バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
以下の問いに答えなさい。
『家計の消費支出の中で、食費が占める割合を何と呼ぶでしょう』

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『エンゲル係数』
教師のコメント
 正解です。流石ですね、月乃瀬さん。ちなみにエンゲル係数という名前は、論文の発表者である統計学者エルンスト・エンゲルに因んで名付けられました。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『エンジェル係数』
教師のコメント
 そう答えると思っていました。エンジェル係数は養育費の割合を示すものです。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
悪魔的割合(デビルズパーセント)
教師のコメント
 ご丁寧にルビまで振らないでください。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『ヴィーネがやってくれるから気にしたことないです』
教師のコメント
 月乃瀬さんは召使いではありません。


第二十一話 YESエンジェルNOタッチ

「…………明久、買い出しをお願いする。材料がなくなりそう」

 

 というムッツリーニの依頼を受け、僕は試合終了早々にガヴリールたちと別れてから、近くのスーパーまで買い物にやってきていた。

 

「えっと、あずきに胡麻に白玉粉にエロ本に……って! 明らかに文化祭に不要な物が混じってるじゃないか!」

 

 なんて抜け目のない男なのだろう。自分の手を煩わせることなく、エロ本を入手しようとするなんて。

 僕は会計を済ませてスーパーを後にする。一人で来ているため、結構な重量だ。とはいえ、ガヴリールや胡桃沢さんには再びホールに入って貰う必要があったため、致し方ないのだが。

 

「──あの、すみませんっ!」

 

 僕がなんとか腕に負荷の掛からない持ち方を模索していると、そんな元気な声が耳に届く。なんだろうと周囲を見回してみるが、声の主らしき人はいない。

 

「こっちこっちっ!」

 

 服をクイクイと引っ張られたのに釣られて、視線を下の方へと落とす。そこには、小さな女の子が立っていた。

 

「あ、ごめんね。どうしたの? 道にでも迷った?」

 

 僕は腰を下げて女の子と目線を合わせてから問う。両サイドで結った金色の髪と、深い色をした大きな瞳が印象的な子だった。

 はて……? この子、誰かに似ているような……? 

 

「あのね、私ね、おねえちゃんに会いに来たの。でも、おねえちゃんの通っている学校が分からなくて……」

 

 その子は潤んだ瞳を伏目がちにしながら、状況を教えてくれた。

 どうやら、一緒に来た保護者の人が急な用事で一時的に帰らざるを得なくなってしまったらしい。そこでこの女の子は地図を預かり、一人でお姉ちゃんに会いに行こうとするも迷ってしまった、という訳だ。

 その地図を見せてもらう。やたら細かい地図で見づらかったが、赤ペンでマークがしてある場所には文月学園と示されていた。

 

「ここ、僕も通ってる学校なんだ。お姉ちゃんのところまで、僕が案内してあげるよ」

 

「ほんとう!? ありがとう、おにいちゃん!」

 

「どういたしまして。僕は吉井明久っていうんだ、よろしくね」

 

 僕が微笑むと、その子は屈託のない笑顔を満開にし、こう言った。

 

「じゃあ、アキおにいちゃんだね!」

 

「アキ……お兄ちゃん……っ!?」

 

 な、なんて破壊力なんだ! 僕はあまりの衝撃に一瞬立ちくらみを覚える。

 普段はバカだとかアホだとかばかり言われている僕である。お兄ちゃん、なんて甘美な響きなのだろう。その呼び方は、まるで五臓六腑に染み込んでいくかのような感覚だった。ああ、心が洗われる……。

 

「あれ、どうしたの? アキおにいちゃん?」

 

「気にしないで。僕は今、天に召されるような心地なだけさ……」

 

「アキおにいちゃーん!?」

 

 この子はまるで天使だ……。僕の知っている天使たちとは違う、本物の天使だ……! 

 

「あ、そうだ。私の名前も教えなきゃだね。私の名前はね、ハニエルだよっ」

 

「よろしくね、ハニエルちゃん。…………え?」

 

 ハニエル?

 なんだか、すごく外国人っぽい名前というか、天使っぽい名前だ。

 

「あ、あのさハニエルちゃん。一つ訊いてもいいかな……?」

 

「なぁに? アキおにいちゃん?」

 

 不思議そうに首を傾けるその仕草はやけに見覚えがあった。

 

「お姉ちゃんの名前も教えてもらっていい? もしかしたら、僕の知り合いの可能性もあるからさ」

 

「あ、そっか!」

 

 ハニエルちゃんは合点がいったように両手を合わせて笑みを浮かべる。そんな仕草にも見覚えがあった。

 いや、正確に言うと──あの駄天使が堕天する前は、こんな感じだった気がするのだ。

 

「私のおねえちゃんはね、ガヴおねえちゃんっていうんだよ!」

 

 思いっきり知り合いだった。

 というか、ガヴリールだった。

 

   ○

 

 そんな訳で、僕はハニエルちゃんと一緒に文月学園へ向かうことにした。

 僕が重い荷物を持っていることに気づくと、この子は自分も手伝うと嬉しいことを言ってくれた。小さい女の子に手助けしてもらうなんて男として情けないという考えも浮かんだが、親切を無下にするのも悪いと思い、一番軽い胡麻の入った袋を持ってもらっている。

 

「ねぇねぇアキおにいちゃん。学校でのガヴおねえちゃんってどんな感じ?」

 

「え゛っ」

 

 この子にとっては純粋な疑問だったのかも知れないが、僕は思わず変な声を出してしまった。

 学校でのガヴリールは、サボり、遅刻、授業中にゲーム、教科書への落書きとやりたい放題だよ──なんて、言えるわけがない。

 この子が知っているのは天界でのガヴリール。つまり堕天以前の姿のはずだ。ならば、どう答えるべきかは明白だった。

 

「え、えぇっとぉ……ま、真面目で成績優秀で、皆の見本になるような立派な生徒……かなぁ……」

 

「わぁ! やっぱりガヴおねえちゃんは凄いなぁ!」

 

 やめて……っ! そんなキラキラした目で僕を見ないで……っ! 

 ハニエルちゃんのあまりの純粋さに目を逸らしていると、彼女は腕に手提げ袋を通して、両手で輪っかになった紐を器用に操っていた。

 

「あやとり?」

 

「うん! 新しい技が出来るようになったから、ガヴお姉ちゃんに見せてあげるんだっ。ほら見て見て、ほうきっ!」

 

 ハニエルちゃんは小さな手を目一杯広げて、箒の形になったあやとりを見せてくれた。

 

「す、凄い! なんて芸術的なフォルムなんだ……っ!」

 

「えへへ、すごいでしょ~?」

 

 照れくさそうに微笑むハニエルちゃん。口では褒め称えつつも、僕は内心戦慄していた。

 この子は将来、あやとりで世界を取るかもしれない。それほどまでに完成されたシルエットだったのである。ガヴリールは絶対に興味を持たないだろうが、この子には間違いなくセンスがあった。

 そんな他愛のない話をしながら歩いていると、ようやく校舎が見えてきた。とはいっても、文月学園までの通学路は急勾配になっていて、ここを登らないと行けないわけだが。

 

「わあっ。おっきな坂道だね~」

 

 ハニエルちゃんは急勾配のてっぺんを見上げながら驚いている。その肩は少しだけプルプルしていた。荷物を持つのが辛くなってきたのだろう。

 ……僕は馬鹿だ。こんな小さな女の子に無理をさせてしまうだなんて。

 

「ありがとうハニエルちゃん。ここからは、僕に任せて」

 

「え……? アキおにいちゃん、どうしたの?」

 

 僕はハニエルちゃんから荷物を受け取り、それを両手首に引っ掛けるようにして持つ。

 

「乗ってくれ。ここからは特急列車だよ」

 

 そして、僕は彼女に背中を差し出した。

 

   ○

 

「わぁ! おにいちゃんはやーい!」

 

「こういうのは普段から慣れてるからね! 任せてよ!」

 

「アキおにいちゃんって、実はお馬さんだったんだね!」

 

「馬の後ろに鹿って付きがちだけどね!」

 

 僕は背中にハニエルちゃんを背負って坂道をダッシュしていた。普段からガヴリールを背負い慣れている僕にとって、これくらいはお安い御用だ。しかもその上、ハニエルちゃんは僕が歩きやすいように配慮してくれているのか、肩をガッチリと掴んで足もしっかりと回してくれている。いつも完全に脱力して他力本願な駄天使とは大違いだった。

 

「さあ着いたよハニエルちゃん! ここが文月学園だ!」

 

「わぁ! ここがガヴおねえちゃんの通う学校なんだ! おっきい!」

 

 向日葵のような笑顔で辺りを見回すハニエルちゃん。文化祭が開催中の学び舎に興味津々みたいだ。この笑顔が見れただけで、頑張った甲斐がある。

 

「吉井! 校門の前で何を騒いでいる! 来賓の方の邪魔になるだろう!」

 

「ゲッ、鉄人!?」

 

 そんな僕らの会話を目敏く聞きつけたのか、校門前に立っていた西村先生がこっちへと迫ってきた。

 

「全く貴様という奴は、清涼祭の日ぐらい大人しくできんのか! ……むっ。吉井、そのお嬢ちゃんは?」

 

「ああ、この子はハニエルちゃんです。迷子になっていたところを僕が──」

 

「誘拐してきたわけじゃあるまいな?」

 

「ちがぁーう! なんでそうなるんですか! 僕は無実ですよ!」

 

 教師ならもっと生徒のことを信じるべきだと僕は思う。

 

「ガヴリールの妹さんですよ! ほら、そっくりでしょう!?」

 

「天真の? ……ふむ、確かに面影があるな」

 

「ガヴおねえちゃんの妹のハニエルです! よろしくね、おじちゃん!」

 

「お、おじちゃん……!?」

 

 ハニエルちゃんの純粋無垢なその言葉に、鉄人が崩れ落ちた。

 

「吉井、俺はそんな歳に見えるか……?」

 

「どこに出しても恥ずかしいくらいオッサンだと思います」

 

「今度の補習、覚悟しとけよ」

 

「なんで僕だけっ!?」

 

 鉄人は見回りに行ってくるとその場を離れていった。去っていくその背中はやけに小さく見えた。僕や雄二に何と言われてもどこ吹く風な鉄人だが、流石に小さな女の子からおじちゃんと呼ばれるのは堪えたらしい。

 

「──あっ! バカなお兄ちゃんだっ!」

 

 鉄人と入れ替わるように、反対側からそんな元気な声が聞こえた。

 声からして小さな女の子だろう。そんな子からバカなお兄ちゃん呼ばわりだなんて恥ずかしい。そのバカは一体どこのどいつなんだ? 

 

「バカなお兄ちゃーん!」

 

 その子は長い髪を揺らしながら、僕に抱きついてきた。

 あはは。やだな、泣いてないよ? 

 

「葉月ちゃん? 清涼祭に来てくれたんだ」

 

「はいですっ! バカなお兄ちゃんに会うために、街中の人にバカなお兄ちゃんがいるところを教えてもらったです!」

 

 ヤバイ。僕の知らぬ間に、不名誉な二つ名が町内に拡散されている……!

 この子は昔にぬいぐるみの件で知り合った女の子、葉月ちゃんだ。

 

「バカなお兄ちゃん、その子は誰です?」

 

「アキおにいちゃん、その子だれっ?」

 

 小さな女の子たちが息ぴったりに尋ねてくる。

 それぞれ紹介すると、二人は歳も近いようですぐに意気投合していた。

 

「ハニエルちゃんって、外国人さんなんですかっ? 葉月もちょっと前まではドイツに住んでいたんです!」

 

「どいつ? ってどこにあるの? あ、私のお家は天界にあるんだよっ。……あれ、これって言っちゃダメなやつだっけ?」

 

「てんかい、ってなんです?」

 

 二人して首を傾げている。この話にはあまり深く突っ込まない方が良いだろう。

 

「あ、そうですバカなお兄ちゃん!」

 

「何? 葉月ちゃん」

 

「何? じゃないですっ! なんでハニエルちゃんをおんぶしていたんですかっ?」

 

 僕がなにか言うよりも先に、ハニエルちゃんが答えた。

 

「アキおにいちゃんはね、私のお馬さんなんだよっ!」

 

「違うよハニエルちゃん? 僕は人間だよ?」

 

「そうだったんですか!? バカなお兄ちゃんは葉月のお婿さんなのに、ハニエルちゃんのお馬さんにもなっちゃったんですかっ!?」

 

「えっ!? 葉月ちゃんとアキおにいちゃんって……えっ!?」

 

「違うよ葉月ちゃん? 僕は」

 

 その先を言うことはできなかった。

 いや、正確には、言うことができなくなった。

 両手両足を縄でグルグル巻きに拘束され、磔にされてしまったからだ。

 

「これより、異端審問会を開く。被告、吉井明久は異端審問会の血の盟約に背き、自分一人ロリっ子たちとの羨まけしからん行為に及ぶという大罪を犯した。これは事実に相違ないな?」

 

「「「相違ありません!」」」

 

「うわぁぁ!? 何するのさ皆ぁ!?」

 

「黙れクズ野郎。弁護の余地などあるまい。YESロリータNOタッチの誓いを忘れたか?」

 

「違っ、僕はそんなつもりじゃ! ただ困ってる子を見過ごせなかっただけで!」

 

「その偽善こそがロリコンという悪をのさばらせるのだ! 判決、有罪ッ! 死刑ッッッ!!!」

 

「うわああああああっっ!? キャンプファイヤー気分で僕を火炙りにしようとしないで!? ちょっ、ほんとに燃えてる! 燃えてるからぁあああ!!?」

 

 燃える炎の中で、僕は魔女狩りにあった人たちの気持ちをその身で味わっていた。


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