バカと天使とドロップアウト   作:フルゥチヱ

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バカテスト
以下の問いに答えなさい
入学時、どんな抱負を抱いたか答えなさい。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリルの答え
『新しい土地での新しい生活。期待も不安もありましたが、皆と一緒に成長して乗り越えたいと思っていました』
教師のコメント
 素晴らしい答えです。月乃瀬さんが毎日を楽しく過ごせているようで先生も嬉しいです。これからも良い学校生活を送ってください。

白羽=ラフィエル=エインズワースの答え
『最初は学校生活とは退屈なものなのではないかと不安を抱いていました。ですが、犬と本気の喧嘩をする方や入学式にセーラー服で出席する方と出会えたことで、その不安はなくなりました』
教師のコメント
 私はこの学校の行く末が不安です。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェルの答え
『この私の封印されし魔眼が解き放たれ、真の大悪魔へ覚醒する時がやってくると今でも信じているわ』
教師のコメント
 目を覚ましましょう。

天真=ガヴリール=ホワイトの答え
『                 』
教師のコメント
 せめて何か書いてください。


第二十四話 お姉さま降臨す/天使篇

 天空と大地の境界。

 人の理から外れたその場所に、天使が住まう天界は存在する。

 

 そんな場所から下界を見下ろし、静かに佇む天使が一人。

 着物のような羽衣を纏い、白銀の翼を広げ、彼女は小さく呟いた。

 

「ガヴリール……」

 

 その天使の名は天真=ゼルエル=ホワイト。

 ガヴリールの姉にして、神の腕という異名を持つ、天界屈指の強さを誇る智天使である。

 

   ○

 

「へいらっしゃ……なんだ、明久か」

 

 常夏コンビの始末に失敗した僕は、月乃瀬さんと別れてFクラスに戻ってきていた。ガヴリールが扉の前で客引き(?)をしていたので、彼女と情報交換を行うことにする。

 

「それで、結局常夏コンビは見つからなかったの?」

 

「うん。僕がもっと奴らにダメージを与えられていたらよかったんだけど……。それに、月乃瀬さんには悪いことしちゃったな……」

 

 まさか月乃瀬さんがあそこまで怖がりだったなんて。普段だったらギャップ萌えを感じているところだが、今回ばかりは申し訳なさが上回っていた。

 

「中華喫茶の方はどんな感じ?」

 

「ボチボチってところだな。人間共の数自体は増えてるよ」

 

 教室の中を覗いてみると、確かにガヴリールの言う通りお客さんはそこそこ入っていた。お昼のピークタイムは過ぎてしまったので注文の量はあまり多くないけれど、さっきまでと比べれば上々と言えるだろう。

 

「客が居なかったら居なかったで困るけど、居すぎたら居すぎたでムカつくな……」

 

 どうやら結構忙しかったみたいで、ガヴリールはうんざりとした表情を隠そうともしない。彼女は一年以上接客業に関わっているはずなのだが、人混み嫌いは相変わらずらしい。

 まあ、こんなに可愛い子が客引きをしていたら店に入りたくもなる。見た感じ、明らかに男性客の方が多いし。

 

「で、だ。明久」

 

「ん? どうしたのガヴリール」

 

 こほん、と一つ咳払いをしてから、ガヴリールは言った。

 

「ヴィーネと何してたの?」

 

「え? 何してたって、一緒に常夏コンビを追跡して……」

 

「うん」

 

「その後、一緒にお化け屋敷に入っただけだよ?」

 

「……いやおかしいだろ」

 

 ガヴリールのツッコミに、僕の脳内は疑問符で埋め尽くされる。あれ? 僕、何かおかしなことを言っているだろうか。

 

「あ、もしかしてガヴリールもお化け屋敷行きたかったの?」

 

 一つの結論を導き出し、ポンと手を叩く。

 

「はぁ、もうそれでいいよ……」

 

 そう言ってる割には全く納得できていないように見えるんだけど。

 

「ま、私は一応これでも天使なんでね。お化け屋敷とか行かなくても、そのへんにいる幽霊が見えるんだけどな」

 

「え、幽霊ってほんとにいるの?」

 

「うん。明久の後ろにもいるぞ」

 

 さっと振り返って確認するが、そこには誰も居ない。

 もしかして背後霊ってやつだろうか。まさか僕が小さい頃に死んじゃったお爺ちゃんだったり……? 

 

「それってどんな人?」

 

「長い髪を振り回す、口の裂けた背後霊だ」

 

「多分、それは背後霊じゃなくて悪霊だと僕は思うんだ」

 

 できればガヴリールの天使パワーで成仏させてやってほしい。僕の平穏な学園生活のためにも。

 

   ○

 

 召喚大会の三回戦までまだ時間があるので、ガヴリールと交代して店員として働くことにした。悪い噂を流していた常夏コンビたちを排除したことでお客さんの数は膨大に増え、かなり忙しい。

 お客さんの話を聞くと、胡麻団子の評判はとても良いみたいだ。ムッツリーニさまさまである。姫路さんがウェイトレスをすることに合意してくれて本当によかった……!

 

「失礼。少年、ちょっと良いかな」

 

「あ、はーい」

 

 新しいお客さんが来てくれたみたいなので、案内に向かう。

 

「お一人様ですか?」

 

「ああ」

 

「では、こちらのお席にどうぞ」

 

 その人は着物のような服を着た、とんでもなく美人なお姉さんだった。

 透明感のある金色の髪と、どこまでも深い藍色の瞳が印象的である。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「そうだな……この烏龍茶を貰えるだろうか」

 

「かしこまりました」

 

 オーダーを確認しながら、思わず顔を凝視してしまう。その人の静謐な佇まいは、パイプ椅子に座っていても様になっていた。

 

「それと少年。一つ尋ねたいことがあるのだが」

 

「あ、はい。なんでしょう?」

 

「このクラスにガヴリールという女子生徒がいるはずなのだが、知っているか?」

 

 その瞬間、僕の頭の中で点と点が線で繋がる。

 も、もしかしてこの人が……!

 

「し、知っていますけど……」

 

「そうか。ああ、名乗るのが遅れたな。私は天真=ゼルエル=ホワイト。ガヴリールの姉だ」

 

「が、ガヴリールの、お姉さん……!?」

 

「あ、ゼルお姉ちゃんだーっ!」

 

 どう対応すべきか頭を悩ませていると、喫茶店のお手伝いをしてくれていたハニエルちゃんが大きな声を上げて、こっちに駆け寄ってきた。

 

「無事に辿り着けたのだな、ハニエル。妹の成長を嬉しく思うぞ」

 

 そう言ってゼルエルさんはハニエルちゃんの頭を優しく撫でる。どこからどう見ても普通の仲睦まじい姉妹だ。ガヴリールが言っていたほど厳しい人には見えない。

 

「アキおにいちゃんがここまで連れてきてくれたんだよっ」

 

「そうだったのか。少年、妹が世話になったな」

 

「い、いえ。こちらこそ、ハニエルちゃんがお店を手伝ってくれて助かってます」

 

「そうか。偉いぞハニエル」

 

「えへへっ」

 

 ハニエルちゃんの頭を再び撫でてやるゼルエルさん。普通にまともそうな人だ。なんて羨ましい。僕なんか、僕の姉さんなんか……っ! 

 ガヴリールがどうしてあんなに警戒していたのか分からず困惑していると。

 

「──あ、いらっしゃい。ゼルエルお姉ちゃんっ」

 

 まるで漂白でもされたかのように綺麗になったガヴリールが、ゼルエルさんに挨拶しに来ていた。何故かその頭上には、ネコミミを装備している。

 何をやっているんだろう、この駄天使は。悔しいが可愛い……! 

 

「ガヴリールか。元気そうで何よりだ」

 

「うんっ! ゼルエルお姉ちゃん、今日は来てくれてありがとうっ! いきなりだったからビックリしたよー」

 

 この人誰だろう? 僕の知らない人だ。

 

「すまないな。私も忙しく、連絡をよこす時間がなかったのだ」

 

「そうだったんだね! あ、そうだお姉ちゃんっ。ここの胡麻団子、すっごく美味しいんだよ!」

 

「ほう、そうなのか。それは気になるな」

 

「私も食べてみたいっ」

 

「分かった。ではガヴリール、私とハニエルにその胡麻団子を一つずつ頼む」

 

「かしこまりましたっ♪」

 

 にっこりと頷いてから、ガヴリールは僕に伝票を手渡してきた。

 

「では明久さん。オーダー入りました、よろしくお願いしますね?」

 

「う、うん……。あ、あのさガヴリール……」

 

「なんですか? 何か気になることでも?」

 

 ずずいと顔を寄せてくる。凄まじい威圧感だ。

 

「……い、いや、なんでもない」

 

「そうですかそうですかっ。──余計なこと言ったらただじゃおかないからな」

 

 ゼルエルさんには聞こえない程度の声量でボソッと呟く。

 ガヴリールの笑顔が、今は異様に怖かった。

 

   ○

 

「えーっと、どれくらい持っていけばいいんだろう?」

 

 茶葉が足りなくなったので、空き教室に入って予備を持っていく。今は繁盛しているし、気持ち多めに持っていくことにしよう。

 

「──なあ嬢ちゃん。この学校にいる吉井明久って奴を知らねぇか?」

 

「吉井先輩ですか? もちろん知っています! 私にとって最も憎むべき相手ですから!」

 

「お、奇遇だねぇ。俺らもその吉井に用があんのよ」

 

 そんな会話が外から聞こえる。茶葉を両手に抱えて廊下に出ると、そこにはガヴリールの後輩天使である千咲=タプリス=シュガーベルちゃんがいた。

 彼女は僕の存在に気がつくと、ビシッと人差し指を立てて僕を指し示した。

 

「で、出ましたね吉井先輩っ! この人ですっ! この人が吉井明久です!」

 

「どうしたの千咲ちゃん? そんなに怒って」

 

「この前のことを忘れたとは言わせません! 今日という今日はあなたを成敗してみせます!」

 

 両手を握って僕を睨みつける千咲ちゃん。僕も随分と嫌われたものだ。

 

「おう、お前が吉井明久か?」

 

「ちょっとツラ貸せ……やっ!」

 

 言うが早いか、突然現れたその二人組の男たちは僕に殴りかかってきた。

 

「えっ!? いきなり何!?」

 

 チンピラたちの拳を回避する。雄二や美波の攻撃に比べたら動きに無駄が多く、避けるのは容易かった。

 

「吉井先輩、覚悟するですっ!」

 

「待つんだ千咲ちゃん! どうして君がそっち側についてるの!?」

 

 天使としてそれで良いのだろうか? 

 

「おい明久、あんまり廊下で騒ぐな。俺たちまで馬鹿だと思われる」

 

「あ、雄二」

 

 僕らが言い争いをしていると、タイミングよく雄二登場。暴力沙汰ならコイツにお任せだ。

 

「この二人が雄二に話があるんだって、相手してあげなよ」

 

「はあ?」

 

 困惑する雄二とチンピラ二人組を空き教室に押し込み、扉を閉める。

 さて、それじゃ後は千咲ちゃんをなんとかしないと。ガヴリールを呼んでくるのがもっと有効な対処法だろうけど、今彼女はお姉さんのことでそれどころじゃないだろうし、どうするかな……。

 

「……千咲、何してるの……?」

 

 千咲ちゃんと対峙していると、彼女の背後に別の女の子が現れた。片目を覆うほど長い黒髪と、その上に付けたカチューシャがよく似合っている子だ。誰だろう、千咲ちゃんの友達だろうか? 

 

「黒奈さん、下がっていてください……! 今、私にとって最大の宿敵をやっつけるところなんです……!」

 

「……敵?」

 

「はい! この人は、それはもう邪悪な悪魔でして……!」

 

「悪魔、ってことは……私の同族?」

 

 僕が人間であることをこの子にどう説明したもんか頭を悩ませていると、千咲ちゃんの背後に居たその女の子と目が合う。

 

「……」

 

「……」

 

 なんだか不思議な雰囲気の子だ。タイプ的には、霧島さんが近いかもしれない。

 

「……千咲、この人は悪魔じゃない」

 

「っ! 分かってくれるのかい!?」

 

「この人は……魔獣」

 

「……………………はい?」

 

 理解が追いつかず、素っ頓狂な声が出てしまう。

 魔獣って、ファンタジーとかに登場するモンスターのことだよね? 

 

「な、なるほど、そういうことだったんですかっ。だから吉井先輩は、野生動物のような思考回路をしていたんですね!」

 

「……うん。多分……馬とか、鹿とかの魔獣」

 

「待って! どうしてその二つの動物を連想したの!?」

 

 それぞれ単体ならまだ別の結論を導き出せるかもしれないが、その動物たちから連想される単語は一つしかない。

 

「……魔獣をいじめるのはダメ。千咲、魔獣愛護団体に訴えられる」

 

「そ、そうですね。吉井先輩、先ほどはすみませんでした」

 

「あ、うん。こっちこそなんかゴメン」

 

 ペコリと頭を下げる千咲ちゃん。この子、基本的には良い子なんだよね。だからこそ、清水さんみたいにならないよう祈るしかない。

 

「では私達はこれで。行きましょう、黒奈さん」

 

「……うん」

 

 去っていく二人を見送ってから、Fクラスに戻ろうとしていると、空き教室から雄二が出てきた。

 

「明久、ぼけっと廊下に突っ立ってないで、早くムッツリーニに茶葉を届けてやれ」

 

「あ、そうだね」

 

 その雄二の背後には、ビニールシートに包まれた二つの物体が転がっている気がしたが、僕は何も見なかったことにした。


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