バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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清涼祭アンケート
学園祭の出し物を決める為のアンケートにご協力下さい。
『あなたが今欲しいものはなんですか?』

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『詫び石』
教師のコメント
 天真さんの頭も緊急メンテナンスしたほうがよさそうですね。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『強いて言うなら世界』
教師のコメント
 世界を手に入れる前に世界史を勉強してください。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『クラスや学年の垣根を越えた愉しい思い出♪』
教師のコメント
 その言葉に他意がないことを願っています。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『胃薬』
教師のコメント
 無理はしないでくださいね。


バカと天使と清涼祭
第十五話 天使と悪魔とお祭り騒ぎ


「ねえキミ。どうしたの? 道にでも迷った?」

 

「あのね、私ね、おねえちゃんに会いに来たの。でもおねえちゃんの通ってる学校が分からなくて……」

 

「もしかして一人で? まだ小さいのに立派だね」

 

「ううん。もう一人のおねえちゃんも一緒に来たんだけど、急な用事で戻っちゃったんだー」

 

「そうなんだ。……ねえキミ、お姉ちゃんってこの辺の学校に通ってるんだよね? 僕も探すのを手伝ってあげるよ」

 

「ほんと!? ありがとうおにいちゃん!」

 

「どういたしまして。じゃあ、お姉ちゃんの特徴とか教えてくれる?」

 

「えーっとね、おねえちゃんはとっても優しくてー、綺麗でー、髪の毛がサラサラでー」

 

「うんうん」

 

「とっても立派な天使なんだよ!」

 

「…………ごめん。お兄ちゃんの知ってる天使の女の子は、グータラな子とドSな子と天然な子しかいないんだ」

 

「そっかー。……あれ? おにいちゃん、どうしたの?」

 

「……っ、ぐすっ……」

 

「おにいちゃん、泣いてるの? お腹でも痛いの?」

 

「な、泣いてないよ! これは朝飲んだ塩水が目から出てきちゃっただけさっ!」

 

「大丈夫? 元気出してね?」

 

「……ありがとう、天使なお嬢ちゃん」

 

   ○

 

 満開に咲き誇っていた桜はすっかりと姿を潜め、新たに新緑の息吹が芽生え始めた季節。

 文月学園は新学期最初の行事である学園祭の時期が近づき、校内は活気づいていた。清涼祭と呼ばれるその学園祭に向け、各クラスは出し物の準備に勤しんでいる。

 それは、学年トップクラスの成績優秀者たちが集う二年Aクラスでも同じこと。普段は真面目な彼らも、この時ばかりは熱心に準備に取り組んでいた。

 中でも極めて真剣なのが──

 

「…………(チクチクチクチク)」

 

 鬼気迫る勢いで裁縫を熟していく彼女。二年Aクラスのマドンナ、相談窓口、お母さんなどの様々な異名を持つ生真面目悪魔、月乃瀬=ヴィネット=エイプリルである。

 なにを隠そう、彼女は大のイベント好きなのだ。その入れ込みっぷりはあの駄天使ガヴリールにさえ「イベントの時のヴィーネはマジでヤバい」と言わせるレベル。

 そして、学園祭といえば学生生活における一大イベントと言っても過言ではない。当然ヴィーネは、学園祭を全力で楽しむべく、その為なら命をも賭す覚悟であった。

 

「ヴィーネさん、追加の布や糸です。ここに置いておきますね」

 

 ヴィーネの元にやってきたのは、クラスメイトで親友の白羽=ラフィエル=エインズワースだ。絹のように美しい銀色の髪と、慈愛に満ちた穏やかな顔立ちが特徴のリアル天使である。なおその本性は揉め事や騒動が大好きなサディストだったりもする。

 

「ありがとうラフィ。それにしても、まさか学園祭で業者さんまで呼んじゃうなんてね」

 

「そうですね。なんというかこう……皆さんの学費から徴収された資金を全力で散財してる感じが堪りませんよね……!」

 

「ごめん、それはちょっと分かんないかな」

 

 現在二年Aクラスの教室では、業者と生徒たちが連携して大規模な改修工事が行われていた。メイド喫茶『ご主人様とお呼び!』の運営の為である。とはいえ、勉学の息抜きという側面も強い高校の学園祭においてガチの建設業者が学校を出入りしているというのは、ちょっと異様な光景だった。

 そして今、ヴィーネが己の裁縫技術の全てを尽くして作り上げているのが、メイド喫茶で女子生徒たちが着用するメイド服という訳である。

 本来はメイド服は業者からレンタルする予定だったのだが、予算節約のために裁縫が得意なヴィーネが名乗りを上げたのだ。数十人分の衣装を仕上げるというのは相当な作業量だが、Aクラスの仲間たちと連携してテキパキとタスクを進め、既に八割方が完成しつつある。

 完成した衣装は、メイド服の王道と言える白と黒を基調としたエプロン風のドレスで、男女問わず、その可憐さに魅了されていた。製作者のヴィーネとしても鼻が高いし、今から文化祭当日が待ち遠しい。

 そんなワクワクした様子の彼女を微笑ましそうな目で見ながら、ラフィエルは声を弾ませて言った。

 

「楽しみですね、冥土喫茶」

 

「うんっ! ……うん? あれ、なんだか私とラフィの考えてるメイド喫茶が別物な気がしてならないんだけど……」

 

「気のせいですよ♪」

 

 こうして、年に一度の祭典に向けて、文月学園の熱は高まっていた。

 一方その頃、二年Fクラスは──

 

「勝負だ胡桃沢さん! 今日こそこのドラグーンで君を倒す!」

 

「ハッ! 上等よ吉井! 私のケルベロスで返り討ちにしてあげるわ! 冥界の番犬の力、とくと思い知りなさい!」

 

「言ったな!? 場外までかっ飛ばしてやる! いくよ!」

 

「「3、2、1……GOシュート!」」

 

 準備もせずに、教室でベイブレードをして遊んでいた。

 

   ○

 

「さてお前ら、学園祭の出し物を決める。提案がある奴は挙手してくれー」

 

 試召戦争の時と比べると、明らかにやる気の無い間延びした声で、クラス代表の坂本雄二は宣言した。

 担任教師である鉄人が怒髪天を衝くまで、クラスの男子全員+大悪魔様一名でベイブレードをして遊んでいた僕たちだが、学園祭準備のためのロングホームルームで率先してサボることを提案したのは雄二だ。さてはこいつ、学園祭に全く興味がないな?

 とはいえ、僕も別にそこまで何かをやりたいってわけでもない。授業が潰れるのは嬉しいし、他のクラスの出し物にも興味はある。でも、僕らは学年最低のFクラスだ。与えられる予算だって最低限だろうし、そもそもこんな教室じゃ、例えば飲食店なんかを経営してもお客さんは寄ってこないだろう。

 

 ぼんやりとそんなことを考えていると、視界の端で姫路さんが咳をしているのが見えた。顔も少し赤いようだし、風邪だろうか。

 僕らは四月にAクラスとの試験召喚戦争に敗北して以来、教室設備のランクを更に落とされ、傷んだござとみかん箱で授業を受けている。青空教室の方がマシなんじゃないかってくらいに不衛生な環境だ。姫路さんはあまり身体が強くないみたいだし、彼女が体調を崩してしまってもなんら不思議ではない。なんとかしてあげたいところだが、再び試召戦争を仕掛けられるようになるには二か月くらいかかるし……。

 ちなみに、ガヴリールと胡桃沢さんは平気そう、というより普通に元気だ。ガヴリールは今もござに寝っ転がってスマホを弄っているし、胡桃沢さんは休み時間にこの教室を走り回っている姿をよく見る。天使も悪魔も逞しすぎだろ。

 

「よし、ムッツリーニ」

 

 すると、そんな雄二の声と共に、一人の男子生徒が立ちあがった。僕の友人の一人、ムッツリーニこと土屋康太だ。

 

「…………写真館」

 

 とても危険で魅力的な提案だった。

 

「一応聞くけど、どんな写真を飾るの?」

 

「…………神秘の世界を覗き見る、貴重な写真を展示する」

 

 それはいけないボーダーラインを軽く超えてしまっている。

 

「明久、これも意見だ。黒板に書いておいてくれ」

 

「へーい」

 

 言われて、自分が板書係だったことを思い出す。慌ててチョーク(ほとんど粉だけど)を手に取り、ムッツリーニの意見を候補として黒板に記した。

 続いて挙手したのは横溝くんという男子生徒で、彼はウェディング喫茶なるものを提案してきた。なんでもメイド喫茶みたいにウェイトレスがウェディングドレスを着るらしい。斬新ではあるし、憧れる女の子も多いだろうけど、動きにくいだろうから大変そうだなあ。そんなことを考えながら、二つ目の候補を黒板に書く。

 三人目に手を挙げたのは、この前爪切りで戦闘不能になった男、須川くんである。彼の提案は中華喫茶。中華への熱いこだわりを長々と語っていたが、近くの席のガヴリールがスマホで音ゲーをプレイしていたので全く聞こえなかった。辛うじて聞き分けることができたのは、ヨーロピアンがどうたらとかいう部分だけだ。

 

「他にあるかー?」

 

「はいっ!」

 

 そう元気よく手を挙げたのは、(自称)大悪魔で(自称)僕の師匠でもある胡桃沢=サタニキア=マクドウェルさんだ。燃えるような赤い髪と、自信に満ちた凛々しい表情が特徴の、Fクラス数少ない女子の一人である。

 

「なんだ、胡桃沢」

 

「私が提案するのは魔物屋敷よ!」

 

「魔物屋敷? お化け屋敷じゃなくて?」

 

 お化け屋敷は学園祭の出し物としては定番中の定番だが、魔物屋敷というのは聞いたことがない。

 

「凡庸ね。そんなチャチなものと一緒にしないで頂戴。魔物屋敷とは、魔界から直輸入した凶悪なモンスターたちをそこら中に配置した、参加者を恐怖のどん底に叩きこむアトラクションのことよ!」

 

 それはきっとアトラクションでは済まない。

 

「勇敢な生存者にはこのサタニキア特製メダルを贈ってやるわ! 人間共、奮って参加しなさい!」

 

 今さらっと生存者って言ったよこの子。死傷者が出るのは前提条件なの?

 

「よし明久、黒板に書いておいてくれ」

 

「いいの雄二? クラス代表としてそれでいいの?」

 

 これに決まっちゃったら、胡桃沢さんはガチで危険な魔物を魔界からこっちへ持ってきちゃうよ?

 すると教室の扉が開き、筋骨隆々の二メートル級巨人が現れた。Aクラスに負けて以来、Fクラスの担任に就任した鉄人こと西村教諭だ。清涼祭の出し物をちゃんと決めているか確認しに来たらしい。

 僕は黒板から離れ、四つの候補を鉄人に示した。

 

【候補1 写真館『いけないボーダーライン』】

【候補2 ウェディング喫茶『雁字搦め』】

【候補3 中華喫茶『ヨーロピアン』】

【候補4 魔物屋敷『この戦いが終わったら結婚するんだ』】

 

「……補習の時間を倍にした方がいいかもしれんな」

 

 あれ? おかしいな、ちゃんと板書したはずなのに。

 

「全く、少しは真面目にやったらどうだ。稼ぎを出して設備を向上させる気はないのか?」

 

 そんな鉄人の意外な言葉にクラスが活気づく。えっと、それって学園祭の利益で机を買うってことかな。

 元々設備が不満で試召戦争をおっぱじめた僕たちだ。宣戦布告が出来ない今、これは願ったり叶ったりなんじゃないか?

 

「静かにしろー。今から採決を取るから、やりたい出し物に挙手してくれー」

 

 皆が設備の話を聞いてやる気を出し始めたのはいいことだが、逆にまとまりがなくなってしまっている。

 代表の雄二はダルそうに挙手を募り、接戦の中、Fクラスの出し物は中華喫茶と相成った。

 

   ○

 

「ねえアキ、なんとか坂本を学園祭に引っ張り出せないかな?」

 

 放課後、授業を終えて帰る準備をしていると、少しだけ暗い表情の美波にそんな相談をされた。

 一応Fクラスの出し物は中華喫茶に決まったのだが、今度はチャイナドレスを着るか着ないかとかで揉めていて、未だ団結する気配が全くない。そこで美波は、喫茶店の成功の為にはクラス代表である雄二の先導が必要不可欠と判断したみたいだ。

 

「難しいんじゃないかな。今日もさっさと帰っちゃったみたいだし、アイツは興味がないことには徹底して無関心だからね」

 

 さっき進行役を引き受けたのだって、面倒なロングホームルームをさっさと終わらせたかったからだろうし。

 

「でも、このままじゃ喫茶店が失敗に終わるような気がして……」

 

 暗い表情で目を伏せる美波。いったいどうしたんだろう? そりゃあ失敗するよりは成功した方が勿論いいに決まってるけれど、ここまで真剣なのには何か訳がありそうだ。

 

「ねえ美波、もしかして何か事情があるの?」

 

「……実は、瑞希のことなんだけど」

 

「姫路さんがどうかしたの?」

 

「あの子、転校するかもしれないの」

 

「……………………ふえっ?」

 

 姫路さんが転校? ってことは、Fクラス唯一の清涼剤とも言えるふわふわ系女子の姫路さんがこの教室からいなくなっちゃうってこと? そうなったら、この教室はいったいどうなってしまうのだろう。世はまさに大後悔時代。永遠に戻ってくることはない失われた秘宝(姫路さん)を求めて男たちはあてのない冒険を繰り広げることになる。しかし、やがて心身ともに疲弊し、世界は暴力と略奪の跋扈する地獄へと成り下がってしまうだろう。そんな人間たちに絶望した天使の手によって、遂にはギャラルホルンの角笛が鳴り響き、世界には終末(ラグナロク)が訪れて──

 

「む、マズイぞ。明久が処理落ちしておる」

 

「ああもう! 不測の事態に弱いんだから!」

 

 ガクガクと肩を揺らされて段々と思考が鮮明になっていく。ああそうだ、僕は君に伝えなくちゃいけないことがあるんだ。

 

「ガヴリール、世界が終わっても僕のことを覚えていてくれるかい……?」

 

「ごめん。私いま運極作りで忙しいから」

 

 運極作り>僕とは、随分と安く見られたものだ。っていうかマルチプレイできるんだから誘ってよ。

 みかん箱に突っ伏して脇目も振らずに引っ張りハンティングしているこの金髪の女の子は、天真=ガヴリール=ホワイトといって、友達であり、クラスメイトでもあり、同じマンションに住む隣人でもある。

 その正体は天界から下界に降りてきたリアル天界人なのだが、人間の娯楽に触れたことで怠惰でグータラな駄目天使に大変身。品行方正だった過去の面影は微塵もなく、今ではこうして見事にドロップアウトしてしまった。まあ、その原因というか発端は僕なんだけれども……。

 

「姫路さんが転校って、どういうことなのさ!?」

 

 気を取り直して美波に尋ねる僕。

 美波が言うには、姫路さんの転校の理由は、両親の仕事の都合などではなく、Fクラスが原因らしい。親としては、姫路さんにはこんな劣悪な環境ではなく、ちゃんとしたまともな教室で勉学に励んでほしいのだろう。

 加えて、姫路さんは元々身体が強くない。小学生時代、彼女が入院していたことを覚えているし、健康に害が及んだら最悪だ。

 だから美波は、喫茶店を何としてでも成功させて、教室設備を向上させたいらしい。

 

「アキは……瑞希が転校したりとか、嫌だよね……?」

 

「当たり前だよ! 仲間がそんな理不尽な理由でいなくなるなんて、絶対に嫌だ!」

 

 どうしようもないような──それこそ家庭の事情とかならともかく、僕らのせいで姫路さんが転校してしまうなんて、そんなの嫌に決まってる。

 それに……あの日、夕焼けの放課後で、姫路さんは僕に言った。

 言ってくれたんだ、Fクラスに似合う女の子になると。

 それは、他の誰かからしたら、理解できないものかもしれない。

 でも、僕は知っている。その言葉が姫路さんにとって、自分の想いを込めた恋文よりも大切な言葉なのだということを、僕だけは知っている。

 ならば──僕がやるべきことなんて、そんなの一つしかないだろう。

 

「そうと決まれば、早速雄二に連絡を取るよ! もう学校にいないみたいだから、話し合うのはまた明日になっちゃうけど」

 

「明久、坂本の鞄ならロッカーに置きっぱなしだぞ」

 

 と、ガヴリールが教えてくれた。見ると、いかにも奴の好みそうなシンプルな無地の鞄が、確かにロッカーに放置されたままだった。あれ?

 

「大方、霧島翔子から逃げ回っているのじゃろう。ああ見えて異性には滅法弱いからの」

 

 秀吉が腕を組んで神妙な顔で頷く。

 霧島翔子さんというのは、二年Aクラスの代表を務める文月学園二年生の首席で、雄二の幼馴染の女の子だ。なんでも小学生の頃から一途に雄二のことを好いていたらしく、この前の試召戦争でめでたく恋が成就した。とはいえ雄二の方が中々素直になれないらしく、前途多難のようだが。

 

「それじゃ、坂本と連絡を取るのは難しそうね。ここは解散にしときましょうか?」

 

「いや、逆だよ美波。これはチャンスだ」

 

 僕の言葉に、美波は目を丸くする。

 

「なにか考えがあるようじゃな」

 

「まあね。ちょっと待っててよ、すぐ連れてくるからさ!」

 

 僕は三人の女の子に見送られて、教室を後にした。


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