バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
以下の文章の(  )に入る正しい単語を答えなさい。
『分子で構成された固体や液体の状態にある物質において、分子を集結させている力のことを(  )力という』

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『(ファンデルワールス)力』
教師のコメント
 正解です。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『(    筋    )力』
教師のコメント
 力技すぎます。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『( エインズワース )力』
教師のコメント
 答えが分からなかったからといって、語感が似ている友達の名前を書かないでください。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『(ファンデルワールス)力
 ※ガヴちゃんはエインズワース力と書いてそうです』
教師のコメント
 どちらも正解です。


番外編 天国と地獄と王様ゲーム(後編)

「胡桃沢さんごめん。気がついたらメロンパンが半分になってたよ」

 

「なんで!? アンタまさか摘み食いしたんじゃないでしょうね?」

 

 疑うような視線を僕に向ける胡桃沢さん。僕ってそんなに普段から食い意地張ってるように見えるかな。

 

「ふっ、まあいいわ。部下の失態を寛大な心で許すのも大悪魔の務めよね。褒めて遣わすわ」

 

 そう言って、彼女はメロンパンを受け取る。

 胡桃沢さんは意外と器が大きかった。将来的には本物の大悪魔になっているかもしれない。

 

「おい明久、お前制服の下になんか隠してないか?」

 

「続きまして四回戦、行くぞー!」

 

 雄二が余計な事に気付きやがったので、僕は大声を上げてそれを掻き消す。

 

「せーのっ!」

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

「あ、ボクだねぇ」

 

 クジを取り、パッと明るい笑顔を浮かべたのはAクラスの工藤さんだった。

 

「ねえムッツリーニ君、どんな命令がいいカナ?」

 

「…………そんなものに興味はない」

 

 と言いつつ、ボタボタと鼻血を垂れ流すムッツリーニである。相変わらず凄まじい妄想力だ。

 

「アハッ、照れちゃって。じゃあこんなのはどうかな? 選ばれた番号の人は、ボクのスカートを捲ってもいいよ?」

 

「…………!(ブシャアアア)」

 

 せっかく輸血した血液をすべて吐き出す勢いで噴射するムッツリーニ。だが、それも致し方ないだろう。彼は誰よりもこよなくパンチラを愛する性の探求者。自らの手で女の子のスカートを合法的に捲れるだなんて、この上ない喜びだろうから。

 

「だ、ダメですよ愛子ちゃんっ! そ、そういうのは良くないと思います!」

 

 姫路さんが抗議の声を上げる。やっぱり真面目な彼女にとって、工藤さんの命令は許容し難いものだったらしい。

 

「ちょっとしたおふざけの延長だよ。まあ、おふざけで済まなくても、ボクは構わないケドね?」

 

「ふっ、望むところだよ工藤さん」

 

 思わず色々なものが昂ってしまう。

 

「だな。それに姫路、さっきエッチな命令が有りかどうか訊いていたのはお前だろう?」

 

「そ、それは……」

 

 雄二の鋭い指摘に言葉を詰まらせる姫路さん。流石は雄二だ、あの姫路さんを丸め込んでしまうなんて。

 でもいいのかな? その言葉、聞き方によっては工藤さんのスカートを捲りたいから姫路さんの抗議を妨害したようにも取れてしまう。そうなれば当然──

 

「……雄二、浮気は許さない」

 

「ぐぁぁぁぁっ!? 目が、目がぁぁっ!?」

 

 一瞬にして視界を奪われる雄二。どうやら霧島さんが神の如き早業で雄二に目潰しを食らわせたらしい。

 

「相変わらずFクラスの皆さんはお元気ですね。それで工藤さん、命令はどうします?」

 

「あはは、もう十分楽しませてもらったし、このへんにしとこっか。それじゃ命令だよ。6番が2番の、ほっぺにチューで♪」

 

 その命令に、この場にいる全員が己の番号を一斉に確認する。もし2番か6番ならば、それだけで当たりクジだ。何故なら女の子が相手の可能性が非常に高いからである。雄二やムッツリーニとキスする羽目になるという最悪の可能性を差し引いてでも、僕は当たりクジが欲しい……! 

 

「あ、6ば──」

 

「…………始末する」

 

 いつの間にか僕の背後に回ったムッツリーニが、首元にカッターを当てている。

 ちぃ、しくじった……! 迂闊に番号を読み上げたりしなければ……! だけど、僕は命に代えてでもこのクジを守ってみせるッ! 

 

「…………それを手放さなければ、明日の早朝、明久の女装写真を屋上からバラ撒く」

 

「心の底からごめんなさい」

 

 人には時として、何よりも優先すべき大切な尊厳ってものがあると僕は思うんだ。

 

「ん? おいムッツリーニ、これ9番じゃねぇか?」

 

 雄二が僕のクジを拾って、番号を確認する。割り箸は細いほうが下で、太いほうが上だから──あ、本当だ、9番だ。どうやら興奮のあまり、見間違えちゃったらしい。

 

「ま、明久に数字が読めるわけないもんな」

 

「…………人騒がせ」

 

 そう言ってムッツリーニはカッターナイフをしまう。謝罪の一つでもして欲しいところだが、命が助かったので許してあげよう。

 

「あ、あの、アキっ! ウチは2番なんだけど……あ、アキが6番なのよね?」

 

 何故かモジモジした様子の美波が僕に問う。どうやら2番のクジを引いたのは美波みたいだ。

 

「いや、僕は9番だったよ。番号を間違えちゃったみたい」

 

「ウチ不束者で、こういうことに不慣れだから優しく──って、え? それじゃ、6番は誰?」

 

 美波の疑問を受けて周りの皆を確認するが、6番のクジを持っている人はいない。あれ? ちゃんと作ったはずなんだけどな。

 もしかしたら、僕の番号が本当に6番かもしれないという淡い希望を抱いて、クジを再確認しようとしていると。

 

「死になさいブタ野郎ッッ!」

 

 突然、僕の顔面にドロップキックがめり込んだ。

 

「……っ! 顔がッ……!? 目と鼻と口が一体になったかのような鈍い痛みが……ッ!?」

 

「お姉さま! 美春を差し置いてこんなブタ野郎と戯れるなんて酷いです! 美春は王様ゲームでなくとも、お姉さまの命令には何だって従うというのに!」

 

「み、美春!? なんでアンタが学校にいるのよ!?」

 

「当然です! 美春はお姉さまの為なら、火の中水の中、そしてスカートの中です!」

 

 現れたのはDクラス所属の清水さんだった。彼女は美波を敬愛する、ちょっと凶暴な女の子なのである。

 

「6番は美春です! さあお姉さま、美春と誓いのキスを! そして、その先のエデンまで共に辿り着きましょう!」

 

「くっ、ウチは帰らせてもらうわ!」

 

「ああっ! 待ってください、お姉さまぁー!」

 

 脱兎の如く教室を飛び出す美波と、それを追う清水さん。嵐の後のような静寂が、この場を支配する。

 

「なんだったんだろ、今の……」

 

「さあ?」

 

 月乃瀬さんとガヴリールが真っ当な疑問の声を上げる。

 もはやこの状況に何の違和感も覚えない僕にとって、彼女たちの反応はとても新鮮だった。

 

   ○

 

「気を取り直して五回戦、行くぞぉー!」

 

「「「いえぇぇぇい!!」」」

 

「せーのっ!」

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

 一斉にクジを引いた瞬間。

 春の陽気に似つかわしくない、冷たい隙間風が僕らのそばを通り過ぎた。

 

「……王様は私」

 

「すまんが急用が!」

 

「逃がすかぁ!」

 

 脱獄犯坂本雄二を確保し、王である霧島さんに差し出す。

 

「明久てめぇぇ! 離しやがれ!」

 

「さあ霧島さん! ご命令を!」

 

「……うん」

 

「おい待てお前ら! まず番号を宣言しやがれ! でないと命令は無効だ!」

 

 雄二の奴、無駄な足掻きを……! 

 そんな雄二の諦めの悪さに対し、霧島さんは文句の一つもなく番号を口にした。

 

「……じゃあ、4番」

 

「……」

 

「……」

 

「さらばだっ!」

 

「ええい往生際の悪い! 頸動脈をこうだ!」

 

「くぺっ!?」

 

 雄二の首を90度傾け、その意識を刈り取る。

 そして物言わぬ亡骸と化した雄二を、霧島さんに献上した。

 

「それじゃ、後は二人でごゆっくり」

 

「……ありがとう。吉井は良い人」

 

 にっこりと微笑む霧島さんは、何故かその手に蝋燭や猿轡を持っていた。

 

   ○

 

「それじゃラスト! せーのっ!」

 

「「「王様だーれだ!」」」

 

「おっ、私だな」

 

 ついにガヴリールが王様のクジを引き当てた。最後の最後で引き当てるだなんて、やっぱりガヴリールの幸運は本物らしい。

 

(引いたぞ明久!)

 

 ガヴリールがアイコンタクトを送ってくる。後は月乃瀬さんの番号を把握するだけだが──実は、この王様ゲームに使用している割り箸には細工が施してある。先端の形状と左右の対称性で、番号が絞り込めるようになっているのだ。

 月乃瀬さんの割り箸の形状は先端が丸く、左右非対称。つまり1番か3番だ! 後は二択! ガヴリールの運があれば、容易く月乃瀬さんを当てることができるはずだ! 

 

「ではガヴちゃん、命令はどうしますか?」

 

「うむ。それじゃ私の命令は、王様に宿題を見せるだ!」

 

「何番の人がですか?」

 

「それは勿論──」

 

 ガヴリールが僕の方をちらっと一瞥する。それに対して僕は、右手で1、左手で3を作ってみせることで応えた。

 

「──4番だ!」

 

 自信満々に間違いの番号を宣言するガヴリール。

 

「って違うよ! これは4番じゃなくて、1番か3番ってこと!」

 

「はぁ!? 紛らわしいんだよこのバカ!」

 

 睨み合う僕たちに、周りの皆は呆れたような視線を向けている。

 

「あらあら、ガヴちゃんったら♪」

 

「やっぱり、そんなことだろうと思った」

 

 はあ、とため息を吐いて頭を抱える月乃瀬さん。もはや宿題を見せてもらうことは不可能に近そうだ。

 

「はぁ、明久のせいで作戦失敗だよ。どーしてくれんのさ」

 

「大人しく宿題をやるしかないね……」

 

 僕たちが揃って肩を落としていると、白羽さんがこんなことを言った。

 

「あ、待ってくださいお二人共。一応、先ほどの命令も実行しておいたほうがよろしいのでは?」

 

「「え?」」

 

 振り返ると、姫路さんがガタッと立ち上がっていた。

 

「嬉しいです! ガヴリールちゃんと一緒にお勉強できるだなんてっ!」

 

 とても晴れやかな顔の姫路さんの手には、4番のクジが握られている。

 

「良かったねガヴリール。姫路さんとなら、宿題なんてすぐだよ」

 

「ああ。予定は狂ったけど、結果おーら……い?」

 

 こっちへ小走りでやってきた姫路さんは、ガヴリールの手を取ると、それをぐいぐいと引っ張っていく。

 

「あ、あの、瑞希? 宿題を見せてくれるだけでいいんだぞ?」

 

「ガヴリールちゃんは前からやれば出来る子だと思っていたので、一緒にお勉強してみたかったんですっ。さあ私と一緒に、一年生の問題から復習しましょう!」

 

「ね、ねぇ、ちょっと!? 私にはこの後ネトゲのイベントがっ! あ、明久っ、助け──」

 

 姫路さんは近くのシステムデスクにガヴリールを座らせ、どこから取り出した教科書数冊をドサドサッと彼女の前に置いた。

 

「……雄二、抵抗しないで」

 

「待てッ! お前それを使って俺に何をする気だ!?」

 

「……そんなの、恥ずかしくて言えない」

 

「ヤバい……! こいつは絶対にヤバい……!」

 

「ねぇムッツリーニ君。君さえ良ければ、今度は二人で王様ゲームしない? 君が勝ったら、ボクに何でも命令してくれて構わないよ?」

 

「…………な、何でも……!? お、お前に興味など……ッ!(ボタボタボタ)」

 

「ところでサターニャさん、明日までに提出の宿題があるそうですが、ちゃんとやりましたか?」

 

「愚問ねラフィエル。この私が宿題をやると思う?」

 

「でしたら、私と一緒に解いてみませんか? きっとサターニャさんのお役に立てると思うんです」

 

「うぇ!? こ、今度は何を企んでるのよ!」

 

「何も企んでなんかないですよ~♪」

 

「嘘っ! その顔は絶対に良からぬこと考えてる時の顔でしょ!」

 

「さあガヴリールちゃん、まずは数学からですよっ」

 

「い、嫌だっ! 数学は嫌だぁ! 私に方程式を見せるなっ、点Pは勝手に動くなぁぁ!」

 

 ダメだ。みんな自分のことに手一杯で、誰にも収拾がつけられそうにない……! 

 取り残された僕と月乃瀬さんは顔を見合わせ、半ばヤケクソに叫んだ。

 

「「解散っ!!」」

 

   ○

 

「ガヴリール、大丈夫?」

 

「酷い目にあった……」

 

 その日の帰り道、ガヴリールは満身創痍といった様子で、今にも倒れてしまいそうだった。

 

「でも、姫路さんのおかげで宿題は終わったんでしょ?」

 

「まあな……。あー、久しぶりに勉強したせいで吐き気がする……」

 

 姫路さんの指導が厳しかったわけじゃないだろうから、単純にガヴリールが勉強嫌いなだけだろう。

 

「明久、連れて帰ってよ。私はもう歩くのもかったるい……」

 

「しょうがないなぁ」

 

 僕はガヴリールを背負うために、一度しゃがむような体勢になる。制服の中にエロ本を隠していたことをすっかり失念しながら。

 

「あっ」

 

 その瞬間、バサリと雑誌が捲れて地面に落下してしまう。

 

「……」

 

「……」

 

 偶然開かれたページには、とても際どい水着を着た巨乳のお姉さんが写っていた。

 

「明久、これは何かなぁ……?」

 

「が、ガヴリール! これは……! え、えっとその、違くて……!」

 

「ちゃんと説明して?」

 

「これは──そう、保健体育の教科書なんだ!」

 

「天に召されよぉッ!」

 

「僕のエロ本があああああ!?」

 

 言い分を全く聞き入れてくれず、ガヴリールは腕を振りかぶってエロ本を遠くに投げ捨ててしまった。それは空中でクルクルと弧を描き、近くの川に水没した。

 

「あぁ、もう絶対読めない……」

 

「バカ! 明久のバカ! 私は一人で帰るからな! お前はもう帰ってくんなっ!」

 

 そしてガヴリールは、項垂れる僕を置き去りにして帰ってしまった。

 うう、僕のエロ本……。

 すると、そんな僕の肩に、ポンと優しく手が置かれた。

 

「見つけたぞ、吉井」

 

 思わず悲鳴を上げそうになる。

 顔を上げるとそこには鉄人の姿があった。

 

「今から特別講義の時間だ! 今日は家に帰れると思うなよ!」

 

「いやあぁぁぁっ!」

 

 結局その日、僕は朝日が昇るまで補習室に監禁されることとなった。


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