バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
次の問いに答えなさい。
 イングランドの劇作家ウィリアム・シェイクスピアの戯曲の中で、四大悲劇と称されているのは『オセロ』、『マクベス』と何でしょう。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『リア王、ハムレット』
教師のコメント
 正解です。これらはシェイクスピアが17世紀初頭に執筆した作品群であることとその作風から、四大悲劇とされています。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『ロミオとジュリエット』
教師のコメント
 残念ながら不正解です。確かに『ロミオとジュリエット』はシェイクスピアの作品ですが、発表時期が異なるため四大悲劇には含まれていません。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『スパ王』
教師のコメント
 学習意欲が食欲に負けています。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『ハムエッグ』
教師のコメント
 食べ物から離れてください。


番外編 天国と地獄と王様ゲーム(中編)

「クククッ、王様ゲームですって? まさに、この私の為に存在するような悪魔的遊戯じゃない!」

 

「あらあら、サターニャさんではないですか♪」

 

「うわっ、うるさいのが来たよ……」

 

 胡桃沢さんと一緒にAクラスの教室に戻ると、白羽さんは彼女を大歓迎する。対して、システムデスクに肘を立てているガヴリールは露骨に面倒臭そうな顔をした。

 

「王の命令は絶対……つまりガヴリール! アンタにどんな恥ずかしい命令だってやらせることが可能! 恐怖に震えながら、今までの蛮行を悔やむといいわ!」

 

「…………ッ!?」

 

 ガチャガチャとカメラの準備を始めるのは我らがムッツリーニである。僕でなければ見逃してしまうレベルの反応速度、流石だ。

 高らかに宣言した胡桃沢さんに、ガヴリールは割り箸を見せつけるようにしながら言った。

 

「いや、番号あるからな? ちゃんとルール理解してんのお前?」

 

「ふっ。その程度の確率、私の悪魔的幸運があれば、赤子の手を捻るよりも容易く突破できるわ」

 

「そうか。じゃあこっちがどんな命令下しても文句ないってことだよなぁ?」

 

「無力な赤子を痛めつけるような行為は駄目よね! やっぱり常識の範疇で命令させてもらうわ!」

 

 そんなガヴリールと胡桃沢さんの力関係が垣間見えるやり取りの後、僕らは着席し、再びクジを手に取った。

 

「それじゃ二回戦、行くぞぉー!!」

 

「「「いえぇぇぇい!!」」」

 

「せーのっ!」

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

 僕の番号は──ちぃ! 王様ではないか! 

 

「あ、私ですね」

 

 王様のクジを引いたのは白羽さんだ。彼女はちょっと困った性格をした天使ではあるが、雄二みたいな鬼畜な命令はしてこないだろう。そういう意味ではとりあえず一安心だ。

 

「それでは、3番と7番の方が、最近あった恥ずかしい話を話してください♪」

 

 なるほど、王様ゲームでは定番とも言える質問だ。決して相手を貶めることなく、あくまで笑い話としてその場を盛り上げることができる。それにしても、恥ずかしい話か。僕のような清廉潔白な人間だとパッと思いつかない。まあ、今回は3番でも7番でもないのでその心配は無用なんだけれど。

 

「あ、3番は私ね」

 

「7番はワシじゃ」

 

 今回外れクジに当たってしまったのは月乃瀬さんと秀吉だ。二人とも真面目だし、どんな恥ずかしい話をしてくれるのか逆に楽しみだ。

 

「じゃあ私から話すわね。えっと、この前のお休みのことなんだけど、いつも通り近所の公園の掃除をしていたの」

 

 月乃瀬さんは当たり前のことのように話しているが、掃除のボランティアに勤しむような聖人君子が、なぜ悪魔として生まれてきてしまったのだろう? 

 

「でね、その時によく一緒に遊ぶ子供達がいるんだけど……」

 

 あれ? なんだかどこかで聞いた覚えのある話だ。

 

「その中の一人に、その、こ、告白されちゃったのよね……」

 

「「「……」」」

 

 一斉に目を逸らす僕らFクラスメンバー。かつての試召戦争で月乃瀬さんに勝つために行った非道な作戦を思い出したからだ。今考えたら本当に申し訳ないことをしたと思うけれど、どうやら月乃瀬さんはまたもや子供のハートを射止めてしまったらしい。

 

「き、気持ちは嬉しいんだけどね? でもほら、やっぱりその……ね? 分かってくれるでしょ? だから断らざるを得ないんだけれど──その時の子供たちの悲しそうな顔が忘れられないの!」

 

 恥ずかしい出来事どころか、現在進行系で深刻な悩みだった。モテる人にはモテる人なりの苦労があるとは聞くが、彼女の場合は想像以上だ。半分泣きそうな顔で懺悔する月乃瀬さんを見て、誰もが複雑な表情で口を噤んでいる。

 

「あんな言葉しかかけてあげられなかった自分が恥ずかしいわ……。嫌いになったわけじゃないんだよ、ごめんね、ごめんねぇ……」

 

「つ、月乃瀬さん、元気だして? ほら、チョコレート食べる?」

 

「たべる……」

 

「……胃薬も飲むといい」

 

「木下さんも霧島さんも、ありがとね……」

 

 お、重い。重すぎる……! 

 どうしようこの空気。あのメンタルの強い秀吉ですら、次が自分の番だということが居た堪れない心地みたいだ。

 すると、ガヴリールがすっと立ち上がって、月乃瀬さんの頭をぽんと優しく叩いた。

 

「ヴィーネ、あんまり気にすんなよ。人って、そういう過去を乗り越えて成長する生き物だからさ」

 

「そうかなぁ……? でも私、やっぱり悪いことを……」

 

「悪いことなら本分じゃん。ヴィーネはヴィーネの為すべきことをしただけだよ」

 

「……うん、ありがとう。ガヴってやっぱり優しいね」

 

「い、いや、私はただこの空気に耐えられなかっただけであって、そういうつもりじゃなくてだな……」

 

「ふふ、そうだね。そういうことにしといてあげる」

 

 何か言いたげに口を尖らせるガヴリールだが、月乃瀬さんの笑顔に何も言えなくなってしまったみたいだ。

 

「じゃ、じゃあ木下、次はお前の番な!」

 

 女の子たちの友情にほっこりしていると、話を逸らすようにガヴリールは秀吉を指名した。

 

「うむ、了解じゃ。月乃瀬の話と被ってしまうのじゃが、実はワシも先日クラスメイトに告白されての」

 

「なんですって!?」

 

「なんだとぉぉ!?」

 

 僕と木下さんの声が重なる。

 秀吉に告白だって!? しかもクラスメイトってことは、Fクラスの誰かってことじゃないか! 誰だ!? 異端審問会の血の盟約に背いたのは……! 

 

「秀吉! 僕はそんなの許した覚えはないよ! 相手はどこの馬の骨なんだい!?」

 

「…………異端者には、死あるのみ……!」

 

「何故お主らの許可が必要なのじゃ。それに、ちゃんと断ったから安心せい」

 

「当たり前だよ! 秀吉と付き合うなんて大罪、天が許しても僕が許さない……!」

 

「…………それで、相手は誰?」

 

「お主らも知っておるじゃろ。うちのクラスの横溝じゃ」

 

 横溝ゥァア゛ーッ! 今度会ったら必ず粛清してやる! 

 

「ひ~で~よ~し~? ちょーっと話があるんだけど?」

 

 僕らが横溝くん抹殺の意思を固めていると、秀吉のお姉さんである木下さんがニッコリと破顔して彼の元へと歩んでいく。

 

「な、なんじゃ姉上? どうしてそんなに良い笑顔なのじゃ?」

 

 その時、僕は何故か笑顔の起源は威嚇であるという話を思い出していた。

 

「ごめんね皆。アタシと秀吉はちょっと急用を思い出したから先に帰るね?」

 

「何故じゃ? これからが面白くなるというのに。それに、ワシらに予定など──」

 

「い・い・か・ら、来なさい!」

 

 秀吉は木下さんに連行され、そのまま廊下に連れ出されてしまう。

 

「──ねえ秀吉。アタシいつも言ってるよね? アタシと同じ容姿で、男の子とベタベタするなって」

 

「それは誤解じゃ。ワシは男友達として誠実に接しているだけであって」

 

「アンタにとってはそうでも、他人から見ればそうじゃないの! いい加減学びなさい……!」

 

「そんなこと言われても、ワシは男で──痛たたたたっ! そ、それよりも姉上! 横溝の話なのじゃが……!」

 

「はあ? その横溝君? は関係ないでしょ?」

 

「いや、ワシが告白を断った後、今度は姉上に告白してみると言っておったから、できれば穏便に済ませてやってほしいと──あ、姉上! 関節はそっちには曲がらないのじゃ!」

 

「バカ! すっごくバカ! 明らかに脈がないんだから、アンタから先に忠告しときなさいよね! というかそいつ、不誠実にも程があるでしょ!」

 

「しかし、他人の恋路を邪魔するなどワシには……姉上! それ以上は本当に取り返しがつかな──!」

 

 扉の外から聞こえる人体が破壊される音に、僕たちはただ震えるしかなかった。

 

   ○

 

「あれ? 皆さん、何をやってるんですか?」

 

 教室を出ていった木下姉弟と入れ替わるようにやってきたのは、我らがFクラスのクラスメイト、姫路さんと美波だった。どうやらこの二人も、自習のために学校に来ていたらしい。

 

「今度の召喚大会で勝ち抜けるようにね。アキたちも自習──なわけないわよね。今日は何を企んでるの?」

 

 という美波の指摘を受けて目を逸らす一部の人達。欲望がダダ漏れだった。

 

「王様ゲームをしてるんだけど、姫路さんと美波も一緒にどう? 結構楽しいよ」

 

 まあ、僕は鉄人に告白という黒歴史を背負ってしまったし、月乃瀬さんは精神に深刻なダメージを負ってしまったし、秀吉に至っては生死不明という状態だけれど。

 二人には悪いけれど、できるかぎり罰ゲームに当たらぬよう参加者が増えるに越したことはない。

 

「へえ、面白そうじゃない」

 

「王様ゲームですか……あ、あの! それって、え、えっちなのもアリなんですか!?」

 

 普通、女の子はいやらしい罰ゲームを嫌がるものだと思うんだけど……。

 何故か興奮気味の姫路さんに苦笑していると、ムッツリーニが尋常じゃないほどの鼻血を吹き出していた。

 

「む、ムッツリーニッ!? 大丈夫!?」

 

「…………すまない、先に逝く……!」

 

 まさか妄想だけで……!? 

 秀吉に続いて、二人目の犠牲者が生まれてしまった。

 

「大丈夫だ明久。ムッツリーニはちゃんと輸血パックを携帯している」

 

「あ、大量出血は前提なんだ」

 

 もはや流石としか言えない。姫路さんと美波が着席したところで、僕は再び掛け声を上げた。

 

「ではでは三回戦、行くぞー!」

 

「「「いえぇぇぇい!!」」」

 

「せーのっ!」

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

 僕の番号は4番。くっ、また外れか……! 

 

「あーっはっはっはっは!! やはりこの圧倒的なカリスマ性が、運さえも味方にしてしまうようね! 王はこの私よ!」

 

 ビシッと王冠の描かれたクジを見せつけるのは自称大悪魔の胡桃沢さん。大仰な台詞を口にしてはいるが、その表情は隠しきれないほど満面の笑みで、すごく嬉しそうである。

 

「いいからとっとと命令しろよ。どーせ大したことない命令なんでしょ?」

 

「うるさいわねガヴリール! それじゃ命令よ! 4番の奴が購買でメロンパンを買ってきて、この私に献上しなさい!」

 

「要はパシリかよ。ほんとに大したことないな」

 

「だ、黙りなさい! さあガヴリール、この私に片膝をついて、メロンパンを寄越すのよ!」

 

「いや、私4番じゃねーし」

 

 ピラっとガヴリールが見せたクジは2番。僕が4番なのだから当然だ。

 思わずその場に崩れ落ちる僕である。

 

「くっ、僕の今の全財産は200円……! 購買のメロンパン一個120円を購入したらお釣りは80円……! つまり、僕が来週まで生き残るためには一日約11円で生活しなくちゃならないってことか……!」

 

「120円の出費でここまで絶望している人を見るのは初めてだよ」

 

 ケラケラと工藤さんは笑っているが、僕にとっては本当に笑い事じゃ済まない。それを知っているクラスメイトたちは僕に同情的な視線を送ってくれる。

 

「あーあ、サターニャ最低だな」

 

「えっ、これって私が悪いの? し、しょーがないわね! 吉井、お金は出してあげるから!」

 

「気にしないで胡桃沢さん……! 王様の命令は絶対なんだ……ッ!」

 

「出血するほど下唇を噛まれたら流石に気にするわよ!?」

 

 胡桃沢さんが差し出した小銭は受け取らず、僕は男のプライドを守ること選んだ。

 

   ○

 

「ふう、なんとか最後の一個を買えてよかった」

 

 無事メロンパンを入手し、校舎へと戻る。

 

「ワンワン!」

 

「……なんでこんなところに犬が?」

 

 その途中で、一匹の野良犬と遭遇した。

 

「ダメだよー、勝手に入ってきちゃったら」

 

 頭を撫でてやると、その犬は気持ちよさそうに目を細める。ワンちゃんってやっぱり可愛いなあ……。

 どうしよう。本当なら鉄人とかに引き渡すべきなのだろうが、それはあまりにも可哀想だ。ここは僕がこっそりと外に逃がしてあげよう。

 

「よいしょっと」

 

 犬を抱えあげる。するとその犬は、僕のポケットの方をじーっと凝視していた。

 

「え、もしかしてメロンパン欲しいの?」

 

「ワンっ!」

 

 元気に吠えてくれた。でもこれは胡桃沢さんに渡すための物だし、そもそも犬にメロンパンって与えても大丈夫なのだろうか? 

 

「くぅーん……」

 

 うっ。そんなつぶらな瞳で見られたら、なんだか僕が悪いことをしている気分になってしまう。

 

「……半分だけだよ?」

 

「ワンっ!」

 

 僕はメロンパンを半分に割って、片方を犬に差し出した。するとその犬は嬉しそうにパンを咥えている。どうしよう、胡桃沢さん怒るかなあ……。

 

「もう入ってきちゃダメだよ。この学校には、怖い人や変態がいっぱいいるんだから」

 

 校門の外で犬を下ろす。すると、犬は近くの茂みをゴソゴソと漁った後、何かを咥えてこっちに戻ってきた。そしてメロンパンのお返しとでも言わんばかりに、それを僕に差し出してきた。

 

「え、僕にくれるの?」

 

「ワンワンっ!」

 

 最近の犬は礼儀正しいんだなぁと考えながら返礼品を受け取る。

 それは魅惑のヌードと遥かなる桃源郷が載っている男子の聖典──つまりはエロ本だった。

 

「あ、ありがとう! 君はなんて心優しい犬なんだ!」

 

 エロ本を受け取って小躍りする僕。しかもその表紙には、巨乳お姉さん特集という文字がデカデカと刻まれていた。素晴らしい……! これはなんとしても守り抜かないと……! 

 犬と拳を軽く打ち合い、僕たちはそこで別れた。だが確かにこの時、僕と彼の間には、確かな絆が芽生えていた。


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