学園祭の出し物を決める為のアンケートにご協力下さい。
『喫茶店を経営する場合、制服はどんなものが良いですか?』
天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『Tシャツ』
教師のコメント
それは恐らく喫茶店ではなくラーメン屋です。
月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『メイド服とか法被とか……あ、着物なんかも可愛いですよね!』
教師のコメント
月乃瀬さんならどんな衣装も似合いそうです。
白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『セーラー服と機関銃』
教師のコメント
プリティ&バイオレンス。
胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『ブリーフ』
教師のコメント
プリーツの間違いだと信じています。
僕の知る限りにおいて、坂本雄二という男はとことん天邪鬼な奴である。王道よりも邪道を好み、流行よりも質素を選ぶといった具合の捻くれ者だ。僕は昔から、奴は新種の妖怪なのではないかと疑っているのだが、まあ、それは置いておいて。
僕は体育館にある女子更衣室の前にいた。というのも、天邪鬼な雄二のことだから、隠れ場所としてはありきたりすぎる男子トイレや更衣室は選ばないと考えたからだ。
雄二は今、奴に想いを寄せる学年首席の女の子、霧島翔子さんから逃げ回っている。僕としては、何故逃げ回る必要があるのか不思議なくらいだ。雄二の癖に贅沢である。素直に人生の墓場に堕ちればいいのに。
そんなことを考えながら、更衣室のドアに手を掛けると、
「あら、吉犬さんではないですか」
鈴を転がすような声で名を呼ばれた。
って違う! 誰だっ!? 僕の名前をワンちゃんみたいに呼ぶ奴は!
「こんなところで奇遇ですね」
「あぅ。し、白羽さん……」
振り返った先にいたのは、ガヴリールと同じ天使であり、Aクラス戦では敗北を喫した相手、白羽=ラフィエル=エインズワースさんだった。目にも眩しい銀色のロングヘアと、制服の上からでも分かるくらい整ったプロポーション。彼女とすれ違えば十人中十人が振り向いてしまうような深窓の令嬢然とした人なのだが、趣味が人を
僕が一歩後ずさると、白羽さんはその反応が気に食わなかったみたいで、一瞬ムッと眉を顰めたかと思うと、にっこりと破顔して、
「大丈夫です。ほら、怖くないですよ~」
何故か頭を撫でられた。完全に懐かない犬を躾ける時の態度である。……ちょ、ちょっと気持ちいいかもなんて思ってないんだからねっ!
なんだか気恥ずかしくなって、撫でようと迫る手を避けるように飛び退く。
「な、なんで君がここに!?」
「それはこちらの台詞なのですが……私が女子更衣室に来ちゃおかしいですか?」
異物は間違いなく僕の方なので何も言い返せなかった。
見ると、白羽さんは手に黒い衣装のような物を抱えている。もしかして、それに着替えるためにここに来たのだろうか。
「白羽さん、それは?」
「ヴィーネさんが作ったメイド服です。ほら、もうすぐ文化祭じゃないですか。だから試着を頼まれたんです」
「ってことは、Aクラスの出し物はメイド喫茶なの?」
「はい。是非ガヴちゃんたちと一緒にいらしてくださいね」
「絶対に行くよ。たとえ地べたを這いドロ水を啜ってでもね」
「なんて力強い返事なんでしょう……」
むしろ行かないという選択肢などない。男ならば絶対に目に焼き付けておかなければならない景色が、きっとそこには広がっているだろうから。
「ほら、見てくださいよこの衣装。とっても可愛いでしょう?」
そう言って、白羽さんはメイド服を自慢するように広げてみせる。彼女も年相応に、学園祭を楽しみにしているらしい。
黒のドレスと白いエプロンの対比が目にも鮮やかなそのメイド服は、ファッションに疎い僕でも分かるくらい精巧に仕上げられていた。月乃瀬さん、相当気合入ってるなあ……。
僕はふと、メイド服を着た白羽さんの姿を頭の中で想像してみた。ふむ、百点満点中──
「百二十点ってところかな」
「誰が点数を出せと言いました?」
はっ、殺気!?
「吉井さん、ホッチキスってとっても痛いんですよ?」
「なにする気!? ホッチキスでいったい僕に何をするつもりっ!?」
なんて恐ろしいことを考える人なんだろう。文房具のホッチキスと医療用のホッチキスは全くの別物なんだよ?
この話は引っ張らないほうがいいだろう。僕が不幸な目に遭う予感しかしない。
「ほ、本当に可愛い衣装だね! 白羽さんなら絶対に似合うよ!」
誤魔化す様に言うと、白羽さんは意外にも素直に微笑んでくれた。
「ありがとうございます。私も、吉井さんにきっと似合うと思っていたんです♪」
「あはは、そうかなぁ。じゃあ僕も着てみよっかなー…………え?」
「え?」
おかしいな。メイド服は美少女が着るための物であって、僕のような男が着るための物ではなかったはず。
「白羽さん、聞いてほしい。僕はどこにでもいるような普通の男子高校生で、決して女装趣味の変態じゃないんだよ?」
「そうだったんですかぁ!?」
「なにその反応!?」
どうしてこんな当たり前のことで驚かれなくちゃいけないのだろう。人間と天使の価値観の相違というやつだろうか。
「照れなくてもいいんですよ。うふふ、私はちゃんと分かっていますから♪」
「分かってない! 絶対分かってないよ! なんでそんな生温かい目で僕を見るのっ!?」
「でも好きなんでしょう? 女の子の格好をするの♡」
「僕もうお婿にいけないっ!」
こ、これはとんでもない誤解だっ! 僕は至ってノーマルなのに! ただでさえ観察処分者としての悪名が轟いているというのに、このままじゃ学校中の女の子から怪奇な視線を向けられてしまう! そうなったら在学中に彼女を作るのはほぼ不可能に……!
頭を抱えていると、急に遠くから複数の足音が響いてきた。なんだろう?
「今、女子更衣室の方から男の声がしなかった!?」
「あれって確か、Fクラスの馬鹿の声よ!」
「きっと覗きに来たんだわ! とっ掴まえて西村先生に突き出してやりましょう!」
最悪の事態だ。
「し、白羽さん! 僕は逃げるからどうか彼女たちの足止めを──っていない!? クソぉー! 天使なら困っている人を救うのが使命じゃないの!?」
「いたわ! あそこよ!」
「ヤバいっ、見つかった!」
足音から逃れるように体育館を脱出する僕。どうしてこんなことにぃー!
○
追ってくる女子生徒たちを撒くことに成功し、僕は新校舎の廊下を駆け抜けていた。僕の悪評が広まっただけで、結局雄二も見つからずじまいだし、どうやら今日の運勢は最悪らしい。
皆を教室に待たせているわけだし、一刻も早く奴を探し出さなければ。僕は辺りの教室を手当たり次第に捜査していると、不意に誰かとぶつかってしまった。しまった、探すのに夢中で前を見ていなかった。
「きゃあっ!」
相手は僕よりも小柄な子で、躓きそうになっている。僕は反射的に手を伸ばし、右手で背中、左手で足を支えて抱え上げることで、なんとか転倒を阻止することに成功した。
「ご、ごめん! 怪我はない? 大丈夫?」
「い、いえ。こちらこそ注意を疎かにしていたので……。た、助けてくれてありがとうございま──」
その女の子は、僕の顔を見るなり固まってしまった。
というか、僕の方も彼女の顔に見覚えがあった。Bクラス戦の後くらいにウチのクラスを訪ねてきたガヴリールの後輩の天使、千咲=タプリス=シュガーベルちゃんだ。子犬のようなくせっ毛と首に巻いた長いマフラーが特徴の女の子である。
「で、出ましたね吉井先輩っ! また貴方ですかっ!?」
僕ははぐれメタルか何かなのだろうか。
「おのれ不意打ち攻撃とは卑怯な! 悪の本性出たりですか!? やはり貴方は私の敵ですっ!」
「君さっき注意を疎かにしてたって言ってなかった!?」
「うるさいですっ! 此処で会ったが百年目! 今日こそ吉井先輩を成敗して天真先輩を助け出します!」
僕の腕の中で暴れる千咲ちゃん。この子はガヴリールのことをとても慕っているみたいで、対照的に僕のことはすこぶる嫌っているらしい。
どうどうと彼女を制していると、階段の方からバタバタと足音が響いてきた。げえ、もう追いつかれたのか!?
「ち、千咲ちゃん! その話は今度じっくり聞くから、今は僕のこと見なかった振りをしてくれないかな!?」
「私なんかじゃ取るに足らないってことですか! 舐められたものです……!」
「そうじゃなくて! ああもう、ちょっとだけ我慢しててね!」
「もがー!?」
僕は彼女が大声を上げないように口元を塞ぎながら、近くのロッカーを開け放ち、その中に千咲ちゃんごと隠れ込んだ。想像以上に狭い!
窮屈さMAXの中で息を殺していると、複数の足音が僕らの前を通り過ぎて行った。どうやらバレずに済んだらしい。
僕は安堵の溜め息を吐きつつ、千咲ちゃんにグッとサムズアップしてみせた。
「もう大丈夫だよ千咲ちゃん。悪は去った」
「私にとっては目の前にいる人が諸悪の根源なのですが!?」
なに? ここには僕ら二人しかいないけれど。まさか天使にしか見えない霊的なものでもいるのだろうか。
「なんでキョトンとしてるんですかぁ! 吉井先輩って本っ当におバカさんですね!」
「な、なんだとぅ!?」
「先ほど助けてくれたことには礼を言います! ですが、私までロッカーに隠れる必要はないでしょう!?」
「あ」
「というか近いです! 狭いです! 暗いです! いい加減離れてください! おバカさんが
「酷いっ!」
そんな僕を病原菌のように言わなくても。ちょっと泣きそうになった。
「吉井先輩は落ち着きがなさすぎです。もう少し後先考えて行動したらどうです?」
「ごめん、僕は立ち止まったら死んじゃうんだ」
「回遊魚ですか貴方は……」
制服の埃を払いながら、呆れたような視線を僕に向ける千咲ちゃん。
「それで、どうして吉井先輩は追われていたんですか? 理由次第では、私がさっきの人たちを説得してあげてもいいですよ」
そんな嬉しい提案。
千咲ちゃんは天界時代のガヴリールを尊敬していると言うだけあって、優しいところも彼女によく似ていた。ちょっとアホの子……というか天然成分が入っちゃってるけれども、とても良い子である。こんなに良い後輩を持つガヴリールが少し羨ましくなった。
こう言ってくれていることだし、ここは遠慮なく恩に着るとしよう。
「それがね、クラスメイトを探しに女子更衣室に赴いたら、メイド服を着せられそうになった挙句、覗き犯扱いされてるんだよ。酷いと思わない?」
「変態です! 女装趣味で覗き魔の変態がここにいます!」
「速攻で見捨てられた!? ご、誤解だよ千咲ちゃん! ただ男には退いてはならぬ時があるってだけで……!」
「言い訳は閻魔様の前でしてくださいっ!」
「地獄に落ちるのは確定してるのか畜生!」
今からでも蜘蛛を助けたら糸を垂らしてもらえるかな?
「全く、ただでさえ最近は黒奈さんに手を焼かされているというのに、胡桃沢先輩といい吉井先輩といい、やはり悪魔に関わると碌なことがありません!」
黒奈さん? 誰だろう、千咲ちゃんの友達かな?
っていうか今、さらっと僕も悪魔のカテゴリで一括りにされたような……。
そんな疑問を覚えていると、遠くから、大地の奥底までも劈くような重低音が響いてきた。こ、この通った場所を全て更地へとターミネイトしてしまいそうな足音は……!
「いま吉井と胡桃沢の名前が聞こえたぞ! またあいつらか!」
げえっ!? やはり鉄人かっ! 奴まで出動していたなんて!
「いいですか? これからはちゃんと、節度と秩序に基づいて行動を」
「逃げるよ千咲ちゃん!」
「して──って、お願いですから人の話を聞いてくださいよ! というか、なんで私まで逃げる必要があるんですか!」
「こうなったら一蓮托生だ! 僕はもう君を放さない……!」
「格好良く言ってますけど内容は最低ですっ!」
「大丈夫! 今回は二階だから無傷で済むはずだ!」
「だから普通は窓から飛び降りないんですってばぁ!」
こうして僕は後輩の女の子と友情を深め合いながら、鉄人との地獄の逃走劇を乗り切ったのであった。
○
千咲ちゃんを一年生の教室に送った後、我らが二年Fクラスの教室に戻ると、探し求めていた相手、新種妖怪赤ゴリラもそこにいた。
なんでも、いつまで経っても戻ってこない僕に痺れを切らした美波たちが雄二に電話を掛け、秀吉の声真似を駆使して教室へ強制送還させたらしい。
使えないなコイツ、という皆の視線が僕に突き刺さる。酷い扱いだ。
既に姫路さんの件も雄二に伝わっているらしく、彼はその要因を分析した。
一つ、ござとみかん箱という貧相な設備。二つ、老朽化した教室。三つ、レベルの低いクラスメイト。
設備は学園祭の利益で何とかできるかもしれないが、残りの二つは難しい問題である。
「いや、そうでもない。三つめは既に姫路と島田で対策を練っているんだろ?」
雄二の言葉に、美波は困ったような笑顔を浮かべて頷いた。
姫路さんと美波は二人でペアを組んで、清涼祭の目玉イベントである試験召喚大会に参加する腹積もりらしい。僕らが通うこの文月学園は試験召喚システムという特殊なカリキュラムを導入した進学校で、召喚大会はそのPRの為のイベントである。
僕は興味のない企画だったが、なるほど、大会で優勝すればFクラスにも優秀な生徒がいると姫路さんの親にもアピールができるという訳か。それなら三つめの問題もクリアできそうだ。
「姫路さんは言うまでもないし、美波だって頑張ってるんだから、きっとなんとかなるよ」
元々、日本語の会話さえまともに出来ないくらいだった美波が、今ではこうして当たり前のように皆の輪の中にいるのは、偏に彼女の努力の賜物だ。僕に手伝えることは少ないかもしれないけれど、彼女たちの試合は精一杯応援しよう。
「二人が優勝すれば中華喫茶の宣伝にもなるじゃろうし、一挙両得じゃな」
ならば残る問題は一つ、老朽化した教室の改修だ。間違いなく工事が必要だから、僕らだけで勝手に行うことはできないし、そもそも掛かる費用も学園祭の利益程度じゃ賄えないだろう。
だが雄二は、そんなことは問題じゃないと言わんばかりにあっけからんとして、
「そんなもの、学園長に直訴したらいいだけだろ? ここは教育機関だ。生徒の健康に害を及ぼすのなら、改善要求は当然の権利だ」
そう言った。
学園長……っていうと、この学校で一番偉い人か。相当研究熱心な人らしいから、あまり生徒の前に出てくることはないんだよね。妖怪だとか変態だとかいう噂はあるけど。
早速学園長室に乗り込もうと立ち上がった雄二に続こうとすると、みかん箱の上で器用にトランプタワーを作っていたガヴリールに呼び止められた。
「なに? お前らどこか行くのか?」
「学園長に会いに行くつもりだけど……あれ? そういえば、なんでガヴリールはこんな時間まで残ってるの?」
いつもは放課後になるとスタコラと帰ってしまうのに。まさか僕を待っててくれた訳でもあるまい。
「いや、丁度良かった。私も学園長に呼び出し食らってたんだよ。明久、連れて行ってくれ」
「それはいいけど……学園長からの呼び出しって、いったい何をやらかしたの?」
「知らん。心当たりが一つもない」
本気で合点がいかない様子で顔を顰めるガヴリールである。遅刻常習犯、授業中にゲームなど、彼女の問題行動は多岐にわたる気がするが、それは僕や他のFクラス連中も同じなので、彼女だけ招集を受けるというのは確かに解せない。
無いとは思うけど、まさかガヴリールが天使であることが学園側に露見してしまったとか……? そうだった場合、僕は学園長を始末しなければいけなくなってしまう。一人の人間として誰かを手にかけるのはとても心苦しいが、世界を守る為だ。一人の尊い犠牲で世界が滅ばずに済むのなら安いものだろう。
「じゃあ一緒に行こうか」
「ん」
彼女の手を取って立ち上がらせると、僕らは雄二を追って教室を後にした。
「明久、いざという時は私を守ってな」
「なんだか最終決戦の直前みたいな台詞だけど、それって要は僕を盾にして逃走を図るってことだよね?」
僕の知り合いの天使はこんなのばっかりか。天界の未来が改めて不安になった。