学園祭の出し物を決める為のアンケートにご協力下さい。
『喫茶店を経営する場合、店内はどのような雰囲気がいいですか?』
白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『迷える魂を導き浄化できるような清廉とした雰囲気』
教師のコメント
一部のクラスの人たちに、特に効果がありそうです。
胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『地獄の釜の底のように邪悪と混沌を煮詰めた雰囲気』
教師のコメント
掃除はちゃんとしてくださいね。
月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『誰かのミスを全員でフォローし合えるような、和気藹々とした雰囲気』
教師のコメント
素晴らしい心がけだと思います。上手くいくといいですね。
天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『私の不在を全員がフォローしてくれるような、和気藹々とした雰囲気』
教師のコメント
サボる気満々じゃないですか。
「明久に天真よ。試合明け早々悪いのじゃが、ちょっといいかの?」
ガヴリールと勝利の喜び(その他無事に天敵を撃退できた安堵等)を分かち合っていると、ここまで走ってきたのか、息を切らした様子の秀吉が特設ステージに上がってきた。
「どうしたの? 喫茶店で何かあった?」
そう尋ねると、秀吉は神妙な顔つきで一つ頷く。
「営業妨害じゃな。うちの三年生が、テーブルを理由にクレームを付けてきておる」
「ああ、あれか……」
ステージを駆け足で降りる秀吉を追いながら、ガヴリールは自嘲気味に笑う。僕たちFクラスが中華喫茶で使っているテーブルは、みかん箱を重ねてその上からクロスをかけたものだ。見た目は小洒落た家具といった趣だが、薄いクロスを一枚捲ってしまえば、その下にはとても綺麗とは言えない段ボールが姿を現す。それに気づいたお客さんに難癖を付けられてしまった、ということらしい。
「それなら雄二の出番だね。こういう荒事は、あいつに任せるに限るよ」
ツンツン頭の悪友を思い浮かべる。雄二は中学時代、地元では札付きの不良だったので腕っぷしはめっぽう強いのだ。目には目を、歯には歯を、チンピラにはチンピラである。
「それがどうも、雄二はまだ召喚大会の一回戦が終わっていないみたいなんじゃ」
「えっ? そうなの?」
「うむ。だからこうして二人を呼びに来たわけじゃ」
予想だにしてなかったことを秀吉が言うので、僕は思わず目を丸くしてしまった。
というのも、雄二とペアを組んで召喚大会に出場している女の子、霧島翔子さんは、Aクラスの代表で、僕らの学年のトップ中もトップ、つまり学年首席なのだ。だから、いくら雄二のバカが低い点数を取って彼女の足を引っ張ろうと、一人で対戦相手二人を完封できるであろう実力が霧島さんにはある。なんたってあの姫路さんを凌ぐほどの実力なのだから。ならば、二人は運悪く一回戦から三年Aクラスの人たちとでも当たってしまったのだろうか。
「じゃあ雄二には期待できないね。ホント役に立たないゴリラだよね」
「だな。見世物になるだけ、動物園のゴリラのほうがマシだ」
「お主ら、少しくらいは代表を敬おうという気持ちはないのか?」
「「まったくない」」
「愚問じゃったな……」
そんな話をしながら、少し速足で廊下を歩く。すると、廊下まで響く下品な大声が、教室から聞こえてきた。
声の発信源は二人組の男たちだった。中肉中背の体格で、モヒカンと坊主頭のコンビだ。見るからにチンピラめいた風貌で、パイプ椅子に踏ん反り返っている。
はて? そういえば、どこかで見たことある二人組のような……?
「なあ瑞希」
「あ、ガヴリールちゃん。一回戦どうでした?」
「無事勝ったよ、色んな意味で。そっちは?」
「なんとか勝てましたっ」
「そっか、よかった。ところでさ、クレーマーってあの二人で間違いない?」
「は、はいっ。注文の品を届けようとしてたところなんですけど……」
「じゃあそれは私がやっとく。瑞希は他のテーブルを頼む」
「え? でも……」
「だいじょぶだいじょぶ」
「じゃ、じゃあお願いします。気を付けてくださいね……?」
「おっけー」
僕が記憶の糸を手繰っている間に、ガヴリールと先に試合を終えて戻っていた姫路さんがそんな会話をしている。胡麻団子の乗ったトレーを受け取ってテーブルの方へと向かうガヴリールに対し、姫路さんは少し焦った様子で僕の元にやってきていた。
「あ、明久くんっ。ガヴリールちゃんが……」
「う、うん。大丈夫かな……」
心配だ。そして不安だ。あの二人組がガヴリールに対してあまりに不躾なことを言ったら、世界が終焉へと導かれてしまう可能性がある。
「あ、でもガヴリールは喫茶店でバイトしてるから、こういう対応には慣れてるかも」
「えっ? そうなんですか?」
「うん。駅前のエンジェル珈琲っていう店で」
「ガヴリールちゃん凄いですっ」
尊敬の眼差しをガヴリールへと向ける姫路さん。ネトゲに課金しすぎてバイトしなきゃ生活費さえままならない状況だということは黙っておいてあげた方が良さそうだ。
しかし、接客業に常日頃から携わっているというのは本当のことである。上手いことクレーム対応してくれよ、ガヴリール……!
「お待たせしました。胡麻団子と中国茶になります」
「遅ぇよ! ったく、この店には碌な店員もいねえのかぁ?」
「まっ、こんなテーブルで飯食う気起きねえからいらねえんだけどよ!」
揃って下劣な高笑いを上げる二人組。それを見て、あわわわという様子で不安そうにガヴリールを見つめる姫路さん。だがガヴリールはこの程度の煽りに屈する天使ではないことを僕は知っている。なんとか穏便に──
ビチャビチャビチャ……
──はい?
ガヴリールは、お茶の入ったティーカップを盛大にひっくり返していた。坊主先輩の頭の上で。
「あ゛っちぃぃぃぃ!?」
「あ、すみません、つい手が勝手に。よろしければ、新しいお茶をご用意しましょうか?」
「おいついってなんだついって! 茶はいいからはやくタオル持って来い!」
「いえ、それはできません。お客様に温かいお茶を提供することこそが私の使命。お代は要りませんので、新しいお茶をこぼさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「まだこぼすつもりなのか!? ここの店員は一体どうなってんだ!?」
「すみませんね、不出来な店員なもので。……で、もう私は戻ってもいいですかね?」
「いいわけあるか! 胡麻団子は置いてけ!」
「つ、常村……それよりタオルを」
「あ、そうでしたね。では胡麻団子おこぼししますね」
「こぼすな! 置け!」
「ちっ。へーい」
かたん←胡麻団子のお皿をテーブルに置くガヴリール
ぱく←一つ胡麻団子を摘まんで口に放り込むガヴリール
もぐもぐ←リスみたいに頬っぺたを膨らませて咀嚼するガヴリール
「おっ、これ美味いな。もいっこ貰お。……あ、ではごゆっくりー」
一つ礼をして、トレイを手にガヴリールは僕らの元へと戻ってきた。
「どうだ瑞希、明久。完璧な接客だっただろ?」
「あ、うん……。(火に油を注ぐ的な意味で)完璧な接客だったね……」
「ガヴリールちゃん、大丈夫ですかっ? 火傷とかしてませんかっ?」
「ん? 全然大丈夫だよ。自分にはかからないようにやったから」
「別の意味では大火傷なんだけどね」
ガヴリールが本当にうっかりお茶をこぼしてしまったと勘違いしているのか、優しい姫路さんは心配そうに彼女の手を取る。
そんな彼女の善意を裏切るようで悪いが、どう考えてもワザとだ。この駄天使、一回戦の憂さ晴らしもかねてやらかしやがったな。呆然としていた先輩二人は、案の定ブチ切れ寸前だ。
「ふ、ふざけんじゃねえぞテメェ! こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」
「ま、待ってください! ガヴリールちゃんは手が滑っちゃっただけで悪気があったわけじゃ……!」
「明らかにワザとだっただろ! 悪気しかなかっただろ! お前の目は節穴か!?」
それには同意せざるを得ない。
大声で暴言を捲し立てる二人。こ、これはまずいぞ……! なんとかして黙らせなくちゃ!
「流石はガヴリールね! この私に次ぐ悪魔なだけはあるわ!」
「私悪魔じゃねっつの。つか出てくんなよお前。こっちはクレーム対応で疲れてんだよ」
「はーっはっはっは! そうはいかないわ! 召喚大会で決着を付ける前に、どちらが優れた接客ができるか前哨戦といこうじゃない!」
「うるさいなあ。んじゃあお前もあいつら相手に接客してみろよ」
「ふっ、いいわ。私の
やばい! 今度は胡桃沢さんが先輩二人の対応へと向かってしまった! 周りを見渡すと、秀吉の姿は既になかった。もしかしたら今度は雄二を呼びに行ったのかもしれない。この場は僕が何とかしないと……!
「ムッツリーニ、いる!?」
「…………ここに」
呼びかけると、彼は僕の足元にすぐさま現れた。何故か腹這いの体勢で。さてはこいつ、この騒動に乗じてスカートの中を覗こうとしていたな?
「ムッツリーニ、例の物ってまだ残ってる?」
「…………姫路の作った胡麻団子なら、食品サンプルとして展示している」
「あるだけ全部持ってきてくれないかな?」
「…………了解」
一瞬消えたかと思いきや、すぐさま戻ってくるムッツリーニ。相変わらず忍者みたいな奴だ。本当に味方でよかった。
「…………何をする気?」
「まあ見ててよ。この場を収めてみせるからさ」
「…………健闘を祈る」
そんな言葉を受け取ってから、胡桃沢さんを追うように僕も二人の先輩方に近づく。
「愚鈍な人間ども。さあ、この大悪魔胡桃沢=サタニキア=マクドウェル様に注文を申し付けなさい。できる限り善処する方向で前向きに検討してやるわ!」
「くる……なんだって? っていうか、それ先延ばしする時の常套句じゃねえか! いいからはやくタオル持って来いよ!」
「はあ~? もしかして、今時ハンカチの一つも持ってないの? 情けないわね」
「うるせえよ! ここの店員にまともな奴はいねえのか!?」
うーん、この子らは接客=煽りと捉えているのだろうか? 流石はFクラスの仲間たちだ。
「胡桃沢さん、後は僕が殺っとくから、厨房の方をお願いしてもいいかな?」
「嫌よ。自らの役割を途中で投げ出すなんて、大悪魔の風上にも置けないわ」
「そういえば風の噂で聞いたんだけど、最近の大悪魔は料理がトレンドらしいヨ?(棒)」
「厨房ね! この大悪魔サタニキア様に任せときなさい!」
スタタタタと厨房の方へと姿を消す胡桃沢さんを見送ってから、坊主先輩とモヒカン先輩に向き直る。
って、あれ? 坊主とモヒカン……?
「…………あぁーっ! 思い出した! 前に千咲ちゃんを襲おうとしてた変態コンビか!」
「そう言うテメエは吉井明久! この間はよくもやってくれやがったな!?」
「へ? なんの話です?」
「とぼけんなァ! 俺たちを塩水まみれにしやがっただろーがっ!」
「う~ん……そんなこともあったような、なかったような……」
あの時は必死だったから細かいことはよく覚えていない。確か木の上から紐無しバンジージャンプを敢行したことは覚えてるんだけど……。
そんな僕らの会話に、周囲のお客さんたちが俄かに騒めき出す。
「へ、変態だと……?」
「そういえば、さっきも小さな女の子相手に怒鳴り散らしてたような……」
「うわ、最低だな……」
図らずも、場の空気は僕らFクラスへの同情的なものに変わり始める。だが、さっきまでの二人のクレームのせいで、お客さんの数は随分と減ってしまっていた。
「ッチ! 興が冷めた! 夏川、こんな店とっとと出ちまおうぜ!」
「おう! こんな店、営業できなくさせてやる!」
苛立たし気に立ち上がる二人。ふっ、バカめ! タダで返してやるわけがないだろう!
「ではお客様方。最後にこの新作の胡麻団子を召し上がっていきませんか? お代は取りませんので」
「はあ? いるかそんなもん。犬の餌にでもやっとけ!」
「まあまあそう言わずに」
「もごぁぁっ!?」
姫路さん特性愛情たっぷりの胡麻団子を、モヒカン先輩の口に捻じ込む。風評被害が避けられないというのなら、最後に危険物処理でもしてから帰ってもらおう。
痙攣してうまく歯を動かせないらしいので、顎を掴んで咀嚼するのを手伝ってあげる。一口三十回が目安だ。
「ふう、これでよし」
「あが、がっ、が……」
「常村ぁー!?」
坊主先輩が失神してしまったモヒカン先輩を支えながら叫ぶ。この二人は常村と夏川っていうのか。んじゃあこれからは間をとって常夏先輩と呼ぼう。
「くっ、クソ! 覚えてろよ!」
倒れた相棒を抱えて走り去っていく坊主の方の常夏変態……じゃない、常夏先輩。なんとか元凶を退治することには成功したものの、これで問題解決とはいかないだろう。
「お客さん減っちゃったなあ……」
さっきまでの騒動のせいで、繁盛していたはずの店内は一気にがらんとして、閑古鳥が鳴いてしまっていた。雄二がいてくれればもう少し穏便に片付いたかもしれないことを思うと、自分への苛立ちが沸々と湧き上がってくる。
すると、扉がガラッと開いて、数人の男子と共に秀吉が戻ってきた。
「演劇部で使う大道具用のテーブルを持ってきたのじゃが……少し遅かったようじゃな」
クレームに対応するために、わざわざ持ってきてくれたらしい。僕も加勢してテーブルを運ぶが、秀吉の言う通り、少しだけ遅かった。
「こんな時、雄二がいてくれればのう……」
「ホントだよ。あの二人が一回戦でここまで苦戦するなんて」
「…………明久、秀吉」
「むっ、どうしたのじゃ? ムッツリーニ」
「…………これを」
すっとムッツリーニが差し出してきたのは、小型のイヤホンだ。二本あるそれを秀吉と一本ずつ分け合って、耳に嵌める。
「一体何の音声なのじゃ?」
「…………特設ステージの音声」
「ってことは、雄二と霧島さん?」
「…………(こくり)」
イヤホンからは、激しい打撃音と共に、慣れ親しんだ雄二の声が聞こえてきた。
『くっ、翔子! 危ないっ!(ドカッ)』
『……雄二』
『間一髪だったな! だがお前は俺が守ってみせる! だから下がってろ!(グイッ)』
『……雄二』
『おおっと危ない!(ボコッ)っく、こいつらやりやがる……!』
『……雄二、私の邪魔をするのなら──』
『何を言ってるんだ翔子。この俺がお前の邪魔をするような奴に見えるか?』
『──この婚姻届に判を押してもらう』
『命に代えても勝利を約束しよう』
何やってんだアイツ。
「大方、霧島の足を引っ張って一回戦で敗退する腹積もりだったのじゃろうな」
「…………度し難い」
「はあ、ほんと雄二も諦めが悪いよね。あんな綺麗な女の子に好意を寄せられて、一体何が不満なのさ」
「…………全く以ってその通り。ところで明久」
「うん。分かってるよムッツリーニ」
「「焼き討ちに行くぞ」」
「お主らも負けず劣らず諦めが悪いように見えるのじゃが」
今この時、僕らの心は間違いなく一つだった。