バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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~特別コラム 鉄拳人生相談~

S羽=Rフィエル=Aインズワースさんのご相談
 鉄拳先生はFクラスの皆さんにとても慕われていますよね。自由奔放で傍若無人な彼らの手綱をどうやって握っているのかを知りたいです。
鉄拳先生のアドバイス
 すまない。教師として恥ずべきことかもしれないが、その質問には答えられない。何故なら、私は奴らの手綱を全く操縦できていないからだ。君がそう評価してくれるのは嬉しいが、正直に言えば、どうすればいいのかは私が教えてほしいくらいだ。

T真=Gヴリール=Wワイトさんのご相談
 妖怪ババア長のせいでテストに選択問題が出なくて困っています。私は至って真剣に鉛筆転がしをしていただけだというのに。ストライカーシグマⅤたちが悲しんでいます。鉄拳先生からあのババアに掛け合ってなんとかしてもらえませんか? 
鉄拳先生のアドバイス
 真面目な勉学の相談かと一瞬関心しかけたが、勘違いだった。これまでの教師人生、生徒には真摯に向き合ってきたつもりだが、思わず全てを投げ出して逃げたく──いや、すまない。忘れてくれ。

K桃沢=Sタニキア=Mクドウェルさんのご相談
 この私に悩みなど存在しないわ。何故なら、私はいずれこの世界の頂点に立つ大悪魔だからよ。王たるもの、些末な過去を振り返ったりなどしない。むしろ、自分の悩みを知りたいくらいね。この私の魂の深淵を、アンタに見通すことが出来るかしら? 
鉄拳先生のアドバイス
 ※西村先生が相談役を辞任された為、このコーナーは今回をもって終了とさせて頂きます。ご愛読ありがとうございました。


番外編 天国と地獄と王様ゲーム(前編)

「ヴィーネ! いや、ヴィーネ様! 宿題見せて!」

 

「ガヴ……」

 

「明日までに提出なんだ! ウチの担任鉄人だし、怒らせたらマジでヤバいんだよ! だからお願い!」

 

「あのねガヴ。いつも言ってるけど、宿題は普段の授業の復習も兼ねているのよ? 自分でやらないと意味ないの」

 

「そんな御託はいいんだよ。私は見せてって言ってんの」

 

「アンタね……。悪いけど、今日は無理よ」

 

「おお、いつも悪いねぇヴィーネさんや…………え? 今なんて?」

 

「だから、今日は無理なんだって」

 

「な、なんでだよ!? 私のことを見捨てるのか!? 薄情者っ!」

 

「自業自得でしょうが。今日はAクラスの皆と学校に集まって、一緒に勉強会するの。ガヴの宿題の面倒も見てあげたいけど、先約なんだから仕方ないでしょ」

 

「えっ、せっかくの休日にも学校とかドMなの?」

 

「じゃ、そういうことだから」

 

「うわあああん! 困ってる友を見て見ぬ振りするなんて! この悪魔ぁ!」

 

「ちょ、足にしがみつかないでよ!」

 

「お願いお願いお願い! これからはもうちょっと良い子にするからぁ! 部屋の片付けも気が向いたらするからぁ! だから一生のお願い! 宿題見せてぇ!」

 

「ああもう! いい加減にしなさい! いくら駄々をこねたってダメなものはダメなの! たまには自分ひとりの力でやりなさい! いいわね!?」

 

「待ってよ! ヴィーネ! ヴィーネぇぇぇ!」

 

   ○

 

「ということがあったんだよ。土下座までした私が可哀想だと思わないか?」

 

「どっちかっていうと、可哀想なのは月乃瀬さんの方だと思う」

 

 そんな他愛のない雑談をしながら、無心でレベリングに興じる僕たちである。

 ガヴリールは月乃瀬さんに見捨てられたのが気に入らないのか、さっきから苛立たしげだ。差し入れに持ってきてくれたポテトチップスにほとんど手を付けていないのも、なんとも彼女らしくない。僕が食べちゃっていいのかな? このカロリーがあれば3日は生存できるから是が非でも摂取しておきたい。

 

「おい明久! ヒールしろヒール!」

 

「えっ、さっきリジェネかけたよね?」

 

「こんなカスみたいな回復量じゃ足りないんだよ! あっ、ほら死んじゃったじゃん! もー!」

 

 悪態を吐きながらコントローラーを投げ捨てるガヴリール。いつもの彼女なら、ありえない被ダメージ量だ。どうやら相当気が滅入っているらしい。

 

「はあ、お昼ごはん食うか。カップ麺買ってきたから、明久にも一個恵んでやる」

 

「本当!? ありがとうガヴリール! マジ天使!」

 

「そうだろうそうだろう。もっと私を敬え。そして崇め奉れ」

 

 ガヴリールは買い物袋をガサガサと漁る。

 

「あれ、割り箸もらうの忘れた。すまん明久、割り箸の備蓄ってあるか?」

 

「そこの戸棚の中に幾つかあったと思うよ」

 

「悪いな。お前の非常食を消費することになっちゃって」

 

「気にしないで。このカップ麺だけで僕は一週間を生き抜く覚悟だから」

 

 彼女の中で僕が割り箸を貪り食う謎の生命体扱いされていることが若干の気がかりではあるが、差し入れに免じて聞かなかったことにしてあげよう。

 

「ふむ、割り箸か……」

 

 彼女は割り箸を両手に持って、それをまじまじと眺めている。

 

「どしたのガヴリール?」

 

「……ふふふ、いいことを思いついたぞ。宿題を見せたくないというのなら、見せざるを得ない状況を作り出してしまえばいいんだ」

 

「? どういうこと?」

 

「制服に着替えろ明久! 目的地は文月学園だ!」

 

「うぇ!? ま、待って! せめてこのカップ麺だけでも食べさせて!」

 

「ヴィーネたちが昼飯を食うタイミングがわからない以上、善は急げだ! 行くぞ、神足通!」

 

「僕の貴重なカロリーがぁぁぁ!」

 

 この手がカップ麺に届く前に、僕らの身体は眩い光に包まれた。

 

   ○

 

「霧島さん、この方程式の解き方って分かる?」

 

「……この問題は一見複雑に見えるけど、整理すれば解きやすくなる。こことここが共通項」

 

「あっ、本当だ。じゃあ、ここはこうなるから……」

 

「……うん。月乃瀬はやっぱり理解が早い。教え甲斐がある」

 

「そ、そう? 霧島さんの教え方が上手いのよ。私なんてまだまだだよ」

 

「ちぇー。保健体育だったらボクが教えてあげるんだけどなー」

 

「ありがとう工藤さん。分からないところがあったら、お願いするわね」

 

「月乃瀬さんとだったら実技でもいいよ♪」

 

「そ、それってどういう……!?」

 

「こら愛子。あんまり月乃瀬さんをからかわないの」

 

「いてっ。ごめんて優子。半分冗談だから許してよ」

 

「えっ、もう半分は?」

 

「皆さん、そろそろランチにしませんか? お昼を回って結構経ちますし」

 

「あ、そうだねー。ボクお腹空いちゃった」

 

「……効率よく学ぶためにも、適度な休息は大切」

 

「ねえ工藤さん! もう半分は!?」

 

 Aクラスの女の子たちが楽しそうに勉強会をしている様子をドアの陰から眺める。流石は文月学園でもトップクラスの人達だ。休日も学校に集まって勉強だなんて、僕らでは考えもつかない行動パターンである。

 

「でもどうするのガヴリール? この状況から月乃瀬さんに宿題を見せてもらうって、かなり無理があると思うんだけど」

 

 文月学園は特殊なカリキュラムを導入している進学校だ。だからこそクラス間での待遇に差を作り、勉学への意欲を高めようとしている。だが、授業の内容自体は教育委員会の提示する規定に則っており、クラス間でも大きな差はない。差があるとすれば、生徒の学力差が大きい為に授業の進行スピードが圧倒的に異なるくらいだ。つまり、僕らFクラスが与えられた宿題を、Aクラスの人達はかなり前の時期に既に終えていることになる。月乃瀬さんが今自分の勉強に集中していることは明らかだ。そんな中、わざわざ過去の宿題の教えを乞うというのは、正直かなり迷惑な気がする。

 

「ラフィにアイコンタクトを送っておいた。それに、ヴィーネの奴は大のイベント好きだ。必ず乗ってくる」

 

 見ると、白羽さんが小さく手を振っている。

 

「明久、お前も協力してくれ。できれば人を集めてほしい。こういうのは人数が多いほうがいいからな」

 

「それはいいけど、そもそも何をするのさ?」

 

「勝者には絶対遵守の権利が与えられる下界の伝統遊戯──王様ゲームだ」

 

   ○

 

「皆さん、お箸を持ってきたのでお使い下さい」

 

「ありがとうね、ラフィ」

 

 白羽さんにお礼を言いながら、彼女が両手で握った割り箸を取るAクラスの皆。それを見守る白羽さんはとっても良い笑顔だ。

 全員の手に箸が行き渡る。

 ──その割り箸に、番号が書かれていることなど気付きもせずに。

 

「王様ゲェェェ──ム!!」

 

「「「いえぇぇぇい!!」」」

 

 瞬間、Aクラスの教室に雪崩込む僕たち。

 

「さあ、Fクラスの皆さんも引いて下さい♪」

 

「せーのっ!」

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

「ちょっと待ったー!」

 

 そう抗議の声を上げるのは秀吉と瓜二つの美貌と黒いヘアピンが印象的なAクラスの優等生、木下優子さん。

 

「どうしたのじゃ姉上。そんな大きな声を上げて」

 

「どうしたのじゃないわよ! いきなりなんなの!? っていうか秀吉、アンタ演劇部はどうしたのよ!?」

 

「今日は部活が午前中で終わりなのじゃ。時間を持て余していた所、明久たちを見つけての。こうして同伴にあずかることにしたのじゃ」

 

「吉井君、何を企んでるのかなぁ……!?」

 

 木下さんの鋭い視線が僕に向けられる。思わず目を逸らしそうになるが、僕は本当に何も企んでいない。企みがあるとすれば──

 

「おいおい木下。変な言いがかりはよしてもらおうか。明久のミジンコに等しい脳味噌で企み事なんてできるはずないだろう?」

 

「…………明久は何も考えちゃいない。考える頭もない」

 

 こいつらの方だろう。というか、何で味方であるはずの雄二やムッツリーニからここまでボロクソに言われなくちゃならないんだ。僕なにか嫌われるようなことしたかな? 

 

「ダメですよ木下さん♪」

 

「そーだよ優子。クジを引いたなら参加しなくちゃね」

 

「愛子に白羽さんまで……!」

 

 思わぬ助け舟がやってくる。最初からガヴリールの企みに一枚噛んでいた白羽さんは兎も角、工藤さんまで乗ってきてくれるとは。彼女はノリの良い性格なのかな。

 

「つ、月乃瀬さん! あなたなら分かってくれるわよね? こんな遊びに乗る必要はないわ!」

 

「……王様ゲーム」

 

「月乃瀬さん……?」

 

「面白そうね! ぜひ私も参加したいわ!」

 

「月乃瀬さーん!?」

 

 そして、月乃瀬さんも乗ってきてくれた。まあ、ガヴリールの目的は最初から月乃瀬さん一人なのだから、彼女が居なくちゃ始まらないのだけれど。イベント好きという月乃瀬さんの性格を上手く煽った、ガヴリールの作戦勝ちだ。

 皆からの視線を受けて、木下さんは多勢に無勢といった様子だったが、やがて痺れを切らしたように叫んだ。

 

「いいわよ! 王様ゲーム、やってやろうじゃないの! アタシが王になって、あなたたちFクラスの根性を叩き直してあげるんだから!」

 

「うむ、それでこそ姉上じゃ」

 

 木下さんも合意してくれたので、無事王様ゲーム開催の運びとなった。

 

   ○

 

「それじゃ改めて──せーの!」

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

 一斉に割り箸を手に取る僕たち。割り箸に刻まれた文字を見て立ち上がったのは、我らがFクラス代表、坂本雄二だった。

 

「それじゃ命令だ。5番の奴が、鉄人に告ってこい!」

 

「貴様ァァァ!」

 

 5番→僕である。初回から最悪の命令に当たってしまった。

 

「なんて命令をするんだ! そんなの完全に誤解されるじゃないか!」

 

「大丈夫だ、明久」

 

 ぽん、と雄二は僕の肩に優しく手を置いて言った。

 

「もうお前には、同性愛者説が流れている」

 

「最悪じゃああっ!」

 

「えっ、吉井君ってそうなの……!?」

 

 何一つ大丈夫じゃない! 僕は至ってノーマルなのに! というか、なんで木下さんは頬を赤らめてるの!? 

 ど、どうにかして誤解を解かないと! まず最初にやるべきことは──

 

「ちなみに、その噂を流したのは俺だ」

 

 こいつを始末することだぁぁぁ! 

 

「おいおい。王様の命令に逆らうつもりか? その出来の悪い頭でもルールくらい知っているだろう? 王様の命令は──」

 

「絶対……ッ!」

 

 ギリィと血が滲むほど奥歯を強く噛み殺しながら、僕は教室を飛び出した。

 

   ○

 

 目的の人物はすぐに見つかった。刈り上げられた髪に浅黒い肌、そして筋骨隆々の体躯。そのシルエットと圧倒的なオーラだけで、鉄人こと西村先生だと分かった。

 

「胡桃沢、次は来客用のテーブルを移動させてくれ」

 

「私に命令しないで頂戴! おのれ鉄人……! この屈辱、いつか必ず返してやるわ……!」

 

「西村先生と呼べ、馬鹿者」

 

 あれ、胡桃沢さんも一緒みたいだ。どうやら、観察処分者特有の雑用をやらされてるみたいだけど──あ、そういえばこの前、鉄人がそんなこと言ってたっけ。

 

「むっ、吉井! 遅いぞ!」

 

 げっ、見つかった……。

 観察処分者の雑用は休日も呼び出されることがあるのだ。それが今日だったことを、僕はすっかり失念していた。

 ど、どうしよう。雑用を理由にして、王様ゲームから抜け出すか? いやでも、そんなことをすれば、後で何を言われるか分かったもんじゃない! ここは命令をこなしつつ、雑用からは逃げるのが正解だ! 

 

「いやぁ、どーもどーも」

 

「全く貴様という奴は……。だが丁度いい。貴様にも働いてもらうぞ。その後には遅れてきた罰として別途で個別授業を設けてやろう」

 

 これほど余計なお世話という言葉を体現した台詞を、僕は他に聞いたことがない。鉄人とマンツーマンだなんて、死んでも御免だ。

 僕は鉄人の横を通り過ぎ、胡桃沢さんの元へ歩み寄った。

 

「探したよ胡桃沢さん。一緒にお昼ごはんを食べる約束忘れちゃった?」

 

「へ? 何の話?」

 

 話を合わせてとアイコンタクトを送ると、胡桃沢さんは合点がいったように頷いた。

 

「あー! そういえばそうだったわね! そんな約束もしてたかしら!」

 

「鉄人、胡桃沢さんは働き詰めで疲れているんですから、お昼休憩くらいは構わないですよね?」

 

「むっ、確かにそうだな。ならば吉井、お前が代わりにこの仕事を──」

 

「ということで、逃げるよ胡桃沢さん!」

 

「分かったわ!」

 

 一目散に逃走を図る僕たちである。ついでに近くにあったサッカーゴール用と思われるネットを鉄人に投げておく。

 

「待たんか貴様! 遅れてきた上にサボるつもりか!」

 

「すみません! こっちにも事情があるんです! あ、それと鉄人!」

 

「何だ! 今更謝ったところで許さんぞ!」

 

 僕も今更謝って許されるなんて思っちゃいない。ただ僕は、王様の命令を遂行するだけだ。

 

「──愛してるぜ! 鉄人!」

 

 そんな台詞を残しながら、僕たちは窓から飛び出した。

 

「よ、吉井君……!? まさか君の本命は、西村先生だっていうのかい……!? ど、どうして……僕じゃダメなんだぁぁぁ!!」

 

 あれ? 今の、誰かに聞かれちゃった? い、いや、気のせいだよね、うん。なんだか急に寒気が止まらないんだけれど、休日だし他の生徒はいないはずだよね……?

 

「流石は吉井ね……! この私の想像を超えてくるなんて!」

 

「うん。僕も自分自身の言動に驚いてる」

 

 何故か胡桃沢さんには感心されてしまった。

 まさか一世一代の告白をする初めての相手が、可愛い女の子じゃなくて、不倶戴天の敵である筋肉の塊だなんて。小学生の頃の僕が知ったら泣くかもしれない。

 

「吉井ィィィ! 教師を愚弄しておいて、無事に帰れると思うなよ!」

 

「げぇっ!? もう追いついてきたぁ!?」

 

「こっちよ吉井! 跳びなさい!」

 

 パルクールの要領で鉄人から逃げる僕たち。

 王様ゲーム第一の命令は、こんな形で無事(?)遂行されたのだった。


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