問 以下の問いに答えなさい。
学校に持ってきてはいけないものをあげなさい。
月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『悪意』
教師のコメント
月乃瀬さんほど立派な生徒を、私は他に知りません。
白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『悪意』
教師のコメント
同じ答えのはずなのに、何故かあなたからは他意を感じます。
胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『後悔』
教師のコメント
少しは持ってきてください……。
天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『最初から授業に出なければ関係ない』
教師のコメント
既に出席日数が危ういので、ちゃんと登校してくださいね。
卓上に置かれた塩をチビチビと舐めながら注文したお水をテイスティングする。流石はAクラス。無料の水ですら、水道水とは比べ物にならない旨味とのど越しだ。これがミネラルウォーターってやつなのだろうか。
「お店側としては、他にも頼んでほしいんだけどね」
そう言って苦笑いするのは、僕らの注文を持ってきてくれた月乃瀬さんである。メイド服姿の彼女は、普段の家庭的で献身的な姿も相まって、とても麗しかった。あまりにも可愛すぎる。
「ごめんなヴィーネ。でも明久の主食は塩水だから、気にすることないぞ」
「どうせアンタが吉井くんに奢らせたんでしょ」
シフォンケーキを頬張るガヴリールの頭に、月乃瀬さんの軽いチョップが下される。
僕がメイド服に見惚れていると、月乃瀬さんは小さなお皿をテーブルの上に置いた。
「あれ? 僕、こんなの注文してないよ?」
身に覚えのない品が現れて困惑する僕に対し、月乃瀬さんは口の前で人差し指を立てて、まるで隠し事をするように言った。
「サービス。普段から吉井くんにはお世話になってるからね。ケーキの切れ端だけど、味はちゃんと美味しいから、よかったら食べてね」
茶目っ気たっぷりにウインクをする月乃瀬さん。そんな彼女の優しさに、僕は感動で打ち震えていた。
「ありがとう月乃瀬さん! このケーキは、僕の家宝として大切に保管するよ!」
「い、いや、できれば食べてほしいな……ケーキはすぐ悪くなるし」
なんて、なんて良い人なんだ! これまで生きてきて、ここまで純粋な人の優しさに触れたのは初めてかも知れない。いや、月乃瀬さんは悪魔なんだけれど。なんで悪魔なんだろう……?
「ところで月乃瀬よ。話は変わるのじゃが、この辺りでクレーマーを見なかったかのう? 三年生の二人組なのじゃが」
「わっ、君が木下さんの弟くん……ほ、本当にそっくりなのね」
Aクラス所属の月乃瀬さんは、当然木下優子さんとクラスメイトのはずだ。そんな彼女と性別という枠を超えて瓜二つな秀吉の存在に、月乃瀬さんは目を剥いていた。そして、一つ咳払いをして、少し離れた席の方へ視線を移す。
「このクラスは綺麗でいいよなぁ!」
「さっきの二年Fクラスの中華喫茶は酷かったもんな!」
そんな下品な大声を上げるのは、先ほど僕らのクラスに営業妨害を仕掛けてきた例の常夏コンビだった。葉月ちゃんが聞いた噂というのも、奴らが発生源なのだろう。
「あの人達、さっきから通ってくれてるのはありがたいんだけど、ずっとあの調子で……」
月乃瀬さんが困ったように言う。というか通い詰めているのか。あの人達も自分のクラスで出し物があるはずなんだけど、まさかサボってるわけじゃないよな。
「出入り禁止にすることも考えたんだけど、一応ちゃんと注文はしてくれてるし、こっちとしても対応に困っているのよね」
なんということだ。奴ら、僕らFクラスのみならず、Aクラスの皆にも迷惑を掛けているだなんて。益々生かしちゃおけない!
「待て明久」
「なんで止めるのさ雄二!」
「頭を使えバカ。ここで殴りかかったら、奴らの出任せが真実になっちまう」
雄二の冷静な判断を受けて、僕は席に座り直す。確かに、店員が暴力行為を働くだなんて、営業停止処分を下されてもおかしくない。
「じゃがどうする? 奴らにこのまま悪評を流されれば、稼ぎ時の昼が終わってしまうぞい」
「…………俺達の身元を特定されないように黙らせるしかない」
「それならここにスペシャリストがいるだろう。なあ秀吉」
「む? ワシか?」
「なるほど。秀吉の変装があれば、正体が僕らだとバレずに奴らを殺れるね」
まさに名案である。でも、暴力沙汰に縁のない秀吉が、上手く二人を殺ることができるだろうか。演劇部は体力も必要だろうし、決して腕力がないわけじゃないだろうけど……。
「そういうことだ。秀吉、それに明久、付いてこい」
「了解じゃ」
「えっ、僕も?」
「ムッツリーニは俺達が席を外している間、奴らの動向を見張っておいてくれ」
「…………了解」
「天真は……まあ、グータラしてるといい」
「へーい」
言われるまでもなくグータラしているガヴリールに苦笑しながら、僕らは立ち上がった。
○
「──ったく、あの汚ぇ中華喫茶に行くやつの気が知れねぇぜ!」
「店は汚いわ変な臭いはするわ飯は不味いわ! おまけにぃ、店員はブサイクだしよぉ!」
「「ギャハハハ!!」」
「……………………コロス」
「あ? なんだ姉ちゃん。なんか言ったか?」
「ヒュー、結構可愛いじゃねぇか」
「くたばれぇぇーっ!!」
「うばぁぁぁっ!?」
バックドロップを決め、坊主先輩の頭を床に打ちつける。脳天を痛打した坊主先輩は白目を剥いていた。どうやら意識を刈り取ることに成功したみたいだ。
僕は今、霧島さんから借りた予備のメイド服と秀吉のメイクによって、謎の美少女メイド♂アキちゃんに大変身していた。この上ない屈辱だが、これも姫路さんの転校を阻止するため! 女装くらい幾らでもやってやるさ!
「て、テメェはFクラスの……!」
相棒を失ったモヒカン先輩がそんな声を上げる。
マズイ! 僕の正体がバレたら、中華喫茶の営業に支障が出てしまう! なんとかしなくては……!
「きゃああああっ!? この人、私のスカートの中を覗こうとしてますぅぅー!?(裏声)」
「ちょっと待て! まさか女物を穿いてんのか!? ていうかお前はおとふおおおおおお!?」
突然モヒカン先輩の悲鳴が上がる。見ると、彼の足元には沢山のナイフとフォークが突き刺さっていた。
「お客様? うちのメイドに痴漢を働こうというのなら、責任者である私がお相手いたしますが?」
そこには修羅のような笑顔で佇む月乃瀬さんの姿があった。どうやら僕を店員の一員だと勘違いしているらしい。彼女は僕の方へと駆け寄ってきて、背中を支えてくれた。
「大丈夫っ? 怖かったよね、もう大丈夫だからね」
そして背中を擦ってくれる。別に怖くはなかったが、彼女の優しさに泣きそうになった。良い人すぎるよ、月乃瀬さん……!
「あなたたち! これ以上の狼藉は許さないわよ!」
「……今の一部始終を録音させてもらった」
「公衆の面前で破廉恥行為とは、このゲス野郎共が!」
月乃瀬さんはビシッと常夏コンビに言い放ち、霧島さんと雄二がボイスレコーダーを見せつける。どうやら形勢は完全にこちらにあるようだ。
視線が三人に集中しているうちに、倒れている坊主先輩の頭にブラを装着してあげる。最近の瞬間接着剤の性能は凄いんだぞ。
「クソッ、逃げるぞ夏川!」
「ま、待ってくれ常村! うぉ!? なんだこれっ、取れねぇじゃねぇか!」
一目散にAクラスを飛び出す二人。坊主先輩の頭のブラが風にたなびいていて、非常に珍妙だった。
「逃がすかっ! 追うよ雄二! ……あれ? 雄二?」
辺りを見回すと、メイド服を手に持った霧島さんに迫られている雄二の姿があった。
「……雄二、私は約束通りメイド服を貸した。だから雄二も着るべき」
「ちょっと待て翔子! 俺にそんな趣味は──嫌だぁああああ!!」
楽しそうな二人を邪魔するのも悪い。ここは僕一人で追うか。
「よ、吉井くん!? なんでメイド服姿なの……?」
あ、月乃瀬さんに正体がバレちゃった。まあ、別に彼女には隠す必要ないんだけれども。
「それより月乃瀬さん! あの二人を追おう! 無銭飲食だよ!」
「ハッ!? そうね、許せないわ! 行くわよ吉井くん!」
「待つんだ月乃瀬さん! できれば本名で呼ばないでほしい! 周囲の視線が僕に突き刺さるんだ!」
このままだと僕は、女装趣味のある変態だと認識されてしまう……!
「そ、そうね……よし! 追うわよアキちゃん!」
「了解! でもその呼び方も勘弁して!」
脳裏に浮かぶ三つ編みの女の子を振り払いながら、僕らは常夏コンビを追った。
○
ひらひらのスカートを踏まないように階段を駆け上がる。常夏コンビは自分たちのテリトリーである四階に逃げ込んでいた。
「どうやら二人はこの教室に逃げ込んだみたいだね……行こう! 月乃瀬さん!」
「……」
「月乃瀬さん……?」
隣を見ると、両手で肩を抱いてその場に立ち尽くし、ガタガタと震える月乃瀬さんの姿がそこにはあった。ちなみに常夏コンビが逃げ込んだ三年Aクラスの教室は、迷路風お化け屋敷という出し物を催していた。周囲は暗幕で覆われており、結構本格的な作りみたいだ。
「……えっと、月乃瀬さん」
「な、ななな、何かしら……?」
「もしかして、怖いの……苦手だったり?」
「じ、実はそうなの。あ、悪魔なのに、変よね……?」
真っ青な顔で頷く月乃瀬さん。さっきまでとはまるで別人だ。本当に怖いものが苦手らしい。
「えっと、ここは僕がなんとかしておくから、月乃瀬さんはAクラスに戻ってもいいよ?」
「そ、そんなのダメよ! 無銭飲食を見逃すなんて絶対にダメだし、吉井くん一人に迷惑を掛けるわけには……!」
そうは言いつつも、さっきから震えっぱなしの月乃瀬さんである。どうやら恐怖と責任感の間で葛藤しているみたいだ。月乃瀬さんにはさっきのケーキの恩もあるし、無理させたくはないんだけどな……。
「あの、二名様でよろしいのでしょうか……?」
お化け屋敷の受付係をしている先輩が困ったような顔を浮かべながら尋ねてくる。そりゃあ、お化け屋敷は怖がらせるのが仕事とはいえ、入る前からこんなに震えている人が居たら心配にもなるだろう。
「いえ、僕一人──」
「二人でお願いします!」
僕が断る前に、月乃瀬さんは涙目のままレジに小銭を叩きつけた。
「それでは、めくるめく恐怖の世界をお楽しみ下さい」
「い、行くわよ吉井くん……! わ、わわ、私には、文化祭を成功に導く使命があるんだから……!」
「あ、あんまり無理しないでね? それと、お金払ってくれて本当にありがとう。今度ちゃんと返すよ」
何も言わずにさらっとこういうことができてしまうのが、月乃瀬さんの優しすぎるところだ。月乃瀬さんの前ではもうちょっと良い子にしよう。
「き、気にしないで……! 私も多分、これからすっごい迷惑掛けちゃうし……」
そんなことを言う月乃瀬さん。彼女は自分を卑下しすぎていると思う。僕やガヴリールが迷惑を掛けてしまうのなら兎も角、彼女から迷惑を掛けられたことなど一度として無いというのに。
「あ、あの吉井くん……よかったら、手を繋いでもらえないかな……っ?」
「──ッ!?」
一瞬で頭が真っ白になる。
女の子と二人きりでお化け屋敷に入り、しかも手を繋ぐだなんて──そんなの、デートみたいじゃないか……!?
お、落ち着け吉井明久! 落ち着いて呼吸を整えろ! 僕はこれまで、幾度となく人生の窮地を乗り越えてきたじゃないか!
選択肢を誤るな……! ここで間違えたら、僕は一生後悔することになる!
「うん、分かったよ月乃瀬さん! 手を──」
「繋いだらコロス」
「──繋ぐのは転んだ時に危ないからね、ここは普通に進もうか!」
あっぶなぁぁぁぁぁ!? 危うく殺されるところだった!
そうだ。月乃瀬さんのファンは二年生だけじゃなく、先輩や後輩にもいるんだった! そんな彼女と手を繋いでしまえば、お化け役の三年生たちに間違いなく襲撃される……! この教室は暗がりだし、僕の死体の処理にも困らないだろう。
「えっ、ま、待って吉井くん! 置いていかないでっ!」
涙声の月乃瀬さんに、罪悪感がズキズキと苛まれる。
でもごめん! 僕だって自分の命が惜しいんだ!
「命拾いしたな女装野郎……!」
「なんでこんな変態とあんな可愛い子が一緒に……!」
「コロス……絶対にコロス……!」
「コンクリ……! ホルマリン……!」
僕はお化けよりも、先輩たちの狂気の方がよっぽど怖かった。