。そうやって、幸福の輪というものは広がっていくのではないでしょうか」
「…………」
「だから、私が誰かを幸せにするためには、まず私自身が幸せでなければいけないと気づいたのです。……今の私では、きっと誰も幸せにすることなんてできません」
鉄人は何も言わない。ただ静かに目を瞑って、ガヴリールの言葉に耳を傾けていた。
「でも、絶対に叶えなきゃいけない夢なんです。だから西村先生、お願いします。どうか私に──皆を幸せにする権利をいただけないでしょうか」
ぎゅっと手を握って、頭を下げるガヴリール。
彼女のどこまでも真っすぐな言葉に、鉄人は感心したような、あるいは呆れたようなため息を一つ零して、初めて口を開いた。
「天真、お前の言わんとすることは伝わってきた。確かにお前の言う通り、人を幸せにするということは、生半可なことではない。不幸な者が誰かを幸せにしようなど、戯言と切り捨てられてしまうだろうな。……だが」
ちらっと、ガヴリールの横顔を一瞥する。その表情は、いつになく真剣で、静かに鉄人の言葉の続きを待っていた。
「──だが、没収した私物の返却は認めん」
「クソがああああああああっ!!」
天使モード終了。駄天使様ご帰還の瞬間だった。
「何故ですか西村先生! 皆が幸せになるためには、まず私が幸せにならなくちゃいけないんです! だから私の漫画やゲームを返してっ!」
「聞こえの良い言葉で取り繕っても無駄だ。そんな自分勝手な都合のために世界を巻き込むな。今お前が不幸なのはお前の自業自得だ」
「待ってください西村先生! さっきのガヴリールの目を見たでしょう! あの目は嘘じゃないはずです!」
「確かに、どこまでも真っすぐだったな。自分の欲望にだが。嘘を吐かなければなんでも許されると思ったら大間違いだぞ馬鹿者」
「だったら、皆を幸せにしたい気持ちだって偽りじゃないはずです! だからどうか、私物を返してやってくれませんか! あと僕から取り上げた物も返してください!」
「黙れ。夢や幸せなんて御大層なものを語る前に、お前たちは学園のルールを守れ」
くっ、ああ言えばこう言う。教師として恥ずかしくないのか……!
「っしゃお前らぁ! 茶番は終わりだ、こうなったら力づくで取り返すぞ!」
「「「うおおおーっ!!」」」
ガヴリールの号令で、一斉に鉄人を取り囲む隠れていたクラスメイトたち。皆、荷物検査で何かしら私物を没収された連中だ。僕らと同じように、腸が煮えくり返っていたのだろう。
「やれやれ。俺がFクラスの担任になった意味をまだ理解していなかったとはな」
「殺せーっ!」
そんなガヴリールの凡そ天使らしくない言葉を背に受けながら、僕らは上履きを手に鉄人へと襲い掛かった。
○
「さてお前ら、如何にしてあの邪知暴虐な教師を殺すかについてだが、何か案がある奴いるか?」
「ロッカーを倒して圧殺するのはどうかな?」
「相手はあの鉄人だぞ? むしろロッカーの方が拉げる気がするな」
「プールに突き落として溺死させるのよ! いくら鉄人とはいえ、酸素を奪われればひとたまりもないはずだわ!」
「…………前提として、トライアスロンが趣味の鉄人を溺れさせるのが困難」
「明久とサターニャが試験召喚獣で襲いかかるってのはどうだ? 召喚獣って、確かゴリラ並みに強いんだろ?」
「フッ、ガヴリールにしては良い考えね。この私の召喚獣で、鉄人を葬り去ってやるわ!」
「確かに可能性はあるかもしれないけど、そもそもフィールドを展開してくれないと思うよ」
「ぐっ、確かに」
「…………ここやはり、毒殺が確実」
「「「「それだ!!」」」」
「なぜお主らは世間話をするかのように教師の殺害計画を練れるのじゃ……」
鉄人への奇襲に失敗した僕たちが再び奴の抹殺を企てていると、職員室から戻ってきた秀吉が呆れた口調でそう零した。
「むっ、秀吉は鉄人の横暴を許しても良いっていうの?」
「そういうことではないが……現にこうして教師との交渉に乗り出したわけじゃからな」
「…………それで、結果はどうだった?」
「ダメじゃ。それっぽい理由を幾つ並べても応じてくれんかったぞい」
「だろうな。鉄人の奴、頭の中身も鉄でできてるんじゃないのか?」
と、我らが担任への愚痴を漏らすのは我らがFクラス代表の坂本雄二である。こいつは鉄人にワイヤレスヘッドフォンを没収されていた。買ったばかりの高価な物だったらしく、雄二の顔は苛立ちに歪んでいる。
「だが、策はある。今日は偶然にも午前授業のみ。午後は学校説明会が体育館で行われる──これを利用するぞ」
雄二が悪どい笑みを浮かべる。どう見ても良からぬことを考えている時の表情だ。
「学校説明会というと、文月学園を受験する予定の中学生やその保護者を対象としたイベントだよね? それが僕たちの没収品と何の関係があるのさ?」
「説明会には当然多くの教師が駆り出される。そのリストをムッツリーニに入手してもらった」
「…………鉄人の名前も確認済み」
「そういうことだ。そして、鉄人の不在で手薄になった職員室を襲撃する」
「なるほど」
なんて完璧な作戦なのだろう。まるで穴が見つからない。
「職員室を襲うことにまるで躊躇がないわねコイツら……」
「あはは……」
美波が頭痛を抑えるかのように頭を抱えてそう呟き、姫路さんはそれに対し曖昧な笑みを浮かべている。Fクラスの数少ない女子メンバーのうちの二人は、この襲撃作戦にあまり乗り気ではないようだった。
「鉄人がいない今、このサタニキア様に敵なしだわ! 私が受けた屈辱、倍にして返してあげる!」
「おのれ教師共め……! この私を怒らせたらどうなるか、その身を以て贖わせてやるぞ……!」
そして、こっちの二人はめちゃくちゃ乗り気だった。まあガヴリールの場合は没収された物がなんとなく想像できるし、だからこそ取り返そうと躍起になるのは頷ける。胡桃沢さんも、このやる気を見る限り大事な物を没収されてそうだ。
「──よしお前ら! 決行は午後一時。必ず各々の没収品を奪還するぞ!」
「「「おう!!!」」」
勿論、僕だってやる気満タンである。待ってろよ、僕のお宝たち……!
「絶対に取り戻してみせる! ガヴリールと秀吉の寝顔写真を!」
「待つのじゃ明久! 何故お主がそのような物を所持しておる!?」
「……というか、私の寝顔なんて見慣れてるでしょ」
「いや、何度見たって良いものだよ。なんなら常に見ていたい!」
「そ、そうか……いや、別にどうでもいいけど?」
そんなこんなで、僕たちは職員室襲撃の時間まで、おとなしく昼休みを過ごした。
○
「ムッツリーニ、職員室までのルートに敵影はあるか?」
「…………問題ない。殆どの教師が出払っている」
「よし。お前ら、出撃だ!」
雄二の号令と共にクラスメイトたちは一斉に教室を飛び出し、廊下を駆け抜け職員室へと向かう。
尖兵として須川くんたちを中心にしたグループ、その後ろに参謀である雄二を中心としたメンバーが続く。皆、没収されたものは違えど、その心は一つだ。奪われたものを取り戻す、ただそれのみである。
「それにしても、本当に先生たちの姿が見えないね。学校説明会ってそんなに大変なのかなぁ」
「試験召喚システムの都合上、一定の生徒数を確保しなくちゃならないからな。教師の連中も学園の存続に必死なんだろ」
隣を走る雄二がそんなことを言う。
「でも、そのおかげで順調に没収品を取り返すことができそうだね」
「ああ、このまま何事もないといいが……」
と、そんな不穏な呟きを雄二が漏らした瞬間だった。
「ぎゃああああああああああッ!?」
そんな凄惨な悲鳴が、廊下中に響き渡った。この声は須川くん!?
僕らは急いで職員室前に駆けつける。すると。そこには異様な光景が広がっていた。
須川くんを筆頭とした尖兵のクラスメイトたちが、一人残らず倒れ伏していたからだ。
「お前ら、何があった!?」
雄二が尋ねると、唯一意識のあった須川くんが今にも掻き消えそうな声で答えた。
「に、逃げろ……職員室には、奴が……」
がくり、と。
須川くんはそのまま意識を失ってしまった。
「…………ま、まさか……あのリストは、フェイク……!?」
「──やはり来たな。Fクラスの馬鹿共」
ムッツリーニの呟きに応えるように、そんな声が響いた。こ、この重低音ボイスはまさか……!?
「な、なぜ鉄人がここに!?」
そう、そこに仁王立ちしていたのは、我らがFクラスの担任教師にして僕らの宿敵、生徒指導の鬼・鉄人だった。ば、馬鹿な!? 奴は今、学校説明会で不在のはずでは!?
「あんなことがあった後で警戒しないはずがないだろう。無理を言って担当を変えてもらったんだぞ。愛しい生徒たちの為にな」
「嘘だ! 僕らを愛しいと思っているのなら体罰を振るったりするはずがない!」
「何を言う。これは俺なりの愛の鞭だ。さあ、大人しく降伏して補習を受けるというのなら、痛い目には遭わせないぞ?」
肉体的には痛くないかもしれないけど、精神的にボロボロにされるやつだこれ。
「くっ、どうする雄二!? ここは撤退して、態勢を立て直す!?」
「いや、こうなった以上、次はさらに防衛を固めてくるだろう。やるなら今しかない!」
「わかった!」
雄二の力強い言葉に、鉄人に怯んでいたクラスメイトたちが向き直る。相手が鉄人とはいえこちらは大人数。一斉にかかれば勝機はあるはずだ!
まず最初に仕掛けたのはムッツリーニだった。彼は音もなく鉄人の背後に周り、持っていたシャープペンで鉄人の首を狙っている。鉄人の意識は完全に僕らの方へと向いているはずだ、いける!
「ふんッッッ!!」
その瞬間、鉄人は視線を僕らへと向けたまま肩だけを回し、ムッツリーニの顔面に裏拳を叩き込んだ。ば、バカなっ、視線を向けることなく迎撃だと……!?
クリティカルな一撃をもらったムッツリーニは悲鳴を上げることさえないまま、廊下に崩れ落ちた。
「さて、次はどいつだ?」
「「「──すみませんでした!!!」」」
鉄人に恐れをなして恥も外聞もない土下座を繰り出すクラスメイトたちである。な、なんて頼りない連中なんだ!
「さて、残るはお前ら問題児四人だけだな」
両手をゴキゴキと鳴らしてそう告げる鉄人。それは僕らにとっての死刑宣告に等しかった。
残ったのは僕、雄二、ガヴリール、胡桃沢さんの四人である。ほぼ勝ち目がなくなったことで、僕の思考回路はどうやってこの場からの逃走を図るかに全神経を集中させていたが、雄二がそれを留めるように肩に手を置いて言った。
「待て明久。これは逆にチャンスだ」
「どういうこと? 雄二」
「相手は鉄人とはいえ仮にも奴は教師。女子生徒に体罰を振るうなんてことはしないはずだ。つまり──」
なるほど。ガヴリールと胡桃沢さんの二人に囮になってもらって、その隙に僕らが没収品を回収するんだね?
「──明久のことを女子生徒だと誤認させ、その隙に俺たちが没収品を回収する」
なるほど、完璧な作戦だ。不可能だという点に目を瞑ればだけど。
「バカ雄二! 僕のこの男らしい顔面が目に入らないの!? いくら頭筋肉の鉄人でも、この美男子を女子と勘違いするなんてことはありえないよ!」
「安心しろ、吉井」
「わかってくれますか先生!」
「お前を見間違えるわけがないさ。何故なら──お前の顔は一度見たら忘れられないほどブサイクだからな」
「そこまで言われるとは思わなかったよチクショウ!」
傷ついたぁ! 教師の何気ない一言が僕の心を傷つけたよ!
そんなやり取りをしている最中、ふと隣を見てみると、ガヴリールの姿がない。あれ、さっきまでここにいたはずなんだけど。
「あの、西村先生」
「どうした天真。お前も大人しく補習を受ける気になったか?」
「い、いえ。そうしたいのは山々なんですけど、実は今日、この後バイトのシフトが入ってまして……」
「なに?」
声の方に目を向けると、そこには鉄人に対してそんなことを言うガヴリールの姿があった。
「ふむ……そういえばお前は、親元を離れて一人暮らしをしているんだったな?」
「はい。なので、アルバイトの収入がないと生活が困難に……」
「ううむ、そういう事情なら仕方あるまい。だが天真、お前さっきは奴らと一緒になって俺に向かってきてなかったか?」
「あいつらに命令されてやったんです!」
ビシッ、と僕らの方に指を向けて責任転嫁を行う駄天使の姿が、そこにはあった。
「私はやめるように言ったんですけど、あいつらが無理矢理……!」
「う、裏切り者! さっきまで贖わせてやるとか言ってたくせに!」
「ということで西村先生、バイト先へ向かってもよろしいでしょうか?」
「わかった、いいだろう。しっかり励むんだぞ」
「あざっす! しゃす!」
僕らを一瞥してからペロッと舌を出して、ガヴリールは廊下の向こうへと消えていった。なんて鮮やかな掌返しなんだろう。しかも僕らに責任を擦り付けていきやがった。
「……あー、西村先生、実は僕もちょっと急用を思い出しまして」
「奇遇だな明久。俺もたった今用事を思い出した。ということで俺たちも──」
「安心しろ吉井、坂本。お前たちが暇だということはわかっている。一日中たっぷりと勉強に励むといい」
「先生! それはプライバシーの侵害なのでは!?」
この人は本当に教師なのだろうか? この人が野放しにされているのは教育委員会の怠慢だと思う。
「フッ。吉井、坂本、案ずることはないわ。このサタニキア様に任せておきなさい」
「胡桃沢さん! もう頼れるのは君だけだ!」
「ふふん。ガヴリールが逃げても、私は逃げないわ。何故なら、真の強者は奥の手を最後まで取っておくものだからよ!」
と、高らかに宣言した胡桃沢さんは、懐からある物を取り出した。
「……胡桃沢、なんだそれは」
「見てわからない? ならば教えてあげる。これは44口径リボルバーマグナム、デビル・パイソンよ!」
どえらい物を繰り出してきた。普段カッターナイフやコンパスを目にする機会は多いけれど、拳銃は初めてである。
「……一応訊いておくが胡桃沢。それってガチのハジキじゃないよな?」
雄二が冷や汗を流しながら尋ねる。もし仮に本物だった場合は学園内の問題に留まらない。間違いなく警察沙汰だ。
「そうよ。これには、十分間笑いが止まらなくなってしまう特殊な弾が装填されているわ」
「笑いが?」
「アンタたちは見てみたくない? あの鉄人が無様に笑い転げる様を」
それは……かなり見てみたいかもしれない。
「よし、俺と明久が左右から牽制する。その隙に胡桃沢は鉄人を撃ち抜け!」
「頼んだよ、胡桃沢さん!」
「任されたわ! さあ鉄人、覚悟しなさい!」
即座にフォーメーションを形成し、鉄人を取り囲む僕たち。対して鉄人は呆れたように頭を振るばかりだ。
「やれやれ、本当にお前たちという奴は……」
「喰らいなさいッ!」
パーン! という軽い撃鉄音と共に放たれた銃弾は超スピードで鉄人の胸板に迫り、そして──
「はぁッッッ!!!」
大胸筋という名の装甲に阻まれて、弾かれてしまった。
「「「は……?」」」
僕らは呆けた声を出すことしか出来ない。
カランカランと、投げ出された銃弾が床を転がった。
「──少し、キツイ教育が必要のようだなぁッッッ!!」
「ま、待って鉄人! それは教育じゃなくて暴ぶべらっ!!?」
世界が一回転した。
○
「全く、酷い目にあったよ……」
「だな。鉄人の野郎、これが教師のやることか?」
鉄人にぶっ飛ばされた後、僕は地獄の補習授業を乗り越え、無事帰路についていた。胡桃沢さんはまだ鉄人の説教を受けており、今は僕と雄二の二人である。
僕らは二人とも全身のあちこちに生々しい傷跡が残っている。鉄人の教育的指導によるものだ。許せない、いつか必ず復讐しちゃる……!
とはいえ、波乱の一日が無事終了した。もうこれ以上のことなんて起こらないだろうし、一安心だ。
「……雄二」
「ところで明久、清涼祭の準備は進んでいるか?」
「え? あ、うん。いい感じだよ。美波が計算してくれた売上予想額なら、十分新しい設備を買うことができるね」
「……雄二」
「そうか。島田の計算なら信頼できるな。お前も一応ホール班のリーダーなんだから、しっかり準備しとけよ?」
「ほぼ押し付けられたようなものだけどね」
「ハハハ、ジャンケンに負けたお前が悪い」
「……雄二、無視しないで」
「あがぁッッ!? 顔面がプレスされるかのような激痛がぁぁ!?」
おお、見事なアイアンクローだ。
「いきなりなにしやがる翔子!」
「……雄二が無視するのが悪い」
「あ、霧島さん」
いつの間にか雄二の隣には、Aクラス代表であり雄二の幼馴染でもある女の子、霧島翔子さんがいた。
「霧島さん、もしかして雄二の帰りを待ってたの?」
「……うん。一緒に帰りたかったから」
うーん羨ましい。そう言って頬を赤らめる霧島さんはとてもキュートだ。
「待て翔子。一緒に帰るだけというのなら、その手に持っている首輪とリードはなんだ?」
「……? 雄二を逃がさないために、必要」
「あはは、霧島さんはお茶目だなぁ」
「いや全く笑えないんだが!? 待て翔子! 俺にそんな趣味はない!」
「……駄目。雄二に拒否権はない」
「さらばだっ!」
「……逃がさない」
そんな言葉を残して愛の逃避行を始める二人。相変わらず仲が良いなあ。
さて、僕も家に帰りますかね。
そうしてカバンを肩に背負い直すと、ふと、ポケットの中の携帯電話が震えていることに気づく。
「あれ……? ガヴリールからだ」
着信画面には、さっき僕らを見捨てて逃走を図った駄天使の名前が映っていた。どうしたんだろう、今はバイト中のはずだけど。
「はい、もしもし。どうかしたのガヴリール?」
『あ、明久……助けてくれ』
通話に出ると、息も絶え絶えなガヴリールの声が聞こえた。
「ど、どうしたの!?」
『私はもう、ここまでみたいだ……。頼む、助け──かゆ、うま』
プツ──と、そこで通話は途切れてしまった。
「が、ガヴリールーっ!?」
そして僕はやっと気づく。波乱の一日は、まだ終わってなどいないということに。