バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
以下の英文を訳しなさい。
『Although John tried to take the airplane for Japan with his wife's handmade lunch, he noticed that he forgot the passport on the way.』

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
道。』

教師のコメント
 訳せたのはそこだけですか。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『ジョンはパスポートを忘れたので、代わりに神足通で移動した』
教師のコメント
 ジョンは神通力の使い手ではありません。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『ジョンは日本行きの飛行機に乗ろうとしたが、途中でパスポートも妻の手作り弁当も忘れていることに気がついた』
教師のコメント
 踏んだり蹴ったりですね。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『ジョンは途中でパスポートを忘れていることに気がついたが、妻の手作り弁当を使って事無きを得た』
教師のコメント
 お弁当でいったい何をしたというのですか。


第二十二話 バカと天使と冥土喫茶

「わーっ! ガヴおねえちゃん久しぶりー!」

 

「ハニエル? なんでお前が下界──じゃない、清涼祭に?」

 

 二人の小さな女の子を連れて教室に戻ると、ハニエルちゃんは会計用のテーブルで暇そうにしていたガヴリールにぎゅっと抱きついた。それを受け止めて頭を撫でるガヴリールの顔には困惑が浮かんでいる。この反応を見るに、彼女はハニエルちゃんが下界にやってくることを知らなかったらしい。

 

「えへへっ。ガヴおねえちゃんの学校に行ってみたいって言ったら、ゼルおねえちゃんが連れてきてくれたんだよ!」

 

「え゛っ……」

 

 ハニエルちゃんの言葉に、ガヴリールの顔が一気に引き攣る。

 ガヴリールに姉と妹がいるということは彼女本人から聞いたことがある。そのゼルおねえちゃんという人が二人の姉で、天真家の長女なのだろう。

 

「も、もしかしてゼルエル姉さんも来てんの……?」

 

「ううん、急なお仕事で戻っちゃったんだ」

 

「うっしゃぁ! 急なお仕事ナイス!」

 

「でも、すぐ済ませてくるって言ってたよ?」

 

「マジか……マジかよ……!? さ、最悪だっ! まさか姉さんまでこっちに来るなんて!」

 

 やばいやばいと頭を抱えるガヴリールと、それを不思議そうに眺めるハニエルちゃん。

 

「ガヴリール、そんなに悲観することないんじゃない? せっかくの家族水入らずなんだから」

 

 そう言うと、ガヴリールはギラついた眼光を向けながら僕の肩を掴んだ。

 

「バカかお前は! 明久は知らないだろうけどな、姉さんは厳しい上に怒らすと凄く怖いんだ! 家族水入らずだと? ふざけんな! 姉さんが下界に来たら、私がぐうたら三昧できなくなるだろうが!」

 

 完全に怠け者の思考回路だった。だが、僕にもその気持ちはわかる。何故なら、僕にも姉がいるからだ。今は海外に留学していて日本にいないけど、もし姉さんが帰ってきたらと思うと──あれ? なんでだろう、震えが止まらない。

 

「クソッ、こうなったらどうにかして姉さんを騙くらかすしか……! 木下、ちょっと来てくれ!」

 

「な、なんじゃ!? 来てくれと言いつつ引っ張るでない!」

 

 ガヴリールは掃除をしていた秀吉の腕を無理やり掴み、向かいの空き教室に入っていった。

 

「ガヴおねえちゃん、どうしたんだろう?」

 

 ハニエルちゃんは首を傾げているが、僕にはなんとなく察しがついていた。

 秀吉の演技力についてはもはや説明するまでもないが、彼が演劇部のホープと呼ばれる所以はそれだけではない。様々な登場人物に自分を演出する、卓越したメイクの技術。ある意味変装の域にまで達しているその能力こそ、秀吉の真骨頂と言えた。

 その秀吉を連れて行ったガヴリールのやろうとしていることはつまり……。

 

「…………明久、例のものは」

 

「あ、ムッツリーニ。うん、ちゃんと買ってきたよ。エロ本以外」

 

「…………ッ!?」

 

「いや、そんな驚かれても困るよ。それより、なんでこんなにお客さん減ってるの?」

 

 材料の補充を頼むということは、さっきまで店内が盛況していたという証だ。それなのに、今の中華喫茶は閑古鳥状態であり、ぺんぺん草が生えそうな勢いだった。

 

「…………どうやら、良くない噂が流れているらしい」

 

「噂?」

 

「あっ、それなら葉月も聞いたですっ。Fクラスは汚らしいから行かない方がいいって……」

 

 顔を俯かせながらそう言うのは、美波の妹であることが判明した葉月ちゃん。ついさっき到着したばかりの葉月ちゃんの耳にも届いているということは、かなり悪評が広がってしまっているのだろうか。

 

「でも、教室はちゃんと皆で掃除したわよ?」

 

「お客様の中にも、不満そうな人はいませんでした」

 

「フッ、この私の悪魔的接客(デビルズサービス)に抜かりは無いわ」

 

 だが、実際にスタッフとして働いていた美波と姫路さんはこう言っている。胡桃沢さんも頑張ってくれているみたい。

 どうも不自然な乖離だ。確かに僕の見た限りでも、不満そうなお客さんは──いや、一組だけ居た。

 

「恐らく、明久達の言っていたクレーマーコンビだろう。そいつらが、どこか人の多い場所で悪い噂を流しているんじゃないか」

 

 雄二の言葉で僕は思い出す。ガヴリールに頭上でお茶をひっくり返され、僕が口内にメイドイン姫路さんの女死ごはんを詰め込んであげた、例の常夏コンビだ。

 

「こうなったら探し出して今度こそ殺るしかないね。葉月ちゃん、その話ってどこで聞いたの?」

 

「えっと──綺麗なお姉さんがいっぱいいるお店でした!」

 

「よし! 草の根分けてでも探し出すぞ!」

 

 僕らは女の子たちの軽蔑的な視線を受けながら、教室を全力で飛び出した。

 

   ○

 

「ここがその店か。よし、行くぞお前ら」

 

 ずかずかと入り込んでいく雄二を追う。ここは前の試召戦争の時にも訪れた、二年Aクラスの教室だった。葉月ちゃんの言っていた、綺麗なお姉さんがいっぱいいるお店というのも納得である。

 

「……ところでさガヴリール」

 

 ちらりと、隣の駄天使さんを見遣る。

 

「あ? なんだ、明久?」

 

「その格好は?」

 

「お構いなく。これはただ姉さんの目を欺いてやろうってだけの仮初めの姿なんでね」

 

「……」

 

 秀吉のメイクによって、見た目だけは聖天使時代にアゲインしたガヴリールの姿がそこにはあった。

 

「わぁ! お姉ちゃんも、綺麗なお姉ちゃんと同じくらい綺麗です!」

 

「そうか? サンキュー島田妹。私のことは、天使なお姉ちゃんと呼ぶがいい」

 

「はいです! 天使なお姉ちゃん!」

 

「この私のことは大悪魔なお姉ちゃんと呼びなさい! 島田の妹よ!」

 

「こっちのバカはバカなお姉ちゃんでいいからな」

 

「ちょ! 子供に変な呼び方を教えるんじゃないわよ!」

 

 その変な呼び方で呼ばれている僕はいったいなんなのだろう。というか、彼女たちは自分の正体について秘匿する気があるのだろうか。

 

「ガヴリール! さっきはよくもやってくれたわね! 今ここで借りを返してやるわ! 勝負よ!」

 

「はあ? あんな三文芝居、騙される方が悪いだろ。つーか勝負勝負って、お前それ以外の言葉知らないの?」

 

「う、うるさいわね! この私から逃げる気? だったらアンタの不戦敗になるけど?」

 

「ふざけんな。そんな横暴が通るとでも思ってんのか?」

 

「だったら勝負しなさい! この悪魔神バロムで、アンタを捻り潰してあげるわ!」

 

「上等だこの野郎。聖霊王アルカディアスで返り討ちにしてやるよ。天使の威光の前にひれ伏せ」

 

「やっとその気になったようね。さぁ、決闘(デュエル)よガヴリール!」

 

 Aクラスで恥も外聞もなく口論を始める二人。周りのお客さんの視線が彼女たちに集まり始めた、その瞬間だった。

 ザシュ! と。

 言い合いをしている二人の間に、どこからか飛来したフォークが突き刺さった。

 

「ガヴぅ? サターニャぁ? ちょーっと静かにしてもらってもいいかなぁ?」

 

 そんな怒気の溢れた声と全く目が笑っていない笑顔で二人に警告を促すのは、Aクラスの一員である月乃瀬さんだった。彼女はメイド服を身に纏っていてとても可愛らしいはずなのだが、その手には次は当てるぞとでも言わんばかりにナイフとフォークが握られており、恐怖を煽って仕方なかった。

 

「ちょ、ヴィーネ。刃物はダメでしょ刃物は……! 大体、私はサターニャの奴が喧しいから黙らせようとしただけで……!」

 

「ちょぉ!? なに自分だけ助かろうとしてんのよ! ヴィ、ヴィネット! 私達は客として来てあげたのよ! は、早くもてなしなさい!」

 

「相変わらずねアンタ達は。ほら、案内するから付いてきて。……あ、そうそう。また他のお客様の御迷惑になるようなことをしたら──分かってるわよね?」

 

「「は、はい……」」

 

 まるで赤べこのように何度も頷いて素直に従う二人。

 流石は大のイベント好きの月乃瀬さんだ。清涼祭に懸ける意気込みが本気すぎて、とてもじゃないが洒落が通じる雰囲気ではない。

 

「まあ、ヴィーネさんはずっと今日を楽しみにしていましたからね。こうなるのも已む無しです」

 

「あ、白羽さん」

 

 メイド服を着た白羽さんがやってきて、そんな事を言う。彼女の美しい銀色の髪と、メイド服の黒が、とても素敵なコントラストを生み出していた。

 

「吉井さん、さっきはよくもやってくれましたね?」

 

 殺気再び。

 

「ち、違うよ白羽さん! あれはガヴリールが勝手にやったことであって、僕は関与していないんだ!」

 

「おかえりなさいませ、お下僕様♪」

 

「それは絶対に今言うべき台詞じゃないと思う! 僕をどこに帰すつもり──ってお下僕様!? ご主人様じゃなくて!?」

 

 メイド喫茶って、こんなに戦々恐々としたものだったかな。もっと胸躍るような、夢の桃源郷みたいな場所だと思っていたのに。

 

「吉井君、それに白羽さん。他のお客さんに迷惑だよ」

 

 会話がヒートアップしてしまっていた僕たちにそう注意を促すのは、Aクラス所属で学年次席の男子生徒、久保利光くんだ。彼は今タキシード姿で、端正な顔立ちと長身によく似合っていた。

 

「ご、ごめんね久保くん。ほら、白羽さんも謝りなよ」

 

「久保さん、この度は吉井さんがご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございませんでした」

 

「さては白羽さん、僕に全責任を擦り付ける気だな!?」

 

 この人は本当に天使なのだろうか。時々疑問を覚える。

 

「あ、そういえば久保さん。そろそろ休憩の時間なんじゃないですか?」

 

 そんな白羽さんの言葉に、久保くんは腕時計を確認する。

 

「ふむ、そうだね。では、先にお昼休憩に入らせてもらおうかな」

 

「それなら、吉井さんと一緒にランチと洒落込んできては如何ですか? 二人っきりで♡」

 

「えっ……!? 吉井君と二人で、ランチ……!?」

 

 なんだか勝手に話が進められている気がする。

 あれ? なんだろう、急に寒気が……。

 

「おいどうする……。あのメイド、明久を冥土に引きずり込もうとしているぞ……」

 

「…………あまりにも残酷」

 

 視界の端で、雄二とムッツリーニがこそこそと何かを話していた。まあ、どうせまた良からぬことでも企んでいるのだろう。

 

「そ、そうだな……吉井君、君さえ良かったら、一緒にお昼ごはんを食べないかい?」

 

「ごめんね久保くん。誘いはありがたいんだけど、実は僕、お金がなくて……」

 

 ガヴリールの食べ歩きとさっきの買い出しで散財させられてしまい、今の所持金は殆どゼロなのだ。

 

「そうなのか……やれやれ仕方ないな。ランチくらいなら、僕が奢ろうじゃないか」

 

「ほんと!? 行く! 絶対行くっ!」

 

「あらあら、良かったですね久保さん♪」

 

 なんて良い人なのだろう。真のイケメンは性格も良いと聞くが、どうやら本当らしい。

 

「──あ、明久よ! こっちに来て一緒に食べるのじゃ! ワシらの分を少し分けてやるぞい!」

 

「え、秀吉? そんなに引っ張らなくても僕は逃げないよ?」

 

 しかし、凄い勢いでこっちに駆け込んできた秀吉に腕を引っ張られ、結局いつものメンバーと食事をすることとなった。せっかくの機会だったし、久保くんとも話をしてみたかったんだけどな。

 

「明久、お前はもっと秀吉に感謝したほうがいい」

 

「…………命の恩人」

 

「気にするでない。ワシはお主の友じゃからな、これくらい当然じゃ」

 

「ほぇ? みんな何を言ってるの?」

 

 まるで生死の境目から帰還した兵士でも見るような目を僕に向けている。

 

「あら~。残念でしたね、久保さん」

 

「構わないさ。それにしても──吉井君は本当に可愛いなぁ」

 

「うふふ♪」

 

 さっきから治まらないこの身体の震えは、きっと気のせいだと思い込むことにした。


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